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見えない世界 ー 心をみる環境

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 この仕事をやり始めて、以前にもまして見えない世界への関心が強くなってきました。しかし、見えない世界=恐ろしい世界ではなく、むしろ感じなければいけない世界ではないかと思っています。

 我々は、瞬間、瞬間を生きていますが、それを自覚出来る範囲はとても狭く、流されて生きていると、自分の存在価値みたいなものを見失うこともあると思います。

 今日も或るデザイナーの家具のショップから、香りの提案などの仕事がありましたが、申し訳ないぐらいにそこから醸し出される香りというものが感じられなかった為に、丁重に香りをつくることをお断りしました。

 豪華な革張りの椅子、モダンな弓形のテーブルなど目に映るものは十分過ぎるほど重厚なものがあったのですが、正直、このような環境の中にいると、周りの雰囲気を感じる能力をかえって失っていくような気がしました。

 目に見えない世界では、色々な未来の予兆や過去の記憶などが飛び回っています。

 それらを感じていくことは、人というよりも生命が生きていくのに最低限、必要な情報ではないかと思ったりします。

 やる気が感じられない人は、過去の重い記憶や、閉ざされた未来の情報が映し出され、表面的には明るくみえた人にも、未来には突然変事がおこりそうな兆候が漂っていることもあります。

 それらが、正しいとか将来において必ず起きるというものではなく、そういう怖れや不安があることが、またその人の瞬間、瞬間の行動の方向を決定づけていっているような気がしてなりません。

 過去にはシャーマンが代表して、そういうものを感じる能力を持っていましたが、僕は今は、現代人でも感受性を豊かにしていけば、見えない世界の存在がぼんやりと感じるようになると思っています。

 心も生活そのものも豊かになっていく人は、過去の美しい記憶が常に影響しています。将来は必ず良くなるという確信を持てることは、そういう見えない世界からの心地よい誘導があるようです。

 誰でも美しいイメージや感覚を持っていたいのですが、現実には見えない世界の存在をしっかり把握していかなくては、そういうものをなかなか維持することは出来ません。

 目をつぶって、恐ろしい光景や醜い景色が広がる人は、常にそういう世界から良くない情報を与えられていることになります。心と、目に見えない世界は常に繋がっていて、そういう意味では心に思い描いたことが、等しく、自分の運命をつくりだしているのではないでしょうか。

 心に恐ろしい風景を生み出してしまうものは、常に現実の中にあります。幻想と現実もまた、密接に繋がって、お互いの存在を牽制しあっています。

 たった一つの椅子や、小さな小物入れでも心には大きな不安を残していることがあります。不快な匂いも当然、心の動揺を作り出していることは間違いありません。

 心の中の風景を美しくすることと、自分の周囲をインテリアなど、美しいもので飾り立てることは似ているようで違ったものがあります。人によっては、柿色の渋いガラス瓶が心の中では、美しい夕日に映える人もいます。

 見える世界の美しさや醜さは、心の中では全く逆さまのものとして映ることもあります。程度もありますが、見えない世界の価値観は、その人の過去から現在に流れている、独自の判断や価値基準でその形があらわれてきます。

 大多数の価値観(市場調査の結果など)は、そういう見えない世界の価値基準から大きく離れています。

 美しいリビングをつくるのもよいですが、心の中の美しさを築いていくことの方が毎日の生活の中ではもっとも重要です。

 綺麗な花は、心の中では優しい風になっていくかもしれません。捨てられいる汚れた茶碗が、敵を滅ぼす英雄になることもありますし、心地よいローズの香りが、大きな宮殿をつくっていくこともあるでしょう。

 心に田園のような美しい風景を抱いた人は、接する人やものに優しくなれるかもしれません。心の風景こそが、毎日の幸、不幸を決める殆どの役割を占めているような気さえします。

 喧騒な時間や空間から離れて、静かに心に目をやって、心の風景が少しでも豊かで美しいものになるように、自分の生活の場を変えていきましょう。そういった小さな心の中の革命が、世の中を大きく動かす原動力になるような気もします。

