カテゴリ:アロマ 香り( 95 )

現代人の心を表すー悲しき人形のにほい

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 今日は沖縄辺りが、日没前で部分日食があったようです。最近の天気の大きな変動とも何か関係しているのかもしれません。

 最近、幾人もの香りをつくっていて、何かそのイメージに共通があるように感じていました。見てくれの美しさや表面的な薄い出来事で右往左往している人が多いのかもしれませんが、どうも自分の意思や気持ちがなく動いている人が多いような気がします。

 新年になって、気持ちが心に在らずというような人も、祇園辺りでも結構見かけるようになりました。神社を回っているうちに何か呆然としてしまう人も多いようです。

 空っぽになった体に、突然感情が入ると、制御も利かずに暴走してしまいます。今年に入って、あちこちで感情爆発が多くおこっているのではないでしょうか。いわゆる突発的な事件や事故が多いようです。

 感情と理性について、以前も書きましたが、僕はその二つのものは実際の生活の中では関係ありそうで、別々に働いているというのが持論です。感情は、理性では制御できませんし、理性もまた感情の影響をあまり受けません。

 僕は、感情よりも感性に重きをおいて考えるほうです。感性は、感じる所を頼りにしてきますから、自然と心とも結びついてきます。

 企業などのシステムの動向をみていても、その根拠とするものが、この感情を如何にコントロールするかに重きを置いているような気もします。

 社員を如何にやる気をおこさせるかとか、上司と部下があまり衝突しない環境づくりとか、何処か人を今まで以上にロボットか人形のように扱うような意図があることを感じます。

 感覚から始まって、いわゆる自分の感性の世界を持たなければ、急に泣いたり笑ったりしてもかえって虚しさをつのらせてしまうこともあると思います。

 誰かを好きになることで、何もかも現実を忘れようとする恋とか、ゲームなどに集中して夜も昼も分らなくなってしまう人たちとか、自分の魂を消費させることで生きていていると言ってもよいのかもしれません。

 そういった感情の積み重ねから得るものなど何があるのでしょうか。

 日本人には、元々恋愛などという感情は持ちあせていなかったように思います。平安まで遡る気はありませんが、江戸でも惚れた腫れたですから、もっと情緒があって奥ゆかしい部分が多かったように思います。そういう意味では、感情をコントロールできるものは心のみなのでしょう。

 誰かを好きになってしまって、自己を失っている人は、好きになっているのではなく、好きにさせられているというのが本当の所なのかもしれません。

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by fenice2 | 2010-01-15 21:00 | アロマ 香り

無の世界から有の世界ー物と精神の出会う場所

 香りは、物質ですが優しい物質だと思っています。高価ですが、宝石のようにとても気を使うものではありませんし、目立つものではないです。僕も常時100種類ほどの香料を持っていますが、傍からみればそれほど高価なものを持っているような印象はありません。

 モノによっては、1gで金よりも高いものもありますが、柑橘類などはそれほど高価ではありません。高価なものとチープなものを混ぜ合わせていくことは、例えは妙なのかもしれませんが、まるで王様と市民が慣れ親しんで混じっていく幸福な世界を作り出していくようなイメージが浮かぶときもあります。

 どのようなイメージにするか、それはまさに想像力ですが、明きらかにそれらの香りの個性や性格みたいなものを余程熟知していかなくてはなりません。難しい香料ほど、混ぜ合わすたびに色々な表現をしてきますから、或る程度経験がないと付き合うことは出来ません。

 想像やイメージの世界は幾らでも広がるのですが、それらの香料を出来るだけ生かしていくことが出来るイメージは実際にはそう多くはないのかもしれません。

 香りの世界ではないのですが、精神世界と称する人たちの中には想像を無限の宇宙に投げ出して、自由に発想していく人たちがいます。人は何でも力があって、どんな能力もあるような言い方をする方もいますが、それらの言葉を果たして、現実の形に出来る方がどれだけいるでしょうか。

 現実に疲れ、心が傷ついた時にそういう言葉は一時は、救いや気休めになるかもしれません。しかし、ずっとそういう無限の可能性を追求していくことは、何処か無責任で、どうかすると今の現実を見なくなるような気がします。

 人は現実の中で傷つき、現実の中で失敗したのですから、現実の中でまたそれを癒していくしか方法はないと僕は思っています。夢や理想も、現実と永遠につながらないものを追い続けていくことは空しさを感じないでしょうか。

 現実ばかりの中では、人は精神性を忘れ、想像力を失っていきます。ですから時には現実を離れ想像や精神世界に入り込んでしまうことは、仕方がないことなのかもしれませんが、再び現実に戻ってこなければ生きていながら、まるで黄泉の世界に足を踏み入れたような人になってしまいます。

