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闇が先か光が先かー愛情や恋の行方

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 アメリカは、今や根拠の無い大統領の演説で右往左往するぐらい、背景に力を感じさせない出来の悪いエンターテーメントを売りにする国になりさがっています。オバマをずっとみていると、壊れかけたミッキーの顔に見えてくるのは僕だけでしょうか。

 こういう時代は、見た目よりも漂ってくる匂いに集中すべきだと思います。きな臭さを感じさせるものは、何処か内面に腐敗したものがあるはずです。

 しかし、アメリカという国はいざとなると自分だけは、リセットしようとしますから、今から出来るだけ、距離をもって接しておいたほうが良いような気がします。只、以前と違ってそれほど上手くかわすことが出来るかどうかは大いなる疑問です。

 今までが、辛うじて現代文明にとって光の部分であったとすれば、いよいよ闇の世界が差し迫ってくるのがひしひしと感じます。人の関係も、信じる人と信じられない人との間がはっきりしてきますし、心から愛することが出来ない関係は、脆くも壊れてしまいます。

 しかし、香りを勉強していて思いますが、闇は決して悪いものを運んでくるものではないと思っています。むしろその闇を無理に葬ろうとしたり、とってつけたような悲しい光をそこに照らそうとするほうが、良くない結果を生むような気もします。

 先日、ライラの冒険というSFの小説を読んでいて、あまりにもこれからの世の中や精神世界を暗示しているようで面白かったのですが、そこでもしばしばダストという表現で、世の中を暗くいてく存在のものが書かれています。

 その本では、ダストというものの正体や存在については、とてもミステリアスに扱っていましたが、僕自身も闇と言うものが、次元を超えた存在のものではないかと勝手に思っています。

 白夜ではありませんが、現代人は闇を恐れ光を駆使するあまり、それを疎かに扱い、卑下してきたのではないかと思っています。

 まだ日本などのような歴史を持っている国は、陰翳の雰囲気を感じさせるものが生活の何処かには残っているものですが、東京のようにあまりにも無機質に都市化が進んだ地域では、そういう感覚さえも麻痺されるものになっているようです。

 身の回りから土臭さが消えて、目に映るものが古びた汚らしいものが消えていくと、無機質なコンクリートやガラスが支配してきます。浦安にディズニーランドが出来た経過を皮肉たっぷりに書いた漫画家がいますが、浦安という港町を愛してやまなかった彼らからみれば、あれは人の欲と執着の延長から出来上がった娯楽に過ぎないとみていることは、実に興味深いテーマを持っていると思います。

 自然の匂いや香りが無くなった、無機質な環境中で人は遊ぶと、簡単に心や気持ちのバランスを崩して、時には狂乱してきます。カジノしかり、安直な遊園地もしかりです。

 闇は、生きているもの全てから伝わってくる貴重なメッセージがあります。それから、自分たちが文明によって大いなる犠牲になっても、恨まず妬まずに命を落としていったのかもしれません。

 病気や飢えで死んでいった子供たちや、人間の勝手で殺されていったペットなど、彼らは文明の光のために犠牲されて、何もわからずに大きな闇の中に吸い込まれていきました。

 知性もあるものや、そうでないもの、小さな花や目に見えない生き物でも、文明は光続けるためにそれらの存在を無視続けてきたようにも思います。

 環境問題も、そういう内面的な問題から出発せずに、ビジネス的な問題のみで進んでいけば、やがては闇に再び包み込まれてしまうような気もします。

 人と人の間にも、幾ら愛情や恋に生きようとしても、その間に闇が入ってこれば少しも成長しないままに、終わってしまうことも多いのかと思います。

 誰かに恨まれ、誰かを深く傷つけたまま、信頼関係を築こうとするのは、どうしても無理があります。被害者でも加害者でも、そういう深い人の念の世界に引きづりこまれると、なかなか這い出てこれなくなってしまいます。

 無理に残された光にしがみつくのは、みっともない何処か心の安定さえ欠いてくることになります。自ら進んで闇に身を投じていって、そこでこれからの先の社会や人間自身に何が出来て、何をやればよいかを知覚すべきです。

