カテゴリ:夢 希望( 8 )

心と夢の関係ー夢をかなえることと夢を持つこと

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 夢の宣告と言う題だそうです。なかなか深い意味合いを現しているので面白い絵だと思います。

 僕はこの仕事で、ヨーロッパなど色々な人種と接してきてわかったことですが、やはり日本人がもっとも繊細な感覚を持っているのではないかということです。香水や香りというと、どうしてもフランスなどの調香師を想像してしまいますが、料理などをみても今は、主流が殆どが和食が中心になっていますが、そのうち香りの傾向も和のものになっていくと予測しています。

 繊細な感覚を持っていながら、なかなかそれをうまく使い切れないのは、日本人自身が、その感覚を掴み切れていないのではないかと思っています。

 ファッションやアートみたいなものをみても、フランス人はその組み合わせやセンスには独特のものがありますが、調香の世界でも長い間その地位をリードしてきましたが、そろそろご引退の時期ではないかと感じています。

 しかし、そうかといって日本人は繊細な感覚をもっていながら、こういった組み合わせのセンスといいましょうか大胆さみたいなものは、なかなかうまく表現していくことが出来ません。そこに僕は、心や想像することの欠陥みたいなものがあるのでは感じています。

 魯山人が、ピカソと会ったときにあまり芸術的なセンスを感じなかったといいますが、それも僕は満更はったりだけではなかったように思います。欧米人の多くは、目が良いといいましょうか、視覚のからの文化が始まっていますから、聴覚おろか嗅覚までもそれに大きく影響されてきたと言ってもよいと思います。

 しかし、日本の精神性の真髄には無の世界の体感や禅などの瞑想の世界も、視覚以外の感覚で心や社会をみていく文化や習慣があったように思います。

 あちらの感じるというのが、視覚の驚きにあることに対して、日本人の感じるはもっと内面の奥深さにあるのではないでしょうか。

 僕が、つくる香りの世界はちょうど昔の機織で何枚も生地を重ねて編んでいく、ゆっくりした工程ににているのかもしれません。もしくは、香料を選んでいく作業は、瞑想をして目の前の人が一体何が、合うのかを心眼していることに似ているのかもしれません。

 しかし、そういった深い感動は時には残酷な結果を生みます。それがはっきり伝わる人には、自分の心に大きな変化が訪れますが、そうでない人はそれに乗り切れずに、少し驚いた感情のあとに、深い絶望を抱くことにもなります。

 やっと、本来のテーマに戻りますが、それが自分の本来の心の姿に触れたときの状況に似ているのかもしれません。人は、よく人生に絶望したなどと言いますが、実際には自分の心に触れながらもそれを受け入れることが出来なかったことに、絶望したのではないかと思えます。

 よく夢はかなえるものだという人がいますが、僕はそれは半分あたっているようで、少し違っているのではと思うことが多いです。実は、夢をかなえる事よりも、夢を持っているほうが人生を生きていくことにとっては、もっと大切で有意義なことではないかと考えたりします。

 夢をかなえることが出来たのに、惨めにも虚脱感を感じてしまう人もいれば、なかなか自分の夢が現実化しなくとも、明るく生きて目の前の辛い出来事も乗り越えていく人もいます。

 かなえられた瞬間から夢ではないのですから、それは本当は夢ではなくて、目標ぐらいのものであったのかもしれません。夢というのは、もっと途方もないもので、絶対に一人生だけでは達成できないものが夢とやっと呼べるものだと思います。

 しかし、心は本来はそういった夢をあわせもっているものではないかと思います。それと比べれば世の中の色々な願望など単なる通過地点に過ぎないのだろうと思います。

 途方もないものが夢であり、心であるのかもしれません。それらは切っても切り離せない関係なんだろうと思います。日本人のルーツや文化には、そういうことを気付かしてくれるものが、他の国に比べて幾らでもあるような気がします。

 結果にこだわらずに、自分の想像力を高めていくことです。想像力が高まれば、やがて大きな夢にも触れることがあると思います。そこで、今までに無い新しい価値観が生まれてきます。

