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香りでつくる小宇宙ー感性の崩壊に備えて

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 最近、毎日感じることは日に日に、周りの空気の流れの中で今まであった感覚や感性みたいなものが次々に壊れていっていることです。まだ少しは残ってた繊細な雰囲気は消えて、何か空っぽになってしまった箱みたいなものが、周りに浮かんでは消えていっているような気もします。

 人がつくる社会は、残念ながら愛すら入り込むのが難しいのに、もっと大きな感覚はとても近づくことが出来ません。奇跡や感動みたいな部分は、今の世の中からはどんどん遠ざかっていって、希薄な存在になっているのかもしれません。

 感性を高めていくことは、自分という小宇宙の存在感を強めていくことになります。希薄で空っぽになった社会や組織は、人に虚しさや脱力感を与えるばかりになって、益々、心の中を不穏な状態にしていきます。

 一人一人が持つ小宇宙には、はっきりとした方向性があって、何かを作り出そうとする創造性を秘めています。社会の創造性や方向性はとても強い時期には、そういう内面からのエネルギーは弱められてしまいますが、今の時代はむしろ強められてきているはずです。

 思考よりも、発想、常識よりも自由さを求めていけば、自分自身の絶え間ない創造力にたどりついてくるのかもしれません。しかし、その中でもっとも難しいのは、経済との葛藤です。

 経済は、変革や新参者を許す範囲はもともと少なく、安定、信頼などを大切にする余り、心や内面のものの存在を見ようとはしません。経済にそういう部分が強ければ、世界がここまで貧富の差になってしまうことはないと思っています。

 富んだものは、自然目に見えるものばかりを追求するようになり、モノの無い人達は、精神的な満足で自分のバランスを保とうとします。また、社会は富んだものが、表現できる場所を増やしていくために、益々モノの無い人たちの満足するものと離れていきます。

 しかし、モノの貧しさがあるように、心の貧しさもあって、心が飢えると皮肉なぐらいモノでは満足できなくなってきます。中東の発展のバックボーンには、こういう心の貧しさが見え隠れしているような気もします。

 心の貧しさを補うには、小宇宙からの精神的な満足、感動や喜び、深い思い出のようなものが必要です。共感も大切ですが、自分自身が心から満足したり、感動したりするものを求めていくことは、生きていく上でとても大切なものではないでしょうか。

 香りをつくるたびに、今のような小宇宙のような世界を求めていることがわかります。癒されるよりも、もっと個性やアイデンティティを生かすほうに、香りが向いていっていると感じてなりません。
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by fenice2 | 2008-01-30 20:49 | アロマ 香り

感性が歪む時ー愛を失いかけた時間

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 感性とはよく耳にしますが、なかなか関心を持って日々生活されている方は少ないのかもしれません。自然の感性というような言い方をしますが、それだけ人が本来もっているものには間違いなさそうです。

 平安貴族の感性というと、源氏物語に代表されるような優雅で穏やかな人間関係や文化を生み出すものなどと言いますが、果たして現代の人の感性などというものはどういうものなのでしょうか。

 感性は、感情とは少し違いますが感覚とも似て非なるものがあります。感性を磨くとありますが、要するに感性は、それなりの努力をしなければ得ることが出来ない貴重なものではないかと思ったりします。

 香りをつくる作業では、感性ということばは、日に何度も飛び交います。感性が鋭い、深い感性、逆に鈍い感性、感性が悪いなど色々です。

 人間は感覚で捉えて、それを感情に変えていっていますが、感性は感覚よりもずっと前にあるものと理解して頂いても良いかもしれません。

 意識と感性は近いものがありますが、イメージと感性はとても深い繋がりがあるような気もします。感性は言ってみれば、目の前にあるものを捉えようとする、高度な意識の作業なのかもしれません。

 感性を失ったり、歪んでいると、人は正確にイメージをすることが出来なくなるような気がします。良い思いを持っていない人を、よくイメージすることは単なる勘違いや、場合によっては妄想にまで発展してしまうこともあります。