 心に闇をもった人にも、真っ直ぐに向き合えばやがては、それが遠ざかってくるときもあります。経済優先でつくった闇の世界を、経済のテクニックで解決することは不可能だと思っていますが、政治もそういう意味では何も力を示すことはないと思っています。

 
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by fenice2 | 2009-02-26 02:05 | アロマ 香り

愛し合う心の在り方ー暴くのではなく、触れて、察して近づいていく

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 最近、情報過多の時代なのか、感覚的に惑わすものが多い環境のせいなのか、大切に思う相手の方への気持ちをしっかり持つことが出来ない人が多いようです。

 マスコミなどが、特にそうですが内面をあばくとか、さらすということの手法で心や社会の内面をみていく風潮もあるせいなのかもしれませんが、果たしてそういう方法で、真実を見たといえるか疑問だということに気づくべきです。

 原因があれば、結果があるので、例えば最近の政治家の醜態の報道を見ても、まるで自らがそういう報道のネタになって行動しているのではないかと思わせるような所が時々あって、求められていることをあまりにも忠実に応えるあまり、知らないうちに不幸なレールに乗せられているのではないかと感じざるえません。

 奈良時代から、朝廷などが大掛かりな神式の式典やお祓いなどをするのも、そういいった周囲の不測の事態を招く怨念や執着などを寄せ付けさせないためであったようですが、今の日本が悪くなったり政治そのものが、何時も瓦解してきてしまうのは、そういうみえないものに対する無配慮か無関心から起こっていることだと考えてもよいと思います。

 そういう念や澱んだ気持ちが多い中での世の中で、純粋な愛情やシンプルで美しい感情を保ち続けることは難しいことなのかもしれませんが、折角の運命的な出会いも気づくとあっという間に汚され貶されている場合もあるようです。

 社会や世の中を混乱させ、不測の事態に陥って喜び人が、ごく僅かながら不幸にもいますから、それらの人が大きな影響力をもっていれば、当然今のような世の中になってしまうのだと思います。

 実際、今の世の中は多くの人が愛に生きて、つましい生活の中にも悦びを感じて生きようとしていますが、そういった負の流れを起こす大きな影響の流れに巻き込まれてしまっている人も多いと思います。

 僕自身何十カ国も世界を回って感じたことは、日本はとても深い精神世界をそのルーツや心に持っていますが、結局それを生かすことも役に立てることも出来ないで、世の中が不穏な流れになってくるたびに、知識や情報のみに頼って、今の不安定な社会を作り出してしまったような気もします。

 アメリカは、それほど深い歴史も精神性も持っていませんが、精神を鍛え生かすことはあらゆる機会がありますし、イタリアでも何かを作り出し、創造するたびに自国の精神世界を強く表に出したりします。

 要するに、日本はスピードと特別な愛想の良さで、相手の心を探り欲するものに応じて、自分の心や気持ち心情さえもそれに合わせてきましたから、今更どこの部分で愛する気持ちをもてるか不安になるのも当たり前なのかもしれません。

 恋人の前で何時の間にか、ピエロのような存在になっている人や、学閥の世界の中では、男妾といわれるような関係に陥っている、教授やその助手の世界があるようですが、それらも新しい時代をなかなか迎えることが出来ずに、頑強に世の中に抵抗しています。

 子供には新しい教育が必要で、想像力が大切だと言いながら、数が少なくなったにも関わらず受験戦争は日増しに激化していっています。

 官僚、学閥、それらを支える古い体質の知識層が、紛れもなく新しい時代の流れを妨げる大きなダムのような役割をして、世の中に立ちはだかっているのではないでしょうか。

 しかし、どの立場にいる人もこの戦いから逃れることは出来ません。次の時代は、今の時代の支配層がごっそり変わってしまうのではないかとも思っています。

 どんな小さなことからでも、創造することを忘れてはいけないと思っています。小さな信頼から、深い思いやりをもつ人間関係をつくることも創造ですし、新たに深い愛情をもつことから、創造に繋がっていきます。

