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現代悪魔学ーモレクと子供の生贄

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 現代ほど、悪魔というイメージをつかむのに難しい時代はないと思う。時々そういうものは、単に人がつくったイメージだけで、世の中は平和に向かって進んでいて、何も悲観することはないと思うときもある。

 しかし、四川などの大きな災害はともかく、人が引き起こす残忍な事件には、やはりそういうものが確かに見えない世界では存在していると信じざるえない。悪魔という、非科学的で非論理的なイメージが、実は何時の時代でももっとも大きな力を持ち、人の影響を与えている。

 悪魔は、また自分の存在を隠すことが上手くて、今の時代のようにあらゆるバーチャルなものが多い時代は、実はとても活躍できる場所が多いような気がする。

 過去の悪魔を調べても、多くの悪魔が心が透き通っていて、余程普通の人間のほうが邪心に満ちているというような書き方をしている詩人も多い。

 天使は純心だそうだが、悪魔は自分の行為や行動に関しては純粋だそうだから、力のある悪魔ほど実際目の前にすると、吸い込まれるような魅力があるという。

 純粋に騙すことや、純粋に体だけでなく、魂を犯そうとする心は、実は悪魔から授かったものらしい。最も、現代の裁判で、悪魔による仕業とは言わないが、精神的な要因などというのは、ほんの僅かに、悪魔のせいだといっているのに似ている。

 悪魔は、純粋に滅亡や破壊を目指しているから、その部分を純心な天使やそれに似た心をもった人に見破られると、何の抵抗もせずにこの場を去っていくという。

 欲望や執着を強くもつことは、悪魔の存在をよりリアルに感じる機会であるのに、実際にはそういう感情的な部分に飲み込まれて、悪魔そのものを見失ってしまうことが多い。

 IBMのもっとも優秀なプログラマーは、どうしてもシステムが混乱したときは、悪魔祓いの言葉を入力するというが、コンピューターも複雑になりすぎると人の頭脳や神経のような存在になってくるから、そこに悪魔が入り込まないとも限らないという良い例だと思う。

 糸川先生から、NASAも打ち上げの時は、悪魔に邪魔をされないように全員で精霊の力をつかって離陸させる儀式をするというが、究極に追い込まれたときに何か見えてくる世界はあるのだと思う。

 ちなみに、日本の衛星の打ち上げが何回か失敗したときに、糸川先生の遺骨か遺影を入れたという話だが、それが良いふうに働いたのかどうか解らないが、今は失敗がなくなったようです。

 モレクというのは、上の写真にあるように牛の頭を持つ悪魔だが、その彫像には大きな火の高炉があって、そこに子供を投げ込む儀式を17世にやっていたところがあるそうです。

 今の時代は、このモレクを見ても恐ろしさも感じなくなった感覚になっているのかもしれません。こういうものが、何とかランドにあったら流行りそうだから、とても危険な空気が流れているのは否定できません。

 僕の仕事はイメージなので、最近時に魔が入りやすくなっているのを感じています。悪魔以上に純粋にならなくては、悪魔に笑われ、嫌というほど陥れられることになるかもしれません。

 悪い事をする人も、凶悪な犯罪をしてしまう人も、実際は大人しい性格や優しい気持ちを持っているのに、一度悪魔に魅せられてしまうと、あっという間に心を奪われてしまうようです。

 川田アナウンサーを襲った悪魔を、今回一瞬だけ僕は見えたような気がしましたが、また何処か隠れてしまいました。しかし、昨日も夢で見たとおり、大きな高笑いをしているのは、耳に残っています。

 悪魔とはたたかうものではないです。その存在を感じることが大切です。
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by fenice2 | 2008-05-29 01:21 | 悪魔

彷徨う時代ー虚しさと時間(或るアナウンサーの自殺について)

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先日、報道されている川田亜子アナウンサーの自殺について、何故か僕に文春より取材を申し込まれました。何故僕にきたのかということを聞けば、何でも前日に香りを仕事にしている方と彼女が会っているということでした。

 僕は、その女性の方をあまり深くは知りませんでしたが、調べてみると或る香りの協会では活躍されている方のようでしたが、残念ながらこの方は香りをつくる方ではないようでした。

 少しはつくられるようでしたが、基本的にはアドバイザーという仕事だったらしく、最近になって香りで相談みたいなことをされていたようですが、その自殺した川田さんとはそれほど深い間柄ではなかったようです。

