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職人でもなく、芸術家でもなく、単に混ぜるのが上手いだけの仕事

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 この仕事を10年以上やってきて、それなりの試行錯誤がありました。何も最初から、調香師などという不確かなものを目指していたわけで無く、夢のあるような香水を売ることが出来たらと思っていました。今でもこの仕事が面白いと思うのは、さきほどやったばかりの調香を繰り返してみても、何か新しい発見をすることも多いからなのでしょう。

 もしかしたら、調香が面白いのではなくて、想像することが面白いのではと考えたこともありますが、おそらくそのどちらもあるのではと思っています。香りは、良いものが出来たと思っても、それをはっきりととらえることは出来ません。

 芸術と呼ばれるものも、殆どが視覚から来るもので、確かに五感で捕らえるといっていますが、人間は弱い生き物なので、やはり最後は視覚で記憶を残そうとします。しかし、人の記憶の仕組みと視覚は実際には、曖昧なことが多くて、よく子供の頃歩いた道などを大人になってから歩くとよくわかると思いますが、案外間違ったものも多いと思います。

 僕が、香りと記憶の関係を繰り返し話すのは、それが記憶の中ではもっとも確かなものを残すからだと思っていますが、それでもその瞬間、瞬間はどうもはっきり掴めていないものを感じて、頼りなさを覚えてしまうのですが、人が本当に感動したり、誰かを本気で好きになったりすることもそれに似ているのかもしれません。

 香りを通じて、感じる力みたいなものに可能性を感じてから、僕は一気に創作のほうに向かいだしました。良い香りをつくることが出来る手ごたえみたいなものは、日増しに実感していきましたが、それでもどれほどお客さんが喜んでくれても、僕の中ではそれがどういう価値になっていくのかわからないままでいました。

 人間の幸福や充実感みたいなものも、こういうものに似ているのかもしれません。そうだとしたら、やたら視覚でとらえようとする現代人は、何か大きなものを失っていきながら、毎日を過ごしているのではないかと思うようにもなりました。

 僕にとって、香りを通じて二つの夢が浮かんでは消えましたが、まず一つは誰が聞いても素晴らしいと思える香りで、もうひとつはオリジナルの香りをつくった本人が喜んでくれることです。しかし、しばらく作り出していて、最初の夢ははかなくも消えていきました。そこには、大手の香水メーカーの圧倒的な影響力があるので、良いという判断そのものを、支配されているような気もしました。

 残念ながら、香りの好みに関わらず、自分の本当の感情で生きていくことが出来る人は、社会の中では少数です。殆どの人は自分の感情や感覚が、どういった仕組みでなっているのかを探ろうとはしません。香りをつくるときもこのあたりが、とても厄介なものになります。

 人間関係、友人や恋人、ついては結婚の相手までも自分の感覚ではないことで選んで、流されてしまっていることは実に世の中には多いのだと思っています。香りについていえば、本来その方が選ぶべき香りを選ばないで、どうでも良い香りばかり選んでしまうことにも似ています。

 職人ならば、それでも選んだもので精一杯の仕事をしようと思うでしょうし、また芸術家なら相手がどうであれ自分の作品をつくることで一心になるかもしれません。しかし、そのズレが見える僕のような仕事は、ずっと相応しいものを選ぶのを待つのか、そういうものを選んでもらうよう導いていくしかないです。

 僕が、作品つくりをする傍らで、勉強会を始めたのもそのあたりの理由になります。調香の技術はともかく、何度か勉強をしていくうちに、自分の相応しい香りが何かをわかってくれる人は多いです。逆に、調香の技術ばかりに夢中になって、そういった感覚の世界の出来事を軽く見る人もいますが、まもなく香りをつくることにも壁を感じるようになります。

 先日、神道のくくりの話をしましたが、一度崩壊したものが再び新しいものに生まれ変わっていくことですが、人の感覚にもそういう部分がとても大切なのではと思っています。過去の思い出や成功、哀しいことや辛い思い出でさえも、日に日にその本来の形をかえていっているような気がします。

 貴方の思い出は、視覚だけのものになっていませんか?辛いと思っていた記憶でも、香りでつくってみるともっと別の面があることがわかると思います。このあたりも、僕の今の仕事のテーマになっているような気がします。
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by fenice2 | 2010-08-22 01:11 | アロマ 香り
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