 今、世の中は創造されることに飢えています。新しい信頼関係や愛情関係で満たされることを、社会そのものが待っています。政治や経済が健全化していくのは、それからずっと後になってからではないでしょうか。

 
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by fenice2 | 2009-02-22 01:24 | 愛 愛情

暗闇に落ちている、夢や恋や希望ー恋は手探り状態

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 京都の勉強会の合間に、北野天満宮の初梅を見に行きました。当日は良い天気で、梅も殆ど咲いているものもあって、全体にとても柔らかい香りが漂っていました。

 何時も香りを聞いている老木は、少し香りが軽いような気がしましたから、今年は全体てきに香り立つ年とはいかず、あまり性急に成果を求める年ではないのかもしれません。やはり、焦らずゆっくりなのでしょうか。

 しかし、金融危機からなかなか立ち上がれないこともあって、政治も経済もやたらと焦り、結果を求めすぎているような気がします。救急患者に、のんびり構えろとは言いませんが、一方でなるようにしかならないという覚悟がなくてはならないのでしょうか。

 香りをつくっていてもわかりますが、その方の良い部分や、好きな香りだけを選んでつくっていれば、むしろ短時間で出来上がってきますが、隠された部分や、香りの記憶をたぐっていくようなことをすれば、その何倍も時間がかかってきます。

 香りのイメージをつくっていく場合も、闇の部分に踏み込んでいくことは、とても大きな遠回りになりますが、最近何度も言っているように、その闇の中にこそ色々残された希望や夢があるのではないかと思っています。

 一部、深い勉強をやっている方たちは、この闇の部分から香りをつくっていくことを積極的にやっていただいていますが、やはりあることに注意していかないと、闇に迷い込んだままのものになってしまうこともあります。(蝶人の会の会報ではそのことを詳しく説明していきます。)

 それにしても、今まで私たちが感覚的に、闇と光を分けていたものは何であったのかと考えさせられてしまうことが、とても多くあります。

 闇には、魔性や悪魔がいて、絶望や苦悩の坩堝であったはずなのに、一端闇に入ってくると意外なほど貴重なものを発見したり、拾い出したりするのは何故でしょうか。

 昨今の時代の速さが、安易に闇を作り出してしまい、本当はもっと時間をかければ花咲く種なども、どんどんその闇に葬ってしまい、残された安易に咲く花の種ばかりを集めて、時代をつくっていたのではないかと思っています。

 人の心や気持ち、念や祈りそういういものの多くが闇に閉じこまれていって、光があたらない中で、思い出されることもなくそこら中に転がっているのではないかと思っています。

 心の闇は、あまりにも光あるもの(成功者や目上の存在)が嫌うので出来るだけ遠ざけようとしますが、しかし一端覚悟を決めてゆっくり下っていくと、地下室のように少しひんやりした感じがありますが、思ったよりも居心地が悪いものではないことがわかります。

 僕は、個人的には、グローバルと呼ばれるような社会になりつつあるころから、こういった闇は個人個人の中の心に広がっていって、その影響がどんどん大きくなっていったと思いますが、今考えるとそれはちょうとバブルが始まった20年ぐらい前からではなかったかなとも思います。

 僕は、自分の心の闇だけでなく、社会の闇の部分にも積極的に入っていきましたが、物質的や社会的には失ったものは多かったのですが、心の強さや精神力、想像力などは大きな財産を築いていったようです。

 闇に脅かされ、現実生活にその影響が大きくなった人ほど、その闇の世界に目を向けていかなくてはなりませんが、なかなかその中に入っていく勇気がもてないのは、何かを作り出せる目的や想像力がなくては、怯えるばかりなってしまいます。

 光或る世界で、想像力と目標を身につけた人は、自分の心の闇を行き交うだけで、その中にいかに貴重なものが埋まっていたのかを理解すると思います。言い方をかえれば、そこはまるで古いワインの貯蔵庫のようで、想像出来なかった逸品を見つけることもあるかもしれません。

