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第三章 香りと心の旅ー香りに酔う最初の村

(この物語は、フィクションですが現実の調香の世界のあり方を元につくられてます。物語の中には、よく似た企業などの名称が出てきますが、あくまで想像の産物であり、現実との関係は読者の判断に委ねてあります。)
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 香りの国を離れて、最初についた村はいわば香料を渡す中継地区みたいなものだった。そこには、これといった香りの作り手はいなかったが、良い香りに対する憧れや尊敬は、スサノオが考えた以上だった。村に入るとすぐに、何人かの人に声をかけられて彼の地位や存在が知られることになると、たちまち宿に多くの人が集まるようになった。

 同行していた、行商人のアプリコットは、その様子をみてさも当然というような顔つきをしていた。

 「貴方は、サラブレットな家柄でありながら実力ももっている。噂は、まだまだ遠い先の国々までひびいていますよ。今日も、村長か上役の香りでもつくらないとこの騒ぎは収まらないのかもしれませんよ。」

 アプリコットは、30を超えた男だが、生まれはまだずっと先の海の中にある小さな国の生まれらしい。香りの仕事は、父親が始めてかれこれ20年近くになるそうだが、各地の情報を色々仕入れてくることもあって、協会の間でも重宝する人間は多かった。利発で人柄も面白いのだが、それ以上に彼は自分なりの香りの価値判断をしっかりもっていたのが、そのあたりも癒着が多いで世界の中では、誰かにべったりくっついていくこともなかった。

 「別に香りをつくることは面倒ではないが、香料はこの村でそろっているでしょうか。あまりなれていない香料が多いと、ちょっと時間をかけなくては難しいかもしれません。」

 スサノオは、少しは香料は持ってきたが荷物にもなることから薔薇や君影草(きみかげそう)、百合など最低限のものしか持ってきていなかった。ピペットなどは、父の代から使っている銀製のものを持ってきたが、まさかこんなに早くこういったものを使うことになるとは思っていなかった。

 「この村には、貴方のお爺さんがつくったものが、ずっと大切に保管されているということです。私は、貴方のお父様にしかつくってもらったことしかないけれども、それは、それは感動したものです。こういう立場でいうのもなんですが、私は、調香について偏見や疑いをずっと持っていました。私の国では以前は香りの国ほど、香りについて思い入れはありませんでした。しかし、一旦調香されたものが入ってきてからは、急にそういった価値観や考え方、もしくは感じ方まで多くの人が変わってしまいました。何もなかった安全な国であったとは言いませんが、それが原因で争いごとが多くなったのも事実です。」

 アプリコットの話は、スサノオの香りの国あっては、全く反対のストーリーの話だった。そういうことがあるということは父からも少しは聞いていたけれども、こうやって旅先で改めてきくと、何故か先日の調香に対する色々疑問とともに、深く心に突き刺さってくるものがあった。

 「私も長い距離を旅をしていると、やはりほっとする場所と何故か緊張感を抱いてしまう場所があります。それは、その土地土地にある匂いや香りのせいだと思いますが、こういった技術が発達していくうちに、その感覚がどうでもよいのではと思ってしまうこともあります。その感覚の違いは、まるで小さな世界で生きるのが幸せなのか、大きな世界の幸福が本当なのかわからなくなってしまう感じに似ているのかもしれません。」

 この地方特有のレモンから作ったワインは、アプリコットの日ごろ感じたことをすっかり引き出さそうとしているのかもしれない。スサノオのように、まだ若い人間にはその内容が分かるような分からないような部分もあったが、自然の香りと調香についての話題は、興味深いものも多かった。

 「アモン家では、代々もっとも大きな背景をみたいなものを感じるように言われています。誰かが香料を一つ選んだとしても、それは単なる好き嫌いの問題を超えた謎があると思うことが重要なのかもしれないです。僕のようにまだ経験の少ない人間には、想像することしかないんですが。」

 「想像、そうそれこそがこういった香りとも人の生き方とも関係したものなのかもしれませんね。人はみんな小さな世界しか知らないうちは、その中で幸福や不幸を感じたり探したりするものです。それ自体に良いも悪いもないのかもしれません。しかし、もしこれ以上素晴らしい世界があったらとか、これ以上よい生活があったらとかそういうことが、また新たな感情をつくってしまうのも事実です。悪い香りの作り手は、人の感情や欲望みたいなものだけで、作り出してしまいます。協会でいうと、ローズウッド氏みたいな人でしょうか。」

 アプリコット氏は、普段はあまり人のことを噂しない人だったのでそういう名前が出ることも少し驚いたが、スサノオも同調してその話にのっていった。

 「あの人が協会にいるのは、七不思議だとお爺さんもよく言っていました。僕は、よくわからないけれども彼のつくった香りを少しきいて驚きました。あれならば、街の香りの作り手のほうがもう少しましな人もいるかもしれません。才能やセンスというまえに、香りそのものに対する知識もないように思います。」

 「今日は、アモン家の公式な見解も聞くことが出来て、とてもありがたい。これで先日から頼まれていたローズウッド氏からの依頼を断る決意が出来ました。彼は、この旅の様子を逐一報告するように私に言ってきたのですが、やはりやめておいたほうがよいですね。しかし、彼の元には色々な過去著名な調香師のチャートが集まっているのですが、それこそよい香りが出来ないのは、七不思議ですな。」

 アプリコット氏は、話せば話すほど教養もあり、なるほどお爺さんも面白い人間だと認めたことはあると、スサノオも感心していた。それだけに今、香りの国で起きている色々な問題もそれなりの意見が考えがあるのかもしれない。

 村長とその助役の人が、暫くしてたずねてきて、スサノオは指定した香料を依頼して、二人の調香を始めた。アプリコットは、その様子を注意深そうに見ていたが、やがて出来上がった香りを見て、素直に感嘆の声をあげた。

 「貴方は、若いですが感じる力にはやはり素晴らしいものがありますね。確かにアモン家の当主に相応しい香りをつくりましたな。」

 彼が、賞賛する以上に村長と助役は、有頂天の顔になりながら香りの談義に花開いた。大勢の観客がその様子を見にきていて、香りが出来上がったときは、全員でムエットをまわしてその香りに酔いしれた。最近、香りの国で色々な悪い噂がある以上、何らかの不安があったのかもしれない。スサノオは、まるでこうやって国を離れて、香りをつかって心の救いの旅に出ているのではないかという印象さえ持っていた。

 アプリコット氏は、彼の香りをみて益々気持ちが傾倒していくのが見てとれた。そういう意味では、アプリコット氏も、感じる世界においては澄んだ真直ぐなものを持っている人間だといえるのかもしれない。大切なことはやはり感じることなのかもしれない。二人は、村に居る間中香りのことについて話し込んでいた。

 

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by fenice2 | 2010-03-28 20:57 | 香りの小説

第三章 香りと心の旅ー旅の目的と本当の敵

(この物語は、フィクションですが現実の調香の世界のあり方を元につくられてます。物語の中には、よく似た企業などの名称が出てきますが、あくまで想像の産物であり、現実との関係は読者の判断に委ねてあります。)
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 この旅立ちについては、香りが本当は何処まで人の心に影響を与えているかにあった。人が自然を愛し、そのままの生活で暮らすなら、ここまで調香という技術が必要であったのかどうかはわからなかった。

 「香りの力というのは、本来大きな空気の流れをつくるものだよ。心というのも、常に流れている中で本当はその価値があるのかもしれない。良い香りは、そういった本来の心のありかを見つけ出してくれるものでないといけないんだよ。」

 スサノオは、色々な技術は習得したけれども、その一つ一つの深い意味についてはまだ理解しているわけではなかった。父のキモンも、生前は香りでその人の人生を変えていたと言われていたが、その当の父自身は、人生は本人が決めるもので、香りはその手伝いをしているにすぎないと言っていた。

