カテゴリ:調香・錬金術( 31 )

東京考察ー文明が失ったもの得たもの

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 来週は、関東に仕事で行きますが、その前に東京に勉強会を兼ねていってきました。Facebookで散々話していますし、今更色々言っても何ですが、上の二枚の写真が僕自身の心に映った京都と東京の風景です。

 時代や文明は、過去の愚かな遺物を反省し、新しい時代に向かって武器も含めて多くの廃棄物を積み上げているかのように見えました。世界平和や貧困の無い世界が、もしかしたら手の届くところまで来ていたのかのしれないと夢を政治は抱かせているところもありましたが、実際は、それは悲しいほど幻想であったように思います。

 東京は、良いも悪いも日本の大きな流れの中に中心であって、その存在に人は一喜一憂していました。過去にも地震があったり、空襲で多くの人が亡くなったりしましたが、それでも復興して日本人の心にも大きな自信を与えたのも東京でした。色々な国の長所を飲み込み、日本人の頭脳の粋を集め官僚や学者もその盤石な基盤を昭和を経て、平成に入っても維持し続けました。

 日比谷公園で、皇居の周りを歩いてから心字池の周りで少し休憩するとそこに、今の東京の人達の心が映っているような気さえしました。まだ頑張ろうという気持ちと、もう本当にだめかもしれないと思う絶望した気持ちが大きくわだかまっているようでした。

 放射能物質の飛散については、やはり微弱なながら東京には舞っているような気がします。仕事で出会う人にも何気なく尋ねても、皆さんそれなりに自覚しているようでした。余りにも多くの人が被爆している為に、一人一人の違和感を今更言っても仕方がないという、諦めにも似た気落ちもあったのだと思います。

 人が少なくなり、電気もままららない上に、静々と放射能が降る東北から東京あたりまでは自然の精緻な仕組みやシステムをかなりの可能性で破壊していくと思われます。土や水が侵されるというだけでなく、人や生き物の身体の深部にも入っていって、それが神経など人の恒常機能に悪影響を与えていくようです。

 癌になるというのは、あくまでそういった放射能物質が生き物の恒常システムを妨害していく結果として成り立つのであって、放射能物質そのものは短期的には表立った傷や障害をあたえるわけではないです。それだけに一方では、楽観論が出て学者の中でも議論が別れることがありますが、正確な治療法が確立していない以上、やはりまだまだ量に関わらず危険としたほうが良いような気がします。

 どれだけ放射能物質を除去しても、総体量として放出されたものはかなりのものになってきますので、これからは如何にそういった生命の恒常性を維持したり、刺激したりする物質や機会が必要になってくるような気もします。

 単に、震災などで精神的に暗くなっていることもありますが、自分の身体の深部がどこかギクシャクしているように感じれば、自然と気持ちは塞ぎ込み、心が暗くなってきます。東京の色々な行事が自粛されてくるのが何となくわかってきました。

 癌になるメカニズムが完全に掌握されていないことと同じように、放射能物質と癌との因果関係はあくまで統計上のものと言う人もいますが、もしかしたらこのあたりは次の時代に渡るために避けては通ることが出来ない場所と言ってもよいかもしれません。

 永久エネルギー、健康体を保持する生命システム、これらが今まで以上にはっきりみえてこれば、人類はこの問題から乗り越えていけるのかもしれません。そういう意味では、まさに何千年の歴史の転換期を迎えています。
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by fenice2 | 2011-04-15 22:53 | 調香・錬金術

世の中の鬱を消す香りプロジェクト

 以前から、僕は自分自身が苦労したせいもあって、自分の周りでも鬱々とした雰囲気が漂うのが嫌いでした。北欧やイタリアの現代的な家具をそろえたり、部屋に沢山の蘭や観葉植物を置いたこともありましたが、それでも自分の満足のいく環境をつくることは出来ませんでした。

 調香という、意味深な世界に飛び込んでいったのも、もっと身近なところで自分がほっとできる場所をつくることが出来たらというのが、最初のこの仕事へのきっかけでした。結果としては、一人一人の香りをつくることになりましたが、自分の仕事の方向性みたいなものをどこに向ければよいかは、色々試行錯誤してきました。