 僕は、時々自分は香りの世界のテロリストだろうと考えたりします。従来の価値観を砕いて、新しい技法を生み出す人間は、みんなそのようなものなのかもしれません。
 

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by fenice2 | 2010-02-11 23:50 | 夢 希望

何気ない愛情と特別な愛情

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 色々な方と接していると、確かに心が病んでいるというか弱っている人が多いのではと感じます。しかし、もっと前から自分の心を見つめていればここまで悪くすることはなかったであろうと言う人も多くいるような気がします。

 僕自身、自分の心を見つめていても時々、何か本当で何が嘘なのか全く分らなくなってくることもあります。世の中の真実などは、狭い範囲の価値観で、どうにでもなるようなこともあると思います。

 今の世の中も何かというと先行きが見えなくなったということを繰り返し言いますが、大体結果が見えている映画に面白いものがあるでしょうか。今の社会の形は、少し前の多くの人たちが心に描いていたことがそのまま形になっていったのではないかと思います。

 即ち、幾ら先が約束されているといっても、こんな詰まらない毎日では夢がないとか、現状に不満があってそれで少しずつ壊していったり、気付くと今の結果があるのでは思います。勿論、自業自得や自己責任というものが、全てにあてはまるとは思いませんが、長い時間の思いや形が、今の自分の色々な環境を作り出していくような気がします。

 今、景気がどうとかもっと生活が楽になりたいとか、もっと切実な願いの人もいると思いますが、単に経済的な原因だけを解決して言っても、結局はまた心の問題にあたりますから、僕はしんどくとも心の問題から先に見つめていくほうが大切ではないかと思っています。

 多くの問題を抱えていると思っている人は、自分の心と向き合っていくのは大変ですからかなりの時間がかかると思います。その間、現実的なことが色々疎かになってしまいますが、仕方がないこともあると思います。

 問題は、単なる我侭や気まぐれで自分の生活や環境を破壊してしまうことですが、実際はこちらのほうが世の中ではずっと多いのではと感じることもあります。

 自分の心から発したことは自分で責任を取っていかなくてはならないものだと思います。同じ助けられるにしても、そこが曖昧では、蜘蛛の糸になって切れてしまうのではないでしょうか。

 故意であれ、無意識であれ心は、自由に物事をとらえ、感じています。自分の都合でそれをうまくコントロールして、一時はうまくいっても、やはては反発をくらってしまうのではないでしょうか。

 苦しければ、もっと自由を求めるべきです。迷うなら、もっと広い世界を見て感じればよいだけです。

 今の状況にあわせて、心を加工すべきではないように思います。広い心の持ち主は、生まれつき広いのではなくて、その広さに気付いた人ではないでしょうか。元々誰でも心も広く、悠久の歴史を持っているはずです。

 今度は、心の歴史と記憶について書いてみたいと思います。

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by fenice2 | 2010-02-08 13:52 | 夢 希望

夢をつくる時代ー感じる世界から始まるもの

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 今日、昨日と八坂神社では、舞妓さんが勢ぞろいで豆まきが行われました。こういうのも近くにいないとなかなか分らないのかもしれません。京都は、本当に色々な行事が残されています。

 新しい年がやっと明けたような気がします。僕ももう少し文章が分りやすく書けたらと思っていますが、思考の根が絡み合っているところがあるので、なんとも自分も難儀をしています。

 その絡み合った神経から、世の中のことを感じていきますが、最近特にこの感じることが大切でもっとも人と人、もしくは人と自然とかもっと大きなものと触れ合うのには大切だと思うようになりました。

 感じる力とは、そういった神経の根みたいなものを沢山増やしていくことにあると思います。一人の人のことを理解するにしても、まずは如何に多く感じることが出来るかにあるような気がしています。お酒を飲んで幾ら朝まで語り合っても、根本的にこの部分がないと、何も理解していないことになると思います。