 あの世がどうとか、霊感がどうとかそういう目に見せない世界はあるかもしれませんが、それよりも僕はもっと生きている人間にとって重要なことは、今自分の感じることが出来る世界を持っているかどうかに尽きると思います。

 自分の本当に好きなものが何で、嫌いなものが何かとか、どういう人とうまくいってどういう人ならうまくいかないとか、そういう感性の世界をしっかり持つことがまず生きている最低条件の使命のような気がしています。

 感じる世界は、シンプルですが深く多くのことを教えてくれる世界です。それをたぐっていくだけで自分自身の生きている意味とか生きがいさえも見つけ出してくれるものだと思っています。

 感じる世界無くして、精神性も創造性も成り立っていかないような気がします。まして、宇宙や人の魂の世界など、感じることができてこそ初めて理解されてくるものではないでしょうか。そうでなければ、信じるとか信じないという細い線の上の動きだけになってしまって、結局はそこから落ちてしまえば、何も見えてなかったことがよくわかると思います。

 摩訶不思議で魅力的なことを言う人に出会えば、それをどうやれば現実に役に立つことが出来るか聞いてみてください。大して大きな夢でないものでも、それを実行できて人にも指導できる人は、現実を変える力、即ち感じる力をもっている方です。

 香りも、幾ら壮大なイメージを持っていてもそれを調香できなければ、何もなりません。

 本当の想像力は、その大きさよりもその奇抜さよりも、それが形になっていく力です。前世が何であろうと、目に見えない世界の王を語ろうとも、言葉だけで感動を誘うのはヒトラーとあまり変わりません。

 自分の目指すものがあまりにも遠いものだと感じてしまえば、それに絶望し次に現実を破壊してしまいます。

 香りのレッスンでも、時に間違えて破壊の想像力を発揮してしまう人もいます。その香りをきいただけで、不快になり、何かいやなことを思い出してしまうもものになってしまいます。

 想像には、結果もついてくることを決して忘れないことだと思います。

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by fenice2 | 2010-01-06 00:56 | アロマ 香り

翼のような一年ー新年のはじめに

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 このブログもお蔭様で、僕が意図する以上の方々が読んでいただいているようで、香りについて中心に書いているつもりですが、少しは何かの役にたっていただいているようなことのメールを頂くと、とても嬉しく思います。

 僕は、こういうようなブログを書く前は、男女の問題について真剣に向き合ったものを書いていました。但しそれは、自分自身の生活の一部も赤裸々に書いたこともあって、お恥ずかしい限りなのですが、それなりに多くの人が閲覧して頂きました。

 たがが、恋愛や色恋沙汰と誰でも、そう捉えたくなるものですが、今のように相談にのって特殊な立場から意見や助言をしているのではなくて、一緒に考え僕自身も色々な悩みながら考えながら進んでいきました。

 今でも、そういう立場や姿勢は忘れてはいけないと思っていますが、或る一部だけの技術(心理学や占術など)が突出して、人の心や精神世界をみていくことは、とても歪んだものを生み出してしまうのではないかと感じ始めています。

 しかし、身内の関係とくに親子の関係が疎遠になると、大抵の人は自分の心について悩みが生まれ、色々な蟠りを感じるようになります。表面上は良いように見えても、自分の心が重くなっていく人は、根本的な人間関係が壊れている兆候です。

 縁という抽象的で不思議な人のつながりをみていても、ます親子関係が僕はもっとも重要ではないかと思っています。それを度外視して、外にも良好なつながりが出来るとは思っていません。

 今の時代は、同性よりも異性の親子関係で、その中身が淀んでいるか疎遠の方が多いようです。男女関係の元になるものも、このあたりに原因があるのではと思っています。

 以前は、ファザコンとかマザコンとか言われましたが、今はそれほど単純なものではないような気がしています。ファザコンとマザコンの方が一緒になって、さらに複雑な人間関係を結んでいきますが、そういう方が、純粋な恋愛や愛情の関係を家庭以外の外の世界で築こうと思っても、土台難しい話になってきます。

 そういう意味では、僕自身は目の前の恋愛や色恋沙汰がうまくいくとか、うまくいかないということは、長い人生の中では、それ自体にはあまり意味がないのではと思っています。

 男女の世界は、多くの人が誤解していますが、古代からうまくいかないことの連続です。野球の打率よりもずっと確立の低い世界なのが、男女の世界と言ってもよいかもしれません。江戸時代の男女の物語などは、むしろそういう短い春を最初から楽しもうとしていますが、現実をよくみた情緒のあり方なのかもしれません。