 人生において僕はもっとも大切なことは選択していくことだと思っています。もっとも身内や親などどうあがいても最初から決まっている存在もありますが、それ以外は毎日生きていて、選択をしながらいき続けています。

 調香というか香りを選んでいく作業は、その選択に似ていますが、その選択を見直していくことはとても不思議な体験をします。単純に選んだはずの香料を、幾つか並べていくうちにどこかのある風景を作り出してきます。自分がもっとも居心地の良い場所だとイメージしていた所だと言ってもよいかもしれません。

 或る人は、どこかの深い森をイメージするものであったり、或る人は沢山の菜の花畑のような場所なのかもしれません。そこには、自分の不安に思うものが少なく、もっともリラックスできる場所と言ってもよいのかもしれません。

 香りでつくったそういった幻想的な世界は、時間とともに変化してきますから、季節やその人の気分によって微妙に変わっていくものですが、根本的に変わっていくようなことはそれほど無いような気がします。

 たかが、香りといえども自分が本当にリラックスできる場所を見つけることは貴重な体験になるのではないかと思っています。単に気に入った香りや香水をつくることとは似ていて非なる現象です。

 自分の心地よい場所をほどほど得ている人は、こういった調香の作業が割りとスムーズに進んでいきます。最後もかなり気に入った香りになっているのだと思います。しかし、色々なストレスや苦労から、今現在の環境が自分の心地よいものから遠く離れている人は、この香料の選択をうまく出来ません。

 もっとも心地よさを必要としている人が、もっとも遠ざかってしまうのは一つには感覚が鈍っていることもありますが、自分の故郷ともいうべき心地よい環境が何であったのかも忘れてしまっているからだと思います。

 僕のような立場の人間の役割はそういうときにもっとも役に立っているのではないかと思っています。そういうストレスの多い人でも幾つかは、良い選択をしておきながら、わずか一本のためだけに全体を台無しにしていることも少なくないです。

 感覚が鈍り、自分が作り出すことに自信を失っていき、最後はなおざりの人生になっていくような気もします。今の若い世代に多い無し崩しに運が悪くなっている人も、香りをつくっていくうちにとてもよく理解できます。

 鬱々とした人が多くなるうちに、世の中は鬱々とした雰囲気が出来てくるようです。大枠でもよいので、人は自分のもっともくつろげる空間をイメージして作り出していかなくては、ずっと心休まる場所がありません。

 香りは、その役割ともっともよく果たすものだと思っています。セミナーや講演会などもっと広げていって、それらを体験していただいたらと思っています。

 
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by fenice2 | 2011-02-02 18:57 | 調香・錬金術

香りに出来ることー若者の健全な心や気持ちを保つ

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 今年は、自分に課しているテーマは多いのですが、やはり出来るだけ若い方に良い香りを届けたいというのが本音です。イタリアも、僕が行き始めた15年ほど前は、まだエネルギーがある国でしたが、今は年配の方が多くなったせいもあって、何か重苦しいものも感じるようになりました。

 数値だけみると、EUの中でも若い層と年配の層がイタリアはかなりアンバランスで、一人の若者が抱える比率が大きくなっているようです。そういう意味では日本も似ているのかもしれません。

 萎縮された若者は、どんどん行動範囲が狭くなって、考え方や嗜好も偏ったものになりがちです。それで、何か問題があるとどうしても、一人で悩んでしまい自分で自分の可能性もつぶしてしまうことも多いと思います。また、社会も若者を守るほうにはなっておらず、自分の地位がいつ失うか分からない組織の中では、むしろ蹴落としているような光景もあるようです。

 香りに対して、本当はもっとも関心があって、積極的なのは若年層の世代であって、また使用頻度もほかの世代の人間に比べればぜんぜん違うと思います。企業からは、確かにたくさんの香水が売られていますが、しかし値段の割には中身がとてもチープなものも多いです。

 今の日本が、どこかギクシャクしていて生きづらいのは、僕の世代のような30代、40代の中間層がそういった世の中の中で自分のやるべきことを失っているからだと思っています。団塊の世代が、良い緩衝材のような役割になっていたかといえば、そうでもないのかもしれませんが、今よりはましだったのかもしれません。

 死を感じ始めた年配者たちが、必ずしも余裕があるとは言えば、むしろ子供のように戻って我侭に過ごしがちのような気もします。子供のために我慢していた生活からも離れ、今は出来るだけ謳歌しようとしている人も多いです。若い人のために何か社会のために、働きかけている人は稀です。

