カテゴリ:アロマ 香り( 95 )

オリジナルという幻想

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 僕は、モノ作りに関わってからは、何時でもこのオリジナルと言う言葉とかそれが持つ背景のものと向き合ってきました。デザインは確かにそれらしい雰囲気をつくってくれますが、しばらくするとそれも何を主張していたのか分からなくなります。

 オリジナルよりも、ブランドとか有名なもの、そういうもののほうが商品になりやすいし、それらしいものを目指してつくったほうが受け入れやすいのかもしれませんが、僕自身はどこかで真似をしたり、コピーをしているようで恥ずかしく思って、常に新しいものやオリジナルと言うものにこだわってきたように思います。

 今の仕事は、当然ひとつひとつがオリジナルですが、そのオリジナルということ自体が何処まで伝わっているのだろうと思うことがあります。僕たちのような感覚の世界からみると、一人一人は確かに違うものを持っていますが、何も毎日を、その個人的な感想や、感動だけで生きているわけではないように感じます。

 最近、もっと若い人に手には入りやすいものでつくっていかなくてはと思っていますが、値段云々もありますが香水とか香りが、しっかりとした基準がなくなっているのではと思っています。一応、欧米人にとって、香りは服の一部のように思っている人も多いですから、代々決められたというか好みが決まっているものがあって、NYなどでは今でも娘さんの香水を父親が買ってきたりします。

 20代や10代の人たちが、いきなり自分に合う香りを選ぼうとしても、結局は流行やそのときの好き嫌いで決めてしまうので、なかなかうまくいくことはないように思います。それに加えて、広告のサブリミナル効果でもうほとんど雰囲気で香りを選んでいる人も多いのではないでしょうか。

 最近、ある大手企業の開発の人間と会いましたが、もう今後はあまり若い子向けの商品を開発出来ないとのことでしたが、企業でさえもあまりにも移り変わる若年層の好みについていけないようです。

 僕が感じることですが、香りに関わらず、もういい加減個性とかオリジナルということにうんざりしているのではないでしょうか。個性教育とか、オリジナル性の重視と言った所で、自分に伝わっているしっかりしたルーツが無ければ、何もかも幻覚のままに終わってしまうような気がします。

 サッカーの俄かファン現象もそうですが、何かもっと共感するものを日々求めているような気もします。自分が良いと思うだけでなくて、第三者も喜んでもらえるようなものを実は日々探しているのではないでしょうか。僕自身は、こういった世代の人は余り仕事にしてこなかったのですが、ちょっとそういうものもつくってみようと言う気になっています。

 

 
 
 

 
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by fenice2 | 2010-06-30 15:09 | アロマ 香り

イリス(菖蒲)の香りー伝統を重んじ足元を見つめなおす香り

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 菖蒲と言うと、紫がメインですが白のほうが香りが強く、僕はいつもこちらに鼻を近づけます。

 暑いときに、菖蒲園などに行くとまるで蒸し返すような強い香りがするときがあるので、この香りには少し癖がありますが、気温が下がった雨季の時期などにいくととても甘く、百合などの香りとは似ていますが、もう少し控えめで上品な印象が残ります。

 菖蒲は、魔よけの意味があったり風呂などにいれて傷を治したり、殺菌の役割をするそうですが、香りにはもう少し違った意味があるような気がしています。これから、気候が暑くなるにつれて、気持ちまでも高ぶってしまいそうな時期に、最初は少しだけ清涼感をかもし出します。

 香りを聞く時間は、長ければ長いほど色々なことがわかってきます。僕は、自然の香りの中にこそ、人が色々想像できる元が幾らでもあるのでは思っていますが、現代はあまりにも時間と視覚にとらわれすぎてそういったイマジネーションの世界が疎かにされているような気がします。

 香りは、効能や効果だけではないです。それによって、今まで感じなかった自分の感性を開かせて何か不思議な世界に誘い出してきます。古人が、花々に妖精を見たのもあながち行き過ぎた感覚ではないように思います。

 イリスは、現代人に警告しています。あまにも急ぎ、あまりにも熱くなっていくことに何か大きな価値観を見失っていると言っているような気がします。僕も、最近あまりにも忙しい日を暮らしてくるうちに何か大切なものを見失っていったのかもしれません。

