カテゴリ:奈良( 3 )

奈良と香りー重く奥深いもの

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 和辻哲郎は、大体目を通しましたが、風土だけは言おうとしていることは分かるのですが、やはり香りを勉強しないと無理があるかなと思っていました。精神と心、それが香りとどう関係しているのかということは、やはり調香についての知識や情報がないとわからないことがあります。

 時代が行き詰ってくると、心を見つめる人が多くなり複雑な経路や言葉を使って、それが何であるかを見ようとしますが、僕はそれも暫くすると飽きてくるのではないかと思っています。心や精神は、確かに複雑でよく分からないところは多いのですが、捉えようとすると離れ、複雑にすればそれだけ気が重くなってきます。

 奈良は、僕にとっては一族のルーツなのですが、そこに近づきたくもあり、離れたくもありという複雑な感情で子供の頃から接してきました。それと、個人的には何故この地を都として、離れなくてはならなかったのかということについては、ずっと関心を持っていました。

 良いも悪くも奈良には、重い匂いというのがあって、それが内面を見る環境、仏教の内観や哲学的な思考や発想にはとても良かったのですが、その重さに耐えられないというか、飽きてきた人たちが多くなってきたのではないかと感じています。このことは、またゆっくり書いてみようと思っています。


 奈良出身の方の香りは、考えてみたら殆どおつくりしたことがなく、今回ほぼ初めてつくりましたが、僕が良いなと思ったものを殆ど気に入ってもらったこともあって、やはり僕はこちらの土地の人間なんだと改めて気付きました。

 多分、この地方の人たちは自分では気付いていないのですが、飛びぬけた落ち着きを求めるところがあり、それが人やモノの、質感やクオリティーを求める背景になっているような気がします。京都もそうですが、これだけの歴史的な建造物や無形文化財を残していくには、そこに住む人にもそれだけの精神的な負担や犠牲を強いることもあり、それがまた他県の人から見ると気難しい一面として見えるところなのかもしれません。

 京都や奈良は、不思議と縁がない方は住むことはなく、仮に住まいを見つけても殆どそこにいないということもあるようです。そこに昔から、選民思想みたいなものが生まれてきましたが、今でもそういった誇りみたいなものは、こういった都市に住む人にはあると思います。

 奈良を離れ、大阪に住むようになった父たちは、どうしても大阪が好きになれず、そうかといって奈良にも帰らずに、東京や名古屋で起業し、やがて全国に支店を持つまでになりましたが、奈良は何時も別の見方で見ているような気もしていました。

 聖徳太子は、斑鳩の地で千年王国の構想を立てましたが、それが実現されたのは皮肉にも平安京で、その辺りがどうも僕は、日本の根源的な思想や考え方の根本があるのかなと思っています。日本人のとしての誇り、ルーツみたいなものは京都だけでは担いきれないものがあるような気がしていましたが、果たして奈良が無ければ京都は都として成り立ってこなかっただろうと感じています。

 近いうちに奈良にも、住まいか事務所を設けようと思っています。今後の香りをつくる上でもとても重要な場所になるのではと思っています。夕暮れの若草山の匂いは忘れられないものがありました。

 当分は、奈良、京都を往復しようと思っています。


 
 

 
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by fenice2 | 2011-06-17 13:45 | 奈良

瞑想についてー時間と背景、再び玉置神社にて

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 性懲りも無く、また長い時間を掛けて玉置神社に、行ってきました。今回は、1年以上香りを勉強している方と一緒だったので、名古屋から出発して、尾鷲を回って熊野の奥地に入っていきました。

 時間は結局は5時間近くはかかったと思いますが、しんどい山道が、2時間以上続いたのには、時々気が滅入りそうになりましたが、晴天で景色はこの上ないものがありました。

 僕は、滅多に瞑想をしないのですが、この場所に来ると何故かそういう気持ちにそそられます。心地良い神社というのは、下界にも色々ありますが、千メートルの山々に囲まれた千メートルの場所が余計に、心の内面に向かって自分の気持ちを沈めていきます。

 最近、瞑想ブームなのか、京都でもよくそれを行う場所はありますが、余程の環境が揃わないと、無下に瞑想は避けたほうがよいのではというのが、僕の持論です。瞑想は、時に心を大きく開いて周りの気を呼び込むことになるそうですが、それならば出来るだけ空気の綺麗な神々しい場所でやるのが良いと思います。

 僕も、街中でも時々目を閉じて色々考えたり、夢想したりしますが、瞑想はかえって邪念が入りやすいので、そういう場所ではやりません。

 それが修行不足だとか指摘する人も居ますが、果たして瞑想がそんなに苦しい思いをしてやるのがよいのかは疑問です。ヨガのように、もっと体を動かしてリラックスさせていくもののほうが、心にも体にも健全なような気がします。