 三島由紀夫は、年をとるとなかなか美しく生きづらいと言いましたが、日本の軍部も最期は、特攻などで多くの若者の命を奪って、自分はのうのうと生き残ろうとした人も多かったように思います。いつも、犠牲になるのは、社会では弱い者や若者です。

 また、僕の年齢からみると、今の若者はとても社会や人に怯え、疑心暗鬼になっている人も多いように思います。たまたま、こちらから手を差し伸べようとしても悪魔の手のように思われてしまうこともよくあることです。香水事業で、若者向けのものを僕もいくつか作りましたが、ほとんどうまくいきませんでした。

 香料会社から、色々話を聞いても、モニターや市場調査のやり方にはとても大きな疑問があります。また、以前のようにいい加減な調査でつくった香水にのってしまうほど今の若者は甘くはないと思います。

 僕は、一人一人の香水をつくっているので、自然と自分の中で独自のデーターが集まっています。自分が作りたい香りと、作らないといけない香りは、似ているようでかなり違いますが、今年はそういった今の社会を意識した香りももっとつくっていこうと思っています。

 レモンなどを中心にしたシンプルな柑橘系のトップで、ミモザや松などを使った深みはあまり無いけれども、誰が聞いてもすっきりしたものが良いのではないでしょうか。何かやったらまだよく分かりませんが、出来るところから発信したいと思っています。

 
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by fenice2 | 2011-02-01 22:37 | 調香・錬金術

明けましておめでとうございます。

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 去年の年頭のブログを読んで、時代もそうでしたが少し心の内面に踏み入れすぎていたのではないかと感じました。心という見えない世界は、今でも解らない部分は沢山ありますが、現実に見えている部分を頼りにしていかないと、ついつい霧の世界に引き込まれることになります。

 心をテーマにする怪しげな人たちは、出来るだけ不明瞭な部分をテーマにしますが、僕は不確かな部分はそのままで触れずによいのではないかと思っています。心は、それほどはっきりしなくても良いですが、暗く捉えすぎるのも本当の心の実態とは違うのではと感じています。

 モノでも特にお金が心には、深く関係しているのだと思います。それだけお金は、モノの中でも、もっとも心とは対照的なものなのかもしれません。戦争もお金なしでは始まりませんし、戦争が生む儲け話も多くあります。

 一連の世の中のスピブームは、そういったお金から生み出されたものではないかと最近とくに感じます。宗教もそうですが、お金を出さないで成り立つものはありませんし、金額が伸すものになると余計に心の問題に深く関係して絡んでいきます。

 しかし、お金がそれほど価値があるものではないということは、本当は誰でもわかっているのだと思いますし、特に若い世代ではお金はあまり深い執着はないですが、それは間違っていることではないと思いますが、お金が多くの人の心に関係していることを理解していないことについては、後々辛い思いをすることもあるかもしれません。

 デフレという世の中を、端的に言うとそういう心の現象の延長なのかもしれません。お金よりも、友情や家族などが大切だと思っている人が多い世の中では、お金が心に絶対的な価値を持ちませんから、デフレは起きにくいのだと思います。(もっとお金を使うようになると思います。)

 香りをつくっていて、心にとってもっと大切なものがあると伝えることが出来れば、僕の仕事は半ば成功したようなものですが、それとともに世の中の暗いデフレの現象に少しは解決の道をつくるのではと思っています。

 残念ながら、今の心の苦しみや悩みに便乗した、占い、カウンセラー産業はこういった世の中のデフレ現象をさらに加速させしまうものではないかとも思います。不思議なことに高額なお金を払って相談をする度に、逆にお金に対する執着が出てくるような気もします。

 自分の命を国に預けて、考えるまもなく死んでしまった時代もついこの間まで、日本でもありました。そのときに今のようなお金に固執する世の中が来るとは考えたでしょうか。何か大きな生きがいや目標を見つけられない人ほど、こういったお金の呪縛にはまってしまいます。

 先日、書いた女性らしさや繊細さみたいなものも、このお金の呪縛にかかると意図も簡単に壊れてしまいます。美肌も良いですが、高額のお金を払って得る美とは何でしょうか?中世で、自分の肌を美しくみせるために若い女性の生き血の風呂に入りたがる王妃がいましたが、それと重なるところもあります。

 美しさも、心の問題と無関係ではないと思います。無表情になって意味も無く白くなった肌をみて、一体どれだけの人が感動するでしょうか?