 
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by fenice2 | 2008-04-29 20:26 | 調香・錬金術

故人の思い出の香り - 見えないものの世界

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 先日、故人の方の香りをつくって欲しいというご依頼があり、ご一緒におつくりしました。以前から時々は、ご葬儀などの時にローズや、ラベンダーなどの香りをつくることはありましたが、改めて依頼されることは、それほど無かったような気がします。

 故人の香りをつくるといっても、イメージからつくっていくので普段のつくり方とそれほど違うところはありませんが、色々な思い出と重なってしまうのか、時々涙されてしまうことが印象的でした。

 思えば、今までにも香りをきいてかなり感傷的になられる方がいましたが、誰か故人の方の香りが記憶などに関係してそうなっておられたのだろうと思います。

 今現在生きている我々は、やはり好みや欲求の中にも、そういう過去からのものが流れていて、それが色々な形で影響しているのかもしれません。

 バニラの香りで、とても甘いものが男の癖に好きだったよねというと、何故か僕まで感傷的になったりしました。

 香りが出来上がると、皆さんでそれを確かめましたが、何故か笑っている故人を思い出すと言われると、その香りからくるメッセージをお伝えしました。ホッとする方や、少し晴れやかな顔になる方など色々な表情がありましたが、たとえ香りとはいえ、そこに故人をあらわす存在感のようなものがあったように思っています。

 僕も以前、仕事上で行き詰まりを感じたときに、亡き父の香りを思い出しながらつくりましたが、思ったよりも好印象で驚きましたが、それ以上にその香りが僕自身を元気付け、励ましてくれたことをよく覚えています。

 日頃常に触れていなくてはならない香りとはいいませんが、やはり身近な方の存在は死というもので、簡単に忘れていってはならないのだろうという思いが今回、おつくりしていて強く感じました。

 霊というと、その存在が特殊な世界観のものですが、香りで故人を甦らすとなんとも心地よいものが残るということもよく解りました。こういう仕事は今後は、今のような時代だからこそやっていかなくてはならないと思っています。

 香りには、エジプト時代の女神イシスの頃から、死者を甦らすことが出来るものとして扱われてきましたが、成る程そういうような意味合いもあるのかもしれないと思ったりしました。

 しっかりとした意味のある仕事として、今後は香りつくりのジャンルに加えていきたいと思っています。
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by fenice2 | 2008-04-27 20:31 | 調香・錬金術

癒しの音楽ー人以外の癒し

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 中国政府が正式に、ダライラマと交渉するそうです。良かったなと思う反面、本当にそれで今までの色々なことが解決していくことが出来るのかな、という疑問も残ります。

 世の中や時代が一歩前に行っても、何故か前進しているような気がしないのは何故でしょうか。

 僕は、正直言って癒しという言葉があまり好きではありませんが、人が今の社会で傷つき、それを癒しただけで、果たして何の解決になるのだろうという単純な疑問がわいてくるからです。

 そもそも、自然を壊し、心や気持ちを蔑ろにするようなシステムをつくったのは人間ですから、癒しの産業やあらゆるセラピーが出てくると、一人一人は、助けているかもしれませんが、そのシステムそのものには無関心になってくるような気もします。

 むしろ、無理に元気にさせてしまうことが、そのようなシステムの仕組みを加速させていくような気がして、癒し産業が巨大化していくことは、何か間違った流れがあるのではないかと考えたりします。

 ストレスや心の病が出てきてしまうのは、むしろ人間も自然の存在であることの証明のような気がしてなりません。病気になると、確かにシステム上では不都合なことが多くなると思いますが、今の時代のコンピューター並みに人間に間違いを容認しようとしないシステムは、その仕組みそのものが間違っているような気がします。

 過去のどんな精巧な職人技でも、意外なほど人為ミスが含まれているもので、少々のミスがあっても、人間関係や信用が失われないという深い思想や仕組みがあったからこそ、何年、何十年かけて価値があるものが出来上がっていったようです。

