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男女の心と体のもつれー香りのカウンセリング

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 先日、WESTINホテルのウェディングフェアーに参加させて頂きましたが、そこで改めてお二人の香りをつくっていて、色々感じたことややらなくてはならないことを思い知らされました。

 あるペアーの方の香りをつくっていたのですが、香りを選んでいかれるうちにとても強いストレスを僕の方が感じるようになりました。勿論、今まで恋人同士や、ご夫婦などお二人同時につくる機会は多かったので、それほど気にとめる事はなかったのですが、今回は違っていました。

 お互いがあまりよく思わない香りを選んでも、それはよくあることで、むしろあまり好みが似ている香りを選んでも、必ずしも二人の仲が上手くいっているとは限りません。

 一人で香りを選ぶ場合と、二人で選ぶ場合は、特にお互いが意識をする間柄ならば、微妙に香りを選ぶものが違ってきますが、その辺りで二人の抱えている問題がはっきりしてきます。

 このことは、調香する経験をかなり積み上げてこないとわからないのですが、香りには心や気持ち、お互いの触れ合いの程度がどれくらいなのかもよく現われてきます。

 今までは、お二人の問題のことでもどちらかが、僕のところに相談に来られることが多かったのですが、やはり香りに関してはお二人同時にみると、お互いの気持ちや心のからみあった部分やもつれあったところがよりはっきりしてきます。

 占星術から来る、相性の悪さとか難しい組み合わせの部分はあると思いますが、香りはもっと現実的な部分、育った環境、様々な執着や願望などが出てきますので、現代はむしろそういう部分での困惑やトラブルが多いような気もします。

 現代の男性は、以前の男性のように女性をモノ扱いをする人は少なくなったのかもしれませんが、そうかといって純粋さを求めることもなかなか難しいことなのかもしれません。

 上の写真は、南イタリアのセジェスタの丘です。ギリシアの神殿などと違ってもっと身近で親しみがもてる感じがします。

 理想や純粋さも大切な精神性ですが、あまり現実をみないと何もかもだめにしてしまいます。

 
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by fenice2 | 2008-02-28 01:16 | アロマ 香り

体を愛する気持ちと心を愛する気持ち

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 肉体を愛することが良いか悪いかということをよく聞かれますが、人には色々な愛情が深くなる道があって、必ずしもプラトニックラブのような、精神的な純愛を通じなくてはならないということは無いように思います。

 以前、アルゼンチンのタンゴの家元から、ダンスの技術を習うと共にその心得といいますか、精神論みたいなものを教えてもらいましたが、体が触れ合うことでの心のつながりもなくては、なかなか男女はわかりあえないのではないかと思ったりしました。

 言葉でなく、体で求め合う気持ちもあれば、その逆に体を通じて反対の意思を伝えることもあります。求めあうときは、誰でも受け入れやすいのですが、反対に拒否や迷いの意志を伝えるときは、激しく心が動揺したり、怒りがこみ上げる人もいますが、体で起こったシグナルや感情は、体で返していかなくてはなりません。

 ミロンガでの踊りの最中でも、女性は奴隷のように男性に従うこともあれば、まるで悪女のように、男性の動きにそっていかない時もあります。長い間、ペアーで活躍していたプロでも本番でこういうすれ違いのようなことも起こります。

 本来の踊りの楽しさや意志の疎通の部分を忘れて、みせかけの技術や行動が多くなればそれだけこういう行き違いは出来るような気がしますが、それは何も踊りという枠にはまった世界でのことだけのではないようです。

 踊りですれ違ったペアーはその程度にもよりますが、その後は普通の友達(アミーゴ)になることさえ稀だといいます。日本人は、別れたりする理由を、性格の不一致などといいますが、あちらでは体が合わなかったなどと平然と女性が言うこともありますが、それは何もセックスのみで言うことでもなさそうです。

 お互い触れ合うことでの、感情のやりとりはとても大切なコミュニケーションだと思います。猫や犬の存在がとても大切に思われているのも、その辺りの理由からではないでしょうか。

 
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by fenice2 | 2008-02-25 00:24 | 愛 愛情

春の香りのパワー

 
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 まだまだ寒い日が続いていますが、ゆっくりと春は近づいています。

 今年は冬が寒かった分、春の香りのパワーは特に強いものを感じます。

 ここ10年ほどで、僕自身、春の香りのパワーをとても強く感じたことが何度かあります。春の香りの力を感じた年は、必ずと言って良いほど、世の中が劇的に変わる何かがある時だと思っています。

 春の香りは安らぎを運びますが、同時に古いものからの脱却や、新旧の交代などのスピードを早めるような気持ちを起こさせます。

 男女の出会いや付き合い方にも大きな変革をあらわしてくるような気がします。梅をはじめ、スイートピーやミモザなど、春には男女の結びつきを強めようとする香りが多いので、今までなかなかご縁がなかった方でも、ちょっとしたことで将来付き添うような方があらわれるかもしれません。

 遠い星星を眺めながら、梅の木々の香りにふれていると、何故かこの世のほとんどことがわかったような感じになるから不思議です。皆さんも一度是非、このミステリアスな時間を過ごしてみてください。

