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愛せない人に愛を与えることー無謀な冒険か奇特な精神か

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 久しぶりにイギリスの妖精で面白いものがありましたので、載せてみました。妖精のイメージは色々なものがありますが、時と場合に応じて好きになるものがあるので不思議です。

 最近香りをつくっていて、愛せない人をなんとか愛に目覚めさせて欲しいというようなイメージのものを依頼されましたが、なんとも悩んでしまいました。香りとして成り立つかどうかもありますが、そのイメージが余りにも希薄で脆いものにみえたからです。

 本当の意味で誰かを愛しているときに、出来れば相手の人も愛を返して欲しいというのは特別な感情ではなくて、むしろ自然な心の動きなのかもしれません。

 しかし、愛を返せるどころか愛そのものもを忘却してしまって、愛することすらわからなくなっている相手に、愛を与えていくことは、なんともつらい悲劇です。
 
 愛は与えないと、与えられないということは真実ですが、それがたまたま意識した人がそういう愛することを忘れてしまった相手ならば、まるでざるに水を注ぐごとくなのかもしれません。

 僕は、あえてその方には相手を愛しているのではなくて、好きになっているか意識しているだけと言いましたが、それでも愛していきたいようで、男女だけでなくとも、人間関係にはそういったなんとも理屈には説明できない理不尽な心の世界があります。

 人が人を愛していくことが出来ないという事実は、どうであれ心が弱っていることなのかもしれません。そして、そういう相手にどれだけ強く大きな愛情を注ぎ込んでいっても、無駄なことなのかもしれません。

 心や意思が強い人でも簡単に人を愛することが出来るようにすることはなかなか難しいことだと思います。流石に僕も香りの力で、それが魔法のように出来るとはいいません。

 結局、僕は以前妖精辞典で見つけた愛を気づかせることが出来る妖精を香りのイメージにすることにしました。調香方法はそれほど大きく変えたところはありませんが、人のイメージをつくる以上に、香りの軽やかさみたいなものに気をつけていきました。

 以前にも天使のイメージで漠然と香りをつくったことはありましたが、今回のように具体的なイメージがあって、幻想的な香りをつくることは初めてでした。

 神から始まって、どうして天使や妖精のような存在が心の世界には必要なのか改めてその香りをつくってみてわかりました。人の心は、人が救う以上に、そういった天使や精霊などの働きが不可欠なのだと思います。

 心理学や、精神の力もありますが、実はそれ以上にこういった幻想的な力を無視しては、人間の力の傲慢さを助長させるだけなのでしょうか。救えるものは、許し、救えないものに対して明らかに卑下したり同情したりしながらすごしてしまう行為こそ、愚かなことなのかもしれません。
 
 その妖精のイメージの香りは、結局二人の間にわだかまる傲慢さを消し去っていきました。勿論、相手の方が愛する気持ちを取り戻していくかどうかは、わかりませんが、少なくともそれで深く悲しんだり、同情したり絶望したりすることはなくなったようです。

 愛せないことは、悲しい心の出来事かもしれませんが、それに周りが絶望していくことはもっと大きな罪やカルマをつくっていくことになるかもしれません。

 今は、愛せなくても何時かは愛することが出来るよとその妖精はまるで香りを通じて言っているようです。

 愛せないことを責めることが、もっとも大きな罪をつくっていくことになっていたのかもしれません。少なくともそのことだけでも、気づいたことは香りをつくった大きな成果でした。

 
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by fenice2 | 2009-10-21 01:44 | アロマ 香り
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