 よく言われることは、恋は感性を高めることも出来るが歪めることもすると言いますが、好きと言う感情が余りに強くなると、全体のイメージを抱くことが少なくなってくるのかもしれません。

 自分と合う人や仕事を探すにも、感性は必要だと思います。まして自分が愛していくことが出来る人との出会いは、この感性なくしては、殆どありえないのではないかと思ったりします。

 人と人の貴重な出会いは、偶然に起こることはないと最近つくづく感じることが多くなりました。恋をしたい人は、出来るだけ具体的なイメージを抱いて、それから相手を探していこうとしますが、これらも感性の表れだと言って良いと思います。

 感性を持つことは、愛すべき人やものに出会いたいと思う気持ちや心のあらわれです。その感性を磨く作業とは、心の中の余分な感情やわだかまりを取り除いていく、灰汁とりのような作業なのかもしれません。

 感性は、心からの祈りと同時進行で、その力が大きくなったり、小さくなったりします。感性を持つことは、何も一部の芸術家や音楽家の使命みたいなものではないようです。

 日々の小さな感情を大切にするようにしましょう。それがやがては、大きくて深い感性を育てていくことにもなるかもしれません。
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by fenice2 | 2008-01-28 01:24 | 愛 愛情

黒薔薇が支配する危険な香り(世界)

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 最近、世の中から良くない雰囲気やイメージが伝わることが多いです。新しい時代へと移り変わる時は、一時的に不穏で暗い場所を通ることも多いのかもしれません。

 今の状態を香りで例えると、とてもエゴイストでサディスティックな黒薔薇のイメージが出てきます。黒薔薇の花言葉は、「自分だけを、見つめて」です。

 しかし、不思議なもので、香りはどんなダーティなイメージであってもそれを正確にとらえることによって、何故か落ち着いてきます。

 香料は、30種類で中東のガルバナム、またはインドール、トップにはネロリ、ラベンダーなどを使いました。調香してみると、なるほど深く重い香りですが、それ以上にブラックホールのような吸引力をもったものになっているような気もします。

 過去、執着、因習そういう今までの時代を支えていた、”地のエネルギー"が次の時代に行かせまいとして、最期の抗いをしているようにも見えます。(香りは元々地のエネルギーに属します。)

 黒薔薇は、過去にはその製法を伝えるものがあって、何人かの調香師がその香りをきいたという話もあるそうです。おそらく何万本に一本はそういうものが誕生したのかもしれませんが、基本的には想像上のものとして香りの世界では伝わっています。

 過ぎ去ろうとする過去や人は、それを忘れさせないよう、何とか記憶にとどめようと懸命に動き回ります。それらを受け止めることは、建設的なことではないのかもしれませんが、次の時代への試練であるかもしれません。

 世の中に黒薔薇の香りが溢れるとき、人は絶望し、楽しさや嬉しさはその香りの中にすべて吸い込まれてしまいます。周囲の何万本の美しい薔薇の香りを吸収して、やがて黒薔薇は花びらが散っていきます。

 今の時代で幸福になれなかった人や、大きな恨みや絶望を抱いて死んでいった人の元へ、その黒薔薇の花びらは飛んでいきます。

 暫くの間は、小さくて可愛そうな存在であった魂に心を傾けましょう。弱者への哀れみや深い愛情を抱いた方は、やがて黒薔薇が消えて、次の時代の扉が開かれてきます。

 優しく、繊細な気持ちになって新しい精神的な時代に入っていきましょう。





 
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by fenice2 | 2008-01-24 17:50 | 愛 愛情

アーユルヴェーダー(Ayurveda)の教え

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 物があるのが幸せなのか、心さえ満たされていれば何もいらないのか、そういう経験を何度かされたことがあると思いますが、実際紀元前まで遡って様々な文化をみていると上手くいっている時代は、そういうバランスがよかったものがあったような気がします。

