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苔に噎ぶ三千院 ー 心の中の美しい流れ

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 大原の三千院は、紅葉はまだまだですが境内の苔は、まるで迫りくるようにその姿を現していました。香料にもモスという天然の苔の香りがありますが、三千院のこの時期の苔は、雨季の時期ほど強くなく、なんとも心を静かにしてくれるものがありました。

 世の中は、本当に色々なことが起きつつありますが、このような時期に香りの仕事をやっていて、本当に良かったと思うことが最近多いので、嬉しく思いますがその中で特に感じたことを書いてみたいと思います。

 香りは、ここで何度も書いている通りイメージに沿ってつくっていきますが、そのイメージというものを追求してくると、果たして人はこのイメージのために生きているのか、生きていることがイメージを作り出しているのかが疑問に思うことがあります。

 多分、その両方があって、イメージ=魂ではありませんが、毎日の忙しい動きの中ではどうかするとそのイメージは魂をも越えた存在になっているような気もします。

 本当の意味でイメージというのは何でしょうか?第三者の目を気にすることもありますし、自分の中でこうありたいと思う願望もあると思いますが、瞬間、瞬間の中ではやはりそのイメージが大きく影響しているような気がします。

 また、現代人は忙しいせいもあって、本当の意味でモノや人をじっくりみる習性を失っていますので、自然と内面を深く見る能力が劣ってきているのかもしれません。

 そういう軽薄な気質の環境の中で、イメージという便利な情報源はその人の人生を大きく変えていくことになっています。

 今回の世界の金融破壊もそういうイメージから出来上がっているような気がします。それだからこそ、噂や根拠の無い情報源にあれこれ動かされることになって、つい半年前までイメージの良かった会社が、地の底まで株価が落ちてしまうのを見ると、まさにそういう世界でもそのイメージが徘徊しているのが解ります。

 今の社会も、崩壊していく金融の世界も我々が本当に求めた世の中とは大きくかけ離れたものであったに違いありません。世の中が混乱していくことを肯定していくわけではありませんが、少なくとも今のままでは、悪かったことは事実だと思います。

 そういう意味でも、その人の本当のイメージをみていくことは、最初の数秒の直感だけでは不十分のところがあります。

 子供の成長のように魂にも、その成長の過程があります。香りの勉強をみていても、その深さが身についていく過程は人によって様々な個性があります。

 直感で、輪切りのように心をみていっても、もっと大切なものを見逃していることも多くあります。

 誰の心の中にも、以前書いたように美しい物語が流れています。運に見放され、すること全てがマイナスな方向に向かっている時も、それは長い物語の途中であるかもしれません。

 魂は、何度も生まれ変わるうちに高みに上がろうとしています。次の時代でどのようなことがおころうとも、死んだ瞬間には、今まで生きてきた強い悔恨や来世の希望を抱いています。

 僕の父が他界したときもそうでした。社会的には成功者と言われながらも、その死には自分の人生に対する強い悔恨を感じられ、それをしっかり受け止めることが自分の使命のように感じて、僕は少しも泣くことが出来ませんでした。

 生きているには、色々なイメージが浮かんでは消えますが、やはりこの魂の底に流れるものをしっかりつかまえてこないと、その人の本当の意味でのイメージ、もしくは生き方をみることは出来ないのはないかと思っています。

 心をみることは、実はそれほど難しいことではありません。少し訓練をしたり、修練を積めば見えてくるものがあるでしょう。しかし、その人の本当のイメージを引き出してあげることは、簡単なことではないように思います。

 混乱した世の中にとって、再び心の中の流れを見つけ出すことが大切です。その流れの両端を静かに遡っていけば、未来や過去がみえてくるように思います。
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by fenice2 | 2008-10-09 01:42 | アロマ 香り
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