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アーユルヴェーダー(Ayurveda)の教え

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 物があるのが幸せなのか、心さえ満たされていれば何もいらないのか、そういう経験を何度かされたことがあると思いますが、実際紀元前まで遡って様々な文化をみていると上手くいっている時代は、そういうバランスがよかったものがあったような気がします。

 今年行こうと思っている遺跡は、マチュピチュなど南米ですが、僕自身は30カ国は行っていますが、何故か今まで南米には行っていませんでした。

 以前は、そういう遺跡に対してとてもダーティなイメージを持っていて、生贄(いけにえ)や残酷で破壊的な社会ばかりがあると信じていたのですが、インカ帝国がとても市民主義といわれるような政治体制をとっていたことなど、最近になって何故かそういう歴史が見直されるようになって、今の時代よりもある意味科学も進んでいて、心豊かな生活や社会があったのではないかと思っています。

 僕自身は、人よりも幼少の頃からずっと恵まれる環境にいましたが、その環境をむしろ何処かで嫌っていました。父たちの時代は、貧しさを経験したから物の豊かさを求める意味はあったかもしれませんが、僕の世代のような人間は、モノを追及していくのは少し辛いものがあります。

 そうかといって、以前ブログにも書きましたが、思いっきり世の中や身内を捨てて精神社会に入ってしまうのは、とても危険なことであることは経験できましたし、モノと心のバランスなのか、モノに対する捉え方が間違っているのか、その辺りのことも香りをつくるということで、納得したり理解できている部分もあるのかもしれないと思っています。

 香りをつくるという不思議な作業は、モノをつくっているようでもあり、心の中のものを映し出しているようでもあります。
 
 インドのアーユルヴェーダーの本を読んでいますが、これも解ったようでよくわからない部分が沢山出てきますが、感覚的には何故か納得できるところも多くあります。

 要するに、人間が捉える感覚が如何に、宇宙の細部にわかっているかということを書いてあるものだと思いますが、太古の人の感性というものは、とんでもないものがあったように思いますが、現代人は感覚さえ鈍ってきているので、身体的にも精神的にも破壊をきたすのだろうと思ったりしました。

 本当は、TVやネットも見なくても、心静かに瞑想などの中から、我々は貴重なものを受け取ることが出来るのではないかと思っています。この世に起きている不幸なことや、悲惨なこと、その逆に、ずっと遠い世界からのメッセージや声みたいなものも、既に体の何処かでは受け取っているのではないかと思ったりします。

 そういう意味では、現代人は色々な意味で能動的すぎて、受動的な能力に欠けてしまっているのだと思います。人の話を聞くところから、人の気持ちをくんでみたり、理解や思いやり、その先の愛情に至るまで、受け止める力が不足しているのでしょうね。

 
 上のイラストは、植物的な感覚を持った宇宙人の想像図だそうです。とぼけた感じがなんとも微笑ましいです。

 色々なものを受け取っていきていくほうが、自分の能力や雄弁さを前に出すことばかりになっている人よりも幸福になれるのかもしれません。

 
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by fenice2 | 2008-01-19 00:46 | アロマ 香り
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