新作「玉藻(たまも)」の販売について

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 今年も始まりましたが、なんとも不安定な日々が始まったように思います。仕事としても、これほど不安定な出だしで、始まる年はあまり記憶をしていないです。今日も、京都から名古屋に向かいましたが、雪でどの高速道路も閉鎖されていて、たまたま僕が帰った時間は開通していましたが、着いても道路が凍結していてひやひやしました。

 暮れは逆に、京都に雪が降って道路が閉鎖されたので、こちらから行く術がなくなりましたが、まるでこの辺りで日本を分断する動きが出ているような気もしています。僕の周囲でも体調を壊す人も多く、なかなか香りをつくる環境には、世の中が向いてくれないような感じさえします。

 年が明けてから、何故か世の中全体が再び強いイメージを持ち始めようとしているような印象を受けます。その強いイメージを持ちすぎるために、現実そのものの動きが止まってしまったかのような感じがします。長年続けてきた、大きなカルマみたいなものからたくさんの人が抜け出ようとしているのかもしれません。

 しかし、あまりにもイメージが強すぎると足元をすくわれるといいましょうか、大きく生活のリズムのようなものを壊してしまうことにもなりかねません。初詣に行っても、多くの人が願を掛けているようですが、自分の夢を何か一気に遂げなくては気がすまないと思っている人が多いような気もします。

 僕自身そういうことで、久しぶりに気持ちがあがったり、下がったりしていましたが、そういうときにもふとこの玉藻の香りを聞くとなんとも落ち着いた感じになりました。

 玉藻は、少し強い感じもしますが、その強さが次第に心の奥に入っていく感じがわかると思います。この季節はお香もよいものは落ち着きますが、僕はこの香りも同じような印象を与えてくれるような気がします。

 今年は、新しい時代を迎えるにあたって、改めるべきところを改める年ではないかと思っています。長年、誤魔化してきたり、いい加減にしてきたことが、意図も簡単に消え去ってしまう反面、長くじっと耐えてきた人が、大きな大輪を咲かすような年になっていくのだと思います。

 白檀、松、天然スミレ、ベチバー、ネロリなどが中心に入っています。製品のところでご案内しますが、13ccで7800円でお分け致します。こちらからよろしくご検討ください。

  また、お取り扱いご希望の企業関係の方は同様のメールでお願いします。最近、香りについて新しいジャンルの仕事を考えている方からのご相談も承っております。

 



 
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# by fenice2 | 2011-01-17 01:34 | アロマ 香り

今年一年の香りー命名 玉藻(たまも)



 去年もお蔭様で、のべ人数で約400人ほどの方の香りを作らさせて頂きました。今まではその半分も満たなかったので、やはり去年はイベントなども増えたせいでより多くの方に調香の良さを知って頂いたんだな思い、感謝しております。

 多くの方の香りの好みは、様々ですがそこからどういうものを好んでおられて、どういうものを避けているのかがよくわかります。そこからなんとなくですが、今後の世の中の流れみたいなものを予想できそうな気がして、今年も椿大社に遅い初詣をすましてから、作品に取り掛かりました。

 前回も書いたとおり、ローズが生かされなかったことが多かったせいか、稀なことですが、ローズのベースですら入れることはありませんでした。自分ではもっと穏やかな香りが出来ると思っていたのですが、調香してみると意外なほど少し鋭い感じがする香りになっていました。

 西洋マツやネロリが、とても深く絡み合っているような感じがして、なんともその尖ったトップが、世の中の人の心の中に突き刺さっていきそうでした。今回は、作る前から不穏な気持ちが少しありましたが、この香りをつくって聞いていくうちにとても穏やかな気持ちになりました。

 香りを聞いて、万葉集などに何度か出てくる玉藻(たまも)というイメージが浮かびました。玉藻は水コケが丸まったものらしいのですが、はっきりしたことはわからず、なんとも不思議な様子を自然が表しときにその言葉が使われたようです。