 僕の香りの勉強会は、嗅覚を通じてこの感じる部分を広げていったり、深めていったりすることにあると思いますが、先日教育関係の香りを勉強している人と通じて、この部分で大きな可能性があるのかもしれないということを確認しました。

 現代人は、およそこの感じる力に欠けていると思っています。感じる力が欠けている人ほど、相手のことが分らなくなり、少しトラブルがあると相手のことを深く知ろうとします。トラブルがあれば探り、またさらに色々なプロの手助けを借りて探っていきます。

 心というのは、読もうとすればそれだけ深い迷いの森に入り込んでいくような気がします。所詮人が人の心を完全に掴もうとする試みは、机上の空論の範囲を出ないものだと思います。

 心がわからないからこそ、過去の歴史をみても巧みにコントロールしようとしたり、出来るだけ形にしようとしてきましたが、その接し方ひとつで、優れた文化も生まれますが、人を堕落させ破壊させる社会をつくったりしました。

 わからないことを、わからないままにさせておくことは、ある意味ストレスですが、わかろうとする気持ちが強くなってしまえば、もっとオカシナ方向に気持ちを向けてしまうことになると思います。

 相手のことを理解していくことも、大人になるにつれて、合わしていくというものになっていくような気がします。たまたま今だけ乗り切ればよいという根拠なら、それでも良いかもしれませんが本当の意味で深い人間関係が築くことが出来るかどうかは疑問です。

 子供たちは、もっと感じる世界から出発します。大人の行動が分らなければ、やはり理解しようと努力しますが、その理解に自分の感じたものをより多く根拠しているようです。

 そういう意味では、感じる力とは如何に多くのことを感じて、その根拠というものを持っているかにあるような気がします。両親や身内が、しっかりした人間関係を築いている人は、この感じる世界を子供の頃からはっきり持ってます。

 残念ながら、色々な問題でそういった環境を持つことが出来なかった人たちは、普段からこの感じる背景が弱いのだと思います。長い間、時間をかけて感じる世界を広げていって、そこからまた信頼できる人間関係を築いていけば、取り返していくことが出来るのではと思っています。

 以前も書きましたが、本当に信頼すべき人の心を探ったり、深い部分を見ようとすることはその行為自体から良いものは何も生まれないような気がします。探れば、探るほど、疑心が表れ、疑心がまた不信感をあおります。

 相手の心を深く読みとろうとした瞬間から、信頼する気持ちや穏やかな心が失われていくのではないでしょうか。

 子供たちは、理解できなくなった人が出来ると、最初は驚き感情的になりますが、相手を分析したり心に深く入り込んだりしません。動物もそうですし、大人になっても穏やかな心をもっている人ほどそうだと思います。

 感じる力が少なくとも、時間があとは解決することもあります。時間が経てば、わかることもあるので直ぐには結果を出さないことも大切です。香りも不思議なもので、混ぜ合わせたものが時間が経てば、良いものになってくることもあります。

 心はもっと自由で、もっと可能性をもったものだと思います。夢もこういった心からしか生まれてこないと思います。

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by fenice2 | 2010-02-03 13:31 | 夢 希望

人を幸福にする技術

 
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 僕は、本来ずぼらな人間で、自由に過ごせといわれれば何時までも雲を見て過ごすことも出来ます。

 自然の中で雲ほど変化の多い自然物はないように思います。香りといい本来そういった形があってないようなものが好きなのかもしれません。

 しかし、僕は人を幸せにする部分はこういった、一見わかるようでわかりにくいものではないかと日ごろから思っています。挨拶、礼儀、何気ない会話の中にも幸福にすることが出来るものもあれば、不幸になってしまうこともあると思います。

 人は元来、誰かを傷つけたり、陥れようとして生きているのではないと思います。しかし、社会の中でいきているうちに、どうしても無理をしていることが重なって、素直に自分の気持ちや心が表せないようになるときも出てきます。

