カテゴリ:香りの記憶療法( 8 )

キトラ古墳の幻影ー途切れた精神的な財産

f0149554_1805035.jpg


  先週の土曜日、久しぶりに車を赤いイタリア車にしたので、気分が良くなって奈良までまた古墳を見に来ました。キトラは、もう五回ぐらい行っているでしょうか。明日香村は、子供のころは父の実家が近かったのでよく来ましたが、ずっと昔ながらの時間が残っていて豊かな気持ちになれました。

 たまたま、すいていたせいもあって、壁画を見た後、ずっと近くの小高い丘で、飛鳥の過去の幾つかの都を想像しながら時間を過ごしていました。この飛鳥でもわかっているだけでも三つほどの都が出来たそうですが、短いものでは20年も経たずして、火災にあったりして見捨てられたようです。

 せっかくつくった都を捨てることは、おそらく今の現代人が考えている以上に、大きな負担や遺恨があったのではないかと想像します。それを幾つも、造っては壊さなくてはならないのには、政治的なものもあったと思いますが、それ以上に精神的なものの背景が大きかったのではないかと考えます。

 天皇や支配者を敬う背景には、モノの支配だけで治めていたのではないような気がします。この時代はシャーマンも沢山いますが、それだけに偽りの無い精神世界が強く求められていたのではと思います。今の時代のように経済など、損得勘定だけで動くような民は少なかったのではないでしょうか。

 大きな石造も幾つか残っていますが、亀石などもなんとも不思議な形と雰囲気です。大きな石造の塔のような噴水をずっと眺めていましたが、これらは支配者の遊び心の部分ではなかったと感じます。これらにそれほどの意味はないような気がしています。

 しかし、都をつくることには、とても深い意味があったのだと思っています。現代の街中の都市計画などとは根本的に違う何かがあったのではないでしょうか。

 物部氏にしろ、蘇我氏にしろ僕は、それらの人は絶対的な精神世界を自分自身に持っていたような気がしています。現代人の政治家で、少し貫禄があるなんていうのは比較にならないぐらいに、何か頼り甲斐があって、神々しいものがあったのだと思います。

 山田寺という、唐の時代の技法を模倣した巨大な寺もあったそうですが、今ではほとんどその形を無くしてしまっているそうですが、その一部が最近になって発掘されて、キトラ古墳と同じように展示されていますが、なんとも不思議な雰囲気を表しています。

 飛びぬけた精神世界や感性の持ち主は、実はずっと昔から存在していて、時代によってはとても崇拝されたり、逆に迫害されたりしますが、たった数年でもとても満たされた時間がもたらされたのではないかと思っています。

 何が言いたいのかというと、人の進化みたいなものは古代人と比べると遥かに進化したように見えますが、そうではなくて、良いものはあっという間に消え、また何事もなかったように現れたりしますから、技術的にも、精神的にも後退や前進を繰り返しながら、何千年という時間が過ぎているのではないでしょうか。

 モノの技術が進んだようにみても、精神文化みたいなものは簡単に数百年をさかのぼって退化しますし、長い時間をかけて築きあげたそういった精神世界の財産も、実は多くの都が移っていったように、全てが何かの破片のように砕け散ってしまっています。

 自分の中のしっかりした精神世界とは、簡単に言うと漠然とずっと長い過去や未来がわかってくることなのかもしれません。前世や過去世、そういった形あるものだけでなくて、人は今自分の目の前のことで色々な感情が起こることにも、それなりのストーリーがあると思います。


 自分のことを知るには、感じる力を高めていくことが大切なのではないでしょうか。人は生きているだけで実は、沢山のことを感じているように思います。知識や情報は、それらに誰かの意図が入っているので、幾らそれらを積み上げていっても、結局は自分の本当の意見や考えを持つことはできないです。

 自分だけが感じられることの情報を、もっと人は積み重ねていくべきだと思います。そのことにのみオリジナリティや深い意味があることが多いと思います。どれだけ立派なことを言っても、口から出る言葉だけで感動をつくっていくことは出来ません。

 キトラに関わらず、これからは高貴な精神性を感じるものは香りとして残していこうと思っています。

 
 