 人の情熱は、もっと感覚の深い部分から発するべきなのかもしれません。競争、日々の生活、経済的なものとの戦いそういう中で、自分から出たものが、どこかに流れていくことを感じてしまいます。

 イリスは、調香の中ではラストの香りです。ネロリやレモンなど強い柑橘系をトップにもってきても、ラストにイリスがあれば、何故か香り全体を引き締めて、優しい流れをつくってくれるような印象を残します。

 視覚の世界は、一つ一つが途切れてしまいがちですが、香りの世界は、何か他の香りと触れ合ったり、相対的な価値観をつくることで、本来の意味がわかるようになります。人間も、そうなのかもしれません。もしかしたら、魂とか精神とか心というのも、そういった相対的な中にこそ本当の価値があるのではないでしょうか。

 心が寂しくむなしく感じている人にも、イリスの香りは好意的に接してきます。もっと奥に流れている繋がりや結びつきを大切にするようにと、語りかけているようです。

 ハス(ロータス)の香りにもそれと似たようなものを感じます。夏になって、暑くなると花たちももっと雄弁になって語りかけてきます。一度少し時間があったら、その香りに触れてみてください。



 

 
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by fenice2 | 2010-06-25 10:43 | アロマ 香り

動と静、陰と陽ー想像する世界

 最近、香りをつくっていると何故か、以前よりも深い集中力があることがわかります。イメージするほうが、強くなっていることを想うと、良い意味でも悪い意味でも、現実を想像の世界が超えていることがわかります。

 香りをつくるには、イメージから先につくっていくやり方と、香りからつくっていくやり方がありますが、最近ではもっぱら香りからつくるやり方をすすめていますが、それだけモノがマインドに影響されやすくなっているような気がしています。

 こういう時代は、気力や精神力みたいなものが世の中や社会を変える力をもつ時なのかもしれません。バブルの時期のような、経済が勢いのあるときはモノが力がありますし、多くの人がモノに関心を持っていました。今の時代は、モノが売れないといいますが、モノそのものの力や影響力が薄れ、本来の人の希望や夢が少しは優先されてきたといるかもしれません。

 モノに関心はなくとも、お金には関心があるときは、やはりデフレ現象がおこるのも仕方がないようです。しかし、それ以上に精神や心に関心が集まれば、お金に対する執着も薄れてきますから、極端な経済破綻はなくなるのでは感じています。

 僕は、来月からは、自分の仕事も色々な形で動き出すだろうと感じています。香りのようにモノですが、もっとも軽く、人の内面を映し出すものはその働きが、今まで以上に大きくなってくると感じています。ウィルスではないですが、小さくて目に見えないものが大きな力を発揮してきますが、それらは大きな意味で、目に見えないものからの影響も強いのではと思っています。

 人が、人の食べモノにするために生き物を、遺伝子操作など根本から動かし続けてきたことは、やはり大きな意味ではその真価や罪が問われているのではないかと思います。僕自身は、あまり肉は食べませんが、より高品質な肉というのものが、どういった基準で選ばれてきたのかは、果たして疑問に感じることもあります。

 クリエーターや芸術家と言われてきた人も、今の時代は、果たしてそういった経済の流れの中だけで生み出してきたのか、もっとも心の内面から出してきたのかその違いがはっきりわかってくると思います。残念ながら、過去の西洋の芸術家などは、殆どがそういったお金のため、欲望のために生み出されたものも多かったのではと感じています。

 心や精神の感動は、ビジネスモデルと反対の方向性を持ちますが、芸術や表現者が食べていけない世界かというと、僕はかつてこれほど表現者にとって今の時代ほど良い時代はないのではと思っています。

 心から感動するものを伝えていくには悪い時代ではないです。

 
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by fenice2 | 2010-05-26 19:18 | アロマ 香り

香りの原点ー蓮華畑を目の前にして

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 ここ数週間は、僕にとって香りの原点を見つめるほど大きな出来事がありました。自分の中の感覚が根本的に変わってしまうもの、それが何であるか分るまで、このようなブログも書く必要性を感じませんでした。

 良いもの、悪い物を今更自分の感覚だけで言うのは、それほど熱が入ることではないように感じていまして、果たして人が感じるというのはどういうものか、改めて考えさせられるようで、香りをつくっては見直すことの連続でした。

