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香りの世界からみた男女の愛と性欲

 
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 新しい時代が近づくと男女の関係はもっとも敏感に変化していきますが、今ほど男女の問題を扱うことで難しい時代はないのかもしれません。愛情と性欲で分けられていた過去の時代のことを思うと、なんと単純でシンプルなマインドがあったか思うと、微笑ましく思います。

 戦後の教育からとくに男女に関係することで教わってきたことといえば、人間には本能と理性があるので、その辺りが葛藤しながら成長するものだということでした。けれども、僕自身感じてきたことは、本能や愛情はあることがわかるが、理性というものが何処にあるのかわからず、後になってそれが辛うじてあるように見えるのは、刑罰や仕打ちがあるからだと感じるようになりました。

 刑罰の中には、社会的な抹殺もあると思いますが、それがあるから欲望を抑えているとしたら、本当はずっと前から、男女の関係は欲望まみれで存在していたのではないかとも思ったりします。

 愛情があるから、欲望が出てくるのか、勿論欲望だけではじまる男女の関係もあるでしょうが、それでも全く愛情ないといえば、そうとはいえない場合もあるような気がします。

 この愛情と欲望が、いわば一緒に存在していたのが今までの時代ですが、これからの時代はそのあたりがだいぶ変わってくるのではないかと思っています。

 今までにも理想とか、心から望む関係というものはあったのですが、どちらかというと単なる夢の世界で終わる話であったり、また現実に出会っても悲劇的な最期をむかえるようになったりと、あまり愛情だけが飛び出して、美しく昇華されていくようなことはなかったように思います。

 愛情と欲望が、深く結びついていることはそれによって感情移入されていって、愛着がわくとか、情緒があるなどという言葉に表されるような、半分諦めのような境地の中で、安らぎを求めていくという男女関係が、おそらくごく当たりまえの男女の関係でしたが、そのあたりもどうも次第に変質しつつ壊れていっているのではないかと思っています。

 三島由紀夫ではありませんが、純粋な愛情を目指せば様々な意味で現実社会の破壊を伴うとのことでしたが、純粋な愛情でなくとも、人は戦争などを起こし世の中を破滅してしまうで、愛の神エロスはそれでも愛に生きろと人々に命じたそうです。
 
 次の時代は、愛情と欲望が距離をもってしまうようなことになるので、今のように過渡期の時代は、逆に欲望だけの関係で成り立つような男女関係が幾らでも出来てしまう可能性があります。現に日本でもこれだけ風俗業が出来ているのをみると、そういう背景があってのことだと思ったりします。

 しかし、一方でこれまでと同じように愛に生きようとしている人達は、さらに深く純粋なものにむかって進んでいくような気がします。或る本のよれば、半分の魂を探す時代に入ったとありますが、確かに深いものを求める人が多くなったのも事実だと思います。

 純粋な愛情を求めてよい時代に入りつつあります。コンカツもよいですが、あまり目先に走ってしまうと欲望のみの関係に陥りやすくなってしまうので、気をつけるべきなのかもしれません。

 上の写真は、ミラノガラス作家の一人者でアンナマジストリーさんの作品です。ちょっとした油断で割ってしまったのですがあまりに美しいので、そのまま捨てずに何時も眺めています。

 美しいものは、少しぐらい欠けていても存在価値はあります。幾ら形が悪くても、やはり今の時代は愛情があるものを捨てないで残していくべきなのかもしれません。それは男女でもいえることです。形にこだわらず、愛の深さや透明度が大切な時代に、だんだん入っていっています。

 
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by fenice2 | 2009-05-29 01:39 | 愛 愛情

ドリームテレパシー(夢の中の交流)

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 香りに触れていると、このインフルエンザの騒ぎがまるで別世界のことのように思います。元々、エタノールには消毒作用がありますし、匂いを起こさないということに気をつけていれば、およそ菌だとかウィルスだとかいう問題からは無縁のものになってきます。

