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香りで表現される世界ー心の中に隠されたもの

 好きという気持ちも、ずっと色々な人に打ち明けてくると、本当の気持ちがなんだかわからくなってくるように、あまり色々な苦労や障害が続いていも何処に気持ちがあるのか分からなくなってしまいます。

 殆どの人は、自分の心は自分で管理しているような思いがありますが、実際には本人が知らない心の世界が無数にあって、状況が変われば自分でも止めることが出来ない気持ちに襲われることで、大きく戸惑ってしまうこともあります。

 実は、簡単に表に出すことが出来る気持ちや思いというのは、心の中でも表面的にあるもので、香りをつくっていて分かりますが、むしろ無意識で出たもののほうが、重要で、奥深い部分にあるものが、創造へと大きな影響を与えているのではないかと思う時があります。

 昨日知り合ったばかりの人に、幾ら気が合うといって朝まで飲み明かしても、実はそういった奥深い部分を表に出して、相手に意識させることは難しいだろうと思います。(妙な空しさにおそわれるようです。)

 こうしようという意識や気持ちよりも、実際の世の中は何故ああいうことをやったのかわからないという無意識の気持ちや衝動のほうが大きく自分の人生を動かしてしまうことも多くて、あることで悩んでいることを相談しようとして、結局他のことであれこれ話してしまうことが、僕とお話している方にも多くみられます。

 心の中の奥深い部分は、日頃はあまり表に出ることは無くて、なんとか上手く生きようとしていることを決して邪魔するようなことはしません。

 しかし、結婚や恋人、新たな事業や仕事をやりだすときなど、ほんの僅かでも創造に関することになると、今まで沈黙を守っていたその秘密の箱が突然に開いて、表に影響を与えるようになります。

 どの人も、ここぞという時ほど上手く言って欲しいと思っていますが、その心の奥深い部分は、それほど安易に人の些細な願い出も聞き入れてくれないことがあります。

 目に見える世界を創造するときは、幾らかごまかしていくことも出来ますが、香りのように見えない世界を創造していく時には、そういった無意識のものが時に大きく影響をしてきます。

 創造になると勝手に影響をしてくる、まるで最後の審判官のようなその得体の知れないものは、本当はシャイなのか、それとも単なる嫌がらせの存在なのかわかりませんが、不思議なのはどれほど表に出てきても、消えようとしないことです。

 大きな意味で心の声とか、メッセージなどと呼ぶものですが、人によってそれがまるで祟りのように畏れることもあり、また人によっては大きな幸福を与えてくれるとても神々しいもののように感じることもあります。

 誰でも子供時代だったときに、無意識で一心につくったものを褒められたいと思うのですが、褒められることはむしろほんの僅かな人だけで、沢山の人が無視されたり、逆にけなされたりしてその評価が終わってしまいます。

 大人のような自己満足の無い、子供たちの心にとって、心無い評価を与えられることもそうですが、無視されることは最も傷をつけてしまうことであったように思います。

 誰でも、純粋につくったものを褒めてもらったり、喜んでもらいたいものです。それは万人の人の願いなのかもしれません。

 先祖の祟りや、何か因縁めいたものは、実はその無意識の部分に多く取り憑いています。それらは外からきているものではなくて、むしろ心の奥から影響していて、人生を蝕んでいきます。

 才能やセンスもあるかもしれません。上手い人や拙い人も中には色々います。しかし、どうであれ創造する部分に純粋にその力を発揮させていかなくてはなりません。

 好きになった人とは、結婚なり恋人同士でも上手くいきたいし、出来れば長く愛し合っていきたい。仕事や人生だって、なんとか疎かにならずに過ごしていきたい。

 それらを実現するには、創造するときに出てくる心の中の奥深い部分をとてもクリアーにしておかなくてはなりません。

 難しいことですが、それは何かをつくり続けていくうちになんとか磨かれていくものだと思っています。単に幾つ作ればよいというのは駄目ですが、より自分らしくつくることを目指せば。自ずと曇っていたものが奇麗になってくる瞬間があります。