[PR]
by fenice2 | 2010-06-09 18:01 | 香りの記憶療法

キトラ古墳から新しい香りの想像ーKITORAの香り

f0149554_23133047.jpg


 久しく作品を出していなかったので、新しくキトラ古墳にちなんで、KITORAシリーズを出したいと思っています。以前から香りと記憶については、色々触れてきましたがキトラ古墳の壁画をみていて、なんとなく自分の仕事につながっていくものを見つけていました。

 エジプトの時代から、死者の霊魂、香り、記憶などは深いつながりを示していましたが、この古墳にもおそらくそれなりの皇族関係の人が、埋葬されたのですが同時に高貴な香りもそれに添えられていたのではないかと思っています。

 最近、調香の指導をしていて、明らかに心の内面に向かっていくことができる人とそうでない人がいます。誰でも心の奥深い部分には触れたくないものですが、何時までもふたをして蔑ろにしていくほど簡単ではないような気もします。

 闇をあまり気にする人もなんですが、過去の記憶を一切捨て去って、希望というより刺激のみに走ってしまう人は、結局自分の心の闇にかえって振り回されることになるかもしれません。闇には、確かに力がありますが、その闇との距離を間違うと、いつの間にか想像の世界のほとんどを支配されることにもなります。

 キトラの古墳の中で、死者は千年以上を暗闇のなかですごしてきたはずです。それなのに、気が遠くなるくらに時間を経てきて、朽ちもせずに壁画は何故か汚されていない高貴な精神を伝えてきたように思います。

 玄武は、亀と蛇の生き物ですがこれは、五行でいうところの土をイメージしたもので、僕が最も香りをイメージしやすく、今の時代とって重要な役割をするものが秘めているような気がしました。玄武のイメージの香りは、”過去の記憶への眼差し”みたいなものがテーマでしょうか?いたずらに追求することなく、そうかといって、どんな辛い過去でも簡単に捨て去ることなく、見守り続けることこそが重要な気がします。

 スピードで生きる現代人にとって、もっとも忘れ去られた心や記憶の接し方なのかもしれません。

 そのほか朱雀は、鳳凰ですから過去や未来の良いイメージや記憶を司どるものですから、調香しやすいのですが、まだはっきりイメージがわからないのは、青龍、白虎です。ともに東と西を司る神ですが、香りでイメージするには、こういった記憶とどう結びついているのかは、もう一度見に行って感じてこようと思っています。

 とりあえず、玄武から作品に取り掛かります。ご希望の方はメールにてご連絡ください。

 値段は、15ccで8千円程度を見込んでいます。fenice@bb-west.ne.jp

 このキトラ全ての香りが出来たら、他の学者の方とはまた違った一面がみえたらと思っています。



 
f0149554_2328349.jpg

[PR]
by fenice2 | 2010-06-03 00:20 | 香りの記憶療法

心の病み(闇)と感覚の歪み

 心が先か、感覚が先かというのは簡単には決めかねることですが、少なくとも心が病み、気が滅入ってくると自然と嗅覚を中心に感覚は狂いが出てきます。食べたいものも減ってきますし、それが原因で拒食症になったり過食症になったりするようです。

 嗅覚は、動物では、元々食べ物を見極め探すという重要な役割をしていますが、もう一つには敵、味方を見分ける役割もあります。他者の縄張りにうっかり入ってしまうようなことがあれば、新たな争いを招きますし、近づいてきた天敵に対しても、予め身構えることも出来なくなってしまいます。
 
 人も誰と深く付き合い、誰と距離をもったほうがよいかというのは、実際にはこの嗅覚の役割が大きいのではと思っています。俗に言う人との距離感に惑う人は、そのあたりの自分の感覚の基準を持っていない人のように思います。

 また、都会などでは基本的に距離を大きく置く傾向がありますが、その反動で心にも無い人に急に接近してみようと思ったりします。これは、自分の意識とは関係ないところで起こってしまう人間関係なので、繋がりも早いのですが、切れてしまうのもあっという間です。

 匂いには、単に良いとか悪いの他に、自分にとって相応しいかどうかなどの、より所になるものがあるような気がしています。よく、嗅覚に自信がある人が、遠い先のもので感じることが出来ると言いますが、そういう感覚とは少し違うのかもしれません。

