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未来をみることよりも大切なことー愛に基づく時間

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 最近、よく思うのですが、未来は実は誰にでもあるわけではなくて、自分の人生についての、深くて長い川のような流れを意識していない人には、なかなか見えないものなのかもしれません。

 それでも、文明が発達して、自然と無縁な都市に生活するとそういった内面で感じる未来よりも、何となく会社にいって、帰宅して寝ていれば一日が終わっているという予定という未来があります。

 ご飯は時に餌のように感じて、仕事は拘束されている檻のような中にいるのではないかと感じることもしばしばあると思います。

 自分の感情で、判断したり物事を言うことが出来ずに、只何となく周りに気を使いながら目の前に起こったことを、手早く処理をしていきます。

 ふと、そういった今の自分に気づくと、本当は何がしたくて何に向かっていくべきであったのか解らなくなっていることがあります。当然、将来に対して漠然とした不安が出てくるので、何か特別な力に従って、自分の未来を得ることは出来ないかと考えたりします。

 毎日、やらねばならないことは沢山あっても、その先の未来へ不安を感じるということは、その人は自分が本来立っている場所に立っていないからなのかもしれません。

 恋人や知人にも、完全に信頼していくことは出来ずに、何処かで疑ったり、何処かで甘えたりしながら、単に未来へと繋いでいきます。

 自分の気持ちや愛情から、進みだした道ならば、自分から愛した人には、出来る限りのことをしますし、それはどうかすると無償の愛になることもあるかもしれません。

 そういった人は、あまり未来のことを知ろうとはしません。それよりも、今の目の前の育ちつつある木々や、人との信頼関係、そういったものに惜しみなく自分の気持ちを注いでいくのみです。

 のるかそるかで株を買って、それに対する未来はこの上なく関心が出るでしょうが、それと似たような感覚で、恋人選びや、仕事、人間関係を築きあげてくると、先ほどの自分がやるべきことが何であるのかわからない、道を進むことになっているようです。

 持っては崩れるような梯子を手に入れても、未来には繋がっていきません。未来は、本来は予想するものではなくて、”あるかないか”なのではと思います。

 先を感じて不安になったり、不穏な気持ちになるのは、既に未来を失っている証拠です。何処かで、とってつけたような未来をあてはめようとしても、必ず大きな反動を受けることになります。

 金融世界には、当分未来はないと思います。本当の愛情で結びつかなかった、男女も未来は消えてなくなっていきます。

 どんな小さなものでもよいので、愛する時間を増やしていくべきではないでしょうか。深く愛したものから、ささやかでも未来が出てきます。

 愛することは、永遠の時間を作り出し、それがやがて未来をつくることになるのかもしれません。

 
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by fenice2 | 2009-01-30 01:01 | 滅びの匂い

触れ合う世界の大切さー内面からの満足

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 一年でもっとも、香りの少ない季節になりましたが、この時期は正月も終わってもっとも気持ちやマインドが落ちてくる季節なのかもしれません。

 新しい時代や世界は近づいていますが、自分の心の中から来るものを、じっと辛抱強く待つ季節でもあるようです。

 梅の中では、もう早々と咲いているものもありますが、肌寒い日が続き、春に焦る気持ちと、冬を耐える気持ちが入り混じっています。

 自分が目指すものや、心から向かうべきものが見つけられた人には、少しづつその道が開かれてきますが、オバマ氏の演説ではないのですが、執着や深い欲を引きずっている人達にとっては、まだまだ世の中が暗く寂しいものへと映るかもしれません。

 次の時代は、感覚や感性がリードしていく部分が多いので、今よりも女性が支配層に入っていくことと思いますが、逆に、個性や自分の感覚を重んじるあまり、我流で、一匹狼のような女性も増えていくと思います。

 男性は、想像力のある女性の下に従って、素直であまり疑念を持たないシンプルな精神構造を持つ人が、良いとされてくるような気がします。

 音楽、芸術、デザインの世界や食品にも、女性の多くのリーダーが出てくるのではないかと思っています。それらの動きにうまく乗れない、男性は社会から逃避することも出来ずに、不満と不平を抱えながら、社会の底辺でさ迷うことになります。

 男性の役割は、仲裁や調停のような役割が多くなり、教育に対しても、補助的な役割や方針を言い出すだけになってしまうようです。

 会社や組織も、グループの存在が重要になって、また以前のような個々人の接触や人間関係が深くなってくるような気もします。

 大きな組織や、常識という根拠のはっきりしない規律で、個人のマインドを制限したり押しつけることも少なくなると思いますが、それだけに個人の幸福を追求する機会や気持ちは高まってくると思います。