 そのような中で、以前香りを勉強していた人から香りを送ってきまして、その香りを聞きましたが、今ではあまり使わない香料を使っていたせいもあって、それほど良いものとは思いませんでしたが、逆にそれほど悪いものとも思いませんでした。

 良いものと悪いもの、それが僕の感覚の中では当たり前ですが、ある基準であったように思います。良いものと悪いものの違いは何でしょうか。好き嫌いにも似ていますが、少し違うような気もします。

 僕自身、香りを作っていても好き嫌いでつくっているわけでもありませんし、今勉強している方にそれぞれ成績のようなものをつけているわけではないです。自分なりの花と言う、何も努力や磨かない世界観とも違いますし、自分なりのものをつくるというのは、自分なりの基準をつくってしまうというのに似ているのかもしれません。

 調香は、考えてみれば、わざわざ自然で出来上がっているものを一度破壊して、別の物をつくるという罪深い作業ですが、それを何故わざわざしなくてはならないかということが、人間たる理由があるような気がしています。

 考えてみれば、人は、自然を失ったり破壊したりして初めてその有難さみたいなものを見つけ出していくようです。人の愛情や、深い繋がりもそれと同じなのかもしれません。

 調香に関わらず、自然を相手にしていく中で、良いとか悪いの基準をもつことは合っているようで間違っているのではないかと、その香りをきいていて思ったりしました。薔薇が良いとか、ジャスミンが良いとか、ミモザのほうが勝っているとか、それらは勝手に人間が作り出した世界観や感覚で、およそ自然の中にはそういった物は、最初から存在していません。

 人間の基準、感覚の根本がなんだか大きく見直されているような気がします。熱いとか寒いとか、雨が多いとかそんなものは、人間の勝手な基準であって、自然の中では当たり前のようにそれが起こっているだけです。新芽たちには気の毒な寒さもありますが、それでも青々とした緑を山は現しています。

 香りに関わらず、想像の世界で大きな壁にあたってしまう人は、皆勝手な基準を自分に持っています。その勝手な基準で、なんとかうまく生きようとしますが、今の時代はそんなに甘い部分はもうどれぐらい残されているでしょうか。

 環境破壊とか、云々言う前に自然をこういった状態になるまで追い詰めていったのは人間の業ですし、今もってそれを止めようとしません。僕は、最近天然香料ばかりを使うようにしていますが、それで余計に自然からのメッセージみたいなものに敏感になっているのかもしれません。

 人間の個人の良し悪しの小さな基準など、大きな自然の前では単なる気まぐれにすぎないです。しかし、相変わらずその小さな基準でしか生きていられないなら、それなりの人生が待っているような気がします。

 自然はもっと、沢山のことを投げかけています。僕の周囲の可愛そうにも短命で生きた小動物は、短い人生ながらもそのことをよく受け止めていたように思います。

 自分の中の、些細な良し悪しの感覚をもっている人は、創造の世界で生きることは出来ません。自分のどうでもよい小さな基準を超えることができる人は、新たな想像力をもつことが出来ます。感覚によって、えり分けられる時代がはっきりやってきています。

 誰かを傷つけ不幸にさせる感性の鋭さよりも、大きくてより深い理解ができる感性が求められています。表わすよりも、何かを見つけるような感性が、より価値がある時代に入っているのではないでしょうか。

 



 
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by fenice2 | 2010-04-26 23:44 | アロマ 香り

作品の合間にー調香や香りの仕事について

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 ずっと思わせぶりな小説が続いていたのでさぞ退屈だった方もいると思います。最近の僕の仕事は新しい香りをつくる仕事と香りの勉強会が殆どです。以前は、確かに占いや人生相談のような分野も広げていたのですが、やはり本来の香りをつくる仕事に徹しようと思い、今年に入っては香りのみの仕事です。

 今の時代、何か言葉の力に酔って、意見や考え、もしくは思想みたいなものを訴える人が多いのですが、確かに一時的な影響力はあっても、僕はそういうものは人の心に残すものではないのではと感じています。香りの勉強を通じて、人生の悩みや苦しみみたいなものを話し合うのはとても楽しいのですが、何のつながりもない人に、自分の人生の教訓みたいなものを話すのは、流石に矛盾を感じてきました。

 癒すとか治療についても、一時的にはそういうものはあっても人はもっと創造性に富んだ生き方をすへきではないかと思うようになりました。確かに困った人がいて、何か手を差し伸べている人も多くいると思います。しかし、最後はどんな人でも自分の人生に責任を持ち、自分の人生を切り開いていくべきではないかとも感じています。