 今の社会も、光から次第に闇が広がってきています。経済や時代の価値に上手く乗れなかったダスト(塵)のようなものが、多く蔓延してきますが、それらは必ずしも人を苦しめ陥れていくものではありません。

 大切なことは、やはりどんな小さなものでも想像することであって、そのつくり出す物を愛しむ心を持つことだと思います。ダストは、人間の不穏な気持ちにのって益々大きな闇をつくろうとしますが、強い気持ちを持っている人には、素直にその塵を美しいものにかえていきます。

 香りをつくることは、そういう世の中の雰囲気やダストを自由に動かしていくことにも似ています。

 繊細で豊かな想像力、またそれらを特別にトレーニングしていく機会が必要です。
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by fenice2 | 2009-02-17 15:31 | 調香・錬金術

ホピ族の予言ー地球の記憶、大地の匂い、これからの地球や社会

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 先日も、ホピ族の関係の絵をアップしましたが、この写真は、ホピ族伝統派最長老 ダン・エヴェヘマ(Dan Evehema)ですが、特に印象に残った方なので20年前に本を読んだのですが、よくそのイメージを覚えています。

 ホピ族が書いた本や預言書は、そのまま意味を汲み取るというものよりも、結果として我々に何かを感じさせることが目的なので、その時わかからなくとも、あとになってわかることがあります。

 連日のように、香りの想像も、一部の人からは大きなテーマに触れて、短時間でそれまでにない内面的な成長を遂げられた方もいますが、僕もご指導にあたっていて、ふとこのホピの書いてある内容で、わかりかけたことがあります。

 今年中には、どうしても南米に行かなくてはいけませんが、インカやアステカの文明のルーツとも言えるホピ族のことを最近とくに意識しはじめていました。

 そして、今日手塚治の火の鳥を読んでいて、ふと思ったのですが、人にも記憶や前世があるとすれば、実は地球にも過去の長い記憶があり、前世というよりは、今とは全く違った文明や文化、科学があったのかもしれませんが、要するに人間が如何にあらがっても、そういう過去の記憶や前世みたいなものから逃れることが出来なかったのが、今の今までの人類の歴史ではないかと思っています。

 ホピによると今の時代は、第三世界(場合によっては第4世界)であって、それまで人類は幾度と無く発展の末に滅亡を経験してきたと言いますが、ノストラダムスなども滅亡の予言をしてきましたが、金融破壊がそれだとは言いませんが、ちょうどこのように文明が行き詰った時代に、途方も無い過去、ムー大陸やアトランティスの対立など、完全に破壊されてきたのではないかと感じています。

 勿論、第三次世界大戦の危機は完全に可能性がなくなったとは思いませんが、とりあえず人類が滅亡するような最悪のシナリオからは、脱することが出来たのではないかということが、ふとわかるようになりました。

 一度、不幸を経験した人が、また似たような経験をしてしまうように、地球も含めて人類は何度も滅亡を繰り返してきたのですが、人類も今度ばかりは、少しは内面が進歩したのかもしれませんが、僕はそれ以上に地球が以前に比べればマインドを開いてきたのではないかと思っています。

 人類が再生して、最初こそ、木々や動物大地を通じて、人と地球は会話し気持ちが響きあっていましたが、地を離れ、自然に耳を傾けなくなってから、地球と人は距離がひらいてしまっていて、最期は地球が完全に人類にマインドを閉ざしたような形になって、人類を滅ぶままに任せていたのでは、と思ったりしました。

 急に、暗黒面やダーティーさから、香りをつくるようになったのも、そういう過去からの決別があったからであって、今までのように暗黒面を意識しながらつくってくると、かなりの確立で不穏で、気落ちするものになったものですが、災い転じて福となす可能性も高くなったのかとも思っています。

 そういう意味では、地球の前世のカルマから開放されつつある今の時代は、今までの人類は体験したことがないゾーンに入ってきたわけで、過去の過ちをしっかり意識したものだけが、新しい世界に入り込みやすくなっているのではないかとも思っています。