 今年行こうと思っている遺跡は、マチュピチュなど南米ですが、僕自身は30カ国は行っていますが、何故か今まで南米には行っていませんでした。

 以前は、そういう遺跡に対してとてもダーティなイメージを持っていて、生贄(いけにえ)や残酷で破壊的な社会ばかりがあると信じていたのですが、インカ帝国がとても市民主義といわれるような政治体制をとっていたことなど、最近になって何故かそういう歴史が見直されるようになって、今の時代よりもある意味科学も進んでいて、心豊かな生活や社会があったのではないかと思っています。

 僕自身は、人よりも幼少の頃からずっと恵まれる環境にいましたが、その環境をむしろ何処かで嫌っていました。父たちの時代は、貧しさを経験したから物の豊かさを求める意味はあったかもしれませんが、僕の世代のような人間は、モノを追及していくのは少し辛いものがあります。

 そうかといって、以前ブログにも書きましたが、思いっきり世の中や身内を捨てて精神社会に入ってしまうのは、とても危険なことであることは経験できましたし、モノと心のバランスなのか、モノに対する捉え方が間違っているのか、その辺りのことも香りをつくるということで、納得したり理解できている部分もあるのかもしれないと思っています。

 香りをつくるという不思議な作業は、モノをつくっているようでもあり、心の中のものを映し出しているようでもあります。
 
 インドのアーユルヴェーダーの本を読んでいますが、これも解ったようでよくわからない部分が沢山出てきますが、感覚的には何故か納得できるところも多くあります。

 要するに、人間が捉える感覚が如何に、宇宙の細部にわかっているかということを書いてあるものだと思いますが、太古の人の感性というものは、とんでもないものがあったように思いますが、現代人は感覚さえ鈍ってきているので、身体的にも精神的にも破壊をきたすのだろうと思ったりしました。

 本当は、TVやネットも見なくても、心静かに瞑想などの中から、我々は貴重なものを受け取ることが出来るのではないかと思っています。この世に起きている不幸なことや、悲惨なこと、その逆に、ずっと遠い世界からのメッセージや声みたいなものも、既に体の何処かでは受け取っているのではないかと思ったりします。

 そういう意味では、現代人は色々な意味で能動的すぎて、受動的な能力に欠けてしまっているのだと思います。人の話を聞くところから、人の気持ちをくんでみたり、理解や思いやり、その先の愛情に至るまで、受け止める力が不足しているのでしょうね。

 
 上のイラストは、植物的な感覚を持った宇宙人の想像図だそうです。とぼけた感じがなんとも微笑ましいです。

 色々なものを受け取っていきていくほうが、自分の能力や雄弁さを前に出すことばかりになっている人よりも幸福になれるのかもしれません。

 
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by fenice2 | 2008-01-19 00:46 | アロマ 香り

今見える未来 将来の仕事について

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 ミラノに初めて仕事で行ったときに、仕事についてつくづく考えさせられることがありました。全ての人とは言いませんが、好きな仕事をやって当たり前、好きな仕事でないと長く続けることが出来ないなどの意見を言う人が多かったので、社会性の背景の違いみたいなものに羨ましく思うことがりました。

 勿論、それほど経済が強いわけでもなく、イタリアの経済は90年代に入るまでは、ずっと不安定な状態を続けていたと言います。ラテン気質があるとはいえ、北のイタリアの人はかなり勤勉家の人も多く、毎日遊んで過ごしているふうにもみえません。

 或るホテルに泊まった時に、掃除の係りの人は移民系の人でしたが、その働いている感じが妙にとげとげしく思え、今まで自分が接してきた人と余りの違いに驚かされましたが、考えてみれば、その方は単に淡々とやっていただけなのかもしれません。

 人は貧しいと確かに、気持ちの余裕が無くなってしまいますが、それは仕事という部分にもかなり左右されることにもなると思います。

 生き生きと仕事をやっている彼らは、カプチーの一杯でも、陽気に延々と夢を語ることが出来ます。画廊をやっている私の友人も決して、日本で考えているように裕福ではないのですが、ブレラ美術館など、世界に誇れる建造物も近く、何処か何時も余裕があるように感じていました。

