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悪魔祓いという玉置神社を尋ねてー現代の悪魔とは

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 先日、思い立ったように熊野ほうに車を走らせて、熊野神社の奥の院でもある玉置神社に参拝に行ってきました。日本の数多い神社の中でも、悪霊ではなく、悪魔祓いという神事があるのもここだけで、創設も紀元前30年から40年とされてしますが、もっと古代に遡るという人もいます。

 後で知ったのですが、最近ではパワースポットなどととも言われているらしいのですが、僕は境内の写真を見た瞬間に何故か魅力を感じ、その日に行く事にしました。

 時間は少々かかると思っていましたが、京都から5時間近くかかることになりました。元々父の在所は奈良ですが、先祖の墓は未だに吉野の下市にあって、僕は考えたら母方は、霧島神社の末裔で、父のほうは修験者の里が郷里なので、なるほどの僕自身も怪しい方向に行きそうになってしまうのはよく分かりました。

 変な趣味がありまして、大体山に行くときは真夜中か夕方以降が多いのですが、流石に熊野は山深いこともあって、夕方には着くようにしていたのですが、都市生活者にとってそこはあまりにも常識はずれでした。

 千メートルの山の上まで車で行くことも、なかなか無いことですが、真っ暗な山道を登っていて果たしてこの上に本当にそんな立派な神殿があること自体が不安になってきました。

 山深い、道を運転してきて僕自身は、一体何から守ってここまでの場所につくったのかを想像したり考えたりしていました。また逆に考えれば、現代人は一体何を守っているのかと考えたりしました。

 昔は、まだ男や長が家庭や組織を守る意味や、遣り甲斐を見つけてきたように思います。生活という面だけみれば、今はお金が占める割合が多くなって、男性よりも女性が収入が多ければ、セキュリティーでさえお金で買えることになります。

 しかし、精神や心はどうでしょうか。それを守るのに男性も女性もあるのでしょうか。

 熊野修験者に女性は、まず居ません。女人禁制だといういう修行場も幾つかあるようです。相撲の土俵も元々女人禁止ですし、そこに本来心や精神世界の中でも、男性でしか出来ないことと、女性でしかできないことがあるような気がしています。

 千メートルの神社に着いたときは、あたりは真っ暗で一人もいませんでした。かすかに地平線がみえて、熊野の山々の中にいて、果たしてここがどういう意味があるのか感じ取ろうとしていました。

 僕は、以前少し書きましたが、悪魔儀式なるものを中東で少し触れましたが、悪魔というものが人の中に居ることがどういうものかといえば、実感としては中から起こったものではなくて、外から受け入れてしまったというものが正確な表現ではないかと思っています。

 不思議なことに位の高い悪魔ほど、相手の心を読むといいますが、僕が接した若者も何故か僕しかしらない事実を沢山知っていて、話したりしました。

 玉置神社の全く明かりのない暗闇の中でしばらく瞑想していると、僕は身震いするほどの恐ろしい何かを感じました。熊野の山々が、まるで僕の心の中の世界と一緒になって、正面からくる何か大きなものが、そこに入ってくるような感じでした。

 幸い、何故かその大きな存在は僕を大きく通り越して、もっと後ろのほうに、都会へと流れていったような気がします。あくまで、ほんの数分のことでしたが、この世には心を襲う何か大きな存在が、あることを感じることが出来ました。

 現代では、個性や才能を伸ばすための機会が色々あるようですが、果たして僕は心も含めてそういうものは、もっと静かに見守ってあげることが必要ではないかとも感じています。特に小さなお子さんに、英才教育といって、あまりにも自分自身の時間を失わせてしまうことは、良いとは思いません。

 景気対策や、国としての政策もそうだと思います。一度弱った体にあまりあれこれ手を出し続けることはどうでしょうか。苦しむとも内面(国内)から出てくるものを、じっと待つことも大切です。

 何もかも不出来の子も、ただ成長を見守り、虐めなどから守り続ければ、何かが個性や才能として芽生え続けるようなことがあると思います。僕自身の香りの勉強も、才能を引き出すというよりも、外から如何に自分の心や精神が危うくされているかを知ることに、本質があるのではないかと感じることが多くなりました。

 守らなければならない心や精神のためにも、蝶人の会の活動ももう少し、カウンセリングの部分も必要ではないかと思っています。

 現代の悪魔は、人の心に力や技術で入ってくるものです。仮に自分自身がそれに加担すれば、大きなしっぺ返しを経験することになります。

 入っていけないもの、守るべきもの、こういうものに無頓着な人は、どんな良い面があっても最期には、良くない結果を招き入れてしまうのではないでしょうか。


 
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by fenice2 | 2009-12-11 16:48 | 悪魔
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