 心を癒し、慰めるということと経済は今は切っても切れない関係になっています。それならば、僕もお金の執着を捨てて大いに使うほうの手助けをしたほうが良いのかもしれないと思っています。

 
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by fenice2 | 2011-01-04 23:31 | 調香・錬金術

心に関係する技術とそうでないもの

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 以前も少し書きましたが、僕がこの仕事に就いたのは世の中には、人の心を無視した仕組みと言いましょうか、システムが多すぎるような気がして、自分自身もそのことで苦労をして、一時期は山にでも篭った生活をすようとも考えるほど、気持ちも縮こまっていました。

 心を壊してしまう社会の仕組みとは、まずは戦争のようなものがありますが、経済戦争みたいなものも僕は十分心を破壊するに等しいものが多くあるような気がします。多額の債務を負わされたり、あまりにも過酷な競争をしていくと、徐々に心が破壊されていくのではないでしょうか。

 確かに過酷な練習を終えた後にしか出来得ない技術などもありますが、それが幼年期にあまりにも短時間に行えば、果たして何処まで得るものがあって、失うものがあるのか疑問です。最近の加熱するスポーツなどにもそういったものが見え隠れして、どれだけ素晴らしい演技をしても痛々しいものを感じます。

 本当は、もっと毎日の生活の中で小さくとも喜びや感動があれば、そういった特別な感情や感覚はあまり必要ないのではと考えたりします。かくいう僕のような仕事もそういった、人の心のささくれ立った部分を癒すようなことになっているのかもしれませんが、カリスマや達人などと呼ばれて、感動するなんとかなどと持て囃されたくはないです。

 香りも今の時代は、確かにそういった心の激しい動きを求める傾向が強いのですが、多分僕のつくる香りは、むしろ反対のものを目指していると思いますし、そういう香りが出来上がっているのだと思っています。自分でいうのも何ですが、どれほど香りが強そうに思える香料の組み合わせでも、大抵は深く落ち着きがあるものになっているような気がします。

 世の中の人の求める心や感情の動きに、そのまま合わせて成功をおさめる技術や人もいると思います。別段、それが悪いことだとは思いませんが、求めるほうも求められるほうも単に莫大な心の消費を行っているだけで、後に残るのは何もないのではないでしょうか。

 強い感情や激しい情緒を求める人たちは、心の中にある空しさを一気に埋めてしまおうと思っているのですが、そういった日々の生活から失った大切な情感は、僕はそう簡単には埋まらないのではないかとも思っています。

 毎日の生活の中で、良い香りに包まれることは、そういった無意味な空しさや落ち込みから開放されていくことになると思います。元来日本には、こういった香料を使わずとも、身の回りで心地よい香りに満たされていた香り立つ国であったように思います。ここ、京都はまだ季節によってそういった自然の香りが残されていますが、東京などの大都市などでは多くの部分でなんとも悲しいものがあります。

 料理の面取りのように、香りも香料によっては角張った部分を除き柔らかいものにしていく技術があります。本来強く主張していくはずの香りが、大人しくなると人によっては物足りなく思う人もいますが、結果はその香りが持つもっと深い部分を理解することになります。

 中身のないものが、単に角が取れても仕方がないですが、今の時代はどうもその逆の現象が多くの人の心に起こっているような気がします。うわべだけの優しさや柔らかさに惑わされがちですが、人の心には時には少しぐらいは角張ったものがあるのが自然なのかもしれません。





 香りのご依頼は、年末も受け付けておりますので、ご希望の方はメールにてご連絡ください。

 
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by fenice2 | 2010-12-28 18:04 | 調香・錬金術

魂の存在とくくりー感覚と意志の源

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 最近、或る神道関係者の方から、くくりという話を聞いて自分で日ごろ感じていることと似たようなものがあるのかもしれないと思っていました。香りを通じていて、人には感じる世界には限界があるのはわかりますが、その限界を決めているのは、何か他からのものもあるのではと思っていました。