 勿論、それは香りの本来の役割の副次的なものでしょうが、要するに自分らしさや本来あるべき姿に戻してくれるものが、香りの力であり、香りの役割なのかもしれないと思っています。

 最近、真夜中に香りをつくる癖が出来て、ふと我にかえると昼間の明るいときにつくっているよりも知らないういに色々な、世迷言を一人でつぶやいていることもあります。

 以前から、オカシナ人間ではありましたが、益々オカシクなったかなと思っていましたが、かなり前に読んだM・ウルマンのドリームテレパシーというものを思い出して成るほど、今の時代は何が起こっているのか、少しわかるような気がしました。

 ここ数ヶ月、このドリームテレパシーが夜な夜な頻繁に行われているような気がしています。様々な時代の流れの影響なのかもしれませんが、多くの人が無意識のうちに、色々な人の意識と交流したいという現われではないかとも感じています。

 ちまたでは、やれコミュニケーションが下手になったとか、消極的な男性が減ったなどと言っていますが、実際には新しい時代を迎えるために、人の意識はとても大きな変化を迎えていて、活発になっているのではないかとも思っています。

 今までの友人の延長や、ありきたり出会いで結ばれる男女の関係に関心がなくて、もっと大きくて全く違った世界からの影響で新しい人間関係を築こうとしていますが、それがなかなか現実社会ではうまくいかないので、無意識のうちに夜寝ている間中、さ迷っているのではないでしょうか。

 時代は夜に創造されると言いますが、朝まで飲んでいても時々摩訶不思議な感覚に襲われることがありますが、これも酔っ払って開放的になっている心に、ドリームテレパシーが安易に飛び込んでいるのせいなのかもしれません。

 いずれ、何年か後には今の社会の仕組みからは想像も出来ない、色々な人間関係や組織ができてくるかもしれません。そういう点では、香りを勉強したい人で集まった蝶人の会も、何故か懐かしさを覚える人や、妙に感覚が似ているような人も集まってくているから不思議です。

 この大きな人の意識の流れは、もう止めることは出来ないでしょう。多くの人は、本当の友人や愛する人を探すように、心の繋がりの社会や世界を望んでいるような気がします。今までにもそういった流れはありましたが、今はもっと強い力になって現われてきているのではないでしょうか。

 この大きな意識の流れの中で、或る組織は崩壊し、沢山の人間関係も消えていってしまうかもしれません。しかし、小さくとも、その流れにそっていたものや、また新たにつくられるものも多く出現してくると思います。

 今起こっている多くの社会現象も、この強い意識と現実のずれから起こっているような気もします。色々ありますが、新しい時代を迎えるための準備であり、それまでの誤解や痛みが伴っていることではないでしょうか。

 朝起きて、今まで以上に今日見た夢を書き出してみて下さい。また寝る前に、本当に心から巡り会いたい人を意識してみて下さい。現実の世界ではなしえなかった、様々なことが夢の世界では実現できています。

 それは、我々の未来の設計図ではないでしょうか。
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by fenice2 | 2009-05-26 00:11 | 調香・錬金術

滅びの匂いー世の中を不安にさせる背景

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 ここ京都でも、随分今のウィルスで騒がれるようになりました。これほど騒がれるのは、以前にも少し書きましたが今の時代は、香りの立場の人間からみると、滅びの匂いが時々漂ってくることと関係があるような気がしています。

 人の感情や情感は、匂いや香りで影響してくることが多いのですが、その中でも無臭に近くて、なんとも嗅覚を狂わせてしまうものが時々あります。このうっすらとしたつかみ所の無い匂いは、普段はほとんど何も感じませんが、こういう何か特別なことが起こったときは、急に本領を発揮してきます。