 人には、知性があり、また様々な経験が記憶されています。嗅覚は、それらの総合判断のような気がしています。よく刑事ドラマなどで、犯人をくさいなどどいう表現を使いますがあれに似ていると思います。

 何もかも自分の感覚の基準を失って、心が不安定になった人には、その方のルーツの香りをつくるように心がけています。その人の故郷や両親との思い出、子供の頃に暮らした環境など、それらがその人の帰るべき感覚の元になります。

 お墓参りをしたり、先祖供養などもそういった嗅覚のルーツを意識付けてくれるものなのかもしれません。

 何も考えずに、好き嫌いをした感覚の剥き出しだった子供時代にも、今の心の迷いや悩みを解き明かしてくれるヒントが沢山あります。

 何故あるものが好きで、嫌いかということは実は単純なようで深い意味合いが多いことがあります。まさに我々の個性そのものをきめているのも、そういった感覚であり、その感覚の塊が感性になっていきます。

 感性は、霊感などとも違いますし、第六感などといわれるものと似ているようで少し違うようです。確かに世の中は不思議なことが沢山あり、直には理解できないことも僕自身もあります。しかし、そういった特殊なことよりも、もっと我々が今生きていて感じなくてはならないことは無数にあります。

 大切に思う人があれば、それが身内であろうと恋人であろうと、自分のあらゆる感覚を駆使すれば、それほど争いごとになるようなことはないように思います。相手が、何を考え、何に感動したり、何に深い絶望を覚えたり、そういうものは、精一杯感じようと思えば、きっと分かるはずです。

 勿論、こちらが幾ら分かったつもりでいても、相手が良い状態でないときは、ずっと待たなくてはならないのですが、その間も何をしたらよいかは自然とわかってくるはずです。

 そういった、精一杯感じようとしないで特殊な世界からの答えを待つことは、負のスパイラルをつくってしまい、結局は誰も幸福にしないような気がします。

 これからの時代は、誰もが子供ような無垢な感覚を持ち、かつての芸術家のような感性をもつ人が世の中に増えてきます。

 摩訶不思議な世界は、この世の逃避場所ではないと思います。もし逃避場所のようなものになっているなら、その方は現実の社会を見捨てたことになると思います。

 社会を見捨てた人が、社会から見捨てられるのが道理です。

 
精神世界ランキング
 
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 心理カウンセリングへ
 多くの方が見れるようなクオリティに努力してまいります。
[PR]
by fenice2 | 2010-01-08 13:13 | 香りの記憶療法

香りの記憶療法について

 心の病と言ってもとても範囲が広い、調香で果たしてどれぐらいことの出来るか、ここ10年近くは模索状態でした。

 香りは、面白いものでその方の一つ一つの反応をみているだけで、好き嫌いだけでない内面の様子が伝わってきますが、それは視覚でも、赤を見せた後に白を見せるとその残像が映るように、多くの香りを聞かせて頂く連続で、それ自体では分からなかったものが、他の香りと比較するとみえてくることあります。

 世の中で、アロマなどの香料が流行りだしましたが、結局香りの奥深さは、僕は混ぜ合わせること、調香にあるのだと思っていましたので、仕事として地道に続けていましたが、ここ5年ほどは個人個人の香りをつくることを中心に自分の中であまり、きまった製法を定めずに作り続けてきました。

 その中で、やはり心の奥深い部分でのカウンセリングになっていきますが、そういう方の香りをつくる場合で何を軸に香りをつくっていくかについて随分試行錯誤をしました。好きと思われる香りを調香していくのもよいのですが、一時の気休めになっても本当の意味で香りをつくる意味が無くなってしまうのではと感じていました。

 実は、心というものも幾つかの香りや匂いの集合体で、複雑に混じりあったもので出来上がっているのではないかという仮説を立ててみました。やはり高貴な心の持ち主は、芳しい香りがして、邪念や欲望にまみれている人は、独特の臭気があるような気がしました。

 嗅覚には、まだまだ未知の不思議な部分がありますが、少なくとも僕がそう感じた匂いや香りはカウンセリングをしていて、見えない世界を明らかにしていったように思います。そうやって考えると、人は摩訶不思議な能力に憧れてそれを追い続けるよりも、本来は感覚を磨くことにもっとより深い意味があるのでは、思うようになりました。