 嗅覚の世界は、視覚の世界よりもずっと曖昧で言い換えれば、積み重ねることが難しい世界だといえるかもしれませんが、それがここ数年間ではそうではないのではと感じることが多くなりました。香りとか匂いが記憶と深く関係していることを、理解できる環境になっているのかもしれませんが、それ以上に世の中にもっと違った現象が起こっているのかもしれません。

 生き物が、生きていくのは共存とか共栄とか、そこには複雑なネットワークが出来上がっていて、恒常的な繁栄のシステムがあると思うのですが、どうもその自然がつくったと思うシステムそのものが、僕はここ何年かで随分破壊されてきているのではないかと思っています。

 神道という日本人の古来からの精神世界からのメッセージでは、”括りなおし”という現象が起こっていて、簡単にいえば今まで心の支えとしていたものが、根本的に作り直させようとしているとのことでしたが、鎮守の森という場所も、その役割が終えてきたものが出てきたのかもしれません。

 日本人というのも、単一民族といいながら、分かったようなわかっていないところがありますが、最近奈良の古墳を見ていても、大和と出雲の系統の大きな違いに気づかされることも多くあります。細かくは、熊襲(くまそ)とかアイヌの祖先の蝦夷とかの民族もあるようですが、もっとも今の日本人の感覚的なルーツは、その二つが大きな影響を与えているのではないでしょうか。

 香りをつくっていても、最近やたらとこの方は大和の流れを持つ人だとか、出雲の流れを持つ人だとかをイメージすることが多いです。九州とひとくくりにいっても、実際はその二つの民族の流れがあるような気がして、僕自身は、時々出雲の系統の部分が強いのでは感じることもあります。

 卑弥呼が、畿内であったのか九州であったのか色々議論がありますが、僕は同じ大和の出身であったためにもしかしたらどちらにも行き来していたかもしれませんし、似たようなものが多いのは仕方がないのではと思っています。

 明治維新の時に長州のような日本中を敵に回しても戦うという思想は、やはり出雲の系統から出ているような気がしています。出雲を大和が滅ぼそうとしたときに、日本中の神々が出雲にきて守ったとされていますから、日本にとっては大和だけでもだめで、出雲があって成り立つものがあったような気がしています。

 きしくも、第二次世界大戦で大和が沈没する前に、出雲も沈みましたが、出雲のほうが第一次大戦では活躍していたこともあって、かなり古い戦艦であったようです。

 日本人のルーツといっても、もう一度この辺りをおさえておかないと、現代ではどうも根本的なものが失われているのではと思うことも多くあります。大和の香りをイメージすると、かなり和のものが出てきますが、出雲のものをイメージするとインドや中近東のイメージが多くなるから不思議です。

 おそらく出雲は、今の山口あたりも含めて、近隣のアジア諸国よりももっと遠くの国々からの影響が多くあったのではと想像しています。一説には、紀元前のほうがもっと長距離を航海できる船もあったとのことですが、同じ海に接していながら、地域によってはかなり触れているものが違ったものがあったのではと思っています。

 このあたりのことは、また香りを通じて触れていこうと思っています。
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by fenice2 | 2010-08-04 19:38 | 調香・錬金術

イメージのない世代ー個性という幻想

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 最近、色々の業種の方と交流がありますが、ビジネスという中で根拠があまりないのに広げることばかりを目的とするのはどうかなと思うことがあります。根拠とは、その仕事そのものが将来性があるとか、創造性があるとかですが、新陳代謝が激しい今の時代で、単にサポートということをうたっても御幣があります。

 名古屋に縁があった僕は、良くも悪くも豊田や豊田家を身近に感じることが多かったのですが、50年以上も維持することが出来る基幹産業を育てたことは、とても大きな功績だったように思います。寝ても覚めても、日本の土台となるものをつくっていったマインドには、まだまだ適わないところがあります。

 清算してしまったといえども、僕の父もある産業においてはパイオニア存在でした。とても大きな失敗も経験しましたが、前に進むことを厭わない人でした。きしくも、尊敬していた坂本竜馬と同じ日に他界したのは、なんとも父らしい感じがしたものです。

 お金になる、ビジネスになるということは時に視野を狭めてしまうことが多いように思います。今度の新しい香水の企画も、以外にも香水を勉強している人の中で、無欲で純粋に打ち込んでいる人からヒントをえられることも少なくありません。