 愛情が永遠なのと、男女の関係でうまくいくということは、似ているようでかなり違うような気がします。男女の関係で絵に描いたような美しいイメージばかりをもっている人は、大概現実には苦労することになります。

 人を愛することは美しいのですが、愛し合うことは僕は多くの幻覚を生んでいむのではないかと思っています。お互いの愛情の時間は、人により状況により違ってきます。そういう意味では、常にタイムラグがある世界といえるのではないでしょうか。偶々、そういう時間を過ごすことが出来たとして、それは気まぐれか神様の賜物ぐらいにとらえたほうが良いです。

 しかし、長い時間の中では、愛し合ったという記憶は残っている人もいます。これは一見すると喧嘩ばかりやっているご夫婦でも、二人が残してきたお子さんや家庭、そういう創造物が何よりもそういうものを感じさせるからなのかもしれません。

 そういう意味では、お互い愛し合って生活していくことは、不可能ではないと思いますが、家族や子供さんに対するしっかりした目標やイメージ、またそれに耐えうる忍耐力も必要です。

 出来の良くないお子さんが生まれて育っていくこともありますし、身内関係などでもめて家庭がイメージしたとおりうまくいかないこともあると思います。しかし、大きな山を登るように、飢えに耐え、気持ちの寒さに耐え、何も夢も抱けない場所でも、前に進み続ければ、最期にはそういった愛し合ったことでの記憶を残していくことが出来るような気がしています。

 何度もいうように、今愛し合っている時間は、どれだけ楽しく甘いものでも、その後には空しく何事も無かったように消えていってしまいます。そういう意味では、恋愛はまるで人を凋落させる麻薬のような一面ももっているのかもしれません。

 香りのイメージで、本当に人の心を救われたと感じさせるものは、やはり前者の長い時間の中での愛の記憶です。短時間で起こった愛の記憶で香りを創造しようとしても、うまくいくことはないです。

 愛し合った記憶は、特に親子の関係の中で、今の時代は求められている気がします。自分の親子で築くことが出来なかったそういう愛の記憶を、単純に男女の関係の中で求めていくことは不可能です。

 今年は、翼のような一年を迎えると思っています。ずっと飛び立つ準備をしてきた人たちは、多くの海を越えて次の時代の背景に飛び立っていきます。翼の無い人にとっては、辛い一年になります。

 追伸  

 HPを幾つか更新しました。今年から、本格的に香りにより記憶の治療を始めます。最終的には心の治療が目標ですが、その前に忘れたくても忘れられない忌まわしい過去の記憶などを和らげることが、先ではないかと思っています。

 香りの記憶療法で多くの人の役に立ちたいと思っています。興味のある方は、HPをご覧ください。

 CO-DAI HP

 
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by fenice2 | 2010-01-02 13:12 | アロマ 香り

香りの勉強会のご案内ー横浜、京都

 
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 お蔭様で、多くの方が香りの勉強会に参加して頂いているので僕自身の予定も殆ど詰まっていますが、最近でも香りの勉強の問い合わせがあるので、ご説明しておきます。

 香りをつくるレッスンは、今はすべてプライベートレッスンになっています。ご一緒に香りをつくっていきながら、普段あまり気にもしなかった繊細な部分に、触れていきます。そういう意味では、技術を習うだけではなくて、自分の心の中の古い記憶や、眠っていた深い感情を呼び戻していきます。

 このブログでも、何度もお書きしていますが香りと記憶は深いつながりがあって、たったそれだけのことなのに毎日の感情はそれに大きく左右されていることがわかってくると思います。

 以前は、ケミカルな香料も多かったのですが、今は天然でもかなり高価な香料を使うようにしてきています。

 また、今HP自体もすべて変更していっていますが、香り=心の治療という部分をもっと色濃くあるような活動にしていきたいと思っています。今延べ人数で100人ほどの方が、勉強に参加していただいていますが、多くの人が心的な悩みや病を抱えていましたが、そういう方にも調香の勉強が如何に良い治療になるかを、僕自身のデータとして増やしてきました。

 占いのように先がどうなっていくかも大切ですが、僕はそれ以上に今生きている人間が悔いの無い生活を過ごして、生きていることを実感することが大切ではないかと思っています。

 感情は実は、その殆どを感覚に頼っていますし、その感覚の大部分は嗅覚が影響をしています。

 私たちは、感じることが大切なのだと思います。泣いて、笑って、感動するという単純な行為の中に素晴らしい、人生の教訓や深みがあるような気がします。

 心の病は、その殆どがそういうものを見失ったときに起こってくるものだと思っています。僕自身も深い精神疾患に陥ったことがありますが、自分の感情や感覚を取り戻していったのには、自分自身に長いストーリーが必要でした。

