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半分の魂が出会うには、それを遠ざけている呪文を解く鍵が必要です

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八坂神社の円山公園の緑があまりにも、美しいのでおもわず写真を撮っていました。やはり今年の新緑の力はとてもエネルギッシュなものがあります。次は嵐山の渡月橋と月を撮ってみたいと思っています。

 今日、或る方の香りの勉強を通じて人と人の繋がりをテーマに香りをつくっていたのですが、それでふと僕自身の中に疑問に思っていたことがわかってきたような気がしていました。

 以前にも書きましたが、半分の魂はもう一方の半分の魂とまるで磁石のように惹かれあう関係なのですが、現実にはその二人が出会っても、恋人のように、もしくは古くからの友人のようにならないことが、今までは多かったような気がします。

 僕自身の経験でも、かなり近づいたように思えても、何かのきっかけで離れ離れになってしまい、小説などでもあるように、お互いがそういう関係だとわかっていても、なかなか簡単には近づくことが出来ない壁みたいなものを感じざる得ないことがありました。

 そういうことは、心の世界と現実は違うんだとか、理想と現実のギャップみたいな結論で今までは、終えていたのですが、世の中がこれだけ変わってくると果たして、今までそうやって諦めていたことが、なんだか本当はもっと違った意味があったのではないかと感じるようになっていました。

 現実に巡り会う人、例えば恋人とか夫婦でもよいのですが、そこに愛情を感じ、それなりの落ち着いた人間関係が出来てこれば、そういった究極の心の問題などは、殆どの人がどうでもよいと思ってしまうのかもしれません。

 また、仮に半分の魂だろうと思えるほどの人と出会ったとしても、それまでの出来上がった人間関係はどうなってしまうんだろうか、などということを自分のことながら色々考えたことがあります。

 しかし、この仕事を通じて色々な方の内面や自分自身の心の中を真っ直ぐみてくると、やはりそういう存在は人は元々求めていかなくてはならない使命があるのではないかと思ってみたりしています。

 自分の掛けた愛情が、何も傷つくことなくそっくりそのまま返すことが出来る相手が、半分の魂と呼べる人なのかもしれませんが、愛情は与えるばかりでもよくないですし、貰うばかりでも、心が枯渇してきます。

 また、半分の魂の関係は、心の世界では生まれながらにして繋がっていますから、仮に現実で出会うことなくとも、そういう相手がいることを信じることが出来ますから、そういう意味では現実の世界の中での信頼や愛情とはまた、少し違った特殊な関係なのかもしれません。

 自分の心に突然呼びかける存在であったり、逆になんとなく嬉しい気持ちになったり、落ち込んだような気持ちになるのも、その何処にいるかわからない半分の魂の影響なのかもしれません。

 現実的に大切な存在、親であるとか兄弟であるとかそういう関係がある一方で、心の世界の中で大切な存在も一人一人の人にあるのだと思いますが、僕はその境界線みたいな部分にどうも、魂に刷り込まれた呪文のような何かがあるような気がしています。

 前世という、未だ現実の世界では未確定の記憶も、心の世界や感覚の世界ではとうの昔に認めていましたが、それならばどうして一時的とはいえ記憶が消えてしまうということが起こってしまうのか、僕にとっては謎でした。

 どの宗教も、転生によって魂が磨かれて、昇華されてくると言いながら、その具体的なことについてはあまり言及をしてきませんでしたが、僕はその秘密を解く鍵として、この半分の魂が現実になかなか出会うことが出来ないことにヒントがあるのだと思っています。

 退行催眠というものがありますが、香りを調香していくときも、注意深く過去の記憶を下っていくと、何処かの時点で過去の記憶(前世の記憶)を抹消し、半分の魂にあわせないための呪文のようなものが、魂に刷り込まれているのではないかと感じさせることがあります。

 香りは、記憶と結びついていますが、突然何もかもリセットされてしまうポイント(前世との境界線)があって、そこで今までの好みや嗜好が大きくかわってしまうのではないかと思っています。それによって、本当に心から愛していた人や好きだった人は一気に遠ざかることになって、再び新しい生命を迎えます。

 真新しい遺伝子を持って、全くゼロからの感性や感覚でスタートしていきますが、無邪気に出会う人それぞれに好悪をもっていきますが、やがては思春期あたりで、実は自分の愛すべき人はずっと前からわかっていた(決まっていたのではないかと)と感じる人も出てきます。

 早くそのことに気付いた人、(前世の記憶を思い出した人)ほど現在の自分の感性や感覚とのギャップを感じて苦しむことになります。太宰治なども、こういうような複雑な心境を何度か書いているような気がします。

 しかし、時代は変わり今はどんどん過去に退行できる人が増えてきたような気がします。そういう意味では、今の10代の人たちは、もっとスムーズに魂の変遷を受け入れることが出来ているのかもしれません。

 むしろ大人のほうが、そういった呪文を解いていかなくてはならない立場にあるのではと思います。もっと成熟した愛情を求める人達がもっと増えていく社会や世の中になっていけば、かりそめの愛やうわべだけの愛情の繋がりは、脆くも消えていってしまいます。

 
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by fenice2 | 2009-06-10 08:08 | 愛 愛情
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