 日本でいう感謝とか、謙虚とは違うけれども、自分の感性については正直で真っ直ぐな人が多かったように思います。CIAO!といえば、或る程度分かり合えるところもあって、自分の感じたことや思うことを、相手にぶつけていく様子はみていても心地よいものがありました。

 感性や感情を流れるように表現するには、日本人も元々は、とても得意な分野であったと思います。仕事が好きでやっているのか、そうでないかを見つめることは苦手かもしれませんが、全体の中で自分が何をどうやっていったらよいのかは、今でも良い感性が残っています。

 仕事の条件や収入面、他の企業との情報とか、そういうものが余りに多く入る込んでしまうと、本来の仕事をやる感性みたいなものも失われていってしまうような気がします。

 困った人を助けようと思ったら、仕事になってきた、または父親の家業を継いだら、最初は面白くなかったけど、段々面白くなってきたなど、日本人の仕事に関する感性や精神性はそういういものからでてきたのではないでしょうか。

 出雲阿国という、踊りの仕事の女性が以前いましたが、社会や自分のやりたいことの本音をぶつけながら生きていく様子が、とても好きであれこそが、感性で生きていく人間たちの手本となるべき人ではないかなと思っています。

 上の写真は、港近くの何気ない風景を撮ったものですが、光の陰翳だけで表現すると、面白いぐらい未来を感じさせてくれるものになりました。

 人との出会いや、仕事も人が羨むような情景が見方をしてくれなくても、とても魅力ある未来を見出すことがあります。

 ご自分のイメージや想像にあまり影響されずに、時には何気ない感動を求めて表に出ていってください。心を開いて、無心に探していけば、きっと未来に繋がるものが見つかってくると思います。

 未来は、すぐ近くからでも築いていくことが出来るものではないでしょうか。



 
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by fenice2 | 2008-01-13 23:47

恋を伝える香り

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 本当に心や気持ちが合う人を探していくことは、まるで真っ暗な闇の中を手探りで歩いていくことに似ているのかもしれません。

 真っ暗な闇の中では、目はほとんど役に立たないでしょうし、頼りになるのは、耳と鼻、つまりは聴覚と嗅覚です。

 それを今の現実に例えると、聴覚は噂や情報みたいなものでしょうか。そして、良い情報ほど自分の耳で聞いて確かめてみないことにはなんともわかりません。それだけに、判断の材料としては、あやふやな部分も残っています。

 その点、嗅覚からの判断は、とても個人的なもので、もっとも深く、判断するには確かなものだと思います。それが証拠に、誰かが良い香りと言っても、あまり多くの人がそれにつられないのは、それだけ嗅覚は、個人の好き嫌いの部分もあり、簡単には伝えにくいものがあると思います。

 しかし、それは同時により多くの情報を与えてくれるものなのかもしれません。

 現代は視覚優先の時代で、このもっとも確かな判断をする嗅覚を鈍らせる(惑わせる)存在のものが多くあります。コスメが進化してくるのは良いのですが、その嗅覚を鈍らせる、強い香料や色の刺激によって、本来の心の奥にあるほのかな気持ちとは違った感情が生まれることになってしまいます。

 思い込み、幻覚、妄想に似たもの、そういうものは得てして恋愛感情には入り込みやすいものだと思いますが、あまりそういう感情がエスカレートすると、ストーカーなど負の感情に支配されることにもなると思います。

 深呼吸をすることは、鼻を刺激して、嗅覚を中心に感覚を整える作業だという人もいます。それだけ、全ての感覚の中でも鼻からのものが優先されることは、とても貴重な時間をつくりだせると思います。