 本当は、誰かに褒められることでもなく、誰にけなされても、無視されそうになっても、そこにあるものをつくればよいのだと思います。評価を気になったり、出来るだけよく見せようとすることが、そういう存在価値を陥れてしまっているのかもしれません。

 経済でもない、もしかしたら文化でもない何でもないものを時にはつくったり、創造することを魂は欲しているのかもしれません。

 生きていくことは、評価でも無ければ、残す価値がないものでもよいかもしれない。只、純粋になることだけで実は大きな喜びを感じるのかもしれませんね。
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by fenice2 | 2008-11-28 00:30 | 調香・錬金術

香りを通じて感じることー殺された小さな感情

 以前のブログにも書きましたが、今の時代はもう十二分に精神世界が所々に満たされているようになって、モノと心という単純な区分けではなかなか判断がつきにくい世界観が広がっています。

 厚生省の役人を殺した人間は、無差別というよりも感情爆発の結果の行為であるように思いますし、物取りの犯行でも無ければ、私怨などから出た狂気とも違っているような気がします。

 香りをつくることで、内面にある世の中の動きを読み取っていけば、今は大きな社会の枠で人の感情をコントロールしていこうとする動きが出てきているような気がしていましたが、今日も勉強会をやっていて、はっきりと小さな感情が抹殺されていく姿を目の当りにして確信を持つようになりました。

 人の感情は、大きく笑ったり、泣いたりすることばかりでなく、その間にあるなんとも単純に表現できない部分にも大切なものが存在しています。それを情緒と呼ぶこともありますし、心の中の奥深い部分の表現ということもあるようです。

 目にみえないもの、はっきり意思表示がされていないものは、ゼロに等しく強く出てみたり、大きな感情に訴えるもののみを拾い上げていこうとしていますが、それによって、小さく沢山の感情が蔑ろにされていって、粗いコミュニケーションを築くにいたっています。

 小さな感情たちは、多くが何処かに押しつぶされ、幾つかは別の感情に変質されてしまうようです。しかし、そのものの多くが何処に流れていくか誰もわかりません。

 誰かを呪術によって、抹殺していこうとした日本や中世ヨーロッパでの暗黒の世界の時代では、そういうたわいもない多くの悲しい感情を頼りに、大きな力を得ていたようです。

 人を呪えば、墓二つという通り、殆どの怨念は結局は誰も幸せにすることはありませんが、そういうマイナス面をたよりにした呪術は、安倍晴明などの式神の使いのやり方などを読んでいますと、かなりの成果を出していたといいます。

 小さな感情を捨ててしまうことは、小さな存在や弱い立場の人間に対する気持ちや思いやりなども捨ててしまうことに等しいような気もします。

 強者になり、泣いたり笑ったりした生活を繰り返しても、小室氏などをみてもあまり幸福そうに感じませんし、人を好きになることも、そんなに大きく深い恋愛感情を求めなくても、なんとなく好意をもった気持ちが積み重なってくるほうが、結果的には大きな愛情を生むことにもなるのだと思います。

 僕は、若い頃から能が好きで、数えきれないぐらいの舞台をみてきましたが、あそこにある相手を察するという気持ちこそが、人の接し方の根本であって、現代のように高度に発達した心理学の作用などによって、人の心を覗き見るというのは、心の中にある多くの部分を歪めてみてしまうのではないかと感じています。

 秘すれば花、秘さざれば花ざりきとは、世阿弥の言葉ですが、要するに心の中にある大切な思いや気持ちも、あまり露骨に表に出てしまっては、違ったものになってしまうということだと思います。

 人を思いやる気持ち、心から好きになった気持ちもそれを相手に伝える以上に、その気持ちを曲げずに守っていくことが大切です。告白も一時の感情の高まりで仕方がないこともありますが、その為に心から好きになった気持ちを失ってしまうことは、なんとも悲しい出来事のように思います。