 香りを通じて、心に触れるようなこと、感動したり喜んだり、普段の生活では決して見えなかったものが発見できたり、そういうことの連続でよいのではと今は考えています。

 良い香料を捜し求めることは、一生のことですし、そのための技術はこれでよいということはないように思います。何かの役に立ちたいということもありますが、それ以上にもっと喜びや感動を与える仕事をしていきたいと思っています。

 小説を書きながら、今までのことをあれこれ心の整理をしていますが、やはり香りにはこれからの時代とくに色々な可能性があるような気がして、それだけにしっかりと焦点をあてていこうと思っています。

 香りについて関心の或る方や、香りの勉強についてご相談されて来る方もいますが、僕は何かお互いに通じるものが出てこないと、勉強をするにしても無駄になってしまうし、仕事も同じような考えにたっています。この厳しい時代だからこそ、ひとつひとつの仕事を大切にしていかなくてはと考えています。

 調香や香りについての色々お尋ねになりたい方は、下記のメールまでお願いします。

 fenice@bb-west.ne.jp

 明日から、いよいよ新しい香りの旅に出る第三章が始まります。お時間の或る方は、もう少しお付き合いください。

 
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by fenice2 | 2010-03-15 23:31 | アロマ 香り

時代の枠が取れ本来の心の姿が浮かび上がっています

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 江戸時代を中心とした梅の絵空ですが、なんとも想像力に溢れていて関心します。少しまえの時代の人間でもこういった優れた感性を持ってたことに驚きがありますが、やはりこういったものを生み出していくのも匂い、即ち香りが大きな役割を現しているような気がします。

 世の中が平穏で、何事も起きそうもない時は、返って自分の心を見るような時間は持つことはないような気がします。江戸文化も嫌いではなりませんが、より精神的な深さを感じさせるものは、やはり時代の動乱期の室町文化などに多くのあるような気がします。

 前回の続きで、今の時代は大枠が外れてきていますので、今までの常識や知識みたいなものが通じなくなっています。どちらかというと、大人しく生真面目に過ごしてきた人が、気持ちを乱し、心を荒立ててしまっているのではないでしょうか。

 家族が一時的とはいえ崩壊し、会社組織はあまり頼りにならないものになってきましたが、そういった中で自然と心があぶりだされてきます。

 人は、不思議なもので自分の魂や心の形を何故か自分の都合のよいようにしたがります。これは、逆をいえば、それだけ魂や心が移ろいやすく掴み所がないからと感じているからなのかもしれません。

 恋愛をしてみてもわかります。何よりも恐れるのは、それがうまくいかない時よりも、うまく行き過ぎてしまった時です。それ以上に好きになれないというほど盛り上がった感情は、あとは下っていくしかありません。

 お互いが、自分の気持ちが心変わりしていってしまうことに将来の不安を感じます。しかし、何かどうしようもないぐらい感情の衝突を起こしてしまったら、その心はいとも簡単に、何か違うものになっていきます。そうなるともう留まりをしらないぐらいに変化していきます。

 大抵の人の好き嫌いは、心の世界ではほんの入り口に過ぎないです。そこでずっと生きてみたいと思うのも、先ほどの自分の心を見えるものにしたいという願望ですが、たとえその好きが何かのタイミングでうまく達成できたとしても、それを味わう時間はあまりも短いです。

 心は、時代の難しい壁にあたるほど、太古からの流れを導き出してきます。逆らうことなく、それに従っていけば、漠然とした人の幸、不幸がわかるようになると思います。

 ちょうど、大きな木が育って、何かのきっかけでそれが切り倒されたとしても、根が張り幹が残っている以上は、やがてまた大きな幹を育てる芽が出てきます。

 一つの人生の不幸、一つの人生の幸福にそれほどの意味があるようには僕は思いません。問題は、連続するその流れの中にこそ、深い感動や多くを得ることが出来る感性を育てる意味があるのでは思っています。

 心の流れにあわせてくると、香りの好み一つでも自分でも不思議になるぐらい、その好悪を繰り返すことがあります。ちょとしたことがきっかけで好きになったり嫌いになったるすることに、それほど香りを選ぶ根拠は見当たりません。