 残念ながら、お酒の席では嗅覚はとても麻痺してしまうので、大切な人と出会う場所としては、相応しくないです。

 お茶でもしながら、長く話せるお相手とは、きっと何かがあるはずです。次々に何か暇つぶしのものを作り出せなくては、居られない相手とはきっと、嗅覚の判断の中で良くない兆候が出ているのだと思います。

 香りは、貴方の恋心を助けることにも、惑わすことにもなってしまうので、どの香りが自分の気持ちに相応しいのか考えてからお選びになることをお勧めします。
 
 これから出会う方は、星の節目もあって、とても長くお付き合いされる可能性があります。それだけにしっかり、香りや匂いに関心をもって頂きたいと思います。

 上のボトルは僕がもっとも好きな香りのものです。1950年代のコティのものですが、”流れ星”という意味です。香りのはかなさとあいまって、とても恋してしまう香りです。これに似合う女性はどんな感じの方なのか想像するだけで、胸が躍ります。

 
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by fenice2 | 2008-01-07 23:37 | 愛 愛情

あけましておめでとうございます。心と宇宙事業の幕開け

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 先日、ドイツのTVで、宇宙エレベーターと今の太陽電池の100倍近い効率の開発をやっていましたが、今まで眠っていた宇宙開発がやって目を吹き返した感じを受けました。

 今は亡き糸川先生とお会いした時も、様々な研究施設に連れていってくださり、大いにその頃も個人的に宇宙への関心を高めていきましたが、同時に心や内面、もしくはオカルト的な部分にも関心を深めていきました。

 一直線に宇宙に向かって求めるものが、心の内面も求めるだろうというのが、先生の教えみたいなものでしたが、そのお言葉どおり、真っ直ぐで心にも淀みがない方だったように思います。

 地方にいくとまだ街中でも、月や星が見える都市もありますが、東京をはじめ大都市は益々、星から関心も意識も遠ざかり、自分のことについても、内面にも、あざとく着飾ることが多くなってきてしまいました。



 どこか、街の光が見えない所にいって、時には夜空の星を見上げてみてください。



 占星術も、星の動きやインスピレーションから生まれてきましたが、それも毎日、毎日夜空を見上げたことによって出来上がってきた、人類の知恵ではないでしょうか。

 シャーマンの中には、人の心にも、星のような世界があって、自分の心を中心に、これから巡り会うべき心や、既に会っている人の心の位置が決まっているという人もいます。

 現実の人間関係が、心の星図の中では、実は、遠い存在の心の方(愛しにくい方)ばかりが多いと、誰でも毎日の生活の中で虚しさを感じてしまうと思います。現実の世界は、刹那的で打算的な部分が多いので、自分の心から、満足出来る人間関係が出来上がるのはとても困難です。

 心の星図は、そういう現実のあらゆるわだかまりを取り除いていって、初めてみえてくる自分自身の心の世界観みたいなものなのかもしれません。そういう中から、愛する気持ちも生まれていくのだと思います。

 人にもよりますが、もっとも身近に思う心の繋がりの存在は、最低でも5人ぐらいはいると言います。

 それは、ご自分の親なのかもしれませんし、友人や恋人、さらにはもっと異国にいる人なのかもしれませんが、それらの密接な心の繋がりをもてる人と、一生の間にどうしても出会っていかなくてはなりません。

 空が晴れたら、寒い冬空の中で、澄んだ星の光を心に注ぎ込んで下さい。街のどんな煌びやかな光よりも、心の中の星図を浮かびあがらせてくれます。

 それから、どのようにお感じになりましたか。かなり満たされた感じをもつ人は、もう既にもっとも身近に感じる人と出会っている方です。とても、虚しく、哀しく感じた方は、これから心の星図で愛すべき方を、探していく途上にある方なのではないでしょうか。

 今年から、時代はさらに心や気持ちを求めてくるようになると思います。心の平安や安らぎを得るためにも、心から話せる人間関係を増やしていくようにしていただけたらと思っています。

 今年もよろしくお願い致します。
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by fenice2 | 2008-01-05 01:35 | 愛 愛情