 僕が何時の間にか、香りをつくるという仕事に入っていったのも、何処か懐の深さみたいなものがあって、熟練していけばそれだけ、よい香りが出来るのは当然でしょうが、それ以上に失敗しながらでも、進歩していることが見えるということでしょうか。

 お客様を相手につくっていると、最初から全てが見えている訳ではありませんから、時間をかけて選んだ香料でも、調香の途中で変えてしまうことも度々あります。

 顔色を伺うことや、感情をそこなうことを恐れてばかりいると、何をつくったらよいのかわからなくなりますから、それよりも大切なものが何処にあるかを自問自答しながら、心の奥へ進んでいくことになります。

 先日、バリの音楽で飛行場で演奏した曲の中で、飛行機に向かって(の為を思って)演奏した曲があるというので、早速聴いてみましたが、なんとも不思議な音楽で、なにやら飛行機が優雅に飛ぶ様子が想像できてきただかでも、心地よい時間をもてた感じがしました。

 人の心が弱っていたり、病的になっていることを治すには、実はその周囲のものや人に対するこういう気遣いや思いやり、愛情を抱いていくことが大切ではないかと考えたりしていました。

 香りは、そういう意味では、心を開いていったり、周りに関心を持っていくには良いきっかけになるものだと思います。そして、それ以上に自然の中には、花を中心として香りを持った仲間がいることに理解をしてくると、さらに大きな力が、味方をしてくれているような気持ちにもなれるかもしれません。

 心が本当に癒されたいとか、落ち着きたいと思うならば、与えられることと同じように与えることを忘れてはならないです。
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by fenice2 | 2008-04-27 01:34 | アロマ 香り

西日本(博多、広島、京都)の香りの勉強会を終えて

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 先週、博多から始まって、広島、京都の香りの勉強会が無事終えました。ご参加した方々は殆ど、普段から勉強されている方ばかりだったので、とても有意義な時間を過ごして頂いたことを感謝しています。

 今までは、東京、名古屋の往復のみで一部の方のみが通って勉強をされていましたが、色々な条件の制約があって、なかなか出てこれない方の為に、急遽遠征をしましたが、成る程実際に周ってみると色々な発見もあって、楽しいものでした。

 殆どがプライベートレッスンの方なので、お時間はしっかりやりましたが、それでも一度には伝えきれないこともあって、ご希望者の応じてこれからも、これを実行していかなくてはならないと思っています。

 途中鈍行に乗り換えて、ゆっくりと風景を眺めながら、マンウォッチングなどをしていましたが、何故都市部に一極集中していったのか、解ったような気もしましたが、それでまた途切れてしまっているものも感じたりしました。

 国が出来上がっている、全体の気の流れみたいなものは、それなりに歴史があって、背景があり、また言葉や表現方法が微妙に違っていって、何か大きなアイデンティティをつくっていっているような気がします。

 閉鎖された都市に暮らしていると、そういう気の流れみたいなものを感じられなくなり、スピード化が余計に分断した価値観をつくりあげていっているような気がします。

 今、考えると寅さんシリーズなども日本にいるときは、恥かしく感じることもあったのに、イタリアのTVで見た時は、なんとも新しい文化があるように感じたので、そちらのほうが正しい捉え方だったように思います。

 西日本には好きな俳人も居ますが、最近ではやはり種田 山頭火でしょうか。西日本の風景や情景が色濃く出てきて、幾つも心に残る句が今でも覚えています。

 経済が、幾ら発達したように見えても、こういった全体の流れが見えなくなってくると、国の力は衰え、人の心や気持ちは荒んできます。

 しかし、東京の一極集中ももはやピークに達してきたような気がします。 心やマインドを無視したシステムや環境は、やがて見放されるようになります。

 香り文化には、田舎も都会もありません。センスという点でも、むしろ地方の豊かな自然の花々に触れている方々の人のほうが、繊細なところもあります。僕も含めて都会生活者は雑な感覚になることが多く、か細い嗅覚に陥ってしまうことが多いようです。