 しかし、いずれにしても今回のことで香りに関わる人間と接していながら、こういう不幸な出来事が起こってしまったことは、どうも他人事では済まされなくなる思いがしました。彼女は最後に香りに助けというか、救いのようなものを求めてきていたとしたら、どうだったのだろうかと、当事者ではありませんので、安易にコメントはしたくはないのですが、それにしても自分自身にも歯痒い思いをしました。

 有名人になると、傍目でみているほど楽しくことばかりではなく、特に身内や親友と呼べる人との関係が難しくなると、活躍すればそれだけ孤独に陥ってしまうような気がしていますが、そういうことは考えてみれば、現代では、何も有名人に限ったことではなくなっているのかもしれません。

 その方は、彼女が自殺する前日にお会いになっていたということで、昨日もテレビに出ていましたし、当分は関心を持って見られるかと思いますが、僕ならおそらく落ち込んでしまって、暫くは仕事を離れようと思ってしまうかもしれませんが、いずれにしても今後はさらにそういう心や内面とも関係して、香りに関わっていって欲しいと思っています。

 インタビューを受けた方の中では、まだ綺麗なのにもったいないという人もいました。人も羨む世界の中で、彼女にとってそういう価値観も最後は心の虚しさと比べれば、無になってしまったのだろうと思います。

 しかし、僕自身もそうでしたし、相談に来られる方や、香りの勉強をされている方にもそういう虚しさから抜け出したかったというお声はよく聞きます。心が真っ暗になり、何もかも塞ぎこんだ中で、人間でも最期は嗅覚に頼って進むことがあるように思います。

 最悪の状態を作り出すのも、人間の心なら、そこから脱出することのイメージをつくることが出来るのも人間の心だと思います。

 音楽でも、絵や写真もよいと思いますが、心にとってイメージは大切ですが、そのイメージをつくることを繰り返し行っていないと、そういう土壇場の時期になって、なかなか心に描くことは出来ないようです。

 香りもそうですが、上手くつくることばかりに心が奪われてしまうと、そういうイメージみたいなものが心に描けなくなって、やがて良くないつくり手になってしまいます。

 心にないものばかりをつくったり、追っていると虚しくなるのは当然だと思います。また、クリエーティブな人間がそういう虚しさに触れてしまうと、多くの人の気持ちを巻き込むので、さらに堕落した心や社会を作り出してしまいます。

 川田さんのために、香りを調香してみましたが、とても深い森をイメージするものになっていきました。人間社会から離れて、アマゾンなど何処か深い自然の中に身をおきたかったのかもしれません。

 彼女の魂は、今頃そういう場所で休んでいるのかもしれません。心からご冥福をお祈りしたいと思います。


 上の絵はユニコーンですが、そういう深い森に迷い込んだ魂を救ってくれるのが役割だそうです。何時かは彼女の元にもこのユニコーンがおとずれてくるかと思います。
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by fenice2 | 2008-05-27 19:35 | 調香・錬金術

薔薇の香りと共に

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 昨日は、薔薇を育てている方から200本ほどもらいましたので、久しぶりに薔薇のお風呂にして入りました。農薬は殆ど使っていないとのことでしたが、念のためいつも少し洗い流してから入れるようにしてあります。

 薔薇の香りにつつまれていると、まるで毎日の日常のことが何もかも消えてなくなっていくようです。たまには、こういうリフレッシュも必要ではないでしょうか。

 何時もは、風呂で本を読んでいますが、この日は全くといってよいほど本を読むことはありませんでした。香りにつつまれてずっと何かを想像しては、消えていきました。

 人間の想像力と言っていますが、やはりこういう自然の香りの力を借りるとなるほど、それほど肩に力を入れなくとも、次々にアイデアみたいなものが浮かんできます。

 周りから、自然を壊し、人工的な環境になるにつれて、人の想像力は無理なほうに進んでいったのではないでしょうか。自分が本当に好きな人に出会って、本当に好きな人と生活したり、そういう仕事をする、こういう当たり前のことが、いとも簡単に消え去っていきました。