 これから、起こってくることは、とても予想が立ちにくいものが多くなってくると思います。勘やインスピレーションの類も所詮は、そういった過去からの記憶のデーターのデジャブ感に過ぎず、時間をかけてゆっくり慎重に未来をみていく姿勢が無ければ、何もみえるものではないと思います。

 そういう意味では、益々香りのような匂いや霧、雰囲気が大切にされる時代に入っているのかもしれません。
 
 計算されない、予想も出来ないそういう未来で、とても良いことが起こってくる時代になっていけばと願っていますし、今はそうなっていくと信じています。

 
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by fenice2 | 2009-02-10 01:11 | シャーマン

想像力の美しさ、楽しさ、そして怖ろしさ

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 香りをつくるという以上に、僕の仕事の第一はイマジネーションの分野だと思っていますから、純粋なイマジネーションの世界に入ってくるに従って、その面白さと反対の怖ろしさみたいなものも日々感じています。

 どんな人でも、想像力は持っていますが、毎日の生活の中では、残念ながらそれが発揮されているとはいえない人が殆どなのかもしれません。人は、想像力を失うとやたらに空虚な気持ちになったり、寂しさを感じますから、色々な娯楽に走ったりして、その部分を埋めようとします。

 それだけイマジネーションの世界が不足すると、人は幸福にはなれないという証なのかもしれません。恋愛、友情、それらもこのイマジネーションの世界の延長です。

 この世界は、これと決まったものはなく、人によって自由にその世界を徘徊することが出来ますが、その住人になるのはそれなりの慣れやトレーニングが必要です。

 遊びなれていない子供が、急に知らない子供同士の中に放り込まれると、泣き出したりそこから逃げ出したりしますが、大人になってもこういう部分は殆ど変わらない反応をするのではないかと思っています。

 私たちは、生きている以上、常に創造することを余儀なくされていると思いますが、そこから逃げようとすると、どうしようもない堕落が始まってくるような気もしています。

 僕の勉強会でも、最初は楽しいことの連続かもしれませんが、やがて深く入るに従って、想像することの恐ろしさも体験してきます。

 子供は、夢を見ることが出来る分、お化けや得も知れない世界からの叫びを耳にしたりしますが、それがイマジネーションの世界の普段の生活にない、感覚の広がりでもあると思っています。妄想や勘違いで片付けるには、理解出来ないものが身の回りで起こってきます。

 しかし、大人になって想像の世界に入ってくると、感覚が鈍くなって、その恐ろしい世界からの声を時として無視してしまったりします。

 イマジネーションという、最初は単なる香りを混ぜるという遊び感覚から始めたものでも、人の気持ちや心、もっと強い愛情に触れてくるうちに、とても純粋な何かに触れていきます。

 僕が、香りを作っても時に感動されて涙される方もいますが、それがモノを組み合わせたものでない何かを生み、何かに触れているのには違いないと思っています。

 連日、暗黒面のことについて触れていますが、実はこの存在が、香りをつくる人たち、イマジネーションを第一に生きる人間にとっては、とてもよい環境になっているのではないかと思うようになりました。

 イマジネーションは、年に一度だけ行えばよいというものではないと思います。一つのものを想像していくのは、それなりのストーリーがあって、またその想像したものに対する責任もあります。

 イマジネーションに少しでも、歪んだ気持ちや汚れた部分があると生み出したものは、やがては破壊に繋がってしまうものもあります。

 香りでいえば、不快させたり、気持ちを落ち込ますようなものを創造することと同じです。

 自分が生み出したものが、美しく誰でも褒めるものなら何も言うことがありませんが、現実には反対のものを生み出してしまうことのほうが、最初は多いです。

 間違ったイマジネーションで生み出されたものは、どうしたらよいのでしょうか?それは、人生に失敗したときの気持ちにも通じるものがあると思います。

 どれだけ悲観するものが出来ても、さらに創造していくことしか道はないように思っています。人生で大きな失敗をしても、それ以上に良い結果を生むために前に進むしかないでしょう。

 創造の失敗は、創造でしか癒されることはないと思います。

 イマジネーションの世界は、人の幸福や愛に結びついていくと思っています。途中でどれだけ恐ろしい思いをしても、止めてしまっては、さらに過去の恐ろしい創造物が襲ってきます。