 香りの勉強は、そういった心の歪みや感覚のずれを少しずつ修正していく勉強でもあると思います。心を守ることを忘れて生きている現代人は、自分の感覚や感情がどこにあって、どこから出てくるのかもわからなくなっています。

 人を好きになることも、本当はシンプルで美しい感情です。付き合うことが出来るとか出来ないとか、そういう二次的な問題で、その美しい感情がくすむわけではないと思います。

 遠方の方で対面の勉強が出来ない方は、メールの添削による勉強方法も行っています。色々お聞きになりたい方は、このブログの横のHPのからご連絡ください。

 明日もまた横浜で勉強会です。主に、京都が中心ですが月に何度かは横浜で行っています。ご参加されたい方もメールにてお願いします。
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by fenice2 | 2009-12-25 00:46 | アロマ 香り

夢に近い現実と現実に近い夢ー運命について

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 運という目に見えない存在も香りと同じですから、時々香りを作るときにも引き合いに出されることは多いです。以前にも少し書きましたが、運というものは自分の努力だけではなんともしがたいものがありますが、そうかと言って、直ぐに運が良くなるとか悪くなるというものでもないと思います。

 運がよくなりたいという人はいますが、運が悪くなってもよいという人は殆どいません。ただし、運についてとても強い関心がある人とない人は確かにいます。運について、色々考えるようになるのは、何か人生で大きな出来事が起こったり、自分の力の限界を感じた人など色々ですが、運はそれだけ生きるということと無関係な存在ではないようです。

 別の話をすれば、日本はアフリカよりもずっと運の良い国なのかもしれません。経済は発達していますし、貧困で死ぬ人など殆どいません。アフリカに日本のようなワイドショーがあったら、毎日のように直視できない事件が山積みですが、残念ながら運がよい国に限って、一つ起こった凶悪な事件でこの世の終わりのように大騒ぎをします。

 以前スーダンの特集の雑誌を見ましたが、目をそむけたくなるような写真のオンパレードでした。日本の大抵の人はこういう雑誌をみるのは、体に悪いと感じるのか、どうかすると気分が悪くなったと言ったりします。

 自分の不幸を比べる人はいませんが、相対的な出来事としてはそれは存在することもあります。同じ事故に遭遇しても、他界する人もいれば軽い怪我ですむ人もいます。怪我をした人は、それ自体は不幸ですが、他界した人と比べればその気持ちもおさめられます。

 しかし、他界した人は運が悪かったので、その関係の方は漠然と不幸なダメージが心を襲います。そうやって、考えれば運というのは、人間の社会やどうかすると競争みたいなものと深く結びついていて、運は損得や利害関係に深く関係していうような気さえします。

 昔の人は、運をもっと心の問題にしたり、深くて長い時代の所からの影響だと考えていたようですが、それは、現代の運の考え方とは少し違っているようです。

 人が生きて、功罪を行いその結果として起こってくるものが運としていたようですが、そうやって考えると今の時代の運をよくするという行為やビジネス事態ほとんどが、何処に根拠をおいているのかが疑問になります。

 世界と言わないまでも、出来るだけ不幸にあった人に触れなくすることが、運という人もいます。これは昔の日本の村社会の村八分なんかの考え方や雰囲気に似ています。

 今の日本の社会を悪くしている原因の中で、この不幸や運のイメージの捉え方です。不幸になっている人や困った人を助けない、助けることが出来ないということがこの運命の考えに基いているようです。

 僕自身の個人的な考え方は、そういった何かご祈祷や他から与えられたようなものよりは、運は心から始まっていって、出来上がってくると思っています。そういう意味では、今何を考え、何を感じているかのほうに重きをおきたいほうです。

 転生輪廻、前世など不思議な世界のイメージも、今生きている人があってこそだと思います。運命や宿命に翻弄されてしまう人は、逆に今生きていることを疎かにしているような気がします。

 幸福であろうが、不幸であろうが人は生きている限り、何かを経験しそこから色々なものを感じまた学んでいきます。人を大きく傷つけたり、傷つけられたりする出来事からは避けるべきだと思いますが、それ以外のことは経験したものに勝るものはないのではと思っています。

 精神世界のことのイメージや知識が、最近過剰に宣伝されている気がしますが、生きている人間の感性こそがその方の財産ではないかと、香りをつくることから感じています。

 どれだけよいイメージや考えを持つ人も、それを実行しなかったり経験していない人はしっかりした感性や考えを持つには至らないと思います。

 また虹の写真ですが、今度は三重県の鈴鹿市の椿大社のお参りにいく前に、京都で見たものとそっくり濃く綺麗なものに遭遇しました。これも運でしょうか。全く不思議ですが、自然の中にだって、まだまだ現実であるのにロマンがあるものに満たされています。