 香りをつくる原点もまさにそのあたりにあります。心の中にある大切なものを表に出さず、目の前にそのまま蘇らすことがもっとも大切なことではないかと思っています。

 
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by fenice2 | 2008-11-24 01:17 | アロマ 香り

西日本の勉強会を終えてー抑えきれない精神世界

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 遅くなりましたが、無事今回も西日本の勉強会を終えることが出来ました。参加されたかたはお疲れ様でした。広島で時間があったので、久しぶりに厳島神社に行ってきました。この写真は僕の中のイメージですが、当日はとても暖かく紅葉もまだまだ先の感じさえしました。

 各地の神社を周ると、普段の生活ではなかなか感じることが出来ない感覚を受けることがあって、この厳島神社でも、世の中の仕組みが壊れるに従って、精神世界の影響が肥大してくるのではないかということを感じました。

 現代人というか、今の文明の悩みの多くはお金を含めてモノに関するもので、同じモノでも食べ物を求めている貧しい国の人達の悩みとは全く意味が違っています。

 物欲などと、仏教用語では簡単に、無欲という精神部分に分けていますが、現代ではそれほどはっきり境界性がないものになっているのではないでしょうか。

 香りも心と結びつくといってもモノであることには違いが無く、最近色々な方の香りつくりを指導していくうちに、感情が実は大きな影響をしているのではないかと思わせることが多くなりました。

 金を発見したときの喜びや、大きな宝石をみつけた驚きから、誰かにプレゼントされたことや大きな賭け事にあったときなど、常にモノは人に感情を与え続けて、それで心の中の奥深いところに忍び込んでいきました。

 それに比べると、モノを使う喜びや所有する楽しみももっと地味なもので長い時間をかけて、やっと心の中に入っていくものですが、精神世界との深いバランスをとることもあって、こちらのほうが心との良い関係を築くことが出来そうです。

 精神世界の影響が強くなりすぎると、モノとの関係に大きな溝みたいなものが出来てしまって、逆をいえば戦争による破壊や経済で破綻した場合なども、一気に精神世界に偏ってしまうことになって、モノの存在を一気に疎かにしてしまいます。

 いみじくも、肉体を持つ限り我々にとって、完全な精神世界に没頭することは良いこととは言えないでしょうが、そうかといって肉体に快感や快楽を求めなくては、男女の愛情もなかなか生まれてこないのも事実だと思います。

 エロスという感覚や考えが、時代によって大きく変わってきますが、今の時代はそれさえも曖昧でよくわからないものにしているような気がしています。

 肉体の快楽は、本能的なものですから求めることでやがては、愛情までいくこともありますが、モノに大きな感情を抱くようになった人に待っているのは極端な精神世界の救いであるようです。

 純粋な精神世界といえば聞こえはよいのですが、肉体やモノを否定した心のあり方を追求すれば、やがては肉体やモノ社会そのものを蔑ろにしてしまう方向に行かざる得ないような気がします。

 金融世界というのも、実は行き着くところまでいくと精神的な快楽や満足を得ているためにやっているところあって、モノの満足だけならあれ程気の遠くなるような数字の追っかけはやらないだろうと思ったりします。

 どれほど相手のことを思って、沢山の料理をつくったとしても食べるには限界がありますが、精神世界では、限りなくそういった愛情を受け止めてしまうところがあるので、愛情そのものでもモノや肉体との関係を失ってはならないような気がします。

 お金も、IT化などで限りなくバーシャルな世界になってきたので、そういう精神世界に支配されるようになったのかもしれません。

 限りなく広がる精神世界と、カネが無ければ何も手にすることが出来ない制限されたモノの世界、これらを上手くつないでいくものは、実は人間の感情一つに関わっているのだと思っています。

 必ずしも穏やかでなくても良いし、そうかといって弱々しい気持ちにしかなれないこともあると思いますが、感情さえうまく操ることが出来れば、そのどちらにも傾かずに大きな想像力をもつことが出来るようになると思います。
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by fenice2 | 2008-11-21 02:34

