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現代人の心を表すー悲しき人形のにほい

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 今日は沖縄辺りが、日没前で部分日食があったようです。最近の天気の大きな変動とも何か関係しているのかもしれません。

 最近、幾人もの香りをつくっていて、何かそのイメージに共通があるように感じていました。見てくれの美しさや表面的な薄い出来事で右往左往している人が多いのかもしれませんが、どうも自分の意思や気持ちがなく動いている人が多いような気がします。

 新年になって、気持ちが心に在らずというような人も、祇園辺りでも結構見かけるようになりました。神社を回っているうちに何か呆然としてしまう人も多いようです。

 空っぽになった体に、突然感情が入ると、制御も利かずに暴走してしまいます。今年に入って、あちこちで感情爆発が多くおこっているのではないでしょうか。いわゆる突発的な事件や事故が多いようです。

 感情と理性について、以前も書きましたが、僕はその二つのものは実際の生活の中では関係ありそうで、別々に働いているというのが持論です。感情は、理性では制御できませんし、理性もまた感情の影響をあまり受けません。

 僕は、感情よりも感性に重きをおいて考えるほうです。感性は、感じる所を頼りにしてきますから、自然と心とも結びついてきます。

 企業などのシステムの動向をみていても、その根拠とするものが、この感情を如何にコントロールするかに重きを置いているような気もします。

 社員を如何にやる気をおこさせるかとか、上司と部下があまり衝突しない環境づくりとか、何処か人を今まで以上にロボットか人形のように扱うような意図があることを感じます。

 感覚から始まって、いわゆる自分の感性の世界を持たなければ、急に泣いたり笑ったりしてもかえって虚しさをつのらせてしまうこともあると思います。

 誰かを好きになることで、何もかも現実を忘れようとする恋とか、ゲームなどに集中して夜も昼も分らなくなってしまう人たちとか、自分の魂を消費させることで生きていていると言ってもよいのかもしれません。

 そういった感情の積み重ねから得るものなど何があるのでしょうか。

 日本人には、元々恋愛などという感情は持ちあせていなかったように思います。平安まで遡る気はありませんが、江戸でも惚れた腫れたですから、もっと情緒があって奥ゆかしい部分が多かったように思います。そういう意味では、感情をコントロールできるものは心のみなのでしょう。

 誰かを好きになってしまって、自己を失っている人は、好きになっているのではなく、好きにさせられているというのが本当の所なのかもしれません。

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by fenice2 | 2010-01-15 21:00 | アロマ 香り
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