カテゴリ:香りの勉強会( 1 )

肥大した感情ー消え行くものと残るもの

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 香りの小劇場という名の勉強会のテーマを色々絞り込んでいますが、やはり今は自分の感情について、煩わしい思いをしている方が多いのではないかと思っています。調香をなぞることによって、何が変わるのかということを考えてきましたが、やはりこの感情の問題と香りはとても深いかかわりがあるような気がします。

 感情は、人間がもっとも捨てられないものだと思うのですが、捨てられないものだからこそ一度作り上げられてしまった感情は、なかなか簡単に消し去ることは出来ないように思います。

 誰かを好きになった感情から、逆に誰かを憎んで仕方がなく思った感情など、香りを調香していく上で実にそういった複雑な感情が、色々関係していくものだと思ってなりません。

 漠然と香りをつくる前でも、あれこれと最初は悩み、迷ってしまうものですが、次第に自分にとって、テーマでも良いのですが、それほど多くの香料を必要としない、つまりは絞込みをされてくるのがわかると思うのですが、こういった香りの創造をしていくうちに、自分の中でも残したほうが良いものと、残さないほうがよいと思うものが出てきます。

 感情とは、僕は雲のようなものだと思ったりしますが、ようは出来上がってしまったものは、自分のものでありながらなかなか思い通りにいかないものではないでしょうか。いきなり入道雲のようになったものは、にわか雨を降らすにはおれないですし、最近のゲリラ豪雨と、切れやすい人が多いのは満更関係ないわけではないような気がしています。

 そういう意味では、感情はそのほとんどのものが作られたものなのかもしれません。(のせられたものなど)しかし、現代人はこの作られてしまう機会があまりにも多いのではないかと感じます。中には、感情のお化けのようになっている人も多いのではないでしょうか。

 自分を生かして生かして、活かし切る、ポジティブな精神生活の中にいると、ほとんど抱え切れない感情を持ってしまうこともあるような気がします。多感になった感覚は、もはや擦り切れて感情のままに振り回され、結果、流されてしうまことにもなります。

 感情が過多になると、それを表に出すことに浪費されて、自分の目標や目的みたいなものが持ちにくい精神構造になっているような気がします。調香で例えると、あまり多くの香料を選択したために、何を作ろうとしていたのかわからなくなってしまう状態に似ています。

 たいした深い意味もなく、泣いたり笑ったりするのは、たまにはよくてもだんだん虚しさを覚えていくような気がします。土の上に雨が降るのは、植物を生かす目的もありますが、コンクリートやビルにいくら雨が降っても何も生まれませんが、それと同じなのかもしれません。

 この香りの小劇場という新しい勉強会は、残すべき感情や消えていったほうが良い感情を選り分ける役目を果たせばと思っています。まったく不可思議なテーマですが、この辺りを中心にやっていこうと思っています。
 
 技術的な指導を望まれる方は、個人レッスンをお考えください。

 

 

 
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by fenice2 | 2010-10-05 00:54 | 香りの勉強会