 結婚するしないに関わらず、何十年も一緒に過ごす相手への選択は、もっと内面的なものへと関心が強まってきます。中には、半分の魂の相手と巡り会う人も出てくると思います。

 このドイルの”月影の妖精”ではありませんが、少しづつ休みながら、新しい時代を待つことが今はもっとも良いことのような気がしています。

 結果を出そうと、今までも時代のように焦ったり、時間を早めようとしては、上手くいかないことが多くなるでしょう。

 もっと、もっと瞑想などをして心を見つめる時間を増やすことです。現代人はともかく、自分の心をみることに億劫になって、心理テストや占いなどに頼り切ってしまうことが多いのですが、自分で自分の気持ちや心をたえず見る癖をつけておかなくてはいけないです。

 どれだけ感性が鋭い人といえども、自分の心を人に見てもらうことと、自分でみることは違います。また、自分で実際によくみている人ほど、良いアドバイザーを見つけることが出来るような気がします。

 自分の心や気持ちをみることを、他人任せにしていませんか?今年は、それをしっかりする人とそうでない人との差がはっきり出る年だと思います。
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by fenice2 | 2009-01-26 01:41 | 愛 愛情

西日本の勉強会を終えてー三千の世界に通じるもの

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 15日から始まって、昨日まで勉強会をしましたが、参加された方はお疲れ様でした。最初は、3ヶ月か2ヶ月に一度ぐらいと考えていたのですが、最近はお陰様で毎月行うようになっています。

 最近香りをつくったり指導している中でもっとも強く感じてくるのは、人の心には、社会やそういう繋がりには、念を通じた幾千もの世界があって、その部分を無視して生きていくことは難しいのではないかということです。

 誰かが恨んだり、妬んだり、時には怨念のようになって念の世界に長くその感情が留まるようになると、人の心や気持ちに大きく影響していくようになってきます。
 
 生きていて、誰にも恨まれずに、只、喜ばれたり、感謝されたりするのみで進んでいくこは稀ですが、そうかといって、人の社会や人間関係をあまりにも遠ざかっていくのは、自分自身が生きていくことを何処かで否定していくことと同等ではないかと思ったりします。

 香りも、人里離れて、何も思わず何も感じない人がつくっても、実際には何も感動するものが生まれることはないです。

 エデンの園で、蛇がエバを誘惑し、禁断の果実を食してから人間の原罪は作り出されたと言いますが、どれほど聖人君子のような生き方をしていても、生きている限りそういった罪から根本的に逃げ出すことは出来ません。

 僕自身も生きていて、沢山の罪を犯し、時には穏やかでない気持ちを抱くこともあります。体調が良いばかりでなく、大病こそしませんが、元々繊細に出来ているようなので、気づくとネガティブな気の流れに巻き込まれそうになることもあります。

 確かに色々な経験をしていきているので、マインドは人よりも強いほうですし、一端決めたことをそれほど変えたりするほうではありません。

 誰かを助けたり、また助けられたりするととても嬉しい気持ちになりますし、香りをつくって良い方向に向かった人をみると、自分も少しは生きている意味があるのでないかと思ったりします。

 しかし、人には何時も大きな重りが心や精神にかけられてあって、そこから逃れることが出来るのものでもないし、またそこから逃れてはいけいないのではないかと思ったりします。

 拒食症になった方の香りを以前つくっていて、その方が何故か、アフリカなどの匂いや香りがイメージとして浮かんでくるのを不思議に思いましたが、何処かで飢えて死んでいる人間の辛さや無念さを、身体で受け止めていたのではないかと考えましたが、香りが出来るたびにそれが内面にあることを実感されたようでした。

 言い方はよくないかもしれませんが、何不自由なく暮らしていること自体にも、罪はあって、多くの人や生命の犠牲になって今があるという気持ちを忘れてしまったら、恥らうという気持ちも何処かで失ってしまうかもしれません。

 金融危機もそういうマインドや、原罪から考えると何時かは起こるのではないかという怖れや恐怖みたいなものが背景にあって起こってしまっているのではないかとも考えます。そういう意味では、黒人のオバマ氏が大統領になったのも、アメリカも短い歴史ながら、多くの人の恨みや無念がたまっていて、それが今度は清算という意味で出発しようとしていますが、果たしてそう簡単に内面的な浄化に向かっていくかどうかは疑問です。

 アメリカの内部の混乱とカオスはこれから始まっていくと思います。単純さや明確さが売りものだった時代はもう完全に終わりに近づいています。ボタンをおせば何もかも幸福になれる信じてきた物質至上主義の世界は、もう二度と追求されることはないです。

