<< あけましておめでとうございます。 博多の勉強会を無事終えてー次の... >>

人を愛する気持ちー出会うべき人、出会ってはならない人

f0149554_2245162.jpg


 今日は、最近思っている愛情や愛について色々書いてみたいと思います。

 人はやはり、誰でも愛されたいし、愛したいと思っていると思いますが、それがなかなか出来ないのが人の心の常なのかもしれません。

 僕は、愛するということは何よりも理屈よりも力だと思っていますが、その力というものが何なのか、香りを一緒に勉強している人達と交わるうちになんとなくわかりかけたことがあります。

 以前に半分の魂のことを書きましたが、半分以上の愛情を持っている人は稀で、今の時代のように冷めた気持ちが多い人は半分どころか、本来の三分の一の愛情しか持っていない人も多いような気がします。

 せめて半分を持っている人は、それほど寂しい気持ちになったりしませんが、半分の半分、もしくは10分の一になった人は、とても寂しい気持ちになって、愛を奪うことや与えられることに夢中になってきます。

 愛を与えていきようとする生き方をする人は、自然に与えられる人に巡り会ってきますが、反対に愛を奪おうとする生き方をする人は、必然的に愛を奪おうとする人達に繋がっていきます。

 その結果、只でさえ少なかった愛が、さらに割愛されることになって、最期に1%ぐらいの愛情しか持てなくなって、人や社会に絶望して、ついには、もっとも会ってはならない人と出会って、自ら破滅の道を進むのかもしれません。

 人が人を陥れることで、もっとも深くて大きな罪は、絶望を与えることではないかと思ったりします。愛は、強い絶望を持つことで、あっというまに消えてしまうこともありますが、それだけ愛は繊細で儚く、壊れやすく、絶望のほうがとても強く記憶に残りやすいものなのかもしれません。

 戦争がもっともそのことを証明する不幸な出来事ですが、身近なところでも現代は、愛情や愛が壊されてしまうことはとても沢山あるような気がします。

 愛する気持ちは、目に見えにくく、また余程穏やかで静かな環境でしか、それは伝わりにくいのかもしれません。

 愛情や、愛する気持ちはテクニックでもなく、愛するという言葉に頼らなくてもよいものです。

 温かさから始まって、心に残る言葉やそういう話、尽きない思いやりのやりとりなど、実に繊細でささやかな行動の積み重ねこそに、愛情や愛を感じることがあるかもしれません。

 愛情表現は、一つ一つはたわいもなく、殆ど何も感じさせないほど軽やかなものですが、それを時間のかけて積み重ねていくうちに、深く強く感じてくるものがあるようです。

 そんな愛の強さは、何かというと人を信じることにあると思いますが、人の何処を信じることかというと、性格や人間性、人柄など色々あるかもしれませんが、やはり相手も愛する気持ちを持っているということを信じていくのではないでしょうか。

 そういう意味では、愛は忍耐強く待って、育てるものでもあるのかもしれません。


 
[PR]
by fenice2 | 2008-12-24 00:18 | 愛 愛情
<< あけましておめでとうございます。 博多の勉強会を無事終えてー次の... >>