 自分の心の中だけにロマンを求めずに、現実の世界の中からもロマンを感じ、作り出しましょう。

 
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by fenice2 | 2009-11-19 19:34 | アロマ 香り

南禅寺の思考の時間ー人が人と上手く付き合う法

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 そろそろ、京都でも紅葉が始まってきました。まだ、観光客は少ないのですが、地元の人たちにとってみれば、このぐらいの時期の方がゆっくりできてよいのかもしれません。

 先週までは、まだ青々していた南禅寺の木々もかなり紅葉してきて、同じ場所でも全く違った雰囲気をかもし出しています。今、このあたりを訪れている方は、紅葉のピークをむしろ避けてきているような人たちもいるようです。

 失礼ながら、一組の老夫婦の話を大きな山門の前で、紅葉に浸るようなふりをして盗み聞きをいていました。傍からみると誰もが、仲良く連れ添ってきたと思えるその方たちは、実はとても複雑な間柄であるようでした。

 どのような苦労があったのかわかりませんし、お互いがどういう家庭生活をしてきて、実際の夫や奥さんもまるで想像できない様子がありました。それは、それだけその二人がよく似合っていて、まるでずっと同じ道を歩いてきたようにみえたからでした。

 おそらく、若い頃に初めて会った場所が、この山門であったように感じましたし、それから気が遠くなるほど長い時間会いもしないし、話したこともなかったのかもしれないようでした。

 何十年ぶりかに会った、二人はずっと目の前の現実に格闘しながら、お互いの心を見続けてきたのかもしれません。そうやって考えれば、今までの自分たちの現実は、何であったのだろうというようなことを話していました。

 愛せない人を愛したと言わないけれども、自分が愛する人はもっと他にいるのではないかと思っていた、とか、子供を愛することが自分の中のもっとも大切なことだと思っていたというような内容でした。

 自分に与えられた現実、自分に与えられた人間関係、自分に与えられた夢や希望、しかしそれらが必ずしも幸せではなかったけれども、そこから何かを感じ、何かを得てこなければならない、そういうことがお互いの心の中で妙に納得しているような雰囲気もありました。

 ”屍になる私たち”という言葉を何度も発していましたが、肉体を抜け精神的なことに深い関心を起こすたびに、二人の愛は深く育っていったのかもしれません。

 若い頃に、二人は確かにここで出会っていて、お互い運命の人だということをわかっていたのでしょう。しかし、現実は二人に長い人生を一緒に歩いていく道を与えることはなかったようです。むしろ、その道とは真逆の道を突き進ませたのかもしれません。

 与えられたものは、完全でもないし、自分の心を満足するものから大きくかけ離れたものだったのかもしれない。程度は人によって色々あると思いますが、その理想と現実のギャップにどうすればよいかと考えたりします。

 香りでも、最高の物を使って、最高の技術集団をつかって作れば、深い芸術作品と呼べるようなものが出来るかもしれません。しかし、その最高のものを一体何人、何十人の人が理解し、味わうことが出来るでしょうか。

 僕もカウンセリングしながら、その方の悩みや苦しみをお聞きして香りをつくっていきますが、そういう方を前にして何時も思うことは、本当の意味では何も特別なものを欲しているわけではないということです。

 夢とか希望とか、生きがいと言いますが、それは実は先日の運がよくなったり悪くなったりすることとは根本的に違う場所にあるのではないかと思ったりします。

 スピリチャルや精神世界にも知らないうちに、現実の中での幸、不幸が影響してきます。それは、精神世界という見えない世界がいつの間にか、現実の世界の常識や損得までに侵されていることになるのではと感じたりします。

 人の心は、隅から隅まで見える必要はないように思います。見えない場所があるからといって、それが現実の世界の中の不安や恐怖とは全く異質なものだと思います。

 今の現実も見えない部分が多いのですが、それが即に闇であるということにはならないと思います。


 その二人の今の付き合いは、深い闇に眠っていたものであったのかもしれません。しかし、今はこの上なく幸福を感じておられるのかもしれないです。

 
 
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by fenice2 | 2009-11-12 22:11 | アロマ 香り

愛せない人に愛を与えることー無謀な冒険か奇特な精神か

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 久しぶりにイギリスの妖精で面白いものがありましたので、載せてみました。妖精のイメージは色々なものがありますが、時と場合に応じて好きになるものがあるので不思議です。