 八百万の神のという言葉がありますが、日本は元々多くの香りが自然の中や四季にある国だと思います。それらが、繊細で力強い背景や精神をつくっていたのかもしれません。

 今後の香りをつくる上でも、色々参考になたことがありました。今後ともよろしくお願い致します。
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by fenice2 | 2008-04-21 11:41

秘められたダライラマ 母の想いの香り

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 僕自身、過去に間違った宗教を選択したことがあって、一時本当の宗教などあるのだろうかと疑心したことがありましたが、そんな暗い気持ちの中でもチベットのダライラマ14世だけは何故か、深く信頼できるような印象を持ったことを覚えています。

 それから今日まで20年以上、ダライラマの軌跡をずっと追ってきましたが、今ほど危機感を持ったことはありませんでした。随分前に、NYの或る有名な占星術家が、彼が生きている以上、チベットの自由はありえないと言ったそうですが、そのことがまた今の今まで妙に、僕の記憶に残っているのも不思議でした。

 信じるも信じないも、彼の影響を考えると中国は意地になるし、納得できることもありましたが、しかし、逆を言えば彼が存亡の危機に立たされれば、チベットの解放も近いだろうという予感を持ちました。

 そして、昨日これ以上暴動が起これば、ダライラマの地位を去ると述べられましたが、そのことがまた彼の生命の危機ではないかと思い、今の状況をしっかり捉えようとして香りをつくってみることにしました。

 僕は、余り著名な方の香りを依頼でもない限り作ったりしません、以前、或る広告会社の勧めでタレントさんの香りをつくったことがありましたが、残念ながら江原さんの鑑定のような意外なものは殆どなく、それどころか、そのプランを直ぐに真似してビジネス化しようとすることに、ため息をつかざるえない経験をしました。

 表に出て、次々に活動したり表現したりすることで忙しく、心や気持ちの中に秘められたものはとっくに失ってしまっている人が多いのだと思います。

 僕自身も、金融社会のど真ん中で生きているときはそうでした。日に日に磨耗していく気持ちや心にとても怯えながら日々を暮らしていたのをよく覚えています。

 ダライラマの最初の印象では、男性的な香りを選択していきました。パチュリやベチバー、さすがにタバック(タバコ臭)などは使いませんでしたが、芯が強く責任感を感じさせるような香りが次々と並べられました。

 彼は、女性的な香りが一切イメージになく、成る程マスコミなどに立っている彼そのものが表れているような気がしていました。

 ちょうど、数日前に或る私立高校の校長先生と教頭先生の香りをつくったばかりでしたから、指導者らしいイメージも重なったのだと思います。

 しかし、香りの世界の不思議なところは、それから200種類ぐらいの香りをいったりきたりしていると、何故だか彼が幼い子供をイメージする香りが含まれていることに気づきました。

 香りは、人間の個性や性格と似ているところがあって、どれだけ表向きは女性らしい方でも、意外な一面を持っているかと思いますが、香りも単に表面的なイメージだけでは、うまくまとまっていかない面があります。

 香りはよく縦の芸術だと言われますが、それだけに妙なバランスをつくってしまうと、なんとも不安定で崩れやすいものをつくってしまいます。

 ダライラマの子供心の優しい香りは、実は彼の母親の想いに繋がっているような気がします。ダライラマという特殊な立場に、幼い頃から立たされてしまった、お母様の気持ちにはどのようなのがあったのでしょうか。

 それに加えて、中国からの亡命と彼自身の魂の支えは、仏教への深い帰依もあったでしょうが、一方ではお母様の計り知れない深い愛情や想いがあったのだと思います。

 女性らしい香りは、ほんの少しローズを加えただけなのに、その他の50種類ほどの香料と組み合わさってくると、不思議なほど薔薇の香りそのものになってきました。

 ダライラマ14世は、今それまでの秘められたお母様の意志によって行動し、決断をしようとしています。そういう意味では、彼は男性でありながら、時代や世の中に深い母性愛のようなものを示しているような気がします。