 問題は、その心にどうやったらうまく乗れて、太古の昔へと繋がっていくことが出来るかですが、また次回にそれを書いてみたいと思います。

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by fenice2 | 2010-02-10 23:54 | アロマ 香り

心の歴史と記憶ー継ぎ足していく心の知識

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 僕は香りをつくることで迷ったら、ともかくその方の感覚のルーツに下っていきます。或る香りでどうしても躓いてしまったら、どうしてその感覚が深く根付いてしまったかを見つけていきますが、その過程が退行催眠や前世療法などにも似ていると思います。

 僕の個人的な意見ですが、そういった療法が効果あることには共感していますが、問題はそれを行う人によってとても個人差があることだと思います。経験が多い人は、かなりの効果が期待できますが、そうでない人が真似事で行ってもあまり深い部分のルーツまでは見出せないのではと思っています。

 それと比べると、香りは本人自身が積極的に嗅覚をつかって心の深い部分に触れていきますので、そういう療法とは全く違った心の一面が見えてくるのではと思っています。

 まず、心の概念ですが、多くの人が漠然と丸いものや何処か小さな箱にコンパクトにまとまっていると感じたり思っていると思いますが、その辺りからイメージを大きく変えていきます。

 感覚は、そういった心という見えない世界からの影響を大きく受けていますから、元々心を大きく持っている人は大きくて深い感覚を持ちますし、何かのきっかけで小さな心しかもたない人は、日々の感動もあまり大きなものになってきません。

 よくデジャブ感と言いますが、急に涙が出て大きな感動をしたり懐かしさを感じるようになるのは、こういった普段の心のより所を越えて、何か自分の心に大きく共鳴したことですが、それに香りの記憶や心の記憶が大きく関係しているような気がしています。

 音や音楽など聴覚も記憶とは深い関係がありますが、僕は嗅覚のほうがもっと色々な関係があるのではと感じています。

 心=魂は、元々自分のところに来る前からずっと存在していたと仮定したらどうでしょう。色々な時代を乗り越え、そこで多くのものを感じ、学んでまた次の時代へと受け継がれていきます。記憶は、殆どが脳が司っているはずなのに、何故突然と思い出すものが出てくるのでしょうか。単に思い出したというものでは、それほどの感動はないように思います。

 香りは、世界中の香料に触れますから、日常まず周囲にないものに触れることもあります。大抵の好悪の判断は脳で行いますから、そこに記憶されていないものに対しては、最初戸惑った反応をします。

 僕は、心の本当の姿はずっと長い紐か蛇のようになって、ずっと太古から今に繋がっているものではないかと想像したりします。勿論、今という時代で決められている場所はありますが、それこそが仮定のもので、実は本体は、どこから始まっているのかわからないぐらい長く、深い部分に入り込んでいるのではと感じることがあります。

 人の出会い、人生の意味、単に何かを好きか嫌いかでもそういった深い根拠があって、それこそが精神性と呼ばれるものではないかと思っています。今のブームのスピリチャルという手軽のイメージからは、随分かけ離れているのではと考えたりします。

 迷ったり、苦しんだりする人ほど、僕は本当はそういった本来の心の姿に従順な人ではないかと思ったりします。逆に、何も考えず何も感じずに現代を生きている人のほうが、何処か冷たく打算的なものを感じます。

 しかし、この白蛇のような心の様子に現代人が急に目覚めてしまうと、これはこれで色々な感覚の倒錯が起きたりします。この部分は、また思うところを書いてみようと思います。

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by fenice2 | 2010-02-09 11:00 | アロマ 香り

夢と人の感情ー新しい香りの提案

 香りは、社会や世の中の動きと面白いぐらいリンクして進んでいます。NYは、テロのあとに香りの好みが大きく変わっていきましたし、日本でも香水からアロマに変わるようになって、木や土をイメージする香料が増えていきました。

 いわゆる癒しや安らぎを与えてくれるものは、葉の匂いや土の香りなどですがこのところあまりにもその香料に偏りすぎていて、もっと人の気持ちを華やかにしたり、豊かにしてくれる香りは遠ざけられてきました。

 僕自身も、相手の方の香りをつくっていてそういった世の中の傾向とか流れみたいなものからは避けられませんから、去年までは、グリーンのイメージに色々な意味で翻弄されていたような気もします。