 香りの国は、殆どその調香された香りで社会が満たされているのだけど、すべての人がそれを受け入れているわけではなかった。稀に、そういった人工的にコントロールされるのが嫌いで、遠く街から離れて、山深い森の近くに、小さな集落をつくって生活をしている人々も少しは存在した。

 その中の一人と、スサノオはまだ小さいときに、野山に遊びにいくついでに触れたことがあった。彼らは、ムニ(香りを好まないとう意味)と言われていて、住まいも出来るだけ木を使い簡素なものが多かった。無職というわけではないが、公園や自然の簡単な整備の作業をするほかはこれといった仕事をするものは少なかった。当然のように、彼らは自分の香りを持っていなかったから、彼もそれらの人と話していると、印象に残ることが少なかった。

 この国では、香りは自分のことを説明する上で無くてはならないものだった。自分がどういう香りが好きで、それにどういった経緯があるとか、今は誰に香りをつくってもらっているとか、人と人があえば話題には事欠かなかった。ところが、ムニの人たちはそういったことで話し込むことも無ければ、何かに夢中になるということもなさそうだった。

 協会の中では、時々ムニのことについて話し合うことも多かった。自然の香りの中には、この国の考え方では、全てが人の心に良いものを与えてくれると考えているわけではなかった。それが証拠に、過去何度も大きな内紛や争いが多かったのは、その自然の諸々の匂いのせいだとも考えていた。

 「ムニの人たちは、何時強い感情が起こって、何か大きな行動をするとも限らない。」

 広報のローズウッド氏などは、何時も積極的にその話題については意見を出すようにしていた。彼は、外出するときは、出来るだけ大きなマスクをして、自分の香り以外のものはあまり鼻に近づけないようにしていた。協会の中ではそこまで極端な行動を起こす人は少なかったけれども、野山を歩いたあとには、必ず自分の香りを確認するのは、当然のことであった。

 ただし、この頃はその自然の香りが激変しているのも事実だった。或るものは、以前に比べるとかなり淡い香りになって、逆にバイオレットやスサノオの母が見つけたような花は、とても強い香りになっているのも事実だった。

 「植物は、香りや匂いでそのメッセージを出す。」というのは、バイオレットのラグエル家の家訓のようなものだった。

 「自然は、もっとも力をもった香りや匂いの調香師だ。」そういったのは、モスお爺さんだが、それならば人がそれを受け止めきれないのか、それとも自然が人に簡単には幸福にさせようとしていないのか、そういう議論は、長い間香りの国でも哲学者などが集まって議論にすることが多かった。現に、香りの社会を離れたムニの人たちは、必ずしも幸福に暮らしているとはいえなかった。彼らは、多くの大人に言わせると、無責任で無気力だが、それが証拠に殆ど結婚というものをしようとしなかった。子供もあまりつくろうとはせずに、生まれても結局は、国の施設にいれてしまう人が多かった。

 それは、自然の姿かもしれない、少し大人になったスサノオはそう考えたが、そうだとすると人は、今のように文明が栄え、人口を増やしていくことは、そういった摂理から離れていくことになるのかもしれない、そういった人の文明を支えている調香とは、人にとっては良いことなのかもしれないが、自然にとっては良くないことなのだろうか、この国にいて当り前のことが、離れることになって余計に何か疑問として沸いてきた。

 ムニの人たちの中には、以前では協会の中でそれなりの地位がある人もいた。スサノオは、今までそういった人たちに何の興味も抱いていなかったが、今頃になってそういう人たちが、何故そういうふうな生活になっていったのかをたずねてみたい気がしていた。

  「自然も、いろいろなものがあるような気がする。もっと、人間らしく心が澄む様なことを感じさせてくれる場所もあるのかもしれない。僕が今感じている自然は、自然の中でもほんの僅かな部分だと思う。」

 彼は、最期はそう結論づけて、旅の準備にとりかかった。人が感じる自然というのは、実はみんなほんのわずかな部分を感じているに過ぎない。もしかしたら、何もしなくても王室の庭のように芳しい香りがする木々が生える場所もあるかもしれない。

  自然の香りと簡単にいうけども、それこそが多くの人が知りたがっている何かがあるような気がする。自然の香りに色々なものがあるからこそ、人も色々な考えがあって、生きる目的も違ってくるような気がする。旅をするというのは、本当は誰でも他の匂いや香りを求めていくことなのかもしれない。

 きりがないくらいに、これからの旅のことを思いながら、自分の国について冷静なぐらいに見返している自分がいるのに不思議な感じさえしていた。


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by fenice2 | 2010-03-27 11:50 | 香りの小説

第三章 香りと心の旅ー突然の旅立、バイオレットの愛情

(この物語は、フィクションですが現実の調香の世界のあり方を元につくられてます。物語の中には、よく似た企業などの名称が出てきますが、あくまで想像の産物であり、現実との関係は読者の判断に委ねてあります。)
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 アモン・スサノウは、母の薦めもあってバイオレットの実家をたずねることになった。彼女の家は、ツタの葉に年中包まれていたが、その庭は四季を通じてあらゆる花々が咲き誇っていた。

小さな黄色の蝶が、スサノウがその庭を通りかかると同時に、彼の肩にのってきたが、仕事上色々な香りが服に染み付いているせいもあって、そのことはあえて気にもしなかったが、何時までもそこから離れないのは不思議なことのように思えた。

 彼は、肩に蝶がのったまま、ドアをノックし中に入っていった。部屋のすぐ奥にはバイオレットが立ってこちらをまっすぐ見つめていた。彼は軽く会釈して、次に彼女も挨拶をしたが、その少しの時間の間に黄色の蝶は部屋を一周して、やがてテーブルの上にとまった。

 「この蝶は、まるで僕たちの間に入って話をしようとしているのかな。」

 スサノオはそういって少しだけ笑みをみせた。バイオレットは、その蝶をずっと眺めていたが、やがて手を差し伸べて自分の手に乗るように蝶を促した。

 「蝶は、空気の中に住んでいる生き物なのよ。私は時々、この子たちは、本当は、もっと大きくて木のような体が何処かにあって、その中のほんの一部がこうやってふらふら飛んでくるのからしらと思うことがあるの。小さくて軽い存在だけど、その意思はとても強いものを感じることがあるわ。」

 大いなる意思を持ったその生き物は、少しはばたいて彼女の手の上に静かにのった。バイオレットは、まるでその蝶と何か話をしているようにもみえた。

 「母と最近は、森に出かけているらしいね。母がともかく、君のことを気に入っていて僕が出かけるまえに是非会ってきなさいと言ったんだよ。僕も楽しみに来たのだけど、何を話したらよいのか分からなくなったよ。」

 「手を出してもらえますか。私が今感じていることを貴方に伝えたいの。いいかしら。」

 そういうとバイオレットは、自ら透けるような白い手を彼の前に差し出した。今までだって子供の頃から、バイオレットとは手をつないだりして遊んできた。正直いうと今日の日をどう受け止めてよいのか、わからないところがあった。彼女ももう18歳になるのだから、子供のころとは違う思いを色々秘めているのかもしれない。

 何気なくスサノウも彼女の前で手を出した。バイオレットは、その彼の手を少しも照れることなく、自分に近づけて両手でそれを包み込み始めた。暖かさとともに、一瞬何か痺れのようなものがきて、そして何かが彼の心に飛び込んできた。

 それは、彼女の持つ心の中の強さなのか、それとも何か違うものなのかはわからない。スサノオは、只熱く、大きなその感情に圧倒されそうになっていた。その時間は、本当に一瞬の出来事であったのに彼には、何十分もそうやって長い時間、感じていたように思った。

 目を開けると、彼女が涼しそうに彼のほうを見つめていた。しかし、彼の中には確実に何かエネルギーみたいなものが残っている。彼女と手を離してからも、熱く重い感覚が手に残っていた。