 最近香りをつくっていて、愛せない人をなんとか愛に目覚めさせて欲しいというようなイメージのものを依頼されましたが、なんとも悩んでしまいました。香りとして成り立つかどうかもありますが、そのイメージが余りにも希薄で脆いものにみえたからです。

 本当の意味で誰かを愛しているときに、出来れば相手の人も愛を返して欲しいというのは特別な感情ではなくて、むしろ自然な心の動きなのかもしれません。

 しかし、愛を返せるどころか愛そのものもを忘却してしまって、愛することすらわからなくなっている相手に、愛を与えていくことは、なんともつらい悲劇です。
 
 愛は与えないと、与えられないということは真実ですが、それがたまたま意識した人がそういう愛することを忘れてしまった相手ならば、まるでざるに水を注ぐごとくなのかもしれません。

 僕は、あえてその方には相手を愛しているのではなくて、好きになっているか意識しているだけと言いましたが、それでも愛していきたいようで、男女だけでなくとも、人間関係にはそういったなんとも理屈には説明できない理不尽な心の世界があります。

 人が人を愛していくことが出来ないという事実は、どうであれ心が弱っていることなのかもしれません。そして、そういう相手にどれだけ強く大きな愛情を注ぎ込んでいっても、無駄なことなのかもしれません。

 心や意思が強い人でも簡単に人を愛することが出来るようにすることはなかなか難しいことだと思います。流石に僕も香りの力で、それが魔法のように出来るとはいいません。

 結局、僕は以前妖精辞典で見つけた愛を気づかせることが出来る妖精を香りのイメージにすることにしました。調香方法はそれほど大きく変えたところはありませんが、人のイメージをつくる以上に、香りの軽やかさみたいなものに気をつけていきました。

 以前にも天使のイメージで漠然と香りをつくったことはありましたが、今回のように具体的なイメージがあって、幻想的な香りをつくることは初めてでした。

 神から始まって、どうして天使や妖精のような存在が心の世界には必要なのか改めてその香りをつくってみてわかりました。人の心は、人が救う以上に、そういった天使や精霊などの働きが不可欠なのだと思います。

 心理学や、精神の力もありますが、実はそれ以上にこういった幻想的な力を無視しては、人間の力の傲慢さを助長させるだけなのでしょうか。救えるものは、許し、救えないものに対して明らかに卑下したり同情したりしながらすごしてしまう行為こそ、愚かなことなのかもしれません。
 
 その妖精のイメージの香りは、結局二人の間にわだかまる傲慢さを消し去っていきました。勿論、相手の方が愛する気持ちを取り戻していくかどうかは、わかりませんが、少なくともそれで深く悲しんだり、同情したり絶望したりすることはなくなったようです。

 愛せないことは、悲しい心の出来事かもしれませんが、それに周りが絶望していくことはもっと大きな罪やカルマをつくっていくことになるかもしれません。

 今は、愛せなくても何時かは愛することが出来るよとその妖精はまるで香りを通じて言っているようです。

 愛せないことを責めることが、もっとも大きな罪をつくっていくことになっていたのかもしれません。少なくともそのことだけでも、気づいたことは香りをつくった大きな成果でした。

 
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by fenice2 | 2009-10-21 01:44 | アロマ 香り

香りによるホメオパシー 日々のカウンセリングの中で

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 最近、代替医療として香りの役割が益々その役割を担ってきたようですが、ここのところ医師も積極的に参加されて、香りについての知識を広めていく方も多いようです。アメリカなどの病院などでは随分前から、内科や外科など科によってアロマを芳香させていましたが、日本では今までは趣味の範囲でしか使われることがなかったようです。

 アロマに関しては、調香する人間の立場からすると、今までは扱いにくい点や品質について疑問に思うものも少なくなかったのですが、今回仕入れるものはかなりよいものだと思っていますので、今までの香料に加えてアロマも50種類以上は加えていこうと思っています。

 アロマの店舗などでは、幾つかの精油を組み合わせたものが売っていますが、やはりどこか強引に組み合わせたものが多く、調香の技術を一度でも経験したものならどうしてもその荒さが目立つように感じてしまいます。

 調香や香りのデザインの世界は、それぞれの香りの組み合わせや生かし方などを訓練していきますから、大抵のアロマの本にあるように、単に二つの組み合わせで合うとか合わないというものだけでつくっていくことはありません。

 また、仮にアロマを精神的なものや心の治療に役に立てるとしても、そういった調香の訓連や経験がないと、何処かこじつけたとってつけたような心理分析になってしまうようです。