 香りをすぐに運気という曖昧なイメージのものと結びつけることは僕はしないのですが、臭い匂いの中に囲まれていて、周囲の人に良い印象を与えないのですから、良い感情が生まれることはないのですから、自然と運は悪くなってくると思います。

 感情が、記憶をつくりそれが思い出になりますから、やはり意味もなく悪感情をつくることは避けたほうが良いと思います。

 今回、僕の元で香りを勉強している方で新しい香りの提案をしましたので、それをご紹介します。

 現代は、小さなマンションの部屋の中で、空気が同じところを対流し自分でも気付かないうちに、良い香りのものも悪い匂いの中に混じって、悪臭に近いものになっていることもあります。

 基本的には、消臭がよいと思いますが、臭いものに消臭の繰り返しでは、殆ど良い香りの環境が保たれるときがない時間を過ごしていることになります。

 夢を生むのは、豊かな感情や感性です。そしてそれは、現実から生まれてくるものに他ありません。今をよくしていくことの中で、生活に香りをうまく取り入れていくことは、単に心で願ったり祈ったりする以上に、現実を変える力を持つと思います。

 去年まで、敬遠されてきた香りをあえて組み合わせて、部屋で使う香りを作りました。”蜜の森”というテーマです。ご関心のある方は、サイトを覗いてみてください。

無花果の精



 
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 今後、夢の基(ゆめのもと)30ml 本来の人間関係を取り戻す サンダルウッド、ガルバナム、バイオレットリー、光の玉座(ひかりのぎょくざ)30ml 目標達成ミモザ、グレープフルーツ、レモン、カモミール、妖精の囁き(ようせいのささやき)30ml 発見、直感 モス、ネロリ、グローブ、クラリセージなどを予定しています。

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by fenice2 | 2010-01-23 18:18 | アロマ 香り

偏った記憶のシステムが感覚を歪めます

 匂いや香りと記憶について何度も書いていますが、正確には匂いや香りがあって、記憶が蘇り、感情が湧き出てくるというのが、その流れなのではないでしょうか。

 今、香りをつかったビジネスなどで少し勘違いしていると思うことは、そのあたりにあるのではないかと思います。鰻の焼く匂いをかぐと、唾液が出てきますがそれは感情ではなくて、条件反射ですが、或る匂いをかぐことで嫌な気分になってしまうのは、そこにはっきりとした記憶が関係しています。

 記憶といっても、大抵の人はそれを映像として再現してきますから、匂いや香りが切り離されたものが多いようです。人が夜夢を見ると、白黒だとかカラーだとか言う人もいますが、それは匂いや香りとの関係よりも感情的なものや体調などが、原因しているような気がします。

 故人の方の香りや、自分の過去の思い出を香りにつくる場合でも、それをイメージにあわせて再現してみると、意外なほど自分の記憶とかけ離れている部分が多くあるのがわかると思います。

 要するに、記憶の基本的な仕組みは、匂いや香りが基になっているのですが、表現する部分で映像化されてしまうために、そこに少し勘違いというか、ズレみたいなものが起こってくるのではないかと考えます。

 現代人は、特に映像に対して頼り過ぎているのか、その部分だけで多くの情報を取ろうとしています。分かりやすくいえば、一目惚れしてしまうような状況が、男女の関係だけでなくてもあらゆる場所で蔓延していると言ってもよいかもしれません。詐欺や心を扱った悪いビジネスが流行る背景もそこにあります。

 また、その映像や画像に関しても、写真や絵のような媒体でもデジタル化してしまっているために、何時までたってもクリアーなものを再現できるということは、人は老化してくのに、喜劇のようでもあり、悲劇のようでもあります。

 また、調香にとって大切なことは、その香りが表現していくことの時間の流れです。基本的には、トップからラストまで香料を選んで、分量を決めていきますが、まるで人の出会いから別れまでのようなストーリーを感じさせるものもあります。

 僕自身が心がけていることは、それがゆったりした時間の流れをつくることです。出会いから別れがあまりにも早い付き合いには、愛情が不足が原因ですが、香りに関しても如何にそれぞれの香りに対して、思いやりや気遣いをもって、接するかに尽きます。

 嫌な思い出や記憶にも、それが起こったそれなりの理由や原因があります。そこをしっかり把握しないで、しっかりした記憶ととどめておくことは、むしろ心にずっと棘や剣を残したままにしているのと同じです。