 気が滅入っていて、色々な不幸があった人に香りをつくってもらうと、結果としてとても不快させてしまう香りをつくってしまうことがありますが、とてもよい香料をつかってもバランスが狂うと後から何を加えても直しようがないものになったりします。

 今の時代からは、そのバランスの悪さや、奇妙な組み合わせ、あまりにも早い世の中のスピードなんかで、やはり一時的ですが、そういう滅びを感じさせるような匂いが生まれてきているのではないかと思っています。

 また、この時代、香りが色々な意味で注目されていますが、自分の生活や環境を守る上でもそういった知識や訓練が必要とされてきているのではないかとも思っています。

 自然の匂いや香りが、前回書いたとおり、もっとも目指すべきであって、気持ちを落ち着けさせるものですが、文明社会に生きる現代人は、いつも自然を受けいれることができる余裕があるとは限りません。

 ストレスが極度に強い人は、逆にケミカルな香料を望むことがありますし、その香料を用いることでまた、ストレスを抱え込むことになります。

 匂いや香りは、自分のそういったマインドを守るための背景みたいなものですが、それがよき時代の日本の家屋にはそういうものが知らず知らずのうちに、庭木の種類や住まいの中の木材の材質の匂いの中にも取り入れられていたような気がします。

 以前、京都の庭師さんとお話をしたことがありますが、庭木でも相性が合わないものがあるそうですが、それは木々にも相手の匂いがわかるセンサー(感覚器官)があるとのことで、それで枯れていったり、逆に生き生きとしたものになっていくとのことです。

 ですから、長い間かけてつくられた森には、そういった匂いを通じて何か、助け合ったり、生かしたりする繊細で、すばらしい香りの環境ができているのではないかと思っています。まさにベートーベンが感じた田園みたいなものにもそういう香りが背景にあるような気がします。

 よい香り出来ると、自分が守られたような気持ちになるというお話を、お相手の方からよく聞きますが、本当は心や感性も常に世の中の色々な変化や流れから守っていかなくてはならないと思っています。世の中に起こっていることがすべてが悪いわけではないのですが、何を受け取って、何を受け取らないほうがよいかといいうことを決めるのは、実際にはその匂いや香りの背景ではないかと思います。

 ですから、我々は、その方の香りを決めるのは、単なる好き嫌いやファッション的なセンスで選んでいくことはないです。それが本当のその方のイメージであり、またもっと自分自身を伝えるのにわかりやすいものではないかとも思います。

 その香りの背景になるものは、やはり故郷や両親、もしくはその方そのものの香りのルーツであるようです。

 蝶人の会では、今のような不穏な空気が流れる時代こそ、よい香りを一人一人の個性にそったものを生み出していくべきだと思っています。少し作り手のご紹介が遅れていますが、僕だけでなくとも数人の作り手が育っていますので、メールを通じてまたご相談いただければ幸いです。


       蝶人の会  co-dai@trad.ocn.ne.jp


 
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by fenice2 | 2009-05-19 14:26 | 滅びの匂い

大原の里からー身近な自然の触れ合い

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 世の中本当に大変なことが色々起こっていますが、そのことに関心を持ったり、気になったりすることは仕方がないことだと思うのですが、それよりも今の時代は、もっと自然に近づいていくべきではないかと思ったりします。

 精神をみていくのも、心理をみていくのもよいことですが、自然というもっとも基本的なベースを失っていって、何処に基準を置くことが出来るでしょうか。調香の技術も、少し前のフランスの調香師などは、必ず自分の創作場所を、南フランスの閑静な場所を選んだものでしたが、最近はパリやNYなど都会に移ってしまう人が多くなったようです。

 僕にとって、自然の香り、自然の中の匂いこそが何よりものお手本ですが、独自のセンスや感覚もよいのですが、あまりそこから離れていってしまうものになれば、香りそのものの基本が失ってしまうような気がしてなりません。