 僕がこの仕事を選んだ動機は、ともかく日本人の繊細や情緒、精神性がうまく表現出来るものを考えて、模索してきました。皮肉にもそれが発見できたのは日本ではなく、イタリアでしたが、今回も、色々な地方で色々な個性の方が、自分の内面の多くを表現しようと努力した時間は、とても貴重なものになったと考えています。

 香りだけでなく、他にもそういった日本の深い歴史や繊細さを表現できるものを作り出すことが出来れば、必ず日本が今度は世界の様々なマインドに対してよいリードをしていくことが出来ると思っています。

 しかし、反対に日本の国力はあまり今までのように栄えてくることはないように思います。政治も烏合の衆のようなレベルから上がらず、経済は益々衰退してくると思っています。

 景気などあまり考えなくても、なんとか生活できるレベルの生活が流行り広がっていくように思います。自給率は個人レベルでも上がってくるでしょう。

 世界の流れは、いずれにしてもモノから精神へと急速に関心が移り変わってくると思っています。NYなどで座禅が流行りだした理由もそのあたりにもあると思います。

 早いスピードを追うあまり、人は蟻が歩く速度を忘れ、植物が育つ成長をみる余裕がなくなってきました。世界を3日で周ることが出来る技術が発達しても、今の社会をみて、一体過去どの辺りが理想に近づいたのかわかりません。

 どれだけ恐ろしい念の世界があろうとも、一つ一つゆっくりみていけばむしろ好奇心のわく世界にみえてきます。恐ろしい妖怪も、幾晩と語り明かすつもりで付き合っていけばよいのではないでしょうか。

 心に映っている世界だけは、裏切ることがない世界だと思っています。香りもそこに重点を置かれた方は、次々と新しい世界を見つけだしているというのが、今回、周ってみての感想でした。
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by fenice2 | 2009-01-21 19:40

西日本(博多、広島、京都)の香りの勉強会のお知らせ

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 今年一年を占うべく、香りを新年につくりましたが、やはり一人一人に静かに変化が起こって、それが大きな力になって、世の中や社会を変えていくような気がしています。

 そういう意味では、革命みたいに外から大きな流れがやってきて、多くの人に影響を与えることとは根本的に違う動きがきているようです。

 そういう意味もあって、今年は去年以上に、勉強会でも一人一人に時間をかけてみていきますので、人数は益々絞られることになると思いますので、ご了承下さい。基本的には、イメージトレーニングを前もってやっている方で、1年以上やっている方が中心になります。

 今回は15日に広島から始まって、20日の鹿児島まで行います。ご参加されたい方はご連絡下さい。

 上の絵は、アイルランドの作家リチャード ドイルの妖精の世界の絵です。最近何故かとても、はまっています。

 香りを扱っていると、何故か妖精の存在が身近に感じることが多いです。妖精の世界はとても楽しいものだそうですが、一定の距離を保たないと人間でも、魂を奪われることがあるそうです。

 どんな世界でも、素晴らしい世界を維持するにはそれなりの規律やルールがあります。人間の社会は、規律やルールはあっても、素晴らしさが無くなっていますね。本当に命がけで守ろうとする世界や社会が、近い将来感じるようになりたいものです。

 


 
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by fenice2 | 2009-01-14 01:22

三島由紀夫の潮騒の神島にてーアサギマダラ

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 年末に、三島由紀夫の潮騒で有名な神島に行ってきました。前から尋ねてみたかったのですが、まさかこの冬のど真ん中に行くのは少し迷いましたが、行って良かったのかもしれません。

 神島は、愛知県の渥美半島と知多半島に挟まれた、地理的もミステリアスな一面がある不思議な島で、三島が書く以前から人魚伝説があるような島です。

 食事をしてからは、少し横になりましたが慣れない布団でなかなか寝付かれないでいたのですが、なんとも不思議な夢を見ました。

 以前から、僕は双子の魂のような女性の夢をよく見たのですが、いずれも遠く離れていたり何かを訴えかけているものが殆どでしたが、今回みた夢はそういったものとは全く異質のものでした。

 その夢をみた直後にも、何故か僕の背中の一部をはっきり触れられた感触が残っていました。夢の情景は、それほど複雑なものではありませんでした。

 僕が、何か本の探しモノをしていて、やっと見つけたときにその女性も同じものを見つけたらしく、僕がそれに触れた瞬間、彼女の胸の辺りが僕の肩に触れました。

 感触としては、それほどふくよかなものではありませんでしたが、色々な苦難のすえにやっと触れ合うことが出来たという印象さえその時に持ちました。

 起きたのは、まだ朝日が出る間際だったように思います。心と心が通じ合っていれば、触れるという行為だけでも、何か大きな意味が残せるということでしょうか。

 これからは世の中は疲弊し、経済は衰退してくるかもしれません。しかし、心から繋がりを求める環境にとってももっとも良い時期になってくるような気がしています。

 僕自身、香りを通じて出会っている人達に色々な意味で助けられている思いがしています。表面上は指導している立場ですが、反対に気づかされたり諭されたりすることも数多くあります。