 「今のは、何だろうか。ちょっと今まで感じたことがないような感覚だが、僕自身にもよくわからなかったよ。」

 蝶はいつの間にか、彼女の手からも離れてふらふらと何処かに飛んでいった。少し開いている扉から出て行ったのかもしれない。バイオレットは、涼やかな顔に戻って、彼に微笑みかけた。

 「今のは、あの子が抱えている感情なの。わかる?あんな小さな生き物でもそれだけの感情があるんだわ。自然はみんな、自分の気持ちや感情を抑えているの。我慢しているというのは、少し違うけど、自分が感じたことを人間のようにそんなに簡単に、表に出さないものよ。」

 それにしても、彼女は何時の間にこんなに大人になっていったんだろう。僕も、アモン家に生まれた以上、感じる力は人の何倍もあると思っていたが、彼女と比べたらまるで子供のようにさえ感じた。

 「技術をもった瞬間から、人は感じる力を失ってしまうわ。画が下手な人がうまくなろうとして、技法を覚えるたびに感じる力がなくなってしまうのよ。表現する力と、感じる力は全く逆の方向を持つんだわ。」

 実は、そのことはガルバナムお爺さんからも嫌というほど聞かされていた事だった。お爺さんは、細かい技法などは僕にあまり教えなったかわりに、いくつかの基本的な調香については、あらゆる方法で試されて感覚に刷り込ましてくれた。僕は、かなりの香りの使い手になったといえるかもしれないが、それでも時々ふっと自分の力について疑問に思うことがあった。

 「では、僕たちの国は自ら、自分の首を絞めているんだろうか。母が昔、言っていたようにやはり香りそのものが変わったのではなくて、人間の感覚が鈍くなったので、今のようになったんだろうか。」

 バイオレットは、話している間にミントティーを丁寧にカップに注いでくれていた。彼女といるだけで、そのミントの香りが何時もの何倍にも広がっているように感じた。

 「お母様とも話し合ったけど、最初は確かにそうだったと思うわ。でも途中から本当に自然に異変が起きたのよ。自然も、人間と同じようにもっと自分を表現したいと思ったんだわ。今までのように自分を偲んで、回りと調和しながら生きて行くことに疑問を感じ始めたの。それで、今のような騒ぎになってしまったんだわ。」

 バイオレットが、何を言いたいのかは流石にスサノオには分かっていた。その動きを止める香料こそが必要なのだと思う。植物にもそういった、感情爆発をとめることが出来る品種が何処かにあるはずだった。

 「人の力では、どうしようもない出来事が起こっているようだね。今の感じを察すると、僕はすぐにでも出発しなくてはならないようだね。」

 バイオレットは、澄んだ目を、彼に向けてそれを聞いていたが、それでも、やがて彼が旅立つことが悲しく思えたのか、その大きな瞳から幾つか大粒の涙を流した。

 「本当に危険なことが待っているわ。でもお母様とじっと待っているしかないのね。私は、毎日お母様と森に出かけていって、木々へ説得してみるわ。この国の森の木々や草花、そして人間も本当は、とても繊細で傷つきやすい心を持っているのだと思うの。ひとつひとつに語りかけて話していけば、これ以上悪くなることはないと思うの。」

 そう言いながら、バイオレットは小さな木で出来た小瓶のようなものを彼の前に持ってきた。その中には、何か特別な樹液が入っているらしい。それは、本当は、ラグエル家の秘宝らしいのだが、彼女は惜しげもなく彼に差し出した。

 「これは、なんともいえない香りだね。なんていう香料なんだい?」

 スサノオは、思わずうなるような声でそういった。こけでもないし、もっと深いグリーンの香りもするが、自然のものではないような気もした。

 「お爺さんの代から、ずっと持っていたもので、木が弱ってどうしても駄目なときはこれを少しだけ水に混ぜて使いなさいといわれていたの。枯れかけていた大木も、これで何本も助けたらしいわ。でも、多分もうそれもかなり弱っているらしいの。お父様が、もう何年もまえから使っているけど、効果ないって。でも貴方なら、まだ何か別のものを感じると思って。」

 単なる直感のようなものでしかなかったが、それが明らかに感じる力が強い香りの作り手がつくったものだということがわかった。調香技術そのものは、それほどの深みはないようにも感じるが、何か謎めいたものを感じないわけにはいかなかった。

 「この香りの作り手は、ずっとここから南の砂漠の中の村にあるらしいわ。今もつくっているかどうかわからなかったけども、場所は地図にものっていると思うの。」

 そういって、バイオレットはお爺さんからの古い地図を持ってきて、その町を指差した。街の名前は、テンジクと書いてあった。この国の中ではおよそ聞いたことがない街であったし、モスお爺さんの古文書にも載っているとは思えなかった。新たな香料を求める旅だが、ともかくスサノウは行ってみようと決心した。

 バイオレットと別れたあとにも、彼は手に熱さを感じていたが果たしてそれが、全てあの小さな生き物のものとは思えなかった。彼女もまた自分の感情をずっと抑えて生きる人間なのかもしれないと、スサノオは考えていた。


 

 
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by fenice2 | 2010-03-17 15:57 | 香りの小説

第三章 香りと心の旅ー混乱する国内満たされるものとそうでないもの

(この物語は、フィクションですが現実の調香の世界のあり方を元につくられてます。物語の中には、よく似た企業などの名称が出てきますが、あくまで想像の産物であり、現実との関係は読者の判断に委ねてあります。)
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 王が玉座の間で、協会の人間と話し合ったことは、瞬く間に次の新聞で取り上げられた。街の中では、あちこちでその話題の話で持ちきりだったが、人々の反応は様々なものがあった。アモン家には、朝から多くの人が集まっていたが、数々の不幸があったものの、それらの人たちは新しい希望に燃えているようだった。

 実業家のバジルさんは、甲高く今回のことは何よりもチャンスであるということをベチバーに力説した。
 「今までアモン家は、技術でその名声を支えてきたが、これで新たな香料のルートも確保出来るということだ。これほどめでたいことはないだろう。」

 バジル氏は、朝から相当酔っているようだった。ついでにガルバナムお爺さんもかなりお酒が入っているようだった。酔った勢いというわけではないが、お爺さんは皆の前でアモン家の新しい当主の紹介と、その名前を披露した。

 「アモン・スサノウが新しい当主の名前だ。みんなでこれから覚えてください。彼は、ここ数ヶ月でアモン家の秘術のあらゆるものを学んでいきました。そんな短期間でと思われる方もいるかもしれませんが、その土台は、生まれてからずっと作り続けてきたものです。イリスさんなんかも、私の息子のキモンの変化もよく知っているでしょう。」

 祈祷師のイリスさんは、このところずっと山深い祠に入り込んで、国全体の祈りを朝晩続けていた。

 「教会の連中の悪口を言いたくはないが、あれらがどれほど祈ったところで神様なんかには届きゃしないよ。教会は、もうずっと前からこの国では権威であるし、何をしなくたってたくさんの人が教会を訪れてくれるから、それを維持するだけよいんだよ。教会のある香りが少しでも切れてしまったら、今更あんなに暗いところなんか誰もいくもんかい。」

 教会の神父は、その殆どがずっと南の国からきた人間で占められていた。それぞれが黒い帽子をかぶり、その顔つきも同じようなものが多かった。教会は、ずっと前からこの国にはあるけれども、皮肉なことに国が乱れていたときにその多くが立てられて、平和になった今はむしろそこに集められた王の良質な香りをききにくるのがほとんどだった。

 「一体、教会っていうのは何の意味があるんだい。今や悪魔祓いさえやろうとしないんだよ。人の心が本当に困るのは、鬼とか悪魔が心の中に元々すんでいるからだよ。でも彼らときたらどうだい。心の中には神がいるからそれを大切にしなさい、ばかりだろう。その元の国が今、たくさんの軍人を集めていることを知っているかい。私は、この間旅の商人に聞いたんだい。」

