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心に関係する技術とそうでないもの

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 以前も少し書きましたが、僕がこの仕事に就いたのは世の中には、人の心を無視した仕組みと言いましょうか、システムが多すぎるような気がして、自分自身もそのことで苦労をして、一時期は山にでも篭った生活をすようとも考えるほど、気持ちも縮こまっていました。

 心を壊してしまう社会の仕組みとは、まずは戦争のようなものがありますが、経済戦争みたいなものも僕は十分心を破壊するに等しいものが多くあるような気がします。多額の債務を負わされたり、あまりにも過酷な競争をしていくと、徐々に心が破壊されていくのではないでしょうか。

 確かに過酷な練習を終えた後にしか出来得ない技術などもありますが、それが幼年期にあまりにも短時間に行えば、果たして何処まで得るものがあって、失うものがあるのか疑問です。最近の加熱するスポーツなどにもそういったものが見え隠れして、どれだけ素晴らしい演技をしても痛々しいものを感じます。

 本当は、もっと毎日の生活の中で小さくとも喜びや感動があれば、そういった特別な感情や感覚はあまり必要ないのではと考えたりします。かくいう僕のような仕事もそういった、人の心のささくれ立った部分を癒すようなことになっているのかもしれませんが、カリスマや達人などと呼ばれて、感動するなんとかなどと持て囃されたくはないです。

 香りも今の時代は、確かにそういった心の激しい動きを求める傾向が強いのですが、多分僕のつくる香りは、むしろ反対のものを目指していると思いますし、そういう香りが出来上がっているのだと思っています。自分でいうのも何ですが、どれほど香りが強そうに思える香料の組み合わせでも、大抵は深く落ち着きがあるものになっているような気がします。

 世の中の人の求める心や感情の動きに、そのまま合わせて成功をおさめる技術や人もいると思います。別段、それが悪いことだとは思いませんが、求めるほうも求められるほうも単に莫大な心の消費を行っているだけで、後に残るのは何もないのではないでしょうか。

 強い感情や激しい情緒を求める人たちは、心の中にある空しさを一気に埋めてしまおうと思っているのですが、そういった日々の生活から失った大切な情感は、僕はそう簡単には埋まらないのではないかとも思っています。

 毎日の生活の中で、良い香りに包まれることは、そういった無意味な空しさや落ち込みから開放されていくことになると思います。元来日本には、こういった香料を使わずとも、身の回りで心地よい香りに満たされていた香り立つ国であったように思います。ここ、京都はまだ季節によってそういった自然の香りが残されていますが、東京などの大都市などでは多くの部分でなんとも悲しいものがあります。

 料理の面取りのように、香りも香料によっては角張った部分を除き柔らかいものにしていく技術があります。本来強く主張していくはずの香りが、大人しくなると人によっては物足りなく思う人もいますが、結果はその香りが持つもっと深い部分を理解することになります。

 中身のないものが、単に角が取れても仕方がないですが、今の時代はどうもその逆の現象が多くの人の心に起こっているような気がします。うわべだけの優しさや柔らかさに惑わされがちですが、人の心には時には少しぐらいは角張ったものがあるのが自然なのかもしれません。





 香りのご依頼は、年末も受け付けておりますので、ご希望の方はメールにてご連絡ください。

 
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by fenice2 | 2010-12-28 18:04 | 調香・錬金術
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