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癒しの音楽ー人以外の癒し

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 中国政府が正式に、ダライラマと交渉するそうです。良かったなと思う反面、本当にそれで今までの色々なことが解決していくことが出来るのかな、という疑問も残ります。

 世の中や時代が一歩前に行っても、何故か前進しているような気がしないのは何故でしょうか。

 僕は、正直言って癒しという言葉があまり好きではありませんが、人が今の社会で傷つき、それを癒しただけで、果たして何の解決になるのだろうという単純な疑問がわいてくるからです。

 そもそも、自然を壊し、心や気持ちを蔑ろにするようなシステムをつくったのは人間ですから、癒しの産業やあらゆるセラピーが出てくると、一人一人は、助けているかもしれませんが、そのシステムそのものには無関心になってくるような気もします。

 むしろ、無理に元気にさせてしまうことが、そのようなシステムの仕組みを加速させていくような気がして、癒し産業が巨大化していくことは、何か間違った流れがあるのではないかと考えたりします。

 ストレスや心の病が出てきてしまうのは、むしろ人間も自然の存在であることの証明のような気がしてなりません。病気になると、確かにシステム上では不都合なことが多くなると思いますが、今の時代のコンピューター並みに人間に間違いを容認しようとしないシステムは、その仕組みそのものが間違っているような気がします。

 過去のどんな精巧な職人技でも、意外なほど人為ミスが含まれているもので、少々のミスがあっても、人間関係や信用が失われないという深い思想や仕組みがあったからこそ、何年、何十年かけて価値があるものが出来上がっていったようです。

 僕が何時の間にか、香りをつくるという仕事に入っていったのも、何処か懐の深さみたいなものがあって、熟練していけばそれだけ、よい香りが出来るのは当然でしょうが、それ以上に失敗しながらでも、進歩していることが見えるということでしょうか。

 お客様を相手につくっていると、最初から全てが見えている訳ではありませんから、時間をかけて選んだ香料でも、調香の途中で変えてしまうことも度々あります。

 顔色を伺うことや、感情をそこなうことを恐れてばかりいると、何をつくったらよいのかわからなくなりますから、それよりも大切なものが何処にあるかを自問自答しながら、心の奥へ進んでいくことになります。

 先日、バリの音楽で飛行場で演奏した曲の中で、飛行機に向かって(の為を思って)演奏した曲があるというので、早速聴いてみましたが、なんとも不思議な音楽で、なにやら飛行機が優雅に飛ぶ様子が想像できてきただかでも、心地よい時間をもてた感じがしました。

 人の心が弱っていたり、病的になっていることを治すには、実はその周囲のものや人に対するこういう気遣いや思いやり、愛情を抱いていくことが大切ではないかと考えたりしていました。

 香りは、そういう意味では、心を開いていったり、周りに関心を持っていくには良いきっかけになるものだと思います。そして、それ以上に自然の中には、花を中心として香りを持った仲間がいることに理解をしてくると、さらに大きな力が、味方をしてくれているような気持ちにもなれるかもしれません。

 心が本当に癒されたいとか、落ち着きたいと思うならば、与えられることと同じように与えることを忘れてはならないです。
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by fenice2 | 2008-04-27 01:34 | アロマ 香り
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