 イリスさんは興奮してそういったが、そこに来ている人たちは今更何を言い出すのかというふうな呆れ顔の人が多かった。

 「教会は、人の心をつくっていると言っている。それはわしも間違っていると思う。人は苦しくなり、目先がみえなくなるとどうしても神にすがる。そして、平和になると今度は、欲や願望のために彼らは神を利用しているんだよ。過去の多くの慰霊のために教会を訪れるならよいが、最近はそうでもない人間も多いようで悲しいことだな。」

 ガルバナムお爺さんも、百年前の乱れた時代のことをモスお爺さんから詳しく聞いているらしく、時々は教会に行くことがあったが、それは街中の人たちの教会もうでとはかなり意味合いが違っていたらしい。また教会のほうでも、色々な儀式をつくって、そういった人々の願望や欲を満たすことでやっきになっていた。

 「教会は、普通のお金儲けとは少し違うんだろ。やつらは、最後は人の心をコントロールすることを目的にしているとしか思えんな。でもこの国は、香りの力が王を初め、いたるところで行き届いているから、それが達成できないでくやしいのかもしれんな。」

 バジルさんは、教会が集まっている元の国を知っているらしく、何でもそこには世界中の国々からの情報や物資が集まっているらしく、しばしば僕の国についてもよく話題になっているらしい。

 「争いのない国なんて、世界のどこでもそうはないんだよ。彼らは争いがあるからこそ自分たちの意味があると思っている。人は生きている限り、欲や執着に満たされ、醜い生き方をするのは仕方がないと考えているんだな。そのあたりは、我々の国の考え方とは全く違うんじゃないかね。」

 「香りの力で、人の心は穏やかになったが、それだけではないんだ。そういった気持ちさえも抑えていったようにわしは思うんだよ。ただ、それは本当の意味でよかったのかどうかは、当事者である限りわからんな。でも香りで多くの人の心や気持ちが良いほうに向かっていけばよいと思うんだがな。」

 ガルバナムお爺さんは、母がつくった胡桃のケーキを美味しそうに食べながらそういった。母は、このところずっと忙しそうにみえて、表面上はまるで父のことを忘れているように見えているが、本当はそうではないと思う。母も懸命にこの国のために何かをやろうとしている。調香師ではないが、母にもそういった強い決意があるようにみえた。

 「教会の親玉は、この国で争いを起こさせたくて仕方がないのさ。王の小さな王子にも未だに、留学に来なさいなどと持ちかけている。幸い、王はそこまでお人よしではないから、それをやんわり断っているが、もし武力にでも出てきたらどうするんだろうか。」

 バジルさんは、何時もは冗談をいってばかりいるのに、こういう時になると冷静にもなれるものだと、僕は妙な感動をしてみたりした。

 「ベチバー、改めアモン・スサノウ、お前は残された国のことは心配しなくてもよい。教会のやつらも多くの香水をつくってもらっているせいもあって、すぐにどうしようとは思っていないだろう。勿論、これからはどうなるかわからんが、お前は新たな香料を見つけ出してこなくてはいかん。若い力を存分に発揮してくれ。」

 王から、有り余り支援を頂いたが、正直いってこの国を出て他の地にいくのは、多くの山々や砂漠に囲まれているせいもあって、並大抵のことではなかった。スサノウには、途中まで旅の商人が幾人か同行するが、それらも時々に行くことところがあって、ずっと一緒というわけではなかった。

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by fenice2 | 2010-03-16 13:24 | 香りの小説

作品の合間にー調香や香りの仕事について

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 ずっと思わせぶりな小説が続いていたのでさぞ退屈だった方もいると思います。最近の僕の仕事は新しい香りをつくる仕事と香りの勉強会が殆どです。以前は、確かに占いや人生相談のような分野も広げていたのですが、やはり本来の香りをつくる仕事に徹しようと思い、今年に入っては香りのみの仕事です。

 今の時代、何か言葉の力に酔って、意見や考え、もしくは思想みたいなものを訴える人が多いのですが、確かに一時的な影響力はあっても、僕はそういうものは人の心に残すものではないのではと感じています。香りの勉強を通じて、人生の悩みや苦しみみたいなものを話し合うのはとても楽しいのですが、何のつながりもない人に、自分の人生の教訓みたいなものを話すのは、流石に矛盾を感じてきました。

 癒すとか治療についても、一時的にはそういうものはあっても人はもっと創造性に富んだ生き方をすへきではないかと思うようになりました。確かに困った人がいて、何か手を差し伸べている人も多くいると思います。しかし、最後はどんな人でも自分の人生に責任を持ち、自分の人生を切り開いていくべきではないかとも感じています。

 香りを通じて、心に触れるようなこと、感動したり喜んだり、普段の生活では決して見えなかったものが発見できたり、そういうことの連続でよいのではと今は考えています。

 良い香料を捜し求めることは、一生のことですし、そのための技術はこれでよいということはないように思います。何かの役に立ちたいということもありますが、それ以上にもっと喜びや感動を与える仕事をしていきたいと思っています。

 小説を書きながら、今までのことをあれこれ心の整理をしていますが、やはり香りにはこれからの時代とくに色々な可能性があるような気がして、それだけにしっかりと焦点をあてていこうと思っています。

 香りについて関心の或る方や、香りの勉強についてご相談されて来る方もいますが、僕は何かお互いに通じるものが出てこないと、勉強をするにしても無駄になってしまうし、仕事も同じような考えにたっています。この厳しい時代だからこそ、ひとつひとつの仕事を大切にしていかなくてはと考えています。

 調香や香りについての色々お尋ねになりたい方は、下記のメールまでお願いします。

 fenice@bb-west.ne.jp

 明日から、いよいよ新しい香りの旅に出る第三章が始まります。お時間の或る方は、もう少しお付き合いください。

 
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by fenice2 | 2010-03-15 23:31 | アロマ 香り

第二章 新たな香りを求めてー王との約束

(この物語は、フィクションですが現実の調香の世界のあり方を元につくられてます。物語の中には、よく似た企業などの名称が出てきますが、あくまで想像の産物であり、現実との関係は読者の判断に委ねてあります。)
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 バイオレットの父のサンダルウッド氏は、王の庭園の中で予期せぬことを感じていた。春に向かって、菊や沈丁花などが、多く咲いてきたが、それらの花々の中にいて、 ふと妙な感覚に襲われていた。今年は、流石に王の庭園でも、花の咲く時期がずれていたり、そのせいで刈り込みなどを早く済まさなくてはならないものも出てきたのだが、ほとんどの花に虫がついていないのに気がついた。

 沈丁花は、それほど虫はつかなかったが、小さな菊やマーガレットなどは、何時もなら蝶などが舞い、葉を食べる小さな虫が出てくるので、朝から少し強めの柑橘系の香料などを撒くものだった。それが気付くと、かなり暖かい時期になっても何故か虫が出てこなかった。

 サンダルウッド氏は、最近庭番の友人から、森の奥でたくさんの蝶が死んでいるのを見かけたという話を聞いた。蝶は、確かに秋にはちらほらと庭の中でのその死骸が見つかることがあるが、この時期で死ぬことはまずありえない。まして、大量に死ぬということは今までにも聞いたことがなかった。

 以前、祖父から木々は自分の生命を守るために、毒のようなものを発することがあるということは聞いていた。しかし、虫のほうもそのことはずっと長い時間の中で学んできて、そういった木々には近づくことがないのだから、実際には虫が死ぬことはなく、木々が虫を殺すということはありえないはずだった。

 サンダルウッド氏は、沈丁花の葉をひとつだけ切って、その香りをかいでみた。少しは違う香りがするのだろうと思っていたが、なんとも甘い香りがして、それが何故かいつまでも鼻に残っているのに驚いた。良い香りともいえるし、そうでもないともいえる。しかし、心地よい香りとはいえないような気がした。少なくとも、葉にここまでの香りは今までの、沈丁花にはなかったはずだった。