 本能で生きていくことに、無責任に肯定する人もいますが、人が人でなくなってしまうことはそれほど難しいことではないと思います。誰かを好きになったり、愛情不足で悩んだりするのも本能以外の、理性や情緒があるからなのだと思います。

 僕自身も若い頃から、色々な経験をしてきましたが、どれだけ大きな組織や莫大資産もちょっとしたことがきっかけであっという間に失っていくのをみてきて、本当は人は何が大切なのだろうと考えたりしました。

 技術といっても、所詮経済が生んだものは、それ以上でもそれ以下でもないような気がします。デフレなどで、今まで高かったものが急に安くなっても、喜ぶのは一時的なもので、やがてその安い値段のものにも慣れてきてしまいます。

 よく人の親切や思いやりが、当り前になってしまう人がいますが、この場合は前述のこととは意味あいが違い、もっと心の貧しさを物語っているように思います。

 よく心から尽くせとか、心をこめてという言葉が使われますが、これも何かしっかりした技術や修練あってこそのものだと思います。気持ちだけをどれだけしっかりみせても、所詮真心のようなものは伝わっていきません。

 心を尽くして、何かを作り出すことを経験しなくてはその意味はわからないことも多く、またそれが何か技術の裏づけがないと、単なる標語のようになってしまうことも多いと思います。

 毎日の食事をつくるにも技術が必要ですし、たかがお茶一杯入れるにも、色々なことに気を使い技を磨いていけばきりのないぐらい高みの部分があることがわかると思いますが、所詮人間はそういった現実に形になったものをみて、判断したり感じたりすることをする生き物ではないでしょうか。

 人を好きになったり、愛したりすることにも技術は結びついてきます。自分の気持ちの進め方、相手が喜ぶことをあれこれ考えていくことは、楽しい作業で、料理一つでも進歩していくように思います。

 僕のように何もこんなに複雑な調香技術を万人の人が、出来るようになる必要はないと思いますが、そういった心や精神的なことの関係を改めて感じさせてくれるものは、これからももっと大切にされていくのではないかと感じます。

 心の問題を、こういった現実のつながりの関係無しで扱うことは、むしろ雲を掴むような話になってしまうと思います。親の愛情も何かを子供に与えることでわかることもあります。しかし、それが単なるモノなのか、何か自分の気持ちを通じてつくったものなにかは、似ているようで違います。

 僕の調香の技術も、こういった毎日の生活の中から生まれたり、発見したりすることも多いです。人が人を幸せにしていくのは、気持ちや言葉だけで感じることにはどうしても限界があります。


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by fenice2 | 2010-02-01 01:23 | 夢 希望

夢を与えること、与えられること

 夢を与えてくれるものは、人によって違いますが、僕個人の意見としては、与えられた夢をそのままにしておくことはよくないのではと思っています。

 生きていると色々辛いものがありますから、何か生きがいや夢みたいなものを求めていきます。時には、それが行き過ぎると、お酒や賭け事にも走ってしまうこともあると思います。

 僕も、もっとも大変だった時期に、生きがいとか、夢というものを与えてくれる人がいました。何故あれほど、心や気持ちが追い求めていったのかわかりません。それほど、心が乾いていたような気もします。

 やはり自分には持ってない部分を多く持っていたのからなのかもしれません。そうかといって、恋人のような存在でもなかったですし、親のような愛情を与え続ける立場でもありませんでした。

 時には、とても身近に感じたり、時にはとても遠い存在になったりしましたが、気づくと20年近くもの付き合いになりました。途中は、僕が夢を少しは与える立場にはなっていたように思いますが、少なくとも10年近くは、色々な意味で与えられることが多かったようです。

 最近になって、自分の夢らしきものや生き方の目標みたいなものがぼんやりわかってくると、なぜかその与えられていた夢というものが気になりはじめました。

 いつの間にか、香りを通じて自分自身が夢をつくりだす立場に立たされるようになっていましたが、反対にその方は夢を生み出すことに苦労されているようでした。別の言い方をすれば、世の中を変えていくだけの創造力を失っていたのかもしれません。