 時間が経てば、知らないうちに心の中から傷つけ、痛みつけてきます。

 先日のカルマもそうですが、嫌な記憶や思い出も、もっと深く違った一面からみてくると、逆に愛しく思えてくるときもあるから不思議です。

 幸運や不幸という定義もそうですが、僕は、本当の意味で言えるのは、少々大変でしんどいことが起こってもそれを苦もせずに受け入れることが出来る考えや思考を持つことではないかと思っています。
 
 たまたま幸運が続いたことを喜ぶことが、意味の深い人生を作り出せるのかどうかは疑問です。人は、生きていれば、何かしら大変なことを経験します。それこそが、実は心にとって薬のようなものであり、もっと自分の人生も人の人生も愛することができる基となるものなのかもしれません。

 しかし、苦労をしている人ほど自分の人生から逃げようとします。気持ちは分かりますが、人を深く愛することができるチャンスを失ってしまっているように感じます。

 たががl香りからでも、こういった人生の一面を垣間見ることができるのですから、どのような人の人生でも満更捨てたものではないと思います。


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by fenice2 | 2010-01-19 10:34 | アロマ 香り

自分が背負うべきカルマについて

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 重い荷物を持っていると、親切心からついそれを抱えてあげようとします。これは、悪いとかよいとか言うことの前に習慣もあるような気がします。価値判断よりも、習慣がそういう人助けの方向性を作り出していくのではないかと、最近考えるようになりました。

 香りを調香しながら、色々な内面の重い話を聞くと、次第に相手の方は軽い気持ちになっていきますが、僕は知らずにその重みを背負っているのではないかと感じることがあります。特に勉強会などのように、毎回決まった方の相手をしていると、知らずに僕の背中には色々な方の、心の重みを担いでいるようです。

 勿論、しかるべき時期が来たら、僕はその重みをそれぞれの方にお返しします。それは本来その方が背負うべきものですから、幾ら荷物が重いと言っても、一生涯背負うわけにはいきません。

 そうやって考えると、僕の仕事は背負い業のような部分もあるのだろうかと考えますが、新たな香りをつくることで、その重みの受け止め方が変わってくるのではないかと考えたりします。

 カルマやその方の業みたいなものは、理不尽なものも沢山あって、何故自分がその荷を背負う義務があるのだろうと悩んだりすることも多いだろうと思います。

 自分の親の業の見返りや、もっとずっと意識できないぐらいずっと前の因縁じみたものまで、毎日の生活の中での大きな負担に感じることもあります。

 時には、荷物を降ろして、一度自由な身でいろいろ考えてみることは必要なことなのかもしれません。自分の本当の目標や夢や希望などは、そういった罪深いものと同じに考えていては、なかなか見つけることは出来ないです。

 しかし、長時間に渡って他人のカルマを背負うことは、間違った夢や希望を与えてしまうこともあります。理不尽な身内の付き合いや、心の負担ばかりを強いてくる仕事の仲間など、一時は親切心で持ってしまうことが、返って相手を勘違いさせ時には妄想に近い夢を抱かせます。

 心に関係した仕事ならば、安易に心が軽くなることを唄わないほうが良いような気がします。それよりも、何故その重みを背負っているのかの意味を、一緒に見出していくほうが正論なのかもしれません。

 苦しみがあるからこそ、嬉しさをより感じることもあります。自分の罪やカルマなど本来、背負うべきものを除くことが、すべて良いことのように思い込まされているような風潮があるのではないでしょうか。

 僕は、時には人のものを背負うことで、心が強くなっていったのかもしれません。しかし、その親切心の満足で、果たしてその人の人生を良い方向に向けたとはいえないのではないでしょうか。

 その重きものも、何時かは少しずつ軽くなることもあります。しかし、人に預けっぱなしのカルマは、時々自分のもとに返ってきて、それに耐えかねてまた何処かに捨て去るようになります。

 それでは、何時までたっても、カルマは軽くなりませんし、背負うべき精神力も身に着けることはないでしょう。重みに耐え偲んで、初めて他人の重みも感じることが出来ると思います。

 この最低限度の生きていく意味合いを勘違いすると、人助けも、未来への希望も何処か虚しいものになってしまいます。

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by fenice2 | 2010-01-17 00:57 | アロマ 香り