 最近、王もあまり庭に出てくつろぐ時間が、気のせいか減ったような気もする。暖かい日も続く日もあったのに、王は少し出ただけで、以前のようにそこで何時間も過ごすことがなくなったようでもあった。

 その次の日に、玉座の間に多くの国の関係者が集められて、王との歓談の時間が設けられることになっていた。しかし、歓談とは、表上のことで誰もが、緊急会議のような内容になることはわかっていた。議事は、協会のローズウッド氏が勤め、ガルバナムやベチバーも重々しい席につかされた。王がこういった召集をかけるのは、今までにも何度かあったが、主に王のフィールドからの香りを分配される話がほとんどだった。

 「今日集まっていただいたのは、もうご存知だと思いますが、最近の国の香りについての色々な問題を話し合うためです。実は、ローズ女史から連絡があり、今年はほとんどのフィールドから香料の供給が不可能であることの報告を受けました。これは由々しき事態であり、今後の国のあり方を危うくしてしまうものでもあります。」

 ロースウッド氏の横には、息子のユーカリがさも自慢げに座っていたのが印象的だった。今回の件で、ローズウッド氏は、確実に協会の理事長の座を狙ってくるだろうと誰の目にもみえた。ローズウッド氏はその一家がどうしてここまでの地位につくことが出来たのかは、謎の部分が多かった。彼自身、街のはずれの小さな店をやっていたが、自分で調香したものよりも何時も誰かが調香した作品を数多く置いていた。未だに、彼の調香に対する知識や経験は、疑問に思うところが多いが、気付くといつの間にかローズ女史の秘書のような存在になっていて、広報の立場にたったのもつい数年前のことだった。

 王家は、あまり協会のことには触れずに、協会のほうもあまり王家に対しては適度な距離を保ってきたように思う。それにここ100年以上争いがなった国の王にとって、煩わしいことは、何よりもの忌み嫌うものになったいた。

 「さて、私のような年寄りが何をいっても仕方がないが、今日はとくに若い人の感覚を色々聞いてみたいと思っています。そこで新しい当主といってもまだ本当に駆け出しだが、ベチバー・アモンの意見を聞いたもらいたい。」

 そうガルバナム氏はいうと、ベチバーに催促するように目配せをした。議長のローズウッドは少しだけ気難しいような顔をして、その後にベチバーに発言するようにと言った。

 王の関係者も交え、総勢で100人ほどの人間がそこに集まっていた。全ての人間が、今回のことについて正確に把握しているとはいえなかった。王や王の親族でさえ、少しオカシナ騒ぎが続いているぐらいで、まさかそれほどのことではないと感じていた。

 「結論からいうと、この国を支える香りをつくっていくことは今後難しいということです。僕もまだ調香師としては未熟ですが、新しい香料をこの国以外のところから求めていかなくてはならないということです。香料が変われば、今までの技術も役に立たないかもしれません。」

 ベチバーの初々しくも透き通りような声は、室内に大きく響き渡ったが、そのあと多くの人のざわめく声であふれかえっていた。ローズウッド氏は明らかに不愉快な顔をしたが、彼のいうことも真っ向から否定できるものもなかった。

 「静粛にしてください。ベチバーさん、アモン家の発言はこの国では大きな影響を持ちます。その当主である貴方がそういうことを言うことは、何か特別な決意をなさっているということですね。」

 そうローズウッド氏がいうと、今度は一斉にベチバーのほうを殆どの人が見た。ベチバーは少しだけ緊張したが、今は、つい数ヶ月前の彼ではなかった。彼は、ガルバナム氏からアモン家に伝わるあらゆる調香法をマスターしていた。いくら血筋とはいえ、その上達ぶりには、彼の母も息子ながら何度も驚いていた。

 「僕は、明日から新たな香りを求める旅に出ていきます。どこに行きつくかわかっていません。ずっと遠い先の国かもしれませんし、すぐ近くの森の中にそれがあるかもしれません。けれども、幾つかの香料がないと、もう以前のような心の安定、国の安定は望めないと思っています。」

 続けて、ベチバーは話した。

 「この国の土地は、ずっと太古から良い香りの出る場所だといわれ続けてきました。調香の技術が伝わってからは、国中からのフィールドを利用して、私たちはその恩恵を受けてきましたが、それもそろそろ終わりに近づいているのかもしれません。不埒にも王の土地をめぐって、心無い香りの作り手が群がっているとの噂も聞きますが、結果は同じことだと思います。香料にも頼れない、今までの技術にも頼れないという時代に入ってしまったのではないでしょうか。」

 19歳になったばかりの彼に、そういうことでの迷いは殆どないように思えた。ここまで香りのルーツともいえる一家の当主が発言するからには、よほどの根拠があるのではと思わせる力強ささえ感じさせた。

 ローズウッド氏は、その発言をどうとらえていくべきか戸惑っていた。すると王のほうから次のような言葉が発せられた。

 「これから、1年のうちにその使命をアモン家は達成せよ。それがもっともアモン家の誇りを取り戻す道である。朕は、その協力には国をあげて行うであろう。」

 王の言葉の後には、室内から大きなどよめきと歓声があがった。これでもう何も話し合うことなどなかった。アモン家は大きな使命を課せられてそれを乗り越えるかどうかだけだった。

 ガルバナムは少しは心配していたのか、目頭を熱くさせてベチバーに抱きついた。ベチバーは、これから大いなる旅を覚悟していた。


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by fenice2 | 2010-03-14 21:18 | 香りの小説

第二章 新たな香りを求めてーヘイブン家の失脚

(この物語は、フィクションですが現実の調香の世界のあり方を元につくられてます。物語の中には、よく似た企業などの名称が出てきますが、あくまで想像の産物であり、現実との関係は読者の判断に委ねてあります。)
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  ヘイブン家は、いまや国中の香料をつくる仕事を一気に担っていたが、あるフィールドから採れた香料については、驚きとともにその扱いに戸惑っていた。抽出担当のゼラニウム氏自身の判断でどうにもならないこともあって、ローズ女史への意見を求めに訪れた。

 彼女の家は、代々海沿いの丘の高い場所にあって、その庭には年中様々な花々が咲き誇っていた。海の匂い、花の香り、緑の匂いとそこに居るだけで、贅沢な香りを体験できる場所で、彼女は暇があると庭に出て香りの構想を練ることが多かった。その日も、ちょうど庭に出ていると思ったのだが、あいにく外には出ていなかった。

 ゼラニウム氏は、何度か門のそばの呼び鈴を鳴らしたあとに、庭へ進んでいった。ローズ女史はその音に気付いてすぐに扉を開いたが、彼を歓待することことなく、そのまま扉が閉じられてしまった。彼は、再度玄関の扉をノックしたが、そこで思わぬことをローズ女史から聞くことになった。

 「少し相談したいことがあって、尋ねてきたのですが、今日はお忙しいかったでしょうか。」

 暫くしてから、彼女の甲高い声が聞こえてきた。何時もはもっと穏やかに話す声も今日はさらに高い声に聞こえていた。

 「私は、もう調香が出来なくなったのよ。貴方は聞いていないのかしら。新しく採れた香料の噂は、またたくまに国中に広がっているのよ。北のフィールドで出来た香料は、猛毒の成分が入っているということになっているけど、貴方はまだ聞いていないの。」