 僕も多くの香料を使いますが、やはり天然の薔薇の香料だけはこだわってよいものだけを使います。中にはもう今後ほとんど手に入らなくなるものもあるようです。

 香りにつつまれる生活は、やはり何よりも心の落ち着きの時間を取り戻します。心が落ち着くとやがて、無意味で無駄なものが見えてきます。

 生きていくためには、そういうものも多く通過しなくてはならないと思います。でも、何処かで、自分のもっともシンプルな部分、本能的に好きなものとか合う物を理解していなくてはならないのではないでしょうか。

 本当のものというのは、色々な解釈や判断があって難しいなら、一度本能に戻ってみることが大切です。

 なるほど、薔薇風呂に入っていると、世の中の憂さが消えてなくなるのが解ります。このまま、過ごしていれば、誰もがマリーアントワネットのようになれるかもしれません。

 僕のように、何時ももっとらしいことを考えていかなくてはならない人間は、時々前世で余程、極悪非道の限りをつくしてしまったのだと思うことがあります。

 最近少なくなりましたが、もっとも頻繁に見た夢は、エジプトで自分が王になって、多くの奴隷を動かしているものです。その横で、王妃のような方が、ずっと奴隷をみて泣いていました。おそらくぼろぎれのように彼らを使っていたのでしょう。

 その他は、時代はわかりませんが、侍になって沢山の戦いをしている姿です。腕に自信があるらしく、実に無意味で無駄な決闘のようなものを数多くやっていたようです。忠臣蔵にも、よく自分も関わっていたのではないかと思うことがあります。何故か両国には縁が多く、今でも吉良の屋敷の近くで、たまたま友人が料理屋をやっているのでよく飲みにいっています。

 勿論、よいことをして生きていた過去世もあるのかもしれませんが、そういう業が僕の心に感じられる限りは、何かよいことをしたり、人を助けたりして心の平安を保っていっているのかもしれません。

 薔薇風呂一つで、自分の過去世をあれこれ想像するならとても有難いものです。

 
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by fenice2 | 2008-05-26 01:08 | アロマ 香り

ピンチの時ほど逆転の発想ー糸川先生の教え

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 この写真は、初めて糸川先生とイスラエルに行き、方々の大学の研究施設をおとずれた後でした。(手前が先生で、僕は奥に座っています。)

 考えてみれば、中東には濃い宗教的な背景はとても強く残っていましたが、未だ高度な研究施設が無かったので、そこに何百という近代施設が出来ることは、砂漠の文明については、悪いことばかりではなかったような気もします。

 イスラエルは、確かに問題が多い国ですが、イラクなどをみてもわかるとおり、日本人が考えているほど科学的な考えや知識をもとうとはしないエリアであることも事実です。

 ユダヤ人というはっきりとした人種に、初めて触れたのもこの時でしたが、不思議と違和感なく話せたのをよく覚えています。彼らは方々の国で順応した生活を行い、コミュニケーション能力を鍛えてきたので、日本人には真似の出来ないものが多くあるようです。

 この88年の時期、日本はバブルの真っ最中でしたが、糸川先生はこの後、徹底した経済危機がくると予言していました。僕は、周りの大企業の役員の方や、名士の方をよそに自分の会社をなんとか再建しなければならないと思っていたので、こういう視察や留学も必死でした。

 やがて、株は、3万8千円台になって、経済評論家の中には、10万円近く上がるだろうと予想をする人もいました。結局、僕も会社は最悪な状態であったのに、世の中の背景が良いことで、大手の企業と合併の話までに持ち込みました。会社の再建が終わると共に、バブルもはじけていきました。

 本当の意味で、先生のいう逆転の発想が実現できたとは思っていません。また、先生もこの後はご高齢のために、活躍の場を次第に限られるようになっていまいました。

 先生は、ご年配の方は、戦闘隼を設計したのでご存知の方も多いと思いますが、ご本人から何度も松岡洋右にB29を撃墜できるものをつくって欲しいといわれていたことも聞かされました。

 その後、先生がペンシルロケットをつくったのも、戦時中に手のひらサイズの飛行機をつくっていれば、もしかしたらB29を落すことも出来たかもしれないし、原爆も防ぐことが出来たかもしれないという話をされたこともよく覚えています。日本人は、戦艦大和をつくるよりも、小さな大和魂の飛行機に力をいれるべきだったようです。

 糸川先生が始めて、コンピュータにホロスコープのデーターをいれてプログラムを組んだ方ですが、僕たちもその当時百万近いお金を払ってそれを買わされたものです。今のように占星術が一般化されたのは、やはり先生のそういう功績ではなかったかと思います。