 また玉藻前(たまものまえ)という名前の平安末期の絶世の美女が居たそうですが、その正体は九尾の狐らしくて、一時期国中を騒がしたことがあったそうですが、玉藻という言葉には、なんとも意味深のものもあるのかもしれません。

 松が多く含まれる香りは、どちらかというともう少し落ち着きがあるのですが、何度も浮いたり沈んだりしながら、心をゆるがせていくようで確かになんとも不可思議な気持ちにさせますが、それも次第に落ち着いてくると、ゆったりした気持ちを起こさせるようです。

 いろいろ揺らぎながら、不安的な動きをみせながら、やがては落ち着いていく、しかしそこには幻想やミステリアスな雰囲気も時には漂いますが、どうやらそのまま時の流れに任せたほうが良いという香りのメッセージもあるような気がします。

 今年は、もしかしたらおさまるものがおさまる年なのかもしれません。幸福になる人も残念ながら不幸に陥ってしまう人も、その長いそれまでの時間の中で決められたことが粛々と変化していくだけなのでしょう。

 玉藻はそういった世の中の揺らぎを緩和させ落ち着いた心に導いてくれると思います。香りをご希望される方は、メールにしてお知らせ頂けたら思います。

 
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# by fenice2 | 2011-01-06 15:39 | アロマ 香り

明けましておめでとうございます。

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 去年の年頭のブログを読んで、時代もそうでしたが少し心の内面に踏み入れすぎていたのではないかと感じました。心という見えない世界は、今でも解らない部分は沢山ありますが、現実に見えている部分を頼りにしていかないと、ついつい霧の世界に引き込まれることになります。

 心をテーマにする怪しげな人たちは、出来るだけ不明瞭な部分をテーマにしますが、僕は不確かな部分はそのままで触れずによいのではないかと思っています。心は、それほどはっきりしなくても良いですが、暗く捉えすぎるのも本当の心の実態とは違うのではと感じています。

 モノでも特にお金が心には、深く関係しているのだと思います。それだけお金は、モノの中でも、もっとも心とは対照的なものなのかもしれません。戦争もお金なしでは始まりませんし、戦争が生む儲け話も多くあります。

 一連の世の中のスピブームは、そういったお金から生み出されたものではないかと最近とくに感じます。宗教もそうですが、お金を出さないで成り立つものはありませんし、金額が伸すものになると余計に心の問題に深く関係して絡んでいきます。

 しかし、お金がそれほど価値があるものではないということは、本当は誰でもわかっているのだと思いますし、特に若い世代ではお金はあまり深い執着はないですが、それは間違っていることではないと思いますが、お金が多くの人の心に関係していることを理解していないことについては、後々辛い思いをすることもあるかもしれません。

 デフレという世の中を、端的に言うとそういう心の現象の延長なのかもしれません。お金よりも、友情や家族などが大切だと思っている人が多い世の中では、お金が心に絶対的な価値を持ちませんから、デフレは起きにくいのだと思います。(もっとお金を使うようになると思います。)

 香りをつくっていて、心にとってもっと大切なものがあると伝えることが出来れば、僕の仕事は半ば成功したようなものですが、それとともに世の中の暗いデフレの現象に少しは解決の道をつくるのではと思っています。

 残念ながら、今の心の苦しみや悩みに便乗した、占い、カウンセラー産業はこういった世の中のデフレ現象をさらに加速させしまうものではないかとも思います。不思議なことに高額なお金を払って相談をする度に、逆にお金に対する執着が出てくるような気もします。

 自分の命を国に預けて、考えるまもなく死んでしまった時代もついこの間まで、日本でもありました。そのときに今のようなお金に固執する世の中が来るとは考えたでしょうか。何か大きな生きがいや目標を見つけられない人ほど、こういったお金の呪縛にはまってしまいます。

 先日、書いた女性らしさや繊細さみたいなものも、このお金の呪縛にかかると意図も簡単に壊れてしまいます。美肌も良いですが、高額のお金を払って得る美とは何でしょうか?中世で、自分の肌を美しくみせるために若い女性の生き血の風呂に入りたがる王妃がいましたが、それと重なるところもあります。

 美しさも、心の問題と無関係ではないと思います。無表情になって意味も無く白くなった肌をみて、一体どれだけの人が感動するでしょうか?