 先日、僕は心をこめてつくった香りをその方に送りました。少し特殊な立場の方ですから、すぐにお礼がくるようなことはないと思いますが、僕自身の中ではもっとも遣り残したことをやったような満足感もありました。

 社会や世の中は、意外とそういうもののやり取りで出来上がっていくのかもしれません。それが、TVなどに出ている一タレントであっても、もっと古典的な能のような世界からのものであっても、与えられた夢をそのままにしておくのは自分の夢をしっかり見るためにもよくないことです。

 香りの勉強会でも憧れの人の香りをイメージしてつくってくると自分の心の問題にあたってくることも少なくないです。人は生きていくためには、時には夢も希望も無い環境の中で生きていかなくてはなりません。

 時に、与えられた夢は生きるための糧になることもありますが、上手く利用されるだけで終わってしまうことも少なくありません。

 本当の意味で自分の夢が見つかった人間は、そういった与えられる夢を必要としませんが、過去に助けられたという事実や記憶だけは、魂のどこかに刻み込まれています。

 親の愛情も大切ですが、社会や世の中から与えられた夢も僕は大切なものではないかなと思っています。

 正しく澄んだ夢は、さらに新しい夢を生み出すことがあります。人は、自然や大きな存在のために生かされていますが、人が人を生かし、救う世界も失われてはならないと思います。

 森ガールや、自然の回帰も良いですが人が人を育て、夢をつくる世界を見失ってはならないです。

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by fenice2 | 2010-01-31 02:16 | 夢 希望

精神を食らう正体ーカルトの目的

 正月から、神社はとても大きな賑わいですが、小銭に混じって時々大きな夢や希望さえも投げ出されているような気もします。願掛けは、僕は心の世界の中ではとても乱暴な儀式に見えることがあります。神様に夢を託すといえば聞こえはよいのですが、それで何か情緒的なことで終わってしまうような虚しさや浅ましさも感じます。

 或る宗教では、自分の夢を書いて火を焚いて燃やすという儀式もあります。これが心の世界に投影される景色は絶大で、集団催眠のような背景も手伝って殆どの人が涙を流して、心に深い感動を生じます。

 自分の夢が燃やされるということが悲しいのか、それともその夢に執着していたことから開放されたことが嬉しいのかわかりません。泣くことで何かが吹っ切れ気持ちが引き締まると言いますが、それが果たして何によいのかはっきり把握できる人はあまりいないのかもしれません。

 カルト宗教は、何か精神世界の進んだ部分を取り入れて肥大化していくような印象がありますが、実際にはとても古典的で保守的な部分の寄せ集めにすぎないです。

 もっとも長い時間、時代の流れとともに行き渡ってきたキリスト教や仏教などは、本質の部分からかなり離れ、時には権力者に捏造されて、かなりの力を殺がれた形で現在にわたっています。

 日本の古来から続いている信仰にも、そろそろ、どれが良い祈祷で、どれが良くない祈りであるかなどを選り分けていく時代が始まっているような感じがします。古くから伝わっているものでも、悪しき習慣や約束事はあるのだと思います。

 僕は、古来から神様の中でも悪しき神様がいて、それは人々の夢を食らうことでその力を維持してきたのではないかと感じることがあります。人は本来、生まれてくるときは、生きていくことに夢や希望をもってきます。

 貧しくとも、富めるものでもそういった夢は、平等にあるのではないでしょうか。しかし、長い人生の中で夢を食らう神様に出会ってしまった人は、次第に生きがいや、やる気みたいなものを失っていきます。

 夢は心の一部であり、本来は何人であろうと奪うことは許されていないと思います。生きていることイコールが夢をもつことであり、それを実行することが生きがいにつながっているのだと思います。

 前述のように間違った信仰でそれを失っていくこともありますが、社会の中にもそういった夢を食らう神様が潜んでいて、いつの間にか奪われてしまっていることもあります。

 僕が、目の前でもいた教祖はまさに夢を食らう神を使う神官でした。多くの信者の夢を吸収した神は、次第にその力を広げていきます。夢を奪われた信者たちは、益々その神に惹かれていったようです。

