<< 消耗する生き方と想像する生き方... 精神世界の力ー魔道書ネクロノミ... >>

春の京都の陰と陽ー人の価値観と繋がり

f0149554_204465.jpg
f0149554_205394.jpg


 平安御所の梅は、まだまだ残っていましたが、今週辺りにはもう殆どのところで散ってしまって、いよいよ狂乱の桜の季節が来ます。街全体に多くの桜の木がある京都ですが、今年は特にまた人が多く来るのではないかと思います。

 月にかなりの時間こちらで過ごすようになってから、この街には至る所で、陽と陰があることがわかってきましたが、本当はそれがもっとも現代においても価値観をつくっているのではないかと思っています。

 先日、香りを勉強する人達で、”蝶人の会”を催しましたが、普段一対一で向き合って勉強している以外で自分の作り方を、他の人に見せるということは、隠れた部分を表に出すということですが、それはどうかすると心の奥深いものに触れることになるようです。

 単につくるということは、どのようなものでも同じですが、それがアートや美的感覚に優れたものになっていくのは、才能やセンスが必要になってきますが、香りの世界ではそれ以上に心や精神の技のようなものが必要になってきます。

 願いや祈りという白く真っ直ぐな力もあれば、復讐心や懐疑心といった黒く地を這うような力も香りには、不思議なほどその影響を残していきます。

 黒い感情を出来るだけ抑えて、白く美しい情緒を香りに表そうと、殆ど人が調香に挑んでいきますが、結果は黒くもなく、白くもないグレーで魂が縮こまったような香りが出来てしまうのが関の山です。

 そうやって、人はなんとか社会や人に対しても、親切で良い心になって、触れ合おうとしますが、気持ちや勢いが空回りして、最期はやけになって投げ出してしまうことになるのも多いかとおもいます。

 愛するには、その貴重な感情をあずける事が出来る受け皿が無くては、只悪戯に何処かにこぼれていくだけです。信頼関係を結ぼうにも、しっかりした結び目をつけるものが無ければ、宙に何度も結んでは、だらしなく、はらりと解けてしまうのがみえています。

 現代人の心の関心は、出発点や理想ばかりを追求していって、その経過や結果をみていこうとせず、恋することや挑戦することのみに夢中になってきましたが、そうやってみると、渡辺 淳一氏のような高齢者にまでそういった、蛇の道を行かせようとする人は、やはり人の心を惑わすだけの人間ではないかと思っています。

 人によっては、多くの人に伝えるべき能力や技量がある人もいますし、生涯で僅か数人の人に伝えるべきものを持つのがやっという人もいます。それでも、人が生きている以上、誰も愛せずに信頼関係を結べないという人はいないと思います。

 そういったことが理解できるのも、やはり想像の世界に触れるからだと思っています。想像したものや、作り出した結果にのみ、わかることがあります。人は創造し、何かを残していかなくては、愛情や信頼もなく、本当の意味で深く関わることは、不可能ではないでしょうか。

 結果がどうであれ、貴方が作り出したものだけを愛し理解できる人がいる以上、アートでなくても存在価値はあるのだと思います。
[PR]
by fenice2 | 2009-03-11 21:10 | アロマ 香り
<< 消耗する生き方と想像する生き方... 精神世界の力ー魔道書ネクロノミ... >>