 「猛毒も何も、まだその香料の検査は終わっていません。確かに今日はそのことで相談に来たのですが、表にも出してない以上、たんなる噂に過ぎないです。」

 ゼラニウム氏は懸命にそういったが、ローズ女史はその言葉をさえぎる様にため息をついていった。

 「香りの世界は、まさに人の想像の世界だわ。それだけにそういったイメージや噂がもっとも危険で恐ろしいものだということを貴方も今までの経験でご存知でしょう。お爺さまの代では、フィールドをめぐって何度も争いも起こったわ。今でこそ、調香技術でなんとかなるものだけど、当時は少しでも甘い香りの薔薇をとろうとばら戦争が起こったものです。今、再び香料について、神経質になっていらだつ人が増えてきているのは事実だわ。もう新しい香料を何処かほかの国から持ってくるか、それによって新しい調香技術をつくっていかなくては、だめなのよ。」

 ローズ女史は立て続けに、彼にそう言った。今まであまりに聞いたことがない内容だっただけにゼラニウム氏も困惑するだけになっていた。それにしても、今回の香料はどうするのがよいだろうか、責任者としてはそればかりが心配になってきた。

 彼女に何か続けて言おうとすると同時に、何故か彼は眩暈を感じて倒れてしまっていた。少し間があって、ローズ女史が玄関の扉を開いたときは、彼はそこで青ざめた顔をしてうずくまっている状態だった。明らかに例の香料の副作用みたいなものであったのかもしれない。

 彼女は、急いで執事を呼んで彼を介抱し、医師を連れてくるように指示をした。執事は、彼を大きなソファーに寝かせ急ぎ医師の下へと山羊車を走らせていた。その様子を見送ったあとで、ローズ女史も少し眩暈を感じて、奥の部屋へ入っていった。人の感覚を狂わす何か、特別な匂いや香料が国中で出回っているようであった。

 古来、この国には肥沃な土地はなく、或る一部分の土地をめぐって争いごとが起きてきた。その土地は、花や木々など、そこに生えるもの全てが良い香りを放った。その土地の持ち主は今でもいうまでもなく、王のものだが、アモン家とヘイブン家などが、調香の技術を発達させるとともにその土地に執着する気持ちが人々から薄れていって、やがて多くの人が自分だけの香りをもつようになって、穏やかになっていった。

 王の土地からとれる花々の香料は、微量ながらもう随分もまえから、協会の方には寄贈されていた。しかし、今多くの国民は再びその土地からとれる香料について、こだわり始めた。街では、そのことを煽る調香師も多く出てきて、少しでも多くその土地の香料が入っているものを、王室御用立などの看板を掲げて、何十倍もの値段を吊り上げて販売していた。

 協会には様々な苦情や非難が集中し、そういう中で今回の強い香料が出たフィールドの問題が発覚してきた。ローズ女史には、引責を望む声が多くあがって、ついこの間のデーモンの香りの問題も、アモン家の当主の死についても、殆どの人が関心さえ失っていくようであった。

 「今まで支えてきたものが、今では仇になってきているわ。自然も変わり、人の感覚も大きく変わり始めている。もう私の技術も表には出さないほうがよいかもしれない。今のうちにやるべきことをやっておかないと。」

 そう思うが早いか、彼女は香りの何百枚渡るチャートの殆どを庭で燃やし始めた。最初は、どこかに密かに保管しようとも思ったけれども、またそれをめぐって争いごとが起こることも頭をよぎって、思い切って処分することに決めていた。元々子供のいないのだし、後はもう身綺麗にしてこの世を去ろうとも思っていた。

 執事が、医師を伴って戻っきたときに、もうそこにローズ女史の姿はなかった。ゼラニウム氏は、思ったよりも悪くはなくて、暫くすると自分で起き上がることも出来て、しきりにローズ女史によろしくとだけいって、自分の家に別の山羊車で帰っていった。

 それから、暫くして、王様から緊急会議を開くよう要請があったが、ベチバーやガルバナムなど多くの香りの関係者が呼び出されたが、何故かそこにローズ女史の名前はなかった。
 
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by fenice2 | 2010-03-12 19:15 | 香りの小説

第二章 新たな香りを求めてー自然の香りの目覚め

(この物語は、フィクションですが現実の調香の世界のあり方を元につくられてます。物語の中には、よく似た企業などの名称が出てきますが、あくまで想像の産物であり、現実との関係は読者の判断に委ねてあります。)
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 バイオレットは、この頃ふとある場所ばかりに足を運んでいた。彼女の家から幾つもの森や林を越えなくてはならないその場所は、なだらかなコケの生えた斜面があって、ほとんど誰も足を踏み入れたことがない場所だった。春に近くなるとそこにフクジュソウがそのコケ一面を覆うほど咲いて、そのコケの匂いと花の香りのハーモニーがなんともいえない幸福感をもたらした。

 バイオレットは、あまり意識したことはなかったが、おそらくここは国の中でもよくいう、妖精が住まう場所であったのかもしれない。山深い中で、何故そこだけが空にむかって空いており、木々もその斜面に遠慮をするように周りに生えていた。斜面一杯が、コケに満たされているということも珍しいのに、そこに黄色の小さな花が少し暖かくなると目一杯咲き誇るというのも不思議な現象だった。

 バイオレットは、決してその斜面のコケに近づこうとは思わなかった。うっかりコケの一部でも削ってしまったら、そこからこの微妙なバランスの生態系は崩れてしまうに違いない。神からの恩恵ともいうべくその場所は、今国の中でいろいろあっても、彼女にとっては心のもっとも落ち着く場所になるべきものであった。

 彼女は、何時ものようにそこから少し離れた小さな石の上に越しかけて、少し日が射している場所を避けて、ゆっくり深呼吸をしてみた。最初は、彼女がここまで疲れたせいでなんだか違った香りになっているのだと思っていたが、暫くするとその少しの違いに気づき始めた。何がどう変わっているのではないが、何か何時もよりもずっと強く、彼女の心に香りが訴えてきているような気がしてきて、その香りをきいているだけで動悸が早くなっているようにも感じた。

 何時もよりも少しだけ早く、フクジュソウが咲いているせいもあるのかもしれないと思ったりした。しかし、今までどれだけ時期がずれたようにみえても、そのコケとの調和に違和感を感じるはずもなかった。フクジュソウの香りが濃い時は、コケの匂いもなんとなく強かったし、反対にフクジュソウの香りが軽く感じたときは、コケの匂いも柔らかく感じたものだった。しかし、今聞いている香りは明らかに今までのものとは違って、花の香りそのものが、まるで彼女の心を変えさせようとしているようだった。

 「貴方もここを知っていたのね。ここは、私も何時も妖精を感じるために来たものだったわ。でもこの花たちはもう目覚めてしまったのよ。自分の香りに酔い、自分の香りを力にしようとしているわ。」

 ふとその声で、振り向くとベチバーの母のアカシアスがそこに静かに立っていた。彼女は、少しだけ難しい顔をして、そうバイオレットに言った。

 「この子たちには、みんな香りの記憶があるんです。毎年、毎年、何故同じ時期に花をつけるかといえば、それはこの香りの記憶を頼ってくるんだわ。魚が自分の川に戻っていくように、花々は、その香りの記憶を思い出すように、同じような時期に一斉に開花するのよ。でも、何者かがこの仕組みを壊してしまった。香りに詳しい人間の仕業かそれとも、私たちがあまりにも国の安定のために、香りを使い続けているからなのかもしれないが、どちらにしてもこの子達は自ら、周囲とのバランスを崩して、力を持つことを選んだんだわ。」

 バイオレットには、アカシアスの言っていることが全部ではないが理解はできた。彼女の父は、”植物たちは何時も心地よくさせていなくてはいけない。もし妙な形で目が覚めてしまったら、自分たちの周りを枯らし始める”などということを言っていた。それは、どういう意味なのかわからなかったが、まるで植物が自分が生きることに必死になって、周りを食べてしまっていくような恐ろしい光景を想像した。