 イマジネーションの繰り返しで、やがて魔が入り込みにくい環境が出来てこれば、悪魔も、流石に創造物にケチをつけることに止めてきます。そして、何気なく生み出したものが、心から悦びを与えるものになる日が来るでしょう。

 今の世の中はよくはないです。この先数年間は益々よいことはないかもしれません。しかし、個々のイマジネーションの世界と創造物はそういうものとは別物です。

 そうやって、諦めずに一人一人が純粋に想像することに明け暮れていけば、やがては今では考えられない美しい世の中が出来ているように思います。少なくとも、その方の周囲には美しさが甦ってきます。

 
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by fenice2 | 2009-02-08 00:37 | アロマ 香り

暗黒の中の水先案内人ー蛾(ガ)のイメージの香り

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 今年に入って、香りを勉強している方を見渡すと、急にイメージが暗黒面に支配されてしまっている方が目に付くようになりました。

 去年も、度々強く深い暗黒面が、香りのイマジネーションの中で出てきていましたが、これほど頻繁にはっきり出てくるようなことは無かったように思います。今年は、なかなか大変な時代ではないかと思うようになりました。

 とても順調に進んでいた方も、突如として戸惑ってしまう方もいますし、どうすることも出来なくなって、香りそのものから離れてしまう方も僅かに出てきました。

 暗黒に負けない、吸い込まれないようにするには、自分の心の扉を今以上に、少しずつ広げていくことですが、それによってさらに、心の強さを要求されることになるかもしれません。

 この勉強会をやる前から、感じていたことですが、現代人の多くが、心を閉ざしてしまうことを良いとしていて、周囲の誰かがふと以前よりも硬く閉ざすようになっても、周りで気づく人は殆どいなくなっている、無関心になっているのが現状です。

 先月、鹿児島に行って感じたのですが、北海道や沖縄など日本の端にいるかたたちは、そういう心を閉ざすことから無縁の方も多く居ますが、都心を中心にして一度でも、人に対して深い不信感を持った人は、どれだけ社交的にみえても、決して心を開くことがないような人も多く居ます。

 僕の父親も、騙すよりも騙されろとよく言っていましたから、僕自身も今までの人生の中で、人に裏切られたりいましたが、それによって少しでも心を閉ざしたこともありましたが、ろくなことはありませんでした。

 マスコミでは、連日のように先行きが見えないとか、真っ暗だと言っていますが、それはむしろそういった心を閉ざしたことから起こっていることであって、心を閉ざす人が世の中に増えれば、増えるほど暗黒面は強く深いものになっていくと思います。

 香りにもし力があるとしたら、この閉ざした心を少しでも開いていくことが出来るということではないかと思っています。現に香りを勉強している方たちは、蝶人の会で初めてあった人でも、何故か心を開いていくことが出来るようです。

 心を開くというのは、言い換えると愛する力なのかもしrませんが、今こそ今まで以上にその愛する力が必要なときではないかと思っています。

 ビジネスチャンスなどと、この場に及んで未だにさもしい人もいますが、如何に心を開いていくことが出来るかに焦点をあてていけば、自ずと生まれてくる仕事は幾らでもあると思っています。

 蛾は、暗闇で飛び交い、冬の寒い日でも移動をすることがあるそうです。今まで、自分の中の美的感覚でなかなか蛾を愛でることは出来ませんでしたが、こういう時代こそ蛾のようなイメージや存在が必要なのではないかと思っています。

 ご存知の通り、蝶人の会には、紋白蝶派やアゲハチョウ派など、香りのつくり方や個性に応じて様々な流派が生まれていますが、この中に蛾の流派も加えるべきではないかと思うようになりました。

 蛾の流派は、この前の日記にも書いたとおり、人の欠点や世の中の悪い面からイメージをつくり始めるものですが、内面の力強さはどの流派にも負けないものなので、今後の勉強会でも役に立てていきたいと思っています。