 第六感、チャクラなど古代人が残した五感では拾いきれないものがありますが、僕はそれらも実際にはとくに嗅覚を磨いていけば、つながるものが見つかってくるのではと思っています。

 香りのカウンセリングをしていて、ふと重く暗い感じの匂いに触れることがあります。僕はあまり込みって相手の過去や心には触れませんが、やはりそこから話をすれば大体のことは繋がっていきます。

 心に悪魔が住むには、それに相応しい空間が必要です。その空間には、常に臭気が漂っていて悪魔を招きよせています。

 臭気の原因は、色々な悪感情、恨みや憎しみ、後悔ですが、それが強い記憶を呼び戻す原因になっているような気がします。感情、記憶、匂いや香りはそういうふうに色々な形で結びついていうようです。

 悪い感情を抱いてしまった原因を、一つ一つ香りを交えて解決していきます。臭気一つ一つに対峙する香りの選択が必要になってきます。TVの宣伝のように臭いものに、別の香りでカバーしても根本的な解決にはなりません。まして、心に関係している匂いなら尚更です。

 ユリの花を例えにとると、この花があった時期に悪い思い出がある人は、この花の香りを聞くたびにそういった過去を思い出してしまいます。しかし、本来、この思い出には匂いはないはずですが、悪い記憶が匂いの記憶として心の何処か(脳も関係していると思います。)に残します。

 本当は、悪い思い出そのものにユリの香りが含まれているわけではないです。ユリの香りは単なるきっかけに過ぎないのですが、どうしても好きにはなれなくなります。

 この場合、ユリの香りは全く関係ないのだと分かってくるだけで、その負の記憶システムは、破壊されてきます。これは簡単な例ですが、もっと複雑な仕組みから悪い記憶がずっと心から離れずにとどまっていることもあります。

 いずれにせよ、感情を啓発すべき匂いの元をうまく分散できれば、それは感情としてイメージされてこないので、記憶も蘇ることもなくなってくるようです。この仕組みは、香りの勉強会に多くの人が参加して頂いた結果わかってくるものでした。

 心の病が、殆ど解決できるなどとは言いませんが、この香りと記憶の結びつきを解いていったことで、多くの可能性があるのではと思っています。前世療法のように、新しい分野の治療法として確立できれば思っています。

 僕以外にも、この療法が出来そうな方が数人育ちつつあります。過去の忌まわしい記憶から逃れることが出来て、一人でも多くの人が、新しい未来に向かっていくことが出来ればと思っています。

 今年は、僕の仕事の中心はこのことになりますので、勉強会でもこのことには今まで以上に触れていきたいと思っています。

 精神世界ランキング
[PR]
by fenice2 | 2010-01-03 16:55 | 香りの記憶療法

故ダイアナ妃の思い出ー詩仙堂にて、香りの記憶療法について

f0149554_10465329.jpg
f0149554_10472388.jpg


 詩仙堂は、季節を問わず訪れるようにしていますが、昨日は天気の悪かったせいもあり、半分諦めの気持ちで訪れましたが、意外なほど紅葉が綺麗だったので豊かな気持ちで帰ってきました。

 詩仙堂は、故ダイアナ妃が好きな場所であったらしく、ご自分の手記にも何度かその名前が出てきますが、そのことが余計に僕自身何度も足を向かわすことになりました。

 京都は、多くが山に囲まれていますが、やはり嵐山もそうですが山側に近いところほど紅葉も綺麗で街中があまり紅葉していなくとも、綺麗な紅葉を見る機会が多いような気がします。今年は特に、京都でも綺麗なところが少なかったので、やっと秋が来た感じがしていました。

 香りの勉強会を通じて、こういう京都の自然や文化に触れることはとてもあり難く思っていますが、僕自身香りをつくることを通じて最近、益々心や精神の治療のような方向に向かっていることがよくわかります。

 心が病むとか、精神が荒廃するということは最近では当たり前のようにいわれていますが、勉強会や個人の方の香りをつくるうちにやはり、何故そういうふうになってしまったのかということを、一人一人カウンセリングしてきました。

 また、即効性はないものの、長い時間をかけて香りを接してくるとそういった心の病の多くから開放されてくるのをみて、理論的にはまだ不確かなところがりますが、結果が出ていっているのをみて近い将来必ず香りの療法として確立されてくるのではないかと思っています。