 強力なパワーの春の香りが、人の心に宿命や運命を出来るだけ身近に感じさせることが多くなるような気がします。

 能力が或る人は益々その力を発揮してくるようになるでしょうし、以前から気になっていた人同士は急速にその関係が強まっていくことになるでしょう。

 春の香りにのって、自分の運命のルーツまで遡ってみましょう。大きくずれていた人も、全く違う場所を歩いていた人も、その香りをきくことによって、知らず知らずのうちに、自分の生きるべき場所へと導びかれていきます。

 桜の木の下で、半日以上過ごしましょう。

 ほのかに淡い香りが、これから一年の運命の流れを大きくつくってくれます。

 自分の中にある気持ちや愛情が、もっともっと表にでやすくなるように、花びらが散るように、香りは静かに見守ってくれているようです。

 春の香りは、かすかな音しか聞こえませんが、動きは大胆で時には残酷です。
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by fenice2 | 2008-02-20 00:30 | 愛 愛情

愛されること愛することーNYトリニティー教会にて

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 広島や長崎は、原爆を落とされたことが、逆に平和のシンボルや象徴のようにされてきましたが、NYのWTCビルの崩壊は、結果的には次の戦争へのプロパガンダのようにされてしまいました。

 上の写真はその直ぐそばのトリニティ教会ですが、その中に僕は吸い寄せられるように入っていって、黙祷をしていました。本当に亡くなった方に寄せる気持ちは、ます手を胸にあてて祈りをすることだったように思えてならず、僕はクリスチャンではないので正式な方法ではないのですが、とりあえず頭を下げて祈りました。

 僕は、N.Y.には、何人か常に心にとめている人が居て、真っ先にその方たちの無事を願ったものでした。そして、直ぐ後から無事だったことを聞くと、ほっとしたりしましたが、それでも未だにNYを訪れるたびに、この教会へと足を運んでいます。

 或る事情から、その中の一人の方とはなかなか会えない間柄になってしまいましたが、それでも何かある度に、僕自身はその方の動向だけは見るようにしていました。

 考えてみれば、ここ10年以上もまともに会ったことも無く、それでも何かあったらどんな時でも飛んで行きたいと思うことは、なかなか無いことだと思っています。

 男女だけでなくても、人と人の関係はタイミングやちょっとした意見の違い、結婚などによって疎遠になっていまうこともあると思います。しかし、それらは、いずれも愛するとか愛さないとかいう基準にはならないのだと最近特に強く思うようになりました。

 勿論、愛すべき人とうまくいくのが良いにきまっていますが、世の中の殆どの不幸は、相思相愛だからといって、うまくやっていくことが出来るとは限らないです。むしろ、ダメな場合が多いのかもしれません。

 愛するべき存在と、縁のある人は似ているようで違いますが、縁のある方を大切にしてくとそれが、何故か自分の愛するべき人への道しるべになっているようなことが多く在ります。

 人は、なかなか絵に描いたような愛の物語や社会の成功を得ることが出来ません。夢を見ることは自由ですが、現実は色々な面で厳しいことが多く在ります。

 心から愛することが出来る人と、うまくいかないからといって、決して愛することを止めてはならないと思います。最近、変わり身の早い人が、強い人間のような言い方をする人が多いのですが、僕は変わらないものを持っている人のほうが、よほど強いのではないかと思っています。

 僕自身の経験からでも、一人の人間が、心から愛情を持つことが出来る人(相手)はそんなに多くはいません。そういう方への気持ちもまた、何十年経っても同じものがあるはずだと思っています。

 一度でも愛した人なら、その後うまくいかないことがあっても、何処かでその愛する気持ちを止めてはならないような気がします。愛するということは、そんなに簡単に切り売りしたり、諦めて潰してしまうものではないように思います。

 もし、そういう事が簡単に出来るなら、それは愛情ではないのかもしれませんし、愛情が身の回りに無い生活や人間関係をきづいてしまうような気もします。

 愛すことを止めなければ、その気持ちに応えるように縁がある人と出会えるはずです。やがては、その縁ある方とも愛情をきずくことが出来ると思います。

 忘れられないことと、愛することは少し違いますが、 強い愛を持つことが出来る人が執着を超えてよりよい人間関係を築いていくことが出来るのではないでしょうか。


 
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by fenice2 | 2008-02-11 20:49 | 愛 愛情

心を映す鏡と感性ー強い女性に向かって

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 少し体調を悪くしていまして、感覚が劣っていましたので、久しく自分の香りをつくることに専念していました。(常人と違って、特に繊細な感覚を求められる世界にいるので、ほんの少し風邪をひいただけでも、色々不都合なことが生じます。)考えてみれば、このところずっと自分の為につくることはなくて、五感のズレみたいなものに戸惑っていました。

 今日、国際ジャーナリストの日高義樹先生の講演を聞きにいきましたが、流石にここ数年の世界の動きは、かつて想像もつかなかったことが色々起きそうです。特にアメリカを中心としてきた、経済や政治の仕組みは大きく変わるかもしれません。