 昨日も、勉強会を通じて思いましたが、今の若い世代の人たちは、個性を大切にするあまり自分たちの全体像やイメージみたいなものを正確に掴んでいないのではと思っています。団塊の世代とか、新人類とか色々な世代の呼び名がありましたが、今の時代の子ほどイメージがないのは珍しいのではと思っています。

 彼らをイメージしてつくった香りは、とても気難しいものでした。普段、あまり主役にならないウッディ系やスパイシー系、ミントなども候補にあがりました。

 勉強会では残念ながら香りとして成功したとはいえなかったのですが、彼らの世代のイメージみたいなものは少し掴みかけてきたように思っています。流石に長年香りを勉強すると、普段あまり感じられない微細なものもとらえることが出来ます。

 就職難で、限りなく黒い服をきて走り回る彼らをみていて、僕は何か時代の転換期の役割を果たしているのではと思っていました。今まで当り前に思っていたことや、中心になっていた産業そのものの存在を根本から見直す機会を与えられている世代ではないかとも感じています。

 革命というほど強いものではないのですが、全く違うものの組み合わせをつくりあげてしまう可能性をもっているような気もします。企業に勤められなかった彼らが、何か新しいものを作り出してしまう可能性もあります。

 前の時代よりももっと瞬間、瞬間に生きていくことを余儀なくされているのかもしれません。僕の師の糸川先生の名前をつかった人工衛星が長い宇宙旅行から帰ってきましたが、その大きな業績に関わらず、最期は流れ星のように鮮やかで儚いものでした。

 ”流星”とか、そういうイメージで彼らの香りをつくってみたいと思っています。価格も抑えますので、また出来上がりましたらご報告します。




 
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by fenice2 | 2010-07-03 22:38 | 調香・錬金術

香りからくる感動ー過去を調香する技術

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 人に感動を与える香りというのが、どうして出来て何故そうなるのか、自問自答しながら勉強会をしてきましたが、最近もっとも長く勉強をやっている方がそれらしい香りを作ることが出来て、それで自分なりの答えをやっと一つだけ出せたような気がします。

 自分でいうのもなんですが、僕は人に感動を与えることが出来る香りが出来ていると思いますが、それが実際にどうして出来て、何故そうなるのかわからないような、わかるような気持ちでいました。もっとも万人の人に同じような感動を与えることは不可能なのかもしれませんが、人の心を動かすものが香りでどうしたらよいのかということは、調香を通じて分かりかけては消えていきました。

 スピリチャルという意味のわからないブームの中で、精神的なものとの繋がりを模索してきましたが、それは成功したような失敗したような気がしていました。精神や心という移ろいやすく、摩訶不思議なものは、確かに香りに映っていきますが、それだけではない何かが香りにはあるのではと思い始めたのは、そういった仕事に疑問を感じ初めてからでした。

 僕は、自分の技術は惜しみなく表に出していきますが、決して自分の技術のコピーの指導をしなかったのは、単に香りがそういった単純な働きをする以上の何かがあるのではと感じていたからなのかもしれません。

 人の心を揺さぶるような香りが出来たかどうかは、自分の感覚の中にあるわだかまりや凝り、それらは過去の軌跡や記憶から起こってくるものでしょうが、問題は調香がそれらにどういう影響を与えてくることにあると思っていましたが、響きのある香りがつくることが出来るにつれて、感覚が澄んできたのは不思議なことでした。

 誰でも、過去に蓋をしたくなるような過去やその思い出があると思いますが、それらに匂いや香りが関係していることは、何度も触れてきましたが、自分の調香技術が生み出されてくるには、むしろそういったマイナスの面がとても不可欠でるということも今回のことでよくわかってきました。人はやはり自分の人生の糧からしか、新しいものを生み出せないのかもしれません。

 失敗したり、悲しかった思い出や記憶は、嫌というほどその人の感覚に強く意識させてきます。それは、何故でしょうか。動物は、むしろ成功した思い出や記憶だけを脳内で繰り返すといいますが、人間はそういう部分もありますが、こういった恐怖や怖れみたいな記憶も繰り返しイメージさせる仕組みが、心の働きにあるような気もします。