 先日も、朝日新聞の取材をお受けしましたが、やはり香りが、何らかの次の時代を担うキーワードになってくるような予感に思っている人は多いとのことでしたが、僕自身も日々そう感じています。

 香りの潜在的な可能性を見つけていくには、やはり純度の高い香料で調香によって色々な角度をみていくしかないような気がしています。アロマもかなり試しましたが、幾ら天然でも元々単価の低い香料をどれだけ合わせていっても、そういった心や精神につながるものは見出していけないのではと感じています。

 雑草や道端にあるようなアロマの香料は、体に摂取することによって薬として効果のあるものは多いと思いますが、百草丸のような胃に効くようなものが、香料の部分で、現代の心の病に可能性があるとはいえないような気がします。

 ローズやサンダルウッドなども高価なものは、心の治療には効果的と思っていますが、僕はある天然の香料が現代ではもっと効果があると感じていましたが、勉強会などでもやっと使い始めましたが、皆さん香水でもアロマでもない香りが出来上がってくるのに驚いているようです。

 香りのカウンセリングを通して、治療のようなものを続けていくうちに、だんだん現代の心の病がどのようにして起こってきたのかをわかるようになりました。勿論、個々人として違いますし、結果が出にくい方もあると思いますが、今占いや人生相談などもその知識と経験に頼ることが多いと思っています。

 僕自身も含めて、現代人は日々感覚を歪まされ、感性を失っています。普段は気づかないそういった内面の状況も、大きな決断や人生の岐路についた時に大きく左右することになります。

 困ったときにアドバイスを求める産業は、今の時代は幾らでもありますが、お金で手に入れたものと自分自身で掴んだものとでは雲泥の差があるような気がしています。僕自身は、自分の本当の意味での感性を育てる場所や環境もそういった産業とは別の部分でも出来てこなくてはならないのではと感じています。

 
[PR]
by fenice2 | 2009-11-30 11:46 | 香りの記憶療法

嵯峨野にてー花が持つ不思議な愛情

f0149554_19363299.jpg


 嵯峨野を歩いていて、本当に少しづつですが、世の中や時代が変わっているのではないかと思っています。去年、同じ時期に同じように歩いた道も、何処か温かく感じるような気がします。気候のせいもありますが、自然の中では、人が考えている以上に、もっと先に動いているような印象を受けます。

 景気は悪く、人の心は乱れがちですが、本当に悪いことばかりではないように感じます。目先のことは暗いことが多いかもしれませんが、僕はやっと日本も困った国を助けることが出来る役割を果たしてくるのではないかとも思っています。

 文明が終末になると、やたらと巨大な建造物を建てたがるそうですが、東京などの大都市では、そのうち一つの街が入るような、地下都市も出来上がってくるかもしれません。大手のデベロッパーなどの話を聞くと、もう地上は時代遅れだそうで、これからは地面がテーマらしいです。

 飛行機業界が、駄目になってくるのも、空や地上の時代が終わったことを告げているような気がします。摩天楼のように上に積みあげる時代は終わり、やっと多くの人は地球の内面に向かって関心を持つことは、僕は悪いことではないと思っています。

 人の心や潜在意識など、本来もっと人が付き合っていく上で重要なことを、今ままでにあまりにもおろそかにしてきたような気がします。人の信用が地位や財産や、家柄だけのものでしたら、結局はいつも何処かで寂しい人間関係をつくってしまうようです。

 婚カツも良いですが、もっと心から交流できる人を探していくほうが、もっと面白いような気もします。人が本当に相手のことを理解しようとしたり、自分の奥深い部分を伝えようとすれば、詰まらない諍いや衝突はかなり少なくなっていくのではと思っています。

 恋愛は、時に大きな力を与えてくれますが、相手を理解しないでいるとそれは知らないうちに、天に向かって高く積みあがってしまうこともあります。人の気持ちにも上に上がってしまうものと、横に広がっていくものなど色々です。

 高く積みあがったものは、やがてその重みに倒れてしまいます。自分の気持ちで一杯一杯になってしまう人や、思い込みが激しい人は、心に気持ちの摩天楼をつくってしまう人です。

