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無の世界から有の世界ー物と精神の出会う場所

 香りは、物質ですが優しい物質だと思っています。高価ですが、宝石のようにとても気を使うものではありませんし、目立つものではないです。僕も常時100種類ほどの香料を持っていますが、傍からみればそれほど高価なものを持っているような印象はありません。

 モノによっては、1gで金よりも高いものもありますが、柑橘類などはそれほど高価ではありません。高価なものとチープなものを混ぜ合わせていくことは、例えは妙なのかもしれませんが、まるで王様と市民が慣れ親しんで混じっていく幸福な世界を作り出していくようなイメージが浮かぶときもあります。

 どのようなイメージにするか、それはまさに想像力ですが、明きらかにそれらの香りの個性や性格みたいなものを余程熟知していかなくてはなりません。難しい香料ほど、混ぜ合わすたびに色々な表現をしてきますから、或る程度経験がないと付き合うことは出来ません。

 想像やイメージの世界は幾らでも広がるのですが、それらの香料を出来るだけ生かしていくことが出来るイメージは実際にはそう多くはないのかもしれません。

 香りの世界ではないのですが、精神世界と称する人たちの中には想像を無限の宇宙に投げ出して、自由に発想していく人たちがいます。人は何でも力があって、どんな能力もあるような言い方をする方もいますが、それらの言葉を果たして、現実の形に出来る方がどれだけいるでしょうか。

 現実に疲れ、心が傷ついた時にそういう言葉は一時は、救いや気休めになるかもしれません。しかし、ずっとそういう無限の可能性を追求していくことは、何処か無責任で、どうかすると今の現実を見なくなるような気がします。

 人は現実の中で傷つき、現実の中で失敗したのですから、現実の中でまたそれを癒していくしか方法はないと僕は思っています。夢や理想も、現実と永遠につながらないものを追い続けていくことは空しさを感じないでしょうか。

 現実ばかりの中では、人は精神性を忘れ、想像力を失っていきます。ですから時には現実を離れ想像や精神世界に入り込んでしまうことは、仕方がないことなのかもしれませんが、再び現実に戻ってこなければ生きていながら、まるで黄泉の世界に足を踏み入れたような人になってしまいます。

 あの世がどうとか、霊感がどうとかそういう目に見せない世界はあるかもしれませんが、それよりも僕はもっと生きている人間にとって重要なことは、今自分の感じることが出来る世界を持っているかどうかに尽きると思います。

 自分の本当に好きなものが何で、嫌いなものが何かとか、どういう人とうまくいってどういう人ならうまくいかないとか、そういう感性の世界をしっかり持つことがまず生きている最低条件の使命のような気がしています。

 感じる世界は、シンプルですが深く多くのことを教えてくれる世界です。それをたぐっていくだけで自分自身の生きている意味とか生きがいさえも見つけ出してくれるものだと思っています。

 感じる世界無くして、精神性も創造性も成り立っていかないような気がします。まして、宇宙や人の魂の世界など、感じることができてこそ初めて理解されてくるものではないでしょうか。そうでなければ、信じるとか信じないという細い線の上の動きだけになってしまって、結局はそこから落ちてしまえば、何も見えてなかったことがよくわかると思います。

 摩訶不思議で魅力的なことを言う人に出会えば、それをどうやれば現実に役に立つことが出来るか聞いてみてください。大して大きな夢でないものでも、それを実行できて人にも指導できる人は、現実を変える力、即ち感じる力をもっている方です。

 香りも、幾ら壮大なイメージを持っていてもそれを調香できなければ、何もなりません。

 本当の想像力は、その大きさよりもその奇抜さよりも、それが形になっていく力です。前世が何であろうと、目に見えない世界の王を語ろうとも、言葉だけで感動を誘うのはヒトラーとあまり変わりません。

 自分の目指すものがあまりにも遠いものだと感じてしまえば、それに絶望し次に現実を破壊してしまいます。

 香りのレッスンでも、時に間違えて破壊の想像力を発揮してしまう人もいます。その香りをきいただけで、不快になり、何かいやなことを思い出してしまうもものになってしまいます。

 想像には、結果もついてくることを決して忘れないことだと思います。

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by fenice2 | 2010-01-06 00:56 | アロマ 香り
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