 過去の失敗や恐怖にこそ、自分なりの創造のヒントがあるというのはわかっているつもりでもこれからの大変なヒントがあるように感じています。成功した過去からは、何も生まれませんが、失敗した過去からのみ新しいものが生まれてくると思うと、これからの香りのテーマはやはりこのあたりにあるようです。

 今まで香りの勉強会は、出来るだけ参加希望する人を受け入れてきましたが、今後は少ししぼって慎重にやっていきたいと思っています。自分の過去に対して、あまりにも恐怖したり逆に無関心であるような人は、どうもどれほど時間をかけてもだめだと思うようになりました。

 過去の記憶や思いでは、単なる時間の通過点に過ぎないのですが、感覚の世界では大きな溝やゆがみをつくることもあります。嫌なことを思い出さなくなっただけで、それらのものは解決されたわけではないです。新しく創造できることで、それらの辛い過去の役割は終えて、自由になってきます。

 香りのカウンセリングの形も大きく変えていこうと思っています。今までは、僕が与えられた夢みたいなものをつくることで、癒す香りをつくってきましたが、これからは素人の方でも調香に参加してもらって香りをつくっていこうと思っています。

 香りをつかって、調香技術をつかって結局は自分で自分を救い出す道を見つけ出すのが、もっとも良い香りとの接し方なのかもしれません。色々な方が、この勉強会に参加していただいた上で、出てきた結論のようです。とてもありがたく感じています。この結果を元に、また勉強会にフィードバックしていきたく思っています。
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by fenice2 | 2010-05-09 20:03 | 調香・錬金術

香りの幻想小説の構想についてー香りの天使と悪魔

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 どこまで続くか分りませんが、香りをテーマにした幻想小説(SF)をシリーズで書いていこうと思います。実は、香りの世界を理解してもらうのに、香料が目の前に無いだけになかなか伝わらない部分が多いようで、その辺りを幻想的な世界観の中で少しでも感じてもらったらと思っています。

 舞台は、中世のヨーロッパ辺りですが、あえて歴史的な背景を一致させないようにします。主人公は、代々香りを調香する家に生まれますが、その中で色々な秘密を知っていきます。

 親子でありながら、秘密にされたこともあり、青年になるにつれてそのベールを覗こうとしますが、或る時に父親が何者かに殺害されます。

 父親は、後年その実績が認められ、王室や貴族のサロンに出入りするようになりますが、華々しくなった生活の裏で、豊かになる生活と引き換えに苦悩の人生が始まっていたようです。

 実際、中世において、調香師は優れた香水の作り手とともに、毒薬をつくる名手でもありました。匂いの全くしない薬を生み出し、依頼された政敵にそれを服用させていきます。

 しかし、僕は現代の香料の組み合わせの中で、この毒薬に匹敵する危険な匂いのものを幾つも感じています。一つ一つはそれほど害のないとされたケミカル香料でも、組み合わせによっては、脳や神経を著しく傷つけるものがあるのではと、危惧しています。

 少しまえ間では、ここまで香料が生活の中に入ってくることはありませんでした。コスメは勿論のこと、洗剤やタオル、食品にも様々なケミカル香料は入り込んでいます。

 天然の香料は元々高価なので、それに変わる代替香料が化学的に多く出回るようになりました、その世界の開発は近年はすごい勢いで進んでいます。扱っている調香師もそれが、どのように人や自然に影響を及ぼしてくるのか、はっきり把握できていません。

 香りは、嗜好品といいながら四六時中身に着けるものです。食品も重要ですが、香りも人の感情や情緒に大きな影響を与えるものですから、長い時間の中では精神疾患とも何かしら関係があると思っています。

 出来上がってしまった、商品や企業の研究組織に僕が声を荒げても仕方がないので、それを香りをつくる現場からはどういうふうに感じているかを、小説で表現してみたいと思っています。

 香りと、心や精神との見方をしている人は、まだまだ少数派です。僕の仕事などは一見格好がよさそうですが、目に見えない世界では、そういう部分と戦ってきています。僕もこの仕事をやってきて、一体どこまでいけば、勝ったことになるのか不明です。

 本当に悪い人間は、案外見た目は癖がない人なのかもしれませんが、香りもそれに似ています。臭い匂いを消すためにつかった香料が、意外に脳に影響を与えるものも少なくありません。本当は消臭剤こそ高価なものを使うべきなのかもしれません。