 真っ暗になっても、何時までも飛び続ける心を持つことが、作り手としては大切なのかもしれません。
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by fenice2 | 2009-02-07 01:15 | 調香・錬金術

滅びの匂いと喜びの香りー闇と光の未来について

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 先日も、京都で勉強会をしていましたがなかなか先に進まない方がいました。

 香りをつくる世界は、とても静かで豊かな世界を見出す方が多いのですが、しかし時として逆さまのものを表現してしまう方もいます。

 誰かの為に良いだろうと思って行ったことが、何故か不快にとられてしまうこともありますし、その逆に、何気なくやったことに対して、とても深く感謝されることもあります。

 誰でも、美しい香りがするものを前にして、天使のような香りをつくってみたいと思うのですが、現実にはそこに色々な生きている灰汁が混じってしまって、うまくいかないことが多いようです。

 よく魔がさすとか、魔が入るなどと言いますが、香りにとってはそういうマインドの部分が他の創造するものに比べて、はっきり映ってしまうことがあります。

 先日、未来について少し書きましたが、未来に繋がるものは何も美しく綺麗なものばかりでなく、時には深く暗い川も澱みながら進んでいることもあります。

 詐欺にあったり、本来健全なはずのお相撲さんが、薬に心を支配されたりするなど今の時代は、美しく新しい時代の流れが見えつつ、ダークサイドの流れも大きな口を開けて待っています。

 誰でも美しく輝く未来に行きたいと思っています。しかし、その道は一人一人違っていて、花々が美しく咲き誇るほうにそれがある場合もありますし、逆に、足元がぬかるんでいて、霧がかかってよく見えないほうに、その入り口があったりします。

 香りをつくるときは、必ずイメージを抱くようにしますが、良いイメージを抱けばよい香りが出来るようになるというと、技術の問題もありますが、そうでない場合も多く在ります。

 特に、或る特定した人物をイメージする場合は、どちらかというと長所を見がちですが、人によっては悪い面を最初にイメージした方が、全体のイメージとしてもよくとらえることもありますし、香りもその方を彷彿させるようなものになっていることがあります。

 人のことを良い印象から始まろうが、悪い印象から始まろうが、最期には深く理解をしていけばよいと思いますが、この最初の一歩は人によって合う合わないがはっきりしていることがよく解りました。

 それは、もっと違った見方をすれば、現実からみていくのか夢みたいな部分から進んでいくのかの違いですが、これが実はイメージする時の実に過半数をその後占めてしまうのではないかと思っています。

 俗に言う第一印象が、その後のその方のあり方を決定するというのに似ていますが、社会や組織は、一度決まった方向性で人をイメージづけてしまうと、なかなか違う面でみてくれることはないように思います。

 今回の方は、良いイメージから入っていくのがどうしても上手くいかず、無謀にも世の中の尊敬されるべき方に対しても、悪いイメージから始めることにしました。結果としては、あれほど結果が悪かったものが、見違えるほど深く温かい香りになってきました。

 ご本人は、不思議な心地だと仰っていましたが、つくっている時やイメージしているときが、ずっと以前よりも楽になったということを聞くと、やはり最初からあまり美しいものばかりで始めるのはよくなかったいうことが解りました。


 マスコミを中心として、今こういったイメージをつくっていくことに対して、どうもコントロールされていたり、自分本来でないイメージの道筋を通ってしまう人が圧倒的に多いことがわかります。

 イメージすることは、人の想像力の範囲ですから、その部分が歪められていたり、汚されていると結果としては良くないもの(人を不快させたり、時には絶望を感じさせるもの)を作り出してしまうことになると思います。

 自分の心からの想像が、誰かを傷つけたり落胆させるものになってしまうことは、とても辛く悲しいものだと思います。仕事、家庭、友人関係や恋人同士など、常に人には想像されたもの、イメージされたものからの結果が付きまとってきます。

 私たちは、生きていることがそういった想像の連続です。ごまかそうとしたり、結果を出すことから逃げていては、使命を果たしていないことと同じです。

 

 
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by fenice2 | 2009-02-04 00:42 | 滅びの匂い