 考えてみれば、今の日本は中国は嫌っても、アメリカは嫌ってはいけない空気や雰囲気にされてきて、それと同じような動きで、日本の文化やアイデンティティも消えてしまっているような気もします。

 僕自身は、男性の感性や女性の感性という分け方はしないほうですが、いよいよその辺りの境界線もさらに怪しいものが増えてきて、男であることや女であることの基準みたいなものが失われてくるような気もします。

 恋愛よりも、もっと希薄に性格が合うとか合わないという部分で男女も選択するようになって、情愛や情緒みたいな部分も、益々薄れてくるのではないかと思っています。

 僕自身は、過去、どちらかというと強い女性を求めてきたところがあって、それは男性ならば自分が強くなりたいと単純に思えば、そういう本能みたいなものを抱くのだと思いますが、そういう感覚ももはや時代遅れのものになっていくような気もします。

 かつて、自分が成功する為ならどんな生き方でも出来る女性を見てきましたが、最近はそんな深い情念を持っているような方は、殆どお目にかかれないようになりました。

 経済がそうさせたとは言わないのですが、計算が全く成り立たない情念は、なかなか男性には真似できないことでしたが、そういう女性がいたからこそ、過去の日本も色々面白い所があったように思います。

 女性がよく強くなったと言いますが、それ以上に男性が弱くなっていったのかもしれません。もっと端的に言えば、強い女性を求める男性が少なくなっていったのだと思います。

 香りをつくったり、香りを教えていたり、こういう占いやカウンセリングの場でも、僕は女性にもっともっと強くなってもらうようにアドバイスをしてきましたが、これからもそういう姿勢は変わらないと思っています。

 これからの世界情勢や、経済の不安定な動きに対しても、女性的なもの、その中でも柔和で芯が強いものが必要となってきます。男性であっても、そのような女性的な強さを身に附けていかなくては、ならないと思います。

 そういう芯から強い女性が増えれば、社会や世の中も明るさや活気が出てくると思いますが、今の日本の空気は全く其の流れとは逆をいっているような気がします。

 家庭や恋人関係であっても、女性の心の動きによって大きく左右されることが殆どではないでしょうか?

 上の写真は、梟が鼠を捕まえてイギリスのある塔に運ぶ様子です。鼠年に皮肉な写真ですが、今年の世の中を象徴するような写真だと思っています。意味は色々想像して結構ですが、一ついえることは、これで全てが終わりではないということです。

 窮鼠、猫を噛むとも言います。最後まで諦めずに、シブトサも必要ではないでしょうか。

 
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by fenice2 | 2008-02-07 20:36 | 愛 愛情

不可解な時代の香りー男女の溝におとずれる

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 エニグマという意味は、ミステリーよりももっと理解に苦しむ謎という意味があって、以前香りにもそのネーミングをつけられたことがありました。

 情緒のある時代なら、少し理解しがたい男と女の問題でもなんとか乗り越えていくことも出来ますが、今の時代はまさにこのエニグマという感覚がよくあてはまる時代になってきました。

 この香りを実際にきいたことはありませんが、チャート(香りのレピシ)などからイメージすると、本来トップであるはずである香りをラストにもってきたり、またその逆をやってみたりと、香りそのものはローズやジャスミンなどオーソドックスなものですが、その製法に独特のテクニックがあるようです。

 まさに、世界はまるで今までの感覚を逆さまにしたような出来事の繰り返しが続いています。猫の目が変わるというよりは、猫騙しのような印象さえしますが、実はこの香りではないのですが、冷静に考えてみると当たり前のことが起きているだけなのかもしれません。

 世の中は、実は複雑になっているのではなくて、むしろ単純になってきつつあって、あまりにも単調になってきているところから、内面や心が置いていかれているような印象が強くなっているのかもしれません。

 果ては、毒物事件から目の前の恋のすれ違いの問題まで、単調さを追い求めるあまり、それにうまくあわせられないものが、表に仕方が無く現れてきます。期待や希望からくる絶望や不安、繁栄からくる嫉妬、合理的からくる虚無感など。

 シンプルと単純は違うように、何から何まで削り取ってしまうことはよい事ではないと思っています。こと人間関係に基づくものは、どれだけ無駄だと思えることも簡単に減らすべきではないと思います。

 一緒に食事をとることや、共感しあう時間を増やすことは、豪華なディナーをともにすることよりもずっと意味があるような気もします。

 エニグマな香りには、実はもっともオーソドックスな気分にさせる役割みたいなものがあるような気がします。毒入りの食品が出回ってきたら、やはり一から食事をつくるということを、思い起こさせることが自然でしょう。

 男女の問題が、根本から崩れそうになったら、まず相手の理解や気遣いから始めるべきです。自分の気持ちや相手の気持ちを知ったり、訴えたりすることは二の次になります。

 そういう意味では、エニグマは抽象を現実に、また現実を抽象化しているのかもしれません。

 現実だけでは、何もかも行き詰ってしまいますし、イメージだけでは一時の感情で終わってしまうこともしばしばです。


 貴方は、今現実に向かっていますか?それとも抽象化していっていますか?
 
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by fenice2 | 2008-02-04 00:41 | アロマ 香り