 最期は、どうするかはまだ未定ですが、主人公の青年は結局、山間深い小さな村に口述されて伝えられていた隠された調香の秘密を知っている一族とめぐり合います。どのような匂いや香りでも、リセットすることが出来るというテクノロジーは、青年の今までの知識や経験を大きく超えたものでした。

 香りや匂いにとって、どちらが善でどちらが悪という戦いは、それで終焉を迎えることになります。

 明日からゆっくり書き出しますので、よろしくです。

 

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by fenice2 | 2010-02-13 00:43 | 調香・錬金術

人を幸せにする技術ー調香の可能性

 最近、新しいパソコンや携帯をつかっていても本当に、技術というものと人の幸福感みたいなものがズレてきていると感じることが多いです。まして、それが少し壊れたら自分で治せる人はどれぐらいいるのでしょうか。

 僕は、機械おたくで今でも機械類は、車をはじめ腕時計でも素人なりに治して使いますが、流石にここ数年の車などは、ボンネットを開けても手をつけることが出来なくなりました。

 何もかもが、製造者任せで果たして、どこまで信頼できる生活が出来るだろうと疑問に思ってしまいます。

 落語家や噺家などを漠然と聞いていますと、やはり名のある人は耳に心地よい響きを残しますが、まだ駆け出しの噺家などは、幾ら話し方が上手くとも少し苦痛に感じる瞬間があります。

 人が人を幸せにしていくのは、やはりその部分の技術を磨いてくるべきではと思っています。

 香りの技術なども、名作と呼ばれるものを分析して、忠実に再現すればよい香りが出来るはずですが、現実には何かまっ平らな感じのものしか出来てこないから不思議です。

 自分で感じて、人に香りをきいてもらってそれでどういうものが、どういう風に心地よいのかということは、偶然に出来たものも含めて、その感覚を一つ一つ覚えていくしかないような気がしています。

 たった数本だけで傑作を作ろうとしたり、誰もが名作だと思えるような香りをつくる夢を抱いている人が、こういう仕事に携わった人は多いのですが、僕は本末転倒であるような気がしています。

 共感は大切ですが、自分だけが納得する部分をしっかり確認することが感性の世界であると思っています。それを持っていない人は、色々な価値感に流され、結局何も心から満足を得ることが出来ないのではないでしょうか。

 調香の技術にしても、結局僕自身も人が人を幸せにする色々な部分の結晶ではないかと思っています。どれだけセンスや感覚の良い人でも、そういった人と人が接して、本当の部分で幸せを感じたり、感じさせたり、愛情を与えたり、愛されたりそういった時間を過ごしてきていない人は、何処かで詰まってしまいます。

 社会全体が、今の時代、何処か閉塞感があり、圧迫された感じがあるのは、そういった本来かなうべきはずの技術、人を幸せにするものから大きくはずれてしまっているからだと思います。

 香りで心の救いのようなものを求めていている方に、調香師の技術をこれでもかと見せ付けても何もならないように、今のテクノロジーの進み方は、どうも人の心や気持ちから離れたものになっているのではないでしょうか。

 その間違った方向性の技術を、過信した人たちがオタクのような文化をつくり、それが今密かに広がっていることは、あまり喜ぶべきことではないのかもしれません。

 僕は、人と触れることが好きですし、人と会話することも好きです。そういう中で喜びや、楽しさを沢山みつけてそれがまた、調香の技術になっていきます。

 傍目には、100種類近くは使い、とても複雑な技術に見えますが、その方が心から感動するものを一つ一つ積み重ねていくことは、とてもシンプルで分りやすいものを足していくことに他ありません。

 見過ごしそうな小さなものの中に、深い感動や喜びになるものが埋まっています。僕は、生活の中が、まるで何時も調香しているような錯覚を感じることもあります。

 どんな所からでも、創造できますし喜びは生まれてくるはずです。特別な愛や、稀有な関係に追い求めているのは、単にそういった結果を夢見ているに過ぎないです。何時まで経っても、夢は夢のままで実感するものがありません。

 夢を得ることは、まず小さな喜びを見出し、感じることではないでしょうか。

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by fenice2 | 2010-01-25 23:31 | 調香・錬金術