 先生は、宗教や霊という存在を科学者の立場もあって、あまり話題にされることはなかったのですが、魂のことについて色々話されました。その中で、エントロピーの法則に例えて、人が死んでエネルギーがゼロになることはないと言っていました。

 転生輪廻とは言いませんでしたが、そこで消えた魂(エネルギー)も何か他のものに変わっているのだということを教えてもらいました。

 どれだけ、悲しいことや嫌なことがあって、何か大きなものを失ったように思っても、違った形になっただけで、やがて時期がくればそれらは甦ってくるという話をきくと何故だか、大いに関心させられ、元気付けられたものでした。

 (また、その失ったものや表面的にはみえないものの動きをみていくことそのものが、未来をみることになっていたのかもしれません。)

 世の中を大きく変えていくなら、政治や経済の桧舞台にたって振舞う方が余程派手で効果的でしょう。また、同じアーティストのような存在でも、音楽関係のほうが大きな人の渦をつくりだせることが出来ます。

 それに比べて、香りは小さな世界の出来事でとても控えめな存在です。しかし、この小さな存在が、見えなくなったり失っていたものに対して想像できる力は、とても大きなものがあります。

 希望を失った人は、それを見つけに、愛を失った人も香りというイメージの世界では、嗅覚を通じてそれを取り戻すことができます。
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by fenice2 | 2008-05-22 00:33 | 糸川英夫

香りの悪魔ー現代の癒しに潜む悪魔ラミア

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 相変わらず凄まじい不幸が、四川で起こっているので感受性の強い方や、繊細な人達は何かを感じて心が傷ついています。

 しかし、一方でそういう重たい空気が流れてくることを、鬱陶しく思い、毎日の生活の中で話題にも触れたくはないという人もいます。

 日本でも、江戸時代、東北で記録的な飢饉が起こって、悲惨な出来事で死んでいった人達がいる一方で、江戸では同時期に皮肉にも大食い大会が数多く、催されたらしく、人間はどうかすると、そういう妙なバランスをとろうとして、心を癒すことをしようとする、恐ろしい本能が潜んでいます。

 今回、今の時代の雰囲気がどういう状態にあるのか、香りで表現をしてみました。

 流石に、誰でも今の重い雰囲気は伝わっているので、何処か体調を崩していたり、気持ちが重くなったりしていると思います。そういうところから、日頃あまり量を使わない、パチュリ、ガルバナム、ネロリ、苔などを使いました。

 しかし、それとは反対にそういう香りと反発するように、明るく軽快な香り、パッションフルーツ、パイナップル、などこれも日頃使わない香りを時代の雰囲気から感じ取って、その上の香りと組み合わせることにしました。

 ローズやカトレアなど、華やかな香りは少しもそれには加える気持ちは何故かおこりませんでした。このように、極端に個性の違う香りを混ぜたのは、素人同然で香りを扱っていたとき以来ではなかったかと思っています。

 この香りの印象こそが、今の現代に漂うものですが、結果は少し落ち込んでしまうほど爽快感のある香りでした。この結果をどうとらえたらよいのか少し、戸惑いましたが僕なりに考えてみました。

 人間は苦痛を感じると、それを癒そうとしますが、それが漠然としたものであればあるほど、不安に感じて、癒す方法を夢中で模索します。マリーアントワネットが、市民から不穏な感情が高まってくるにつれて、調香師にこのうえなく甘い香りをつくるように命じたと言いますから、その因果関係がはっきりしてくると思います。

 ちなみに、調香師は彼女の香りがあまりに甘いので、「破滅の花」という名前を密かにつけていた言いますが、現代でもそれに通じる癒し産業が、これからも次々に出現してくるかと思います。

 香りも確かに、癒しの方法の中では最前線に加わっていますが、単なる癒しに振り回されるだけなら、気持ちや心から優しさや繊細を奪ってしまうことになっていまうのは目に見えています。

 上の写真は、中世の香料の秘伝の配合法を書いた本の表紙ですが、そこには左の女性の悪魔ラミアが、若い男性の兵士を騙して血をすすろうとしている様子が描かれています。

 ラミアは、秘境の技術をもたらしたものとされているそうですが、同時に人の心を誘惑して魂を奪うという悪魔の存在として、香りを扱うものに警告のような意味もあって、書かれていたそうです。