 愛されることや、好きに思われることは不快なことではありませんが、いつ倒れるかわからない気持ちを積み重ねていくことは、何時かは周囲の人に迷惑をかけることになります。

 気持ちに強さや、見た目の大きさよりも深さや心地よさを問われる時代になってきました。



 小さなコスモスには、可憐な気持ちがあるような気がします。誰かこのコスモスを愛して、好きになっても、それほど大きな罪には問われないような感じがします。コスモスは多くの人に愛されますが、それでも浮気ものといわれることはありません。

 花が本来持っている愛情は実に不思議なものです。小動物も多くは愛を返してきますが、花には金輪際かなわないような気がします。

 愛情が分からなくなって、寂しい気持ちになりそうになったら、花を愛でる気持ちを忘れないようにすべきです。ささやかで、とても小さな愛情ですが精一杯愛を返そうとしていることがわかります。何かを愛することも本当は、こういう地味で小さなものでよいのかもしれません。

 愛の大きさに惑わされないように、愛の強さに惑わされないようにと、コスモスの香りをきくと囁いているような気がしてきました。


 
 
f0149554_1937666.jpg

[PR]
by fenice2 | 2009-11-24 20:21 | 香りの記憶療法

香りの記憶療法


 最近、料理を男性もつくる方が増えているのは、とてもよいと思いますが、流石に香りを勉強している方は殆どが女性です。それが良いのか悪いのか解りませんが、殆どの男性は香りに対して強い先入観があるのかもしれません。そういう点からも、今の男性は年齢にかかわらず、保守的な人が多いのではないかと思います。

 今、色々な人に幕末の志士、坂本竜馬などの人のイメージをつくってもらっていますが、女性はともかく男性は、およそ革命を起こすような人は、現代では少ないような気がします。

 感覚的で、理屈の無い世界になればそれだけ女性のほうが有利だという人もいますが、それは過去も同じで、男性でも僕もそうですが、女性以上に感性が強い人もいます。(むしろ最近は、女性が男性のように、理論的な考えの人が多くなったので感覚でも弱まっているのかもしれません。)

 話が、大分それましたが、今回は香りと人のイメージや心がどう関係しているのかわかり易く書きたいと思っているのですが、誰かが悪いことをすると、どうしてそうしたのかを理解しようとしますが、それはどうかすると全体のイメージやその人の人生観をみようとするからなのかもしれません。

 しかし、最近の色々な事件にしてもその数が多いこともあるかもしれませんが、一つ一つ顧みる暇もなく、マスコミもまるで垂れ流しのように放送していることは、とてもよくない傾向だと思ったりします。

 人の心や気持ちも複雑で、誰でも簡単にわかることが出来ないかわりに、絶対という価値観も存在していないのが現実です。誰もが、自分の心は自分が管理者だと思っていますし、誰よりも解っているような気がしています。

 気持ちは、そういう心から発した一部分ですが、それが独りでに何処かにいってしまって、他の人の心に入りこんで、良い意味でも悪い意味でも影響を与えることがあります。

 人の心に入り込んだ、自分の気持ちまで責任をとることは難しいことですが、相手がどういう人かわからないままに、深い気持ちで交流をすることは、とても勇気もいることですし、殆ど良い思い出を残しません。

 一つ一つの感情や受け答えが、何かはっきり結びついていかずに、それでいて強い感情などがあれば、時には傷ついてしまうか、最悪の場合は相手を恨んだりしてしまいます。

 香りにたとえると、一つ一つの香りは好き嫌いがあるはずなのに、それがしっかりしたイメージでまとめられたものであれば、そこで単品できいたものでない一面をみるからなのかもしれませんが、性格の悪さや逆に才能とみている面でさえも、全体のイメージによっては、それが上にも下にもいってしまう価値観を作り出していきます。

 香りがよいというよりも、香りを作り出す世界が目にみえない、とても不確かなものであるためによく心や精神と対比されますが、心もその全体のイメージや、核みたいなのを失うと、一つ一つを、品評されたり、指摘されたりしてきますので、それ自体を治していったり、変質させていくうちに、バラバラになったような気がしてくるのではないかと思っています。