 瞑想は、基本的には、自分の気持ちを心の中に沈み込めていく作業で、もし自分の気持ちに荒々しいものが多くあれば、かえって心を乱してしまうことも多いです。犯罪者は、意外と瞑想癖みたいなものを持っている人が多いように思います。

 瞑想は、自由に自分の心を開くことが出来る、ものですが、昔からそれをしっかりやりたいがために、茶道や香道などの文化が発達したとも言われています。

 香りをつくるときは、確かに半分瞑想状態のようなときもあります。しかし、それもよほどしっかりとしたイメージが出来上がってからでないと、単なる思い込みで作り上げてしまうことにもなります。

 また、瞑想は現実逃避のような状態を心に習慣づけてしまうこともあります。自分を無にしてまで、受け入れなければならないことは、実際に世の中ではそれほどあるようには思いません。

 感覚を磨いて、正しい情報を受け入れるようにして、それでもわからないことがあれば瞑想するのも良いのですがその場合でも自分の周りの空気や背景が大切なことは言うまでもないです。

 瞑想で文化は出来ませんし、人の幸せ心の平安もそれで得ることは難しいと思います。

 また、続きを書きます。


 

 

 

 
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by fenice2 | 2009-12-16 02:07 | 奈良

祇園祭りー月と太陽が逆転し京都に隠されていた役割が現われる


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家康が、二条城の建設と名古屋城の建設を同時に行うことによって、皇室の権威を封じることだけでなく、皇室が持つ大きな霊的な背景をも、神仙苑を分断することで、失わせていきました。

 聖徳太子は、千年大国をグランドデザインして確かに、平城京から平安京に移った推移は、政治的なものもありましたが、結局その両方で、国の力のバランスを取るだけでなく、人々の心のよりどころのようなものを、その二つの都が存在していたことで示していたのかもしれません。

 そういう意味では、平安京(京都)は太陽のような役割を示して、政治的にも表舞台の存在でありましたが、平城京(奈良)は月のように、華やかな舞台の裏側で、仏教などの精神的な支柱を作り出していったのではないかと思っています。

 一時、政権の中心が鎌倉に移ったときもありますが、結局はその二つの都の存在が日本の文化や民族の精神性みたいなものを作り出していったことの影響は大きかったと思います。

 しかし、家康によって京都と皇室の影響力を封じ込めることで、江戸はさらに大きな建設的なパワーを見出していきましたが、その力をさらに高めるために、江戸の街を徹底した風水師や陰陽師にデザインさせていったのは有名な話ですが、そのせっかくの過去の偉大な遺産も、今や無節操なビル郡のおかげで、ほとんどが意味がないものにされているような気がします。

 江戸は、その後東京になって、まだ繁栄していきましたが約400年の間の中でほとんどが江戸時代であって、果たしてこれから先、その倍の500年以上も中心であり続けたり、繁栄することがあるだろうかと思うと、どうも疑問に思えてきます。

 少なくとも、僕は香りをつくっていて、最近の東京の異常なほどのエネルギーのレベルダウンは今まで感じたこともなく、そういう中で今度の皆既日食の日によって、東京の日本の中での太陽の役割は失ってしまうのではないかと感じています。

 世界的には、アメリカもその中心的な役割を終えてきますが、少なくとも日本の中でも輝く場所というものが、ゆっくりと時間をかけてこの22日の皆既日食を境に変わって行くような気がします。

 京都がそれに変わっていくとはいいませんが、今年の祇園祭りをみているとかつてないほどのパワーを感じています。四条通りの長刀鉾も、僕の住んでいるところからは、目の前ですが、それが上の写真ですが、その他にも、32ほどの山鉾があります。詳しくはこちらをどうぞ。http://www.gionmatsuri.jp/

 名古屋城は、かつての栄華を蘇らせようとして、本丸御殿の復元に力をいれていましたが、この所の不景気でその動きは、どうもフェイドアウトしていっているような気もします。それと前後して、何故か二条城の壁が崩れたりして、家康が築いてきた京都封じの仕掛けも少しずつ、壊れかけているのかもしれません。

 再び、京都が太陽の役割に戻り、日本の中心的な役割になれば、また長い都の歴史が始まるでしょう。地元の人は皇族が御所などに帰ってこられることを心待ちにしています。

 経済でなく、人の気持ちやマインドがもっと大切な時代になれば、悲しいほど東京にはそれが残せる場所は少なくなっています。人がそこで育ち、多くの思い出を残していくことができるのは、故郷のような深い郷愁を感じられるからなのだと思います。

 京都は、僕はかなり経ってから住んでいますが、それでも至る所で懐かしさを感じているようです。やはり10年や20年の年月ではほとんど変わらない風景がいくつも街に残っています。そしてこの祇園祭りもそうです。

 最近、元気を感じられない人は、一度騙されたと思って祇園祭に足を運んでみてください。ただ、京都市内は100%宿泊は困難なので、近隣の街や県に確保しておいたほうがよいと思います。

 







 
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by fenice2 | 2009-07-15 00:31 | 奈良