 一度失ってしまった夢を取り戻すには、余程の想像力が必要になると思います。しかし、その想像力をもっとも大きくさせていくのも、夢が関係させているので、夢を失った人間が救われてくることは、とても困難な道を渡っていくことになります。

 所詮人の夢でもあるのか、夢を食らう悪しき神は。残念ながら満たされるということがありません。どれだけ夢を奪っていっても終わりはないような気がします。

 悪しき神は、社会のシステムをつくり、もしくは愛に飢えている人々の間に突然出現します。

 貴方は悪しき神の信仰を行っていませんか?夢は心から直近くにあるものです。

 安易に夢を与えてくれるものは、反対に夢を奪ってしまう悪しき神がその背景にたたずんでいます。

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by fenice2 | 2010-01-13 00:27 | 夢 希望

横浜の勉強会のお知らせ

 人は、パンのみを食らうにあらずととかキリストの残した言葉ですが、幾らモノが豊かになっても心は、豊かになっていかない人が多いのかもしれません。欧米人などは、むしろ心が貧しくなっていることにさえ、無心で分らなくなっている人も多いように思います。

 その点、日本は満ち足りることを知る民族ですから、本当の意味で心の豊かさを求めてこれば、ずっと早く理解できるようになると思います。

 今月も、京都を中心に勉強会が始まりましたが、来週は横浜で勉強会をする予定です。香りの勉強は何度も説明していますが調香が中心になりますので、内面との繋がりだけでなく、技術的なことも段階を追ってマスターしていって頂きます。

 内面の世界を知ることに、如何わしい呪文やテレパシーなどは不要です。古代人が発達させた精神文化には目を見張るものがありますが、現代人が安易にそれを扱うことは、精神上とてもよくない後遺症がくるような気がします。

 香りは、見えない世界を映しますが、決して無理に探ろうとしたり、相手の心に入り込んだりしません。多くの香料を使うことは、まるで沢山の鏡を置いているようなことに似ています。

 秘めておきたいことや、決して表にしたくないうことは香りに映ることはないです。

 また、調香には近未来の世界を作り出す可能性があるように思います。沢山の心の姿を写した香りは、やがてそれらが交じり合って、ひとつの方向に流れていこうとします。

 未来には、色々なものがあります。起こって欲しいもの、起こって欲しくないもの、本来起こるべきもの、本来起こってはいけないものなどです。

 欲や執着で香りに触れると、香りは面白いぐらい頑なな動きをして、他の香料を交じり合うことを拒んできます。このことで、多くの可能性を失っていきます。まるでコミュニケーション能力を失った人間の心のようです。

 香りに映った心には、後悔しているものや本当に心から望んでいるものも混じっています。調香するものは、それらをカウンセリングしながらうまく選り分けて、分量などを決めていきます。

 心が心を見るのではないです。香りに映った心を如何に感じていくかにかかっています。

 僕の持論では、人の心は人が観ることはあってはならないことだと思っています。霊能など摩訶不思議な力を使うこともそうです。人である以上、必ず過ちをします。

 古来から神事には必ず鏡が出てきました、それも人の心を表すものではなかったと思っています。能の世界の観阿弥、世阿弥の風姿花伝にも、芸を学ぶには映ったものを学べとあります。

 心や魂は、分ったようでまだまだ畏敬すべき可能性があるような気がしています。

 心や内面をみていくことは、そういったモノを通じた感性と創造の世界の連続の中でやっとみえてくることがあります。勘やインスピレーションのみの世界では、紛らわしいもの、不確かなものも多く混じってしまいます。

 形にすることが出来て、初めて理解できたとするのが創造の世界だと思います。思い込みや妄信だけで答えを出すものは、香りで例えると、どれだけよさそうに見えても心に残すものではないようです。

 誰でも出来ることではないですが、興味のある方は左のHPからご連絡ください。

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by fenice2 | 2010-01-12 01:49 | 夢 希望