 大変に難しい立場や、環境にありながら意外にも彼を本当の意味で生かして、守ってきたものはお母様の愛情ではなかったのでしょうか。

 それにしても、これだけ天然の香料を使うことも普段は、殆どないことです。それだけ、彼が深い人間性に根ざしたものがあるからでしょう。

 ご希望の方は、香りを少量ですがお分けします。

 僕が感じたように、ダライラマのお母様の愛情を感じていただければ、とても嬉しく思います。

 近いうちに彼は、今の立場を去るでしょう。それと共に、生命の危険も予感してなりません。

 彼のメッセージを、正確にとらえるためにも、ダライラマの心の背景を理解することが大切ではないかと思います。



                   香りの命名  ”母からの想い(Mother's Desire)"

 
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by fenice2 | 2008-04-15 00:50 | ダライラマ

スピリチャルゲーム 心を閉じさすものと開かせるもの

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 今ままでそういう関係のところに仕事として出向いたことが無かったので、今回のことは本当に考えさせられることが多かったように思います。僕自身、香りを中心として最近そういう部分と接触することも多くなっていますので、ここ数日、香りを勉強している方や、関係者を集めて色々話し合いました。

 10年以上前に初めた頃は、アロマなども殆ど出回ってはおらず、もっぱら香りをつくること=香水というのみに決められて、フランスを中心にした市販の香水ばかりと比べられたものでした。

 香水でなく、香りというものは身近になってきたのは、アロマの普及の影響があると思いますが、それも最初からネットワークビジネスのような利益重視のものもかなりあったような気がします。

 アロマは、フランスやイギリスを中心に病理学的に扱われるものでしたから、それが精神や心に結びつくというよりは、今でも神経系に効果があるということが基準(予防医療)になっているようです。

 それが何時の間にか、精神や心に関係してきたのは、元々はインドのアーユルヴェーダの考え方から現代風にアレンジして、精油をチャクラと呼ばれる神経のツボのような場所において、気の流れなどを整えるという施術などが紹介されてきてからだと思います。

 オーラソーマというセラピーにも参加したことがありましたが、その心理的な効能はともかく、使っている香料の品質が悪く、とても気持ちを休めるものではないという印象を今でも強く持っています。

 アロマにも、リンパマッサージなどに利用することはあると思いますが、使う香料がエステによってまちまちで、人によってかなり効能が不確かであるようです。

 人の五感というのは、面白いもので料理の美味しさなども、その時の気持ちや雰囲気で大きく感じ方が変わってきてしまいますが、香りも同じで、体調が悪いときなどは特にその好みに変化が生じてきます。

 そういう感覚の曖昧さが、人の面白いところでもあり、また難しいところでもありますが、この不安定な感覚を左右するのは、結果的には人の心や気持ちではないかと最近思うことが多くなりました。

 心や気持ちが乱れていると、やはりより深い部分や、繊細なものは見分けることが出来なくなります。また心が明るく、前向きなときは嫌なものが少なくなりますが、心が閉じ暗い感じが多くなれば、香りでも好きなものが少なくなります。

 考えるに、心や気持ちは無理に救おうとしたり明るくしたりするものではないと思います。今の時代の感覚から比べれば、少し前の人達の心はもっと暗い部分もありましたが、それでも色々楽しいことがあったり、よろこびを感じることは多かったと思います。

 スピリチャルという言葉をつかって、誰もが救われようとしたり、心を開くことが出来るとうたうことはとても無意味で、何の根拠もないようなことだと思います。心や気持ちが少しぐらい暗くてふさぎ込んでいるようなところがあっても、それでその人にとっても落ち着きがあればよいのではないでしょうか。

 香りも人によっては多くのものを調香するときもありますし、ほんの数本で満足するかたもいます。他人と比べるものではないような気がします。その方のルーツ(何処からきて、何処にむかっていくのか)が見つかってこれば良いのだと思っています。

 みんなそろって自然や、人類愛など議論しなくても良いと思います。鯨やイルカも大切な生き物でしょうが、まず自分の心の具体的な満足や充実がない人は、何をやっても先ほどの五感の変化に振り回されることになります。