 以前から香りについて、心や精神的な結びつきについて色々書いていますが、中でも人の記憶との結びつきについてはとても大きな影響を及ぼしているような気がしています。

 人の記憶が或る感情を呼び、それがまた様々な感覚につながっていくようで、或る香りから苦い経験を思い出してしまう人は、その香りと似たものについても同じような反応を起こしてしまうことが多いです。

 不思議なもので、多くの人の香りをつくっていくうちに自然とどの香りが相応しいかとか、何の香りを望んでいるかはわかってきますが、時々その予想や勘みたいなものから大きく外れてしまう人もいます。

 それが、先ほどの記憶と関係していますが、本来その方にとても相応しいと思われる香りもそういった特別な記憶の影響で、どうしても感情的に嫌悪してしまうことも少なくありません。しかし、考えてみたらこれは何も香りだけに限ったことではないのかもしれません。

 もっとも、大きな意味でいえばその方が出会わなければいけない人とか、運命みたいなものも、そういった苦い記憶やもしくは突発的な情報によって歪められていることがあるのではと感じることがあります。

 或る花の香りをきいて、素直にそのメッセージが理解できるには、よほど自分の感覚を研ぎ澄まし、その間にある澱みなどを取り除いていかなくてはなりません。

 良い感覚をもった人は、世の中の多くの部分から本当のメッセージを聞くことが出来るようになると思います。良いも悪いも、もっと多くの人がそのメッセージを聞くべきではないでしょうか。

 
 
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by fenice2 | 2009-10-10 02:01 | アロマ 香り

WHITE CHAKANA(ホワイトチャカナ)夢、恋、星からのメッセージ

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 お陰さまで、前回のGREEN CHAKANA、BROWN CHAKANAがご理解をえられたようで、香りを通じて自然のあらゆる場所からのメッセージを形にしたいと以前から思っていましたが、共感できる方が増えて嬉しい限りです。毎回、僅かしかつくることは出来ませんが、新たに香りを紹介したいと思っています。

 今、香りを勉強される方は、日本をほぼ跨って参加していただいていますが、お一人お一人作られる香りをみていると、個人差はもちろんありますが、地域によって受け止めている何かがあるのがよくわかります。

 九州の方は、何故か土のイメージで香りを作られる方が多くて、逆に北海道や沖縄、奄美の人は空や海、雲のイメージからつくられている人が多いように思います。

 人がまず基本的に生きていくには、前回のイメージのグリーンや土のイメージが必要ですが、しかしそれだけでは、アートや恋、人生の夢みたいなものは、なかなか得ることが出来ません。

 田舎を捨てて都会に夢を求めていくように、人にはどうしても夢とかロマンが必要になります。特にこういう閉塞感のある時代にその意識はかかせないものなのかもしれません。

 皮肉なもので、夢や恋、もしくはもっと遠い星からのメッセージが受け止めることが出来るのは、僕は、ある程度の都市ではないと難しいのではないかと思っています。

 東京ほど大きな都市は、逆に地域が限定されてきますがl、ほどよく自然があって、近代的な建物がある場所でないと、なかなかそういうものを感じることは出来ないような気がしています。

 街で漠然に歩いていると、ふと寂しさを感じることもありますが、それが自分の心からの相手を探す動機になってくるときもあります。変わったアートに触れると、なぜか遠くのほうからメッセージが聞こえそうになってくることもあるでしょう。

 大自然の中にも、宇宙からのあらゆる声が響いてきますが、大抵が森や大地の匂い、鳥や獣の声によって打ち消されてしまいます。深い森は、自分の心や内面を見つめるには適していますが、未来や星からのメッセージを受け取るには相応しい場所ではありません。

 僕自身は、京都での時間が多いのですが、それでももっとも多くのインスピレーションを感じる場所は、街の何気ないカフェの一角です。人の声や、人の気持ち、それらが交じり合ううちに時々流れ星のようにその中に、宇宙からのメッセージが降ってくることがあります。

 何処か未だ見る世界から、文明の遅れている我々地球人に向かって、閃光のようにそれは降り注いでいますが、殆どの人はそれが何かわからないうちに、過ぎ去ってしまっています。

 その閃光を受けやすいのは、恋しあっている人、余程創造的な仕事をしている人やそれを目指している人たちではないでしょうか。大きさに関わらず、心に夢をもっている人もその閃光を受けやすいのではないかと思っています。
 
 人の心には、夢や恋も必要です。それをつかさどるものは、殆ど星からのメッセージやそれを受け取った人からのものだと言ってもよいのではないでしょうか。

 今回、また新たにWHITE CHAKANA(ホワイトチャカナ)のイメージで香りをつくってみました。バラやユリ、ハマナスやジャスミン、バニラやワイン、リキュールのイメージの香料も加えてあります。70種類以上は加えて調香しています。