西日本の勉強会のお知らせ

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 先日、東京で心や内面を扱うカウンセラーなどの仕事の方と色々交流をしてきましたが、益々内面に様々な悩みを抱えている方は増えているようです。不況の前に、心や精神面自身が危うくしているのが現状であるかもしれません。

 イタリアが以前、インフレなどで先進国から外されそうになるほど経済が落ち込んだときがありましたが、それでも精神面に明るいところがあって、何かを作り出す想像力はかなりのものがあったので、その後は奇跡の成長を遂げましたが、それも内面の力があったからこそだと思います。

 先日トヨタが、内部に欝など対策の部署を設けるということになりましたが、以前から色々内部の話を聞いていた僕としては、何を今更という気持ちでした。偶然にも今日、トヨタの中間決算が大きく下回ることで、株価が急落しましたが、働く人のマインドが凍り付いていては、傾きかけていくのも当然だと思います。

 香りを勉強するにあたっては、きっかけは様々ですが、最初から香りそのものに関心があった人は少なく、どちらかというと皆さん内面的な問題から開放されたいために参加したかたが多いように思います。

 僕自身は、これでそういう心の不安定さや欝などが治ったと公言する気はありませんが、良くなった話や、前向きになったということが香りの勉強と結びついていることを聞かされるたびに、この方法は現代の心の病魔に一部でも打ち勝っているのではないかと思うことがあります。

 香りの調香とは不思議なもので、別にそれほどの知識がなくても、なんとなく好きなものをあわせていけば、それなりの心地よさを感じさせるものが出来ます。調香師といえども、香料についての知識はともかく、心や精神的な繋がりについては、やはり作り手のマインドにかなり左右されてきます。

 僕自身の経験から、自分の心が不安定になって何もかもやる気を失っていったときに、完全に自分の精神世界を失っていたような気がします。この世を支えているのは、多くの人が犠牲になって、長い歴史に培われた教訓や知恵がありますが、それらは目に見えない地下水脈になって、我々の心の底に流れています。

 霊感や感性、美的感覚に至るまでそういう精神世界からの影響で成り立っていますが、三島由紀夫はその精神世界との交流こそが、人を人として生かすことの出来る道だと言いましたが、現代はあまりにもその交流を忘れて、人間の心や魂は幾らでも自分でコントロールできると思い上がって生きてきました。

 経済の話をするときに、思いやりや愛といった言葉は何処にも見当たらず、予測や結果、目標や数値などあくまで現象面を追うような言葉の羅列では、心や精神から遠ざかってしまうのは当然なのかもしれません。

 香りを通じて、まず最初に起こることは、この世のそういった固まった考えや思想からの開放ですが、次に様々な記憶が浮かんでは消えます。そのランダムな記憶は、時間や場所を選ばずに、すっかり忘れていた何十年もの現実へ一気に遡ります。(場合によっては、仮想ですが、何百年でしょう。)

 積み重ねられていた記憶が、横一列に並べれてはじめてどれが本当に必要なものかどうかがわかってきます。何十年たっても忘れてはいけないものもあれば、とるにたらないものをシツコク覚えてしまっているときもあります。

 年月による記憶ではなくて、心にとって大切な記憶は、やがては忘れられない香りとともに炙り出されてきます。勿論この一連の誘導は、かなり勉強をしてこなければ出来ません。

 忘れられない香りの中に、心に残るメッセージが残されていて、それらの香料を分量に気をつけながら調香してくると、やがて、奥深い精神世界の流れに触れるようになります。

 さて、来週の13日~15日まで広島、福岡を中心として好例の勉強会をします。今回は新しく参加される方もいますので、初めての方でも参加されたい方は、費用、日程などを下記までご連絡下さい。

 勉強会といっても、基本的にプライベートレッスンなので、どうしても人数には限りがあるのでご了承下さい。勉強会を通じて、色々なご相談をなされたい方もご連絡下さって結構です。

 尚、名古屋、京都は定期的に勉強会を行っていますので、こちらでご参加されたいかたは、また別途ご連絡下さい。


       E-MAIL  co-dai@trad.ocn.ne.jp
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by fenice2 | 2008-11-08 01:56