 心を癒し、慰めるということと経済は今は切っても切れない関係になっています。それならば、僕もお金の執着を捨てて大いに使うほうの手助けをしたほうが良いのかもしれないと思っています。

 
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# by fenice2 | 2011-01-04 23:31 | 調香・錬金術

女性らしい香りとはー或る女性らしさの崩壊の年

 
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 今年は、香りを通じて振り返ると、妙なタイトルですがまさにそういうことを感じさせる一年だったように思います。何でも強さみたいなものが前に出るようになって、自然と繊細さやしなやかさみたいなものが失われた年ではなかったかと感じます。

 性という部分を根本的に考えてみると、僕は基本的に女性があって、それから男性というものがあるのだと思っています。社会というか、生物学的にはオスとメスと区別はありますが、人間の性の部分については、男性という部分は基本的に女性とものの中の一部分過ぎないのではないかと考えたりします。

 香りについても、男性用と女性用と便宜的に分かれてきましたが、実質的には女性が男性の香料を使うことはあっても、男性が女性の香水を使うということは滅多にないように思います。香りの世界だけでみても、そういった性の区別はいまやほとんど意味を失っていますが、それは社会全体にとっても実はそうなりつつあるのかもしれません。

 長年の男性が作った独特の社会の仕組みが壊れつつある中で、女性にとって生きやすい世の中の構造になりつつありますが、その過程で皮肉にも女性らしさとか、しなやかさみたいなものが消えつつあるのではないかと感じることが多く危惧しています。

 男性らしさとか、男性が生きていく方向性みたいなものは、実はその広く伸びやかな女性らしさがあって芽生えてくることではないかと思っています。これは、香りをつくっていても同じようなことが言えます。女性らいしさや母性愛を感じさせる香料といえば、やはりローズですが、このローズを種類はとても多いので、一言では言えない奥深さがありますが、何度も生かすことが出来ない組み合わせに遭遇して、今年はずいぶん困った思いをしました。

 男性にうまく使われる女性、もしくは社会そのものに利用されがちな女性、意味合いは少し違いますがそういった内面を感じさせる調香に何でも出会ってしまううちに、なんともローズが悲しく思えることも多かったように思います。

 女性が出産もして社会進出することは、およそ男性には経験出来ない範囲でありますから、実際には多くのことを感じ、創造できる力を持っているように思います。しかし、社会や家庭の両方で、そういった広い感性や想像力みたいなものを維持していくことが出来る人はごくわずかな人しかしないのかもしれませんが、そのごくわずかな人も、何も目立ったことはしていなくとも本当の意味で女性らしさや繊細さを持っている人にはかなわないのではないかと思います。

 この香りの仕事も、より女性らしい香りをつくることのほうが難しく、香料も多く使うので複雑でより繊細な技術が必要になると思います。フランスの調香師がわざわざ東洋の女性をイメージして香水を作ったのも、こういった理由があるのではないでしょうか。見た目がどれだけ華やかに見えようとも、奥深い創造性を持たない相手に対しては何も奮い立つところがなかったのかもしれません。

 そういう意味では、世の中がツマラなくなったのも、単に男性が弱くなったとか、女性が強くなったとかそういった単純な問題ではないような気がしています。女性らしさとか、しなやかさみたいなものがなくなると、男性は、自分のより所がなくなって無気力になってくるでしょうし、生きがいのようなものも失ってくると思います。

 女性の方の香りをつくっていると、本当の自分の女性らしさに気づいたような香りをつくると随分良い評価をしていただくことも多いです。しかし、様々なストレスで、その女性らしさがあまり貴重なものでないと思い込んでいる方の香りをつくることは、なかなか難しいものがあり、案の定心に深い傷や悩みを抱えている方も多いと思います。