 日々の生活で夢を感じたり、恋を感じることが無ければ、人は、生きる意識を高みにあげて生きていくことが出来ないように思います。夢や恋を受けやすい感性や感覚を磨いていくことも大切なことではないかと思っています。

 恋から遠ざかっている方や、夢を持つことが出来ない状況にいるかたも、とても救われた気持ちになるものではないかと思っています。

 世の中が、白いイメージで少しずつ覆われる時期も増えていっているような気がします。

 <プレアデスの閃光>と命名したいと思っています。ご関心のある方は、下記の通りご連絡ください。お一人お一人対応して、香りをおつくりいたします。


  


 
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by fenice2 | 2009-09-17 20:20 | アロマ 香り

強い気持ち、強い祈りが、時には相手を苦しめてしまうのではないでしょうか。

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 祈りの強さは、強いほどよいと思われています。人の気持ちは弱く、ちょっとしたことで強い流れの方へ流されていってしまうと思います。自分の半分の魂の相手を探していくことも、祈りが強ければそれでかなうこともあるかもしれません。

 香りをつくるときも、ふとそれに気がついた人もいました。彼女は、自分の気持ちをある人にわかってもらいために、強い祈りを香りにこめていました。僕は、香りをきいた瞬間から、かなりの強い気持ちでそれがつくられているのがわかりました。

 何もかもゼロからの出発の時は、そういう強い気持ちや祈りは必要だと思います。赤ちゃんが強く、母親といることを望まなければ、自分の存在さえ危うくなってきます。

 しかし、大人になって私たちは、実に沢山のことを身に付けて生きています。場合によっては、沢山の過去を引きずっている人も多いかと思います。好きになると、家族も何もかも投げ出してしまう人とか、思い立ったように今まで経験もなかった事業に手を出す人もいます。

 こういう不安定な時代になると、やたら気持ちの強さや勢いみたいなものばかりが大切にされるようになって、折角今まで育てて来た貴重な人間関係や自分自身の精神的な蓄積も意味がないように感じてしまいます。

 政治の動きは、言うまでもないと思いますが、そういった気持ちの強さから起こしてしまった、憂さ晴らしのような部分があるように思っています。あまりに強い愛情をぶつけられた相手は、どうなってしまうでしょうか。稀にその期待に応えて、思いがけない結果を出す人もいますが、あくまでギャンブルの範囲にあると思います。

 国と人との間には大きな不信感がありましたが、それはどちらにもそうなる理由があったように思います。夫婦ではありませんが、うまく行かなくなって本当に一方的に悪いということがあるでしょうか。

 無視、冷酷な感情の対極に、ストーカーなどの感情があって、酷い事件を起こしてしまった人間関係こそ強い愛情があるのがなんとも皮肉なものです。

 先ほどの、強い気持ちで香りをつくる女性は、あっという間に香りの真髄に近づいていきました。良い香りをつくりたい、自分の気持ちを完璧に伝えるものがほしいという気持ちがそうさせていったのかもしれません。

 技術、感情、理性、などが想像の世界では複雑に重なり合ってきますが、やがてそこにもっと重い感情、嫉妬、疑念、執着なども大きな影響を与えるようになってきます。

 人には、それぞれ登り詰めていく山というか目標みたいなものがあって、それに向かって走っているときは、まさか自分の祈りが誰かを傷つけるとは思っていません。また、私たちは生きている限り幾山も乗り越えていかなくては、ならないような気がします。

 登りつめたときから、彼女の香りはとっさに今までとは全く違うものになっていきました。優しさがなくなり、少しも相手を思いやる雰囲気が消えていきました。ただ、強く、ただ圧迫を感じさせるものばかりになって、しばらくその香りに触れているだけで不快な気持ちになってきました。

 遠く離れて、叶わぬ愛の時間が長くなると、人は知らぬうちに強い祈りを心の中に抱き始めます。そして、それは思う相手に矢のようになって飛び去っていきます。何らかの理由でその愛を受けきれない相手は、それで傷つき、また深く絶望していくこともあります。

 少し祈って、それがよくないと思えばずっと待つことも大切です。そして、長い時間待ったと思えば、また祈ればよいと思います。以前にも書きましたが、それが相手への思いやりであり、愛情ではないでしょうか。

 本当の思いや、本当の人間関係は何時の時代でも、辛い一面があるのではないでしょうか。それに向かわずしていったい人は何に向かって生きていくのでしょうか。
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by fenice2 | 2009-09-09 02:18 | アロマ 香り