 心も魂も今の時代は、とても強く自然を求めていますし、それも身近な存在であればさらに良いような気もします。普段は喧騒の都会にいて、週末だけは田舎で過ごすというライフスタイルでは、どうもつかみにくいものがあるのではないかと思っています。

 京都も古い町並みや風情或る建物も良いのですが、やはり身近な自然があるということが実はもっとも良いところではないかとも思うようになりました。哲学の道も悪くはないのですが、もっと奥まったところに良さがあるのかもしれません。

 人と人の出会いや、男女の関係もどうも間違った方向に流れているのではないかと感じています。良いイメージや悪いイメージ、そんなものはいかようにも変わってしまいます。人の関係は、そんな簡単なことから出発するものでしょうか。

 どんな人でも、欠点や長所があると思います。人によってはそれが受け入れられない人もいますし、なんとか耐えることが出来る人もいます。恋愛は、夢みたいな時間でとても大切だと思いますが、それもやがては、土に返すように、自然という背景の中で思い返していかなくてはならないのでしょう。

 綺麗な花を観賞する時間も有意義ですが、それを育てるためにはやはり土や空気、水が必要です。

 思いっきり好きになった同士でも、いざ深く付き合おうとするとダメになることは幾らでもあります。反対にそれほどの深い気持ちを最初は抱かなくても、長い時間の中で少しずつ近づいていくことが出来る人もいます。

 自然こそがもっとも、本来の時間を理解させてくれるものがあって、そこで初めて本当の姿が出てくるのではないでしょうか。良いイメージだったものは、やがては自分にとって都合の良い人ではなかったかと思うこともありますし、そこで初めて心からの交流がされていなかったこともよくわかってきます。

 今起こっている事件も、今の時間と基準では判断できることが少ないように思います。そうかといって、時間がたってもわからない人は、ずっとわからないままで過ごしてしまうのかもしれません。

 人は、時間の過ごし方を間違うと、年齢を重ねても物事をわかってくることが少なくなってしまいます。年配者の多くなった今の社会が、必ずしも成熟した社会になっていないのはそのせいではないかと思います。

 自分の生き方や、自分の判断を持たないで過ごしていく時間は、浪費しているのか虚しさを膨らませていくだけなのかもしれません。自分の感覚をまず自然のものに戻して、それから感性を少しづつ育てていくべきだと思います。

 感性が育っていない人に、人の繋がりも心の交流も存在することはないのかもしれません。どれほど心を尽くしても、通じない人には、余程の覚悟や時間が必要になります。

 人を助けたり、助かったようにみえても、こういう問題から離れていては、何もかも幻に終わることがあると思います。
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by fenice2 | 2009-05-15 04:28 | 調香・錬金術

教育が大変な時代ー進化する子供たち

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 ミッテラン大統領の補佐官をやっていた、ジャックーアタリ氏がNHKなどにも出演して話題になっていますが、経済学者でありながらとても地道で、また個人主義に走らずに、健全な公共性を持っていることに関心していました。

 最近、自分の周りの相談事で、子供に関係したものも多いのですが、僕の持論でどんな時代でも子供は同じだということを持っていたのですが、どうも様子がかなり違ってきたのではないかという印象を持っています。

 今の時代は確かに変化が多いのですが、そのスピードや破壊力みたいなものが並大抵なものではなくて、最早、去年の四川の大地震のNEWSさえ忘れてしまいそうな刹那的な流れがあるような気がしています。

 子供は特に、思春期は成長が不安定だと言いますが、そういう時代の背景が果たして良い結果を生むのか良くない結果を生むのかとても見えにくいところがあります。

 しかし、僕も香りの仕事を通じて、とても強い創造力が時代の背景にはあると思いますので、就職とか結婚などの保守的なものについてはとても厳しいものがあるように思いますが、自分で会社を上げたり、手に職をつけた仕事になっていくこと、また本当の友人や愛すべき人を見つけていく環境としては、とてもわかりやすり時代になっているのではないかとも思ったりします。