 「フクジュソウの香りの中のある化学物質がとても強い芳香しているんだわ。花のすぐ近くを見てみて。コケの中には、もう変質して茶色くなっているものもあるでしょう。やがて、ここはすっかりコケがなくなってしまうのよ。そしてこの香りがやがては、森そのものを滅ぼしてしまうかもしれない。もう始まってしまったんだわ。貴方ならわかるでしょう。」

 アカシアスの目は、青く澄んでいてそれをみているだけでも彼女は吸い込まれていきうそうだった。ご主人のキモンを亡くしても、彼女はなおこの国の何かを憂いて、こうやって森をさまよい続けているのかもしれなかった。一見弱弱しくみえていたのに、これからおこることは大変なことが起こるのだけれども、何故かこの人だけはずっと前から予測していたようなたくましさすら感じた。

 「叔母様、私たちは、いったいこれから何をしていけばよいのでしょうか。私は。協会が最近の花の香りが弱いから、もっと強いものを求めていることに本当は、ずっと違和感を感じていました。街の中では、これ以上ないぐらいの香水をつけている人も多いのに、これ以上強い香りをつける人が多くなってしまったら、人の感覚はどうかなってしまうんじゃないかって。あのユーカリさんも悪い人とは思わないけれども、異常なほどの木々の香料に囲まれている生活には、私は耐えることが出来ません。」

 アカシアスは、彼女に近づいていって彼女の両手をしっかり抱きしめて、静かに目を閉じた。

 「私たちの国を穏やかにするために、心を落ち着かすために確かに、香りは役に立ったし、大きな功績はあったと思うわ。私の家の鑑定師のような仕事も、いつの間にかいらなくなったぐらいに、腕のよい作り手も増えたし、訓練する学校も多くなったから、技術は格段に上がったと思うの。でも人の心が本当にいつまでもこれだけに頼っていいものかしら。それは、亡くなった主人もよく言っていたのですよ。いつかは、今街にある香りのほとんどを無くしていかなくてはならないって。あの人は、香りの力を無力化する技術も同時に築いていった人なの。もっともそれが原因でああなってしまったのだけど。」

 そういって、アカシアスは流石に目を伏せて大きな涙をこぼしていった。

 「香りに求める強い力が、花々の意識を、目覚めさせてしまんたんだわ。でも、もっともよい香りのフィールドがこうやってどんどん壊れていってしまったらどうなるのかしら。私、とても不安だわ。」

 「自然には確かに、大きな力があると思うの。暴走を始めた花々を何処かでは、食い止めてしまうのかもしれないわね。でも、その間、人はどうなってしまうのかしら。自然は、何千年という長い時間の中で変化していくれども、人間は、たった10年100年のことの変化で大騒ぎになって、また大きな混乱を起こしてしまうかもしれない。人間の感覚もいくらがんばっても自然のそういった感覚には勝てないのかもしれないわ。」

 香りの国にとって、その香りそのものが変質していくことが、これからどういった影響を与えていくのかわからない。こういった香りが強くなったものを抽出して、それを元に香りをつくっていってしまったらどうなってしまうのだろうか。

 その解決の鍵となるのが、やはりキモンとアラタマの二つの異なる力の融合なのかもしれなかった。しかし、その力とは別にこのバイオレットとアカシアスが求めていく、自然の中の力も大切なことなのかもしれなかった。

 香りの国では、まだまだこの変化に気付いている人は少なかった。

 
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by fenice2 | 2010-03-09 16:04 | 香りの小説

第二章 新たな香りを求めてー双子の兄弟の秘密

(この物語は、フィクションですが現実の調香の世界のあり方を元につくられてます。物語の中には、よく似た企業などの名称が出てきますが、あくまで想像の産物であり、現実との関係は読者の判断に委ねてあります。)
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 今、デーモンと言われている双子の父の兄弟は、元の名前はアラタマという名前だったらしく、父と同じようになにやら東洋めいた名前がついていた。

 「モスお爺さんが、双子の名前をつけたんだよ。どうしてそういう名前をつけたかというと、お前が小さな頃にあれが亡くなったから、あまりよく知らなかったけれども、あれは東洋人でも、日本のルーツを持った人間だたんだよ。もっともクオーターだから、もうあまり見かけには出ていないけれども、なんとなくこの国の人間とは雰囲気が違うだろう。」

 お婆さんの名前は、ナチといった。ナチとはどうやら滝の名前らしくてそこに有名な神殿のようなものがあるらしい。僕は、あまりお婆さんの記憶がないのですが、父に色々聞いたところによると、繊細なところがあって、何時も病弱だったことが多いらしかった。とくに出産をしてからは、殆ど外に出ることも少なくなって、何時も病室で本を読んでばかりいたらしかった。

 「あれは、お前のお父さんとアラタマを産んでから、何故かニホンという国が懐かしく思えたらしい。一回ぐらいは行こうと調べたのだが、命がけの船で何ヶ月もかかるので、ナチには諭したのだが、どうしても忘れられなったのだろうな。ニホンという国は、何千という神殿が国あるらしく、長らく争いも無く、人心が穏やかで祈りが強い国だということは、以前にそこにいた人から聞いたよ。」

 ガルバナムお爺さんは、また新たな香料を持ってきて、さらにナチお婆さんの話を続けた。

 「あれは、普通の人間と少し違った感覚を持っていて、時々目に見えないものを感じることが多かったよ。魔女が持つ霊感というものに近いような気もするが、それとも少し違うような気がする。まして、我々が香りの創造から起こる感覚とも違って、もっと深いものだったのかな。わしも、お婆さんと一緒になってから、香りと心の結びつきをもっと深めていったんだよ。未来や過去、前世などおよそ今まで、あまり香りとは関係ないと思っていた場所にも、積極的に踏み込んでいったもんだよ。」

 モスお爺さんが、中東の砂漠から発見したという古文書には、様々な調香方法が書いてあったそうだが、以前にも書いたとおり、多くは宗教儀式の中でのものも多かったから、それがどういう意味を持ち、ヘイブン家と翻訳を重ねていって、とりあえず今の調香会に役に立ちそうなものは無いと、結論付けていた。誰の心でも、あまり深い部分は覗かないほうがよいというのが、この国に伝わってきてなんとなく守られてきた慣習みたいなものだから、その深い部分を左右するような香りは、むしろ危険とさえモスお爺さんたちは感じたのかもしれない。

 「わしも、そのことはお爺さんからよく言われてきたから、あえて解読しようとか、新しい香りに挑戦しようとは思っていなかった。国中は平和そのものであったし、何もあえておかしなものをほじくり返して、心を乱すような必要なないと思っていたのだが、あれは反対の意見だった。つまり、今の人たちは、長い時代の香りの力で感覚が麻痺しいっているだけで、心の中はむしろ醜くおぞましいものになっていると言ったものだったよ。それは、実はわしも香りをつくってよく感じたものだったよ。新たな香りに向かって進んでいかなくては、ならないとよく協会で進言するようにもしたのだが、協会の力は今もそうだが最盛になっていることもあって、誰も聞くことはなかったんだよ。」

 実は、今でこそ廃れてしまったが、調香師と並んで、最初のころは香りの鑑定師という人が多くいたらしい。鑑定師になるには、調香師以上の香りの訓練を受けていて、生まれながらに色々な香りを瞬時に聞き分け出来る人が選らばれていた。しかし、時代とともに調香の技術が進んできて、もはや協会の組織や規則がはっきり出きてからは、その鑑定師の役割は少なくなったようで、ナチお婆さんの実家も実は、この鑑定師だった。

 「香りには、心を癒したり和らげたりする力があるのだけども、反対に人の心や感覚を支配してしまう力もあるのだと思うわ。私は、双子のこの子達を産んでみて、その影響が私の体にも大きく出ていたことがわかったわ。一人は、それをさらに強める人間、もう一人はそれを和らげる人間なのよ。この国はきっと、こういった二人の立場が必要になってくるのよ。」

