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秘められたダライラマ 母の想いの香り

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 僕自身、過去に間違った宗教を選択したことがあって、一時本当の宗教などあるのだろうかと疑心したことがありましたが、そんな暗い気持ちの中でもチベットのダライラマ14世だけは何故か、深く信頼できるような印象を持ったことを覚えています。

 それから今日まで20年以上、ダライラマの軌跡をずっと追ってきましたが、今ほど危機感を持ったことはありませんでした。随分前に、NYの或る有名な占星術家が、彼が生きている以上、チベットの自由はありえないと言ったそうですが、そのことがまた今の今まで妙に、僕の記憶に残っているのも不思議でした。

 信じるも信じないも、彼の影響を考えると中国は意地になるし、納得できることもありましたが、しかし、逆を言えば彼が存亡の危機に立たされれば、チベットの解放も近いだろうという予感を持ちました。

 そして、昨日これ以上暴動が起これば、ダライラマの地位を去ると述べられましたが、そのことがまた彼の生命の危機ではないかと思い、今の状況をしっかり捉えようとして香りをつくってみることにしました。

 僕は、余り著名な方の香りを依頼でもない限り作ったりしません、以前、或る広告会社の勧めでタレントさんの香りをつくったことがありましたが、残念ながら江原さんの鑑定のような意外なものは殆どなく、それどころか、そのプランを直ぐに真似してビジネス化しようとすることに、ため息をつかざるえない経験をしました。

 表に出て、次々に活動したり表現したりすることで忙しく、心や気持ちの中に秘められたものはとっくに失ってしまっている人が多いのだと思います。

 僕自身も、金融社会のど真ん中で生きているときはそうでした。日に日に磨耗していく気持ちや心にとても怯えながら日々を暮らしていたのをよく覚えています。

 ダライラマの最初の印象では、男性的な香りを選択していきました。パチュリやベチバー、さすがにタバック(タバコ臭)などは使いませんでしたが、芯が強く責任感を感じさせるような香りが次々と並べられました。

 彼は、女性的な香りが一切イメージになく、成る程マスコミなどに立っている彼そのものが表れているような気がしていました。

 ちょうど、数日前に或る私立高校の校長先生と教頭先生の香りをつくったばかりでしたから、指導者らしいイメージも重なったのだと思います。

 しかし、香りの世界の不思議なところは、それから200種類ぐらいの香りをいったりきたりしていると、何故だか彼が幼い子供をイメージする香りが含まれていることに気づきました。

 香りは、人間の個性や性格と似ているところがあって、どれだけ表向きは女性らしい方でも、意外な一面を持っているかと思いますが、香りも単に表面的なイメージだけでは、うまくまとまっていかない面があります。

 香りはよく縦の芸術だと言われますが、それだけに妙なバランスをつくってしまうと、なんとも不安定で崩れやすいものをつくってしまいます。

 ダライラマの子供心の優しい香りは、実は彼の母親の想いに繋がっているような気がします。ダライラマという特殊な立場に、幼い頃から立たされてしまった、お母様の気持ちにはどのようなのがあったのでしょうか。

 それに加えて、中国からの亡命と彼自身の魂の支えは、仏教への深い帰依もあったでしょうが、一方ではお母様の計り知れない深い愛情や想いがあったのだと思います。

 女性らしい香りは、ほんの少しローズを加えただけなのに、その他の50種類ほどの香料と組み合わさってくると、不思議なほど薔薇の香りそのものになってきました。

 ダライラマ14世は、今それまでの秘められたお母様の意志によって行動し、決断をしようとしています。そういう意味では、彼は男性でありながら、時代や世の中に深い母性愛のようなものを示しているような気がします。

 大変に難しい立場や、環境にありながら意外にも彼を本当の意味で生かして、守ってきたものはお母様の愛情ではなかったのでしょうか。

 それにしても、これだけ天然の香料を使うことも普段は、殆どないことです。それだけ、彼が深い人間性に根ざしたものがあるからでしょう。

 ご希望の方は、香りを少量ですがお分けします。

 僕が感じたように、ダライラマのお母様の愛情を感じていただければ、とても嬉しく思います。

 近いうちに彼は、今の立場を去るでしょう。それと共に、生命の危険も予感してなりません。

 彼のメッセージを、正確にとらえるためにも、ダライラマの心の背景を理解することが大切ではないかと思います。



                   香りの命名  ”母からの想い(Mother's Desire)"

 
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by fenice2 | 2008-04-15 00:50 | ダライラマ

ダライラマの祈り 本物と偽者の区別

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 先日、或るコンサートに参加しましたが、僕がイメージしたものとは違って(僕だけではないと思いますが)非常に落胆したものだったので、今更ながら心を扱うビジネスのあざとさや浅ましさみたいなものを感じざる得ないものでした。

 今の時代は、癒しやヒーリングなどという言葉が先に走っていって、何度もいうように不確かで目的がはっきりしないものが多かったのですが、今回もそれと同じかそれ以上に不快感をもってしまうものでした。

 そういう中でも、何処か気持ちを落ち着けていきたいと思う方もいると思いますが、おそらくその気持ちが応えられることもなく、余計に不快な気持ちが残ってしまう方もいたような印象を受けました。

 人を癒したり、ヒーリングということが特別な人やモノでないと出来ないという認識が世の中に広まっているような気がしますが、確かにそういう部分もあると思いますが、人によっては下町の小さなうどんやで食べたことや綺麗な石ころを見つけただけで、何かがふっと吹っ切れた気持ちになる人もいます。

 自分を見失ったり、落ち込んだりすることは誰にでもある経験だと思いますが、その時間があまりに長いと、何処か心を傷つけたり蔑ろにしていくようになってしまいます。

 人の心は、常に何か遠くのものを祈ったり、夢を持つことでもよいのですが、そういうものがないと暗くなり、やがては腐って変質していきます。

 完全に荒んでから、気が満ちてきて明るさを取り戻すまではそれなりの時間を必要とすると思いますが、それでも本当の力がある祈りや夢みたいな部分に触れれば、汚濁した水に清流を注ぐように次第に薄まってくると思います。

 しかし、それが必ずしも癒しやヒーリングがその清流になるとは限りません。そういうことで余計に心を閉ざしてしまうこともあります。まして、気持ちが落ち込んでいる人は、藁をもつかもうとしますから、必ず良くないものでも手に触れてしまうこともあります。

 夢や祈りを持った人間は、当然ながら人を愛したり信用していく気持ちになってきます。しかし、世の中ではそれと反対に(利益や権力など)そのことを利用しようとする人達もいます。

 人を喜ばせてあげたいという料理には、食べたときに何処かほかのものとは違う感動があります。技術面や素材もありますが、その辺りが曖昧になっているのか、怪しげなものが入り込んでしまったいるのかもしれません。

 ヒーリングボイスなどと言わなくても、気持ちがあって、しっかり技術を習得された歌には心が打つものがあると思います。最初から、癒される香りなどというテーマで香りをつくったことも僕は一度もありません。

 香りが力を持ってくるのも、その調香のセンスもありますが技術的な鍛錬もあります。素材や技術はイマイチでも気持ちさえあればというのは、少なくとも香りの世界では殆ど意味をなさないし、相手に通じることはないと思います。

 同じ技術を磨くのも、人を陥れるために使うのか、本当に心地よくさせたり感動させたりするのは全然違います。ネットや携帯などでイメージが簡単につくりやすくなっているので、やはり本人を目の前にしなければわからないことは多いのかもしれません。

 僕自身ももっとダイレクト感のある活動をしていきたいと思っています。
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by fenice2 | 2008-04-08 12:54 | ダライラマ