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香りを通じて感じることー殺された小さな感情

 以前のブログにも書きましたが、今の時代はもう十二分に精神世界が所々に満たされているようになって、モノと心という単純な区分けではなかなか判断がつきにくい世界観が広がっています。

 厚生省の役人を殺した人間は、無差別というよりも感情爆発の結果の行為であるように思いますし、物取りの犯行でも無ければ、私怨などから出た狂気とも違っているような気がします。

 香りをつくることで、内面にある世の中の動きを読み取っていけば、今は大きな社会の枠で人の感情をコントロールしていこうとする動きが出てきているような気がしていましたが、今日も勉強会をやっていて、はっきりと小さな感情が抹殺されていく姿を目の当りにして確信を持つようになりました。

 人の感情は、大きく笑ったり、泣いたりすることばかりでなく、その間にあるなんとも単純に表現できない部分にも大切なものが存在しています。それを情緒と呼ぶこともありますし、心の中の奥深い部分の表現ということもあるようです。

 目にみえないもの、はっきり意思表示がされていないものは、ゼロに等しく強く出てみたり、大きな感情に訴えるもののみを拾い上げていこうとしていますが、それによって、小さく沢山の感情が蔑ろにされていって、粗いコミュニケーションを築くにいたっています。

 小さな感情たちは、多くが何処かに押しつぶされ、幾つかは別の感情に変質されてしまうようです。しかし、そのものの多くが何処に流れていくか誰もわかりません。

 誰かを呪術によって、抹殺していこうとした日本や中世ヨーロッパでの暗黒の世界の時代では、そういうたわいもない多くの悲しい感情を頼りに、大きな力を得ていたようです。

 人を呪えば、墓二つという通り、殆どの怨念は結局は誰も幸せにすることはありませんが、そういうマイナス面をたよりにした呪術は、安倍晴明などの式神の使いのやり方などを読んでいますと、かなりの成果を出していたといいます。

 小さな感情を捨ててしまうことは、小さな存在や弱い立場の人間に対する気持ちや思いやりなども捨ててしまうことに等しいような気もします。

 強者になり、泣いたり笑ったりした生活を繰り返しても、小室氏などをみてもあまり幸福そうに感じませんし、人を好きになることも、そんなに大きく深い恋愛感情を求めなくても、なんとなく好意をもった気持ちが積み重なってくるほうが、結果的には大きな愛情を生むことにもなるのだと思います。

 僕は、若い頃から能が好きで、数えきれないぐらいの舞台をみてきましたが、あそこにある相手を察するという気持ちこそが、人の接し方の根本であって、現代のように高度に発達した心理学の作用などによって、人の心を覗き見るというのは、心の中にある多くの部分を歪めてみてしまうのではないかと感じています。

 秘すれば花、秘さざれば花ざりきとは、世阿弥の言葉ですが、要するに心の中にある大切な思いや気持ちも、あまり露骨に表に出てしまっては、違ったものになってしまうということだと思います。

 人を思いやる気持ち、心から好きになった気持ちもそれを相手に伝える以上に、その気持ちを曲げずに守っていくことが大切です。告白も一時の感情の高まりで仕方がないこともありますが、その為に心から好きになった気持ちを失ってしまうことは、なんとも悲しい出来事のように思います。

 香りをつくる原点もまさにそのあたりにあります。心の中にある大切なものを表に出さず、目の前にそのまま蘇らすことがもっとも大切なことではないかと思っています。

 
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by fenice2 | 2008-11-24 01:17 | アロマ 香り
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