 人を愛し、仕事にもっと愛情を抱けば、僕もまた大きな力を心の内面に見出すかもしれません。本当の意味で、愛する気持ちが強くなれば、気づくと双子の魂が、ごく身近に感じることが出来る存在になっているかもしれません。

 心の中には、まだ見ぬ偉大な力が誰にでもあると思っています。

 今年も、勉強会などを中心に、色々な方の可能性を香りを通じて、引き出していきたいと思っています。
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by fenice2 | 2009-01-08 01:39 | 愛 愛情

あけましておめでとうございます。

 
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 京都の勉強会の合間に、上賀茂神社に初詣をしてきました。人はあまりいなかったのでほっとしましたが、皆さん切実に色々お参りしているような雰囲気が伝わってきました。

 政府は100年に一度の希有な経済現象だと言っていますが、内面的な問題としてはもっと大きな単位でのことが起こっているのではないかと感じています。

 国家や社会のシステムの中で、取り合えずの体裁や体制維持を取り繕っていたものが、次々に崩壊していくような気がしていますし、逆にいえば私たちの心や精神を縛ったり制限を与えていたものの存在が希薄になっているような気がしています。

 しかし、本当の意味で心が解放されていって自由になりつつあっても、そのことを喜んだり、十分に実感出来る人はとても少ないのではないかと思ったりします。

 私たちは、みんな心から生きているはずですが結果としては、それを何処かで否定したり感じる部分を封印してしまっている人も多いのではないかと思っています。

 心は、世の中のあらゆることに通じていて、あらゆることをある意味理解しています。

 世界の情勢を細かく、情報や知識で確認しなくても、本当は何か起こっていて、それがどうなっていくのかは。殆どの人は知っているのではないかと感じることが多いです。

 イスラエルが、冷酷な戦争をやり始めても、多くの人が平然と見ていますし、金融恐慌が起こっている最中でも、デジャブ感を持っている人は少なくないようです。

 感じたことを言わずに、ずっと心の中に閉じ込めていたり、何かを表現しようと気持ちや意思を曲げていくことは、何か魂の根源に関係する大きな流れみたいなものを否定していくことになるのではないかと思います。

 私たちの心や、魂は地球の核のような大きくて暖かいものに常に繋がっていて、そこから流れていくものを上手く表に流していかなくて、生きる力や気力みたいなものを失っていくのではないでしょうか。

 結局、私たちが生きている生き甲斐や象徴的なものを掴んでいくのは、そういう強くて大きな流れの中で自分の存在を感じていくしかないのではないかと思います。

 贅を尽くし、欲に溺れても、そういう大きな流れから外れていけば、単に空しさを感じてしまうだけでしょうし、それ以上に深い孤独感に落込んでいってしまいます。

 香りを勉強する方も御陰さまで、かなりの人数になってきていますが、そのことが余計に大きな繋がりを感じさせるような手応えや、力みたいなものになって、一人一人に返していっているような気がします。

 自分が感じたものが何処から流れてきて、何処に流れて、発信していかなくてはならないかを自覚するだけ(使命感)で、何か大きな力が身に付いたような気になってきます。

 気まぐれな想像力や欲に絆されたエネルギーだけでは、そういった大きくて深い力をみにつけることは出来ないだろうと思います。

 政治的にイスラエルのような国を屈服させることは難しくとも、心から繋がる大きな深い愛のような力で、一人一人の兵士の心に働きかけていくことは、可能なのかもしれません。

 小賢しい方法で、世の中を変えていく時代ではないと思います。貧困も経済パニックでさえも、心からの内面からの本当の力だけが現実を変えていくことが出来るのではないかと思っています。仕事も、心からこれがやりたいとか、やらなくてはならないと思ったものが増えてこれば、自然と世の中や社会は豊かになっていきます。

 安易に経済を回復させることだけを考えるべきではないような気がします。多くの人が飢えて一部の人が飽食に明け暮れる、社会や歪んだ精神性を築いてしまったことが、そもそもの間違いであったように思います。

 心を満たさないままに膨張した金融システムは、どれだけ巨額な資金を生んでも、誰も幸せにすることは出来なかったのではないでしょうか。資本主義の結末は、たった一人の人を肥えさせて、その他の人を破綻させるのが目的であったのでしょうか。

 世の中は、もっと感じるものやもっと心の満足を望むものへと動いています。同じおぜんざいでも京都の丹波産のものでつくると全然深みも美味しさも違います。
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by fenice2 | 2009-01-06 01:47 | 調香・錬金術