夢と香りー夢の作り方と香りの作り方

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 先日、自分でつくった香りで眠ってみたのですが、よく眠れたのですがあまり夢みたいなものは見なかったように思います。やはり、自分でつくったもののみで愉快な夢を引き出すことは難しいのかもしれません。

 世の中の人は、大変な時代の中で僕のように夢について色々考えていることは、相当余裕があるような人間にみられるかもしれませんが、こういう時代こそ今までどうでもよかったと思うことをしっかりみていくべきではないかと思っています。

 長年カウンセラーをやっている方と、今回の問題について少しだけ話す機会がありましたが、やはり寝ることや夢について考えていくことは、現代人の心の悩みについてもっとも多くつなかっていくものではないかということでは、意見が一致してきました。

 考えてみれば、人は睡眠の中に何故か夢という想像作品がついてきますが、これは人がもっとも安らぎや落ち着きを感じる時間には、想像することが不可欠ではないかということもいえるのかもしれません。

 よく、色々疲れたときは何もしたくないという思いや気持ちになりますが、本当に何もやらなくなると、それは休みや癒すことにはならずに、返って違う意味でのストレスを抱えてしまうのではないかとも思います。

 そういう意味では、本当の安らぎや心や癒されていくことは、何かを作り上げていくことであって、その行為そのものが、人がまるで夜寝ている時間を過ごすことと同じになるのではないかとも思いますが、反対によく眠ることが出来なかったという人は、想像することが寝ていても十分に出来ていなかったのではなかと、思います。

 想像するということは、常にある意味トレーニングや慣れが無ければ、なかなか出来るものではなくて、また現実の生活がそういう想像とは無縁の生活が多くなれば、唐突に睡眠で夢の世界をつくる段階になっても、とても精神的な苦痛を伴うのではないかとも思っています。

 心の問題も、とても大変ですが、この夢の問題も追及していけば、一生のテーマになっていくような気がしますが、少なくとも香りの勉強をされている方は、以前は寝つきの悪かった人もよく眠ることが出来るようになったという声を聞きますので、やはり香りをつくること=夢をつくることと言ってもよいのではないでしょうか。

 しかし、良い夢をみるためには、一人だけの想像力だけはだめで、最低2人、もしくはそれ以上の人の想像力が上手く交じり合っていくと、もっと大きくて深い夢が出来上がっていくのではないかとも思っています。

 生きていく事にあまり悦びを見出せない、今の時代は、個人の好き嫌いや想像力に頼りすぎてしまったからなのかもしれませんが、そうかといって、突然見ず知らずの人達が集まって何かを作り出そうとしても、なかなか良いものは生まれてこないように思っています。

 良い夢を持った人間というのは、古代人の人達の最高の褒め言葉だったそうですが、それは現代にも通じてくるような気がします。良い夢を作り出したり、育てていくのは、創造していくこと、何かを作り出していくことの内面の研磨を繰り返していくべきだと思います。

 表面的な技術も大切ですが、内面から切り離されて、経済のとりこになった技術はどれだけ進歩しても心の満足を得ることが出来ないような気がします。想像したものが、本当に人を心から喜ばすものであったり、感動されるものであったり、そういうものが何時でも生み出せる人は、良い想像力をもった人だと言えるかもしれません。

 また、良い想像力をもつためには、人との関係でも深い心のからの繋がりが不可欠です。両親や身内に最初から、そういう繋がりをもっている人は、良い想像力が子供の頃から育っている方が多いようです。仮に、そうでない人でも、そういう付き合いを大切にしながら年を重ねていけば、気づくと深い人の繋がりが出来てくると思います。

 想像力に、センスも才能もありません。僕は、生まれつき想像力は強いほうだと思いますが、それでも沢山の人と共有できることのほうがもっと大きな喜びを感じることが出来たり、世の中に大きな良い影響をさせることが出来ると思っています。

 

 
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by fenice2 | 2009-03-26 01:26 | 夢 希望