 少しひねくれた部分も、シャイな所もその人の生きていく全体のイメージ、生きていく意味の上では重要なところです。逆に、今どれだけ社会でもてはやされていようと、自分の全体の全体のイメージから遠ざかったものは、その人の心から離れて、根拠の無い虚無の世界に飲み込まれていきます。

 恋愛関係でも、自分から愛しているというよりも、よく好きにさせられている人がいますが、その気持ちも何処にも落ち着く場所はなく、現実世界をさ迷ってしまうだけです。

 核と全体は、とても密接なもので、全体がみえない人は中心が何処にあるかわかりませんし、核がみえる人は、全体の広がりがなんとなくわかってくると思います。これは、香りをつくるうえの極意のようですが、現実の社会や心も同じではないでしょうか。

 香りを組み立てていると、時々色々なことを思い出したりしますが、それも何処かで記憶の整理をしていることに似ているのかもしれません。心地よい香りをつくるように苦心していると、何故か良い思い出や楽しかったことが強くなって、嫌なことを殆ど忘れてしまっていることもあります。

 あまり論理的はありませんが、同じように記憶をしていて単に機械のように羅列していくことは良いことではないように思います。楽しいことをより楽しく、嫌なことをより綺麗に取り除くことも
生きていく上で大切なことなのかもしれません。


 
[PR]
by fenice2 | 2008-10-31 20:46 | 香りの記憶療法

心の記憶(香りの記憶療法)

f0149554_2334224.jpg

 香りをつかう仕事が始まると、全く時間の感覚を忘れてしまいます。まず調香することで、大切なことは何の香りを選ぶかということにあります。

 無作為にとったものが根拠があるものもありますが、香りに関してはその判断をする中で、必ずしも目の前にしたものを選んだからといって、それほど重要な意味があるとは限りません。

 同じグリーン系のものでも、森をイメージしたものをチョイスするのか、高原のような緑のイメージをしたものを好んでいるのかは少し意味合いが違ってきます。次に花の香りを選ぶ際も、色が鮮やかで、匂いが極み立ったランのようなものを選ぶのか、小川の土手のミモザのような軽やかな香りを選ぶかでは、またイメージするものが変わってきます。

 そうやって、香りで森や花、人や建物をなどを自ら選び、イメージしていくのですが、何時しか好き嫌いで選んでいただけでなくて、香りに引き寄せられるように、不思議な感覚でチョイスしていっているのがわかるようになります。

 もっともこういう体験が出来るのは、こちら側からかなりしっかり手引きをしていかなくてはなりませんが、どのような方でも数時間は接していると、あまり選びきれなかった人でも順次パズルを積むように香りを選んでいって、何かイメージが出来上がってきます。

 一つ一つの香りからは、小さな断片的な記憶や思い出しか浮き上がってきませんが、それが何十種類と重ねていくうちに、ずっと心の深い部分に降りていくような感じになってきます。勿論、心地よさも手伝っていますが、妙な恐怖心やおそれみたいな感情もありません。

 15分おきか、もっと時間をおいて香りをきいてもらうと、先程まで好きだった香りでも、突然に嫌いになることもあって、逆に本来もっとも嫌いであったはずの香りでも、段々香りをきくほどに好きになってくることも多くあります。

 香料や香りそのものは、何の変化もしていませんが、気持ちや心、感覚的なものは、その前後にきいた香りの影響や、様々なものが情景としてイメージされてくるにつれて、活発になにかを伝達しようとしてきます。

 人によっては泣く方もおりますし、人によってはそのイメージを語っていくうちに、かなり落ち着いた気持ちになってくる人もいます。過去に様々なドラマや記憶があることで、今の感覚的なものが決められて(狭められて)くることが分かるかと思いますが、今まで、無意識におこっていた感情などがどこにつながっているかが分かると、金縛りや突然起こっていた不安感などが消える方も居るようです。

 それが前世なのか、わかりませんがあらゆるストーリーやエピソードがあって、自分の感覚や感情が出来上がっていることを知ることは、どのような人でも本当は必要なことではないかと思うことがあります。

 生命も今感じている感覚も、長い流れの中で生まれています。すべてではありませんが、香りはその目に見えない世界を表に出すには良いきっかけをつくってくれるようです。
[PR]
by fenice2 | 2007-11-13 00:56 | 香りの記憶療法