 僕が香りをつくることで、何時も心がけていることはイメージ以上のものはつくらないということです。誰もが気づくと天国や快楽を目指しているのかもしれませんが、安易に香りをつかって夢をつくるようなことはすることはありません。

 しかし、誰もが自分の心の本当のイメージを知りたがっています。現実はそれとは違っていたりしますが、心の模様や方向性を知ることは、何よりも落ち着いた考えや意志を持つことが出来るような気がします。

 マリーが本当の意味で、良い調香師を持ったらならば、市民の人達の苦痛を感じさせるようなものをものをつくっただろうと思っています。たった、それだけのことによって彼女の運命はその後は大きく変わったかもしれません。

 常に、誰かの苦しみや叫びを感じることができる感受性は必要です。余り過度に甘いものに頼ってしまったり、体を休めることや南国ばかりをイメージすることは、知らないうちに心や気持ちを弱くしてしまっているような気がします。

 人の心や気持ちは、少々傷ついていたり、暗く思えたりしても大丈夫です。何もかも払拭したり、クリーンしようとするほうが無理があるような気がします。

 香りで、自分の心を表現すると思ったよりも悪くはない状態であることがよくおわかりになると思います。香りは、そういう意味では見えない、漠然としたものを表現することは、とてもよいものだと思っています。

 
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by fenice2 | 2008-05-20 01:45 | 調香・錬金術

暗黒の世界ー香りで堕ちていくひとたち

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 僕のいるオフィスは、街のど真ん中でありながら、何故か昨日から夜中にカラスがけたたましく鳴くようになりました。一瞬、昼間かと思うほど喧騒としていました。

 僕自身の周りも一つ残念なことが起こってしまい、今更ながら香りの仕事の難しさを痛感しています。思えばこの仕事をやってきて、どれほどの人が途中から方向性を失ってしまったか解りません。

 香りは、人の心や気持ちに通じる一方で、欲望や執着にも通じる道があって、一歩間違えば他のどの仕事よりも、つくり手の心が荒んでくるようになります。そのことを今回の出来事でいやというほど思い知らされました。

 勿論、僕自身にも欲がありますし、心に醜さはあると思います。しかし、香りをつくる時間は、僕にとってはもっとも純粋にイメージできる時間で、そこにたどたどしい現実的な野心が加わればたちまち、平穏な時間は消えていきます。

 香りは人を魅了し、現実を忘れた甘美な世界に導いていってくれます。この場に居ない人はおろか、過去の人のイメージまで香りによってその存在を蘇らすことが出来ます。

 今の時代は、故人に対してあまりにも刹那的な感覚になっていないでしょうか。現実的な目まぐるしさに偲ぶ気持ちは勿論のこと、故人が、生きていたころの記憶さえも薄れていくようです。

 しかし、我々の心や気持ちを動かしているのは、そういった見えない世界からの影響が、とても強くあると思います。占いやインスピレーションのようなものも、そういう世界の存在を意識させるものであれば、とても大きな存在価値になるでしょう。

 香りに関わらず、宝石など人の心や気持ちを奪う存在は、どのような時でも魔がさす時間がおとずれます。しっかした現実感や、忠実なイメージを持っていれば、まだ欲望のままにひきづられることはないのかもしれません。

 しかし、現実は、欲や要望で動いているのも事実です。それらにあわせて、モノをつくったり広めていくほうが理にかなっているでしょう。しかし、欲望や執着だけでつくったものは、やがては大きな虚無感を引き起こします。

 そういう負のシステムで、僕自身過去にとても自分自身の心を傷つけ、また同時に多くの第三者の人の心や気持ちを破壊することに手を貸しました。自分が教えた人間が、またそういう同じ事を繰り返すことだけは、避けなくてはならないと思っています。

 世の中にとって、もっとも悲劇的なことは、今回のような災害で人が死んだり、戦争で命が消えていくことだと思いますが、そうかといって生きながら夢もなく、只虚しく生きることも多くの不幸を生み出す元になるような気がします。

 人の心は本来豊かで、多くの想像力を生むことが出来るものだと思っています。どれだけ、傷つき痛めつけられても、心は自然とそれを癒すように働きかけていきます。

 純粋な香りの世界に入れば、そういった本来の時間の流れが、取り戻せるようになると信じて、この仕事をしています。そういったことに師弟も無いですが、偶々僕がそのことに気づいているので、多くの方を教える立場にたっているのかもしれません。