 世の中という大きなものでなくとも、小さな家庭が平穏なものになるのも母親を中心とする女性らしさが大切ではないかと、つくづく思えてなりません。こだわりやプライドも時には必要でしょうが、それによってもっとも大切なものが失われてしまえば、何も残らない生き方をしてしまうような気がしています。

 漠然と書きましたが、来年はもっとこういった女性らしさをテーマにお一人、一人の香りづくりを心がけていくべきではないかと思っています。癒しや、心地よさも大切ですが、女性本来の潜在的なものをもっと引き出してあげるべきなのかもしれません。
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# by fenice2 | 2010-12-31 01:57 | アロマ 香り

心に関係する技術とそうでないもの

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 以前も少し書きましたが、僕がこの仕事に就いたのは世の中には、人の心を無視した仕組みと言いましょうか、システムが多すぎるような気がして、自分自身もそのことで苦労をして、一時期は山にでも篭った生活をすようとも考えるほど、気持ちも縮こまっていました。

 心を壊してしまう社会の仕組みとは、まずは戦争のようなものがありますが、経済戦争みたいなものも僕は十分心を破壊するに等しいものが多くあるような気がします。多額の債務を負わされたり、あまりにも過酷な競争をしていくと、徐々に心が破壊されていくのではないでしょうか。

 確かに過酷な練習を終えた後にしか出来得ない技術などもありますが、それが幼年期にあまりにも短時間に行えば、果たして何処まで得るものがあって、失うものがあるのか疑問です。最近の加熱するスポーツなどにもそういったものが見え隠れして、どれだけ素晴らしい演技をしても痛々しいものを感じます。

 本当は、もっと毎日の生活の中で小さくとも喜びや感動があれば、そういった特別な感情や感覚はあまり必要ないのではと考えたりします。かくいう僕のような仕事もそういった、人の心のささくれ立った部分を癒すようなことになっているのかもしれませんが、カリスマや達人などと呼ばれて、感動するなんとかなどと持て囃されたくはないです。

 香りも今の時代は、確かにそういった心の激しい動きを求める傾向が強いのですが、多分僕のつくる香りは、むしろ反対のものを目指していると思いますし、そういう香りが出来上がっているのだと思っています。自分でいうのも何ですが、どれほど香りが強そうに思える香料の組み合わせでも、大抵は深く落ち着きがあるものになっているような気がします。

 世の中の人の求める心や感情の動きに、そのまま合わせて成功をおさめる技術や人もいると思います。別段、それが悪いことだとは思いませんが、求めるほうも求められるほうも単に莫大な心の消費を行っているだけで、後に残るのは何もないのではないでしょうか。

 強い感情や激しい情緒を求める人たちは、心の中にある空しさを一気に埋めてしまおうと思っているのですが、そういった日々の生活から失った大切な情感は、僕はそう簡単には埋まらないのではないかとも思っています。

 毎日の生活の中で、良い香りに包まれることは、そういった無意味な空しさや落ち込みから開放されていくことになると思います。元来日本には、こういった香料を使わずとも、身の回りで心地よい香りに満たされていた香り立つ国であったように思います。ここ、京都はまだ季節によってそういった自然の香りが残されていますが、東京などの大都市などでは多くの部分でなんとも悲しいものがあります。

 料理の面取りのように、香りも香料によっては角張った部分を除き柔らかいものにしていく技術があります。本来強く主張していくはずの香りが、大人しくなると人によっては物足りなく思う人もいますが、結果はその香りが持つもっと深い部分を理解することになります。

 中身のないものが、単に角が取れても仕方がないですが、今の時代はどうもその逆の現象が多くの人の心に起こっているような気がします。うわべだけの優しさや柔らかさに惑わされがちですが、人の心には時には少しぐらいは角張ったものがあるのが自然なのかもしれません。





 香りのご依頼は、年末も受け付けておりますので、ご希望の方はメールにてご連絡ください。

 
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# by fenice2 | 2010-12-28 18:04 | 調香・錬金術