 そういえば、父はどちらかというと香りに対して力を求めていくタイプではなかったように思う。色々な人が、なんとか父を持ち上げようとしても、あまりそれに乗るようなこともなく、父も何処までやる気があって、何を考えているのか分かりにくい気難しいところも多かった。ガルバナムお爺さんに言わせると、やはり父は子供の頃からおとなしく物静かなところが多かったらしいが、アラタマは全く逆で明るく、外にばかり出て行くタイプであったらしい。

 「僕は、お父さんからも叔父さんのことは聞いたことが無かったけれども、一体何時ごろから離れ離れになってしまったの。写真をみても、二人が写ったものは見たこともないし、どうしてそういうことになってしまったの?」

 それを聞くと、ガルバナムお爺さんは苦々しい顔をして、天井のほうに顔を向けた。
 

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by fenice2 | 2010-03-08 12:06 | 香りの小説

第二章 新たな香りを求めてー技術と精神

(この物語は、フィクションですが現実の調香の世界のあり方を元につくられてます。物語の中には、よく似た企業などの名称が出てきますが、あくまで想像の産物であり、現実との関係は読者の判断に委ねてあります。)
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 「お前が今まで身に付けた技術は、まだそれほどたいしたものはないし、危険ではない。でもこれからは、人の心を影響してくるものになってくるがその意味がわかるかな。」

 その日から、ガルバナムお爺さんは、僕の香りの師になっていった。いや、もしかしたらずっと前からこういう関係になるんじゃないかと思っていた。僕は、お父さんにも時々色々なことを教えられたが、それはどれもすぐに分かりそうもなく、戸惑うばかりになることも多かった。およそ、香りをつくることは難しいことばかりだと思ったが、それはお父さんは本当はもっと他にやりたいことがあって、香りの仕事はもっと大人の理由でやっているのではないかと思ったりした。

 その点、お爺さんは香りをつくることそのものが楽しそうだし、近くでみているだけでわくわくするものが感じられたが、それも今思うとそうなるには、沢山の壁を越えてこなくてはならないようであった。父の書棚の奥には、まだ数回しか入ったことがない調香室があるが、お爺さんはそこで沢山の香料をもって僕の前に置いた。
砂漠の国でしかとれないものや、熱帯の湿原からとれる葉っぱの香料だとか、僕がよく知っているものもあれば、全くしらないものもあった。

 「香りには隠された力があるんだよ。これらの香料は、自然の中から抽出したものだから、一つ一つにはその力が封印されているんだが、調香はその封印されたものを開けていくことから始まるんだ。この手前の砂漠の香料は、海草の香料を混ぜ合わすと、心を閉ざした人の心を開く力を持つんだ。」

 僕が、今まで習ってきたことは単なる組み合わせのパターン過ぎなかった。自然界の中には、花や緑、土があって、それらをバランスよくデザインすることが調香の行き着くところだった。先生には、よく自然の中の風景を思い浮かべて、そのイメージで香りをつくっていくようにと言われたが、時々それがよくわかるようでもあり、わからないこともあった。

 「同じ海をみても、その香りを感じる世界は人によって違うのではないでしょうか。潮の風の中にも華やかなものを感じる人もいるし、逆にある花の香りを聞いても悲しいことを思い出してしまう人もいます。肝心なのは、それをどう感じたかではないでしょうか。」

 僕のその質問に、街の調香師でもあるその先生は、うまく答えることが出来なかった。何かというと香りと心は関係あると言いながら、実際につくるときは、何時も絵に描いたようなものをイメージするばかりだった。そして、その香りは誰がつくっても似たようなものになったから、むしろその似たものをつくることが授業のテーマでもあったように思えてなりません。

 僕は、だから何時も脱線して、先生が指定する香料とは全く違うものを入れたりしたのですが、結果はうまくいきませんでした。父やお爺さんも実際の香料をつくるときは、沢山の種類を混ぜたのですから、僕は最初は沢山入れればよいものになると思っていたのですが、結果は色々な香りが一度に出てくるものになってしまって、その香りをきくだけで気分まで悪くなってしまうものでした。

 「今まで学校で習ってきたことは、全部忘れていきなさい。香りはイメージをつくる道具にもなるけれども、もっとも力がでるものをつくるには、人の心を映すものをつくることだよ。今から、一つ一つ香りを出していくから、それを聞いて、ワシに感想を言っていきなさい。」

 お爺さんは、まず大きな大陸の中でとれるジャングルの中の葉っぱの香料を差し出した。僕にもっとも似合う香料だといったが、僕はそれほど好きではないと思ったのだが、なんとなく懐かしい感じがしたのは事実だった。次に大きな芝生を思い出させるような香りを出してきて、次はまるで土の中に鼻を突っ込んだような香料を差し出した。そうやって、何十種類の香料を出していくうちに僕は、今まで自分の中にあった全く違う感覚があるのを感じていた。

 お爺さんは、僕の心の中のある部分を香りに映し出そうとしていたのかもしれない。僕には、よくわからなかったが、なぜか自分の心の中の一部分が、香りに溶け込んでいっているような気がしていた。子供の頃、母と父があまりにも仲がよくて嫉妬したことや、母が何故僕意外の兄弟をつくろうとしないかも何度も怒って母に問いただしたこともあった。父の特殊な立場や、何か他に秘密めいたこと、自分が感じる以上に大きな力があることなど、悲しくて複雑な気持ちが、自然に自分の前にゆっくり出されているように思っていた。

 ガルバナムお爺さん、いやガルバナム師は、僕にそれからも何度も不思議な問いかけをしながら、香料を絞っていき、あっという間にそれらを調香しはじめた。バラバラになってしまった、記憶や感覚がなぜかそこで一つになっていくような感覚になってきた。自分の中では、全てが解決して、しっかり心の中で消化したものだと思っていたのに、どうもそうではなかった。

 父が死んだことが今更ながらにかわいそうに思えてきて、母に対してももっと同情的になっていった。今まで自分を包み込んでいた愛情みたいなものが、なぜか手に取るように感じとれるようになっていた。僕にももっと大きな力があって、それらを受け止めていくことができるとか、そう思うと自然に涙があふれてならなかった。

 気づくと、ガルバナム師は僕の周りに調香した香りをムエットに浸して差し出していた。あっという間に思えた時間は、実際には何時間も経っていた。僕にその間何か起こったのかわからない。僕はおそるおそるそのムエットの香りを聞いた。何でもない、香りを聞いたときの印象は全くそのとおりだった。僕は、自分の戻る場所に戻っただけだった。何処にもいかなくてもよい、何も変わらなくてもよい、自分に戻ればよいだけだった。それだけで愛情を感じ、力がわいてくる。

 「お前が愛された時間を香りに映しただけだよ。大して愛されていないと思っていた人でもこういう気持ちを思い出すものだよ。今回のは、香りの力の中でもほんのさわりの部分だな。もっともシンプルで簡単な作り方でもこういう力がある香りをつくることができる。嫌な気持ちにはならなかっただろう。」

 「ずっと、子供時代の忘れていたことを思い出したよ。あのときどうして自分が愛されていたとわかっていなかったんだろう。そしてそれが今の今までそう思っていたなんて。」

 師からお爺さんの顔にも戻って、ガルバナムお爺さんはそのあと、よかったなとにこやかに笑いながらいった。こんな力なら、もっと前から知りたかったのにどうして教えてくれなかったんだろう。しかし、お爺さんはこのあとその理由となるべくことを少しだけ話した。

 「アモン家には、さっき話した暗い深い闇があるんだよ。お前にまでその闇を覗かせたくはなかった。しかし、ベチバーにもそれを受け継いでいる以上、避けては通れまい。封印されたものは、封印されたままでもよいものは幾らでもあるんだよ。しかし、何時かはそれを見ていかなくてはならない。辛いことはこれからだよ。」

 
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by fenice2 | 2010-03-05 13:57 | 香りの小説