 異性と付き合えば、愛情より肉体的な快楽にひきづられるようになり、食事をしてもより贅沢なものに魅せられるようになります。それによって執着や憎悪などが心に入りこんでくるのかもしれません。

 そういう意味では、今のスピリチャル関係の仕事やイベントはゲーム的な感覚のものが多いように思います。宗教ほど深刻ではないのですが、単なる遊びよりも心を問題にしたことが多いので、とても危険な部分があるように感じています。

 僕の目指しているものとは、やはりかなり異質ではないかと思っています。もっとしっかり自分の方針を打ち出して活動していかなければならないです。
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by fenice2 | 2008-04-10 19:48 | アロマ 香り

ダライラマの祈り 本物と偽者の区別

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 先日、或るコンサートに参加しましたが、僕がイメージしたものとは違って(僕だけではないと思いますが)非常に落胆したものだったので、今更ながら心を扱うビジネスのあざとさや浅ましさみたいなものを感じざる得ないものでした。

 今の時代は、癒しやヒーリングなどという言葉が先に走っていって、何度もいうように不確かで目的がはっきりしないものが多かったのですが、今回もそれと同じかそれ以上に不快感をもってしまうものでした。

 そういう中でも、何処か気持ちを落ち着けていきたいと思う方もいると思いますが、おそらくその気持ちが応えられることもなく、余計に不快な気持ちが残ってしまう方もいたような印象を受けました。

 人を癒したり、ヒーリングということが特別な人やモノでないと出来ないという認識が世の中に広まっているような気がしますが、確かにそういう部分もあると思いますが、人によっては下町の小さなうどんやで食べたことや綺麗な石ころを見つけただけで、何かがふっと吹っ切れた気持ちになる人もいます。

 自分を見失ったり、落ち込んだりすることは誰にでもある経験だと思いますが、その時間があまりに長いと、何処か心を傷つけたり蔑ろにしていくようになってしまいます。

 人の心は、常に何か遠くのものを祈ったり、夢を持つことでもよいのですが、そういうものがないと暗くなり、やがては腐って変質していきます。

 完全に荒んでから、気が満ちてきて明るさを取り戻すまではそれなりの時間を必要とすると思いますが、それでも本当の力がある祈りや夢みたいな部分に触れれば、汚濁した水に清流を注ぐように次第に薄まってくると思います。

 しかし、それが必ずしも癒しやヒーリングがその清流になるとは限りません。そういうことで余計に心を閉ざしてしまうこともあります。まして、気持ちが落ち込んでいる人は、藁をもつかもうとしますから、必ず良くないものでも手に触れてしまうこともあります。

 夢や祈りを持った人間は、当然ながら人を愛したり信用していく気持ちになってきます。しかし、世の中ではそれと反対に(利益や権力など)そのことを利用しようとする人達もいます。

 人を喜ばせてあげたいという料理には、食べたときに何処かほかのものとは違う感動があります。技術面や素材もありますが、その辺りが曖昧になっているのか、怪しげなものが入り込んでしまったいるのかもしれません。

 ヒーリングボイスなどと言わなくても、気持ちがあって、しっかり技術を習得された歌には心が打つものがあると思います。最初から、癒される香りなどというテーマで香りをつくったことも僕は一度もありません。

 香りが力を持ってくるのも、その調香のセンスもありますが技術的な鍛錬もあります。素材や技術はイマイチでも気持ちさえあればというのは、少なくとも香りの世界では殆ど意味をなさないし、相手に通じることはないと思います。

 同じ技術を磨くのも、人を陥れるために使うのか、本当に心地よくさせたり感動させたりするのは全然違います。ネットや携帯などでイメージが簡単につくりやすくなっているので、やはり本人を目の前にしなければわからないことは多いのかもしれません。

 僕自身ももっとダイレクト感のある活動をしていきたいと思っています。
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by fenice2 | 2008-04-08 12:54 | ダライラマ