 香りを勉強する方も、この辺りを今後も一緒になって取り組んで、考えていってほしいと思っています。
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by fenice2 | 2008-05-17 01:14 | 調香・錬金術

アジアから大きな不幸がおとずれています。

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 あれほど、大きな災害があったのに日本では何事もなかったかのように、過ぎていっています。先ほど、中国でも大きな地震があったようです。

 今日香りをつくろうとしていて、強く想像力が影響されていることに気づきました。ニュースでの映像がにわかには信じられないものだとしても、想像する世界では明らかに大きな傷をうけていることがわかりました。

 香りをつくる時の、喜びや楽しさみたいなものが、すっかり自分の感情の中から削り落とされていることがよくわかりました。大きな不幸があったことが、僕自身でも感性の中ではしっかり受け止めていたようです。

 多くの人が、悲しんでいる感じがするのがよくわかります。何度か胸がつまされる感じもしました。

 大きな戦争があったのように、沢山の人が犠牲になっていきました。悲しむにも、あまりの大きさに感情が麻痺したような感じになっていることがわかります。

 人間の勝手な思惑と、地球の時間の流れに大きな衝突がおきて、深い歪みをつくっているような気がしてなりません。

 大きなうねりは、これからまだ暫くは続くような気がします。弱く貧しい国の人達が、また犠牲を払われるようです。

 亡くなられた多くの人に、素直に手を合わせたいと思っています。

 
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by fenice2 | 2008-05-12 23:34 | 愛 愛情

見えない世界から - 運命の人との出会い

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 現実の世界では、本当の意味で心を満たしていくことが出来る相手との出会いは、至難の技です。

 一つには、今の社会は、心や気持ちの部分か壊れた世界で成り立っていることで、縁や運命と過去にはあった繋がりは、今の風潮の中では脆くも消え去っているようです。

 見えない世界の存在を否定して、心を顧みない生活が続く中では、心から信頼しあうような相手に巡り会う可能性は、限りなくゼロに等しいものになっていくような気がします。

 しかし、見えない世界や、心の中の風景には、どういう人が自分にとって、大切な人であるかは、ずっと前から答えは出ています。それは、あくまでイメージや想像のものであるかもしれませんが、それが無ければ、地図を持たないで宝探しをしにいくようなものです。

 見えない世界に従って、心のイメージをしっかりもっていくことが出来ればやがて、運命的な出会いを経験すると思います。

 アメリカインディアンのホピ一族の話によると、この世は自分の親や身内も含めて運命的な出会いをしなくてはならない人は、最低でも6人はいるといわれていて、それらの出会いが早い時期に起こった人ほど、それから広がる心の繋がりを持てると言います。

 心からの繋がりを多く持った人は、信頼できる人に満たされて豊かな生活を送れるようです。その逆に、物質的にどれほど豊かさを持った人でも、心を許すことが出来ない人に囲まれれば、金庫に入った人生を暮らすことと同じことです。

 運命的な出会いで、その後は深い恋人になったり、生涯の伴侶となることもあるでしょう。しかし、それは現実の結果であって、心の問題とは別のことです。

 心にとって大切な出会いも、現実の社会に一端現われると、全く違った価値感や判断にさらされることになり、気づくと、心の中の夢の世界は、執念や欲望の波に侵されるようになっていることもあります。

 心に念ずれば、その日は必ずきます。しかし、大切なものを心のどこかで守っていかなくては、見るも無残に壊されてしまいます。

 世阿弥の言葉で、秘すれば花なり秘せずは花なるべからず.というものがありますが、運命の人と出会えばそれで終わりということにはなりません。

 心に貴重な風景を抱くからこそ、現実がそれに近づいていくだけであって、結果を出す目的で、心を正していくことではありません。

 最近は、折角運命的な出会いを果たしたのに、その後がうまくいかない方が多いようなので、思うことを書いてみました。

 心の世界が、現実に引きづられるようなことがあってはならないと思っています。

 みえない世界は、現実とは深い繋がりがありながら、何処からも支配されない自由な世界です。その世界で本当の価値観を見つけることが出来る人が、現実も良い出会いや巡り会いがあると思っています。
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by fenice2 | 2008-05-03 00:27 | 愛 愛情