 何時の間にか、現代人は心の壁があることに気づかされて、情報網が発達して、権力者の嘘などが暴かれるみたいなことも関係しているのかもしれませんが、そうではなくて、ついに心の結びつきを優先するような時代に入ったのではないかと思っています。

 ジャックーアタリ氏ではないですが、お金の流れをみてくると自ずと、誰が儲けていて、誰がもっとも損をしているかがわかりますし、損をして貧しい生活をしている人達のほうが、実は真面目に健全に、建設的に生きているのであって、それが証拠に貧しい人ほどお金の貸し借りはしっかりやるということをみれば、何兆円となく、支援されたり、再建カットされているアメリカなどの金融機関などは、如何に楽して、人を欺いて利益を貪ろうとしていたかがよくわかります。

 それに、貧しい生活が豊かになっていく家庭には、とても深い精神的な喜びもありますが、百億のお金が百十億になったからといって、果たしてどこまで心の満足がおこるかどうかは不明です。(中には喜んでいる人もいるんでしょうが。)

 話を戻すと、そういう意味では10代の子供たちは本当の意味で生きることに純粋に向かっていけば、今ままでの時代にはなかったほど良い環境がそれを支えてくれていて、心がとても進化する子供たちも出てくるのではないかと、密かに思っています。

 逆に、あまり自分の生き方を見出せずに、大人や社会の都合の良いような生き方しかしていない若者は、ふとしたことで大きく道を踏み外し、心が堕落していくのではないかとも思ったりします。今の麻薬の広がりが、こういう現象を表しているのかもしれません。

 また、これは大人の社会も関係のないことではなくて、そういう10代の頃の気持ちになれる人や、今でもそういう気持ちを持ち続けている人は、今の時代がとても強い支えになってくれることと思います。

 しかし、多くの人が10代の人と話をすることも出来ず、出来るだけ今の時代の真意みたいなものを見ようとしない大人も沢山いるのも事実ですから、そういった進化していった子供たちが、どのようにそういう醜い大人の社会を解体していくかが見ものです。

 僕の仕事は、そういう大きな流れの中では常に緩衝材のような役割をしていくのかもしれませんが、信条的にはどちらかというと若者の気持ちのほうに傾いているのではないかと思っています。

 創造していくものは常に、内面からのものであると思います。しかし、それがなかなか理解できないと、自然に心の中から破壊していこうとします。世の中が不完全である以上、変化したり壊れていくのはやむ得ないことだと思います。自然の流れも一時として同じものはありません。

 年配者の多い社会になりましたが、病気をしたり怪我の治りが悪かったりするとやはり心も挫けてしまいます。日本社会も何処か愚痴っぽく、覇気の無い面が多くなったような気がします。

 また、何歳になっても精神的な成長には沢山の愛情が必要です。大人になったから必要ないというのは、僕は間違っていると思っています。大人になっても、また何歳になっても親からもしくは、周りの人から愛情を受けていくことは大切ではないかと思っています。

 甘えはよくないですが、協力もまた必要です。ホリエモンは、一日でも早く親から独立したかったと言っていましたが、彼自身満たされなかった愛情を、仕事上で求めていたのかもしれません。しかし、愛情を与えられてこなかった人達は、上手くいっていたようにみえても、みえすいた嘘や欲に振り回されることになってしまいます。

 創造することと愛情や愛は、実は同じことではないでしょうか。そういう意味ではまだまだ今の時代は愛が不足しているのかもしれません。与えることばかりが偉いようなことも言いますが、やはり与えられないと誰かに与えることは出来ません。

 愛情不足で、未完成で世の中に出てしまった大人たちは、もう一度恥かしがらずに愛を求めていくべきではないでしょうか。僕自身、父親が他界して20年以上経っても、見守ってくれていたことを感じました。
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by fenice2 | 2009-05-10 02:04 | 愛 愛情