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ピンチの時ほど逆転の発想ー糸川先生の教え

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 この写真は、初めて糸川先生とイスラエルに行き、方々の大学の研究施設をおとずれた後でした。(手前が先生で、僕は奥に座っています。)

 考えてみれば、中東には濃い宗教的な背景はとても強く残っていましたが、未だ高度な研究施設が無かったので、そこに何百という近代施設が出来ることは、砂漠の文明については、悪いことばかりではなかったような気もします。

 イスラエルは、確かに問題が多い国ですが、イラクなどをみてもわかるとおり、日本人が考えているほど科学的な考えや知識をもとうとはしないエリアであることも事実です。

 ユダヤ人というはっきりとした人種に、初めて触れたのもこの時でしたが、不思議と違和感なく話せたのをよく覚えています。彼らは方々の国で順応した生活を行い、コミュニケーション能力を鍛えてきたので、日本人には真似の出来ないものが多くあるようです。

 この88年の時期、日本はバブルの真っ最中でしたが、糸川先生はこの後、徹底した経済危機がくると予言していました。僕は、周りの大企業の役員の方や、名士の方をよそに自分の会社をなんとか再建しなければならないと思っていたので、こういう視察や留学も必死でした。

 やがて、株は、3万8千円台になって、経済評論家の中には、10万円近く上がるだろうと予想をする人もいました。結局、僕も会社は最悪な状態であったのに、世の中の背景が良いことで、大手の企業と合併の話までに持ち込みました。会社の再建が終わると共に、バブルもはじけていきました。

 本当の意味で、先生のいう逆転の発想が実現できたとは思っていません。また、先生もこの後はご高齢のために、活躍の場を次第に限られるようになっていまいました。

 先生は、ご年配の方は、戦闘隼を設計したのでご存知の方も多いと思いますが、ご本人から何度も松岡洋右にB29を撃墜できるものをつくって欲しいといわれていたことも聞かされました。

 その後、先生がペンシルロケットをつくったのも、戦時中に手のひらサイズの飛行機をつくっていれば、もしかしたらB29を落すことも出来たかもしれないし、原爆も防ぐことが出来たかもしれないという話をされたこともよく覚えています。日本人は、戦艦大和をつくるよりも、小さな大和魂の飛行機に力をいれるべきだったようです。

 糸川先生が始めて、コンピュータにホロスコープのデーターをいれてプログラムを組んだ方ですが、僕たちもその当時百万近いお金を払ってそれを買わされたものです。今のように占星術が一般化されたのは、やはり先生のそういう功績ではなかったかと思います。

 先生は、宗教や霊という存在を科学者の立場もあって、あまり話題にされることはなかったのですが、魂のことについて色々話されました。その中で、エントロピーの法則に例えて、人が死んでエネルギーがゼロになることはないと言っていました。

 転生輪廻とは言いませんでしたが、そこで消えた魂(エネルギー)も何か他のものに変わっているのだということを教えてもらいました。

 どれだけ、悲しいことや嫌なことがあって、何か大きなものを失ったように思っても、違った形になっただけで、やがて時期がくればそれらは甦ってくるという話をきくと何故だか、大いに関心させられ、元気付けられたものでした。

 (また、その失ったものや表面的にはみえないものの動きをみていくことそのものが、未来をみることになっていたのかもしれません。)

 世の中を大きく変えていくなら、政治や経済の桧舞台にたって振舞う方が余程派手で効果的でしょう。また、同じアーティストのような存在でも、音楽関係のほうが大きな人の渦をつくりだせることが出来ます。

 それに比べて、香りは小さな世界の出来事でとても控えめな存在です。しかし、この小さな存在が、見えなくなったり失っていたものに対して想像できる力は、とても大きなものがあります。

 希望を失った人は、それを見つけに、愛を失った人も香りというイメージの世界では、嗅覚を通じてそれを取り戻すことができます。
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by fenice2 | 2008-05-22 00:33 | 糸川英夫
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