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瞑想についてー闇の世界の匂い

 熊野の玉置山の中の闇は、かつて高野山で過ごした山の闇よりももっと恐ろしいものがありました。もし、自分の中に神というものを見出せることが無ければ、僕は恐怖のあまり多くの魔物に魂や心を奪われていたのかもしれません。

 人は絶望し、多くの悩みを抱えたまま瞑想にふけるようなことになれば、僕が体験した山深い闇での一夜の状態に似ているのではないでしょうか。闇の中から得るものなど、殆どないと言ってもよいかもしれません。しいていえば、現実から逃れて一時的に気持ちが楽になるだけです。

 悩みや苦悩は、逃げればそれだけ大きく感じてしまうものだと思います。真正面から向き合うことが出来なくとも、完全にそこから離れてしまったら、かえって負担は大きくなるのだと思います。

 闇を直視するのと、闇に逃げ込んでしまうの全く違います。闇を恐れる人は、闇そのものに入ってしまうような恐怖感があるのだと思います。闇は決して、心に入れてはならず、また本来入っていくものでもありません。

 インカのチャカナのイメージにそって香りをつくってからは、暫く闇からは遠ざかっていましたが、今の時代を見る上でこの闇はやはり無視できない存在になっているのではないかと思っています。つまりは、心の中にも外にも闇や地獄のようなイメージを持っている人は、世の中には沢山いるということです。

 本来、闇は、静かで心の安寧を与えてくれるものでもあったように思います。平和な時代の中での瞑想は、人の精神世界の中で大きくな成果を与えてくれたでしょう。しかし、今の時代の闇は、惑いと悩みと苦悩しか与えてくれそうにありません。

 苦しみを感じたら、苦しみと抱き合って苦しみの真意を聞くしかないです。悩みだしたら、悩むことの意味を問いただすほうがよいです。

 生きてる意味を感じられなくなったら、何かに役に立つように行動し生きるべきです。

 目をつぶっても闇を意識することはよくないです。真っ暗な中にも光を感じ、人よりももっと大きな存在があることを知るべきだと思います。

 闇の中で答えを出そうとしないでください。どれだけ眩しくとも、光り輝く場所で、色々な答えを探すようにしてください。

 目をつぶると何が見えますか?恐ろしいものしか見えない人は、それ以上闇の想像力を進めないことです。そこから、なかなか下がることも出来ませんが、じっと我慢強く待っていれば、必ず光は見えてくるはずです。

 
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by fenice2 | 2009-12-20 01:08 | 悪魔
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