小室哲哉氏の凋落ーインカ帝国のエメラルドの香り

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 さて、今回の小室さんの逮捕劇については、なんとも不可思議な感じがしていました。確かに、詐欺はやったようですし、訴えるだけの原因はあるのでしょう。

 僕は正直言って、小室さんのファンではありませんが、曲は良く知っているものが多いですし、今聞いてもよいなあと思うものはあります。

 あれほど収入があるのは詳しくは知りませんでしたが、時代の寵児になっていたのは実感としてよく解ります。また2000年ごろから力を失っていったのも、なんとなく覚えています。

 彼は感性の人でしたが、彼自身言っているとおり文化という点ではどうも?のことを多く感じていました。あれほどシステムマテッィクに産業に入っていけるものが、果たして文化と呼べるほど深いものがあるかは不明で、彼自身巨額の富の中に居ながら、精神世界の金字塔を立てていくのは、無いものねだりか、砂上の楼閣を目指しているのに過ぎないような気もしていました。

 しかし、彼自身がなんらかの精神世界を内面に維持していることは、間違いのないことでそれが上手く仕事やお金儲けと結びついたことは、本当はある意味で不幸もあり、彼自身、曲をつくるたびにそういう精神的な財産を失っていったような気もしています。

 それが彼自身の望んだことであったのかどうか解りませんが、恐らく大きな時代の波の飲み込まれてコントロールできないままに流されてしまったのではないでしょうか。

 色々な視点があると思いますが、僕は感性や彼の精神性については、香りを通じてとても良い印象を持っているので、単に嫉みから彼を非難するようなことはしたくはないです。

 実は、来年あたりからそろそろ南米にいかなくてはならないのですが、今アステカやインカの文明について調べているのですが、調べれば調べるほど、スペインを中心とした白人社会の強欲社会やその仕組みについて呆れるものが多く、偉大な精神世界の文化を次々に破壊していったことは、どれほど現代に暗い影をを残してしまったのかと、感じざるえません。

 僕は、最近のスピリチャルという浮いた言葉も好きではありませんが、目先の欲に盲目になってそれぞれが勝手な行動をすれば、物質的にも精神的にも破壊していしまうことは当たり前ではないかと思っています。

 精神世界が、過去にも何故しっかりしたものがあったのかといえば、それが実は大きな意味で自然や社会そのものが破壊されないためのバランスやコントロールするためのものであったと思いますし、海神の祟りなども魚などを取り過ぎることへの戒めであったように思います。

 小室哲哉氏の香りを想像してくると、何度もグリーンのイメージが出てきますが、それ以上に精神性の高さや高貴さなどを表す香りが出てきます。少なくとも彼は、多くのファンを血も流さずに捉えていって、精神的なパワーを与えていったように思います。

 そういう彼がつくった帝国を、土足で踏み込んでいって、過去インカやメキシコで単に欲望のためだけに王を殺害するスペイン人がいたように、彼を陥れていった人間が幾らでもいたといったら言いすぎでしょうか。

 社会の仕組みが壊れてきて、過去の偉人を陥れて庶民の憂さを晴らそうとするのは、昔から安っぽい国家の指導者がやることです。

 香りや匂いは、常に内面や中からのメッセージがあります。この事件全体になんともいえないきな臭い匂いが漂っていても、小室氏自身に嫌な匂いは感じません。しかし、罪は罪ですから、彼は罰せられることになるだろうと思いますが、なんともやりきれない気持ちです。

 彼を嘲笑し、憂さを晴らすことで心から満足を得ることは出来ません。何年か先には、今の社会がもっと精神性を重要視するようになって、また彼の精神性が別の意味で音楽に発揮されれば、それこそが彼の本当にやりかったことだと思えてなりません。

 彼の精神性からは、インカ帝国の歴代の王のようにグリーンで爽やかな、高貴な香りが似合うような気がします。
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by fenice2 | 2008-11-06 01:04 | 調香・錬金術