(この物語は、フィクションですが現実の調香の世界のあり方を元につくられてます。物語の中には、よく似た企業などの名称が出てきますが、あくまで想像の産物であり、現実との関係は読者の判断に委ねてあります。)
香りは、とても小さな存在で、僕は本当は人にもっとも優しい存在ではないかと思ったりします。少し触れるだけで好きか嫌いかに分けられてしまいますし、確かに良い香りは人の足をとめて、そこにふと立ち止まらす影響を与えますが、人生をそのものを変える力は何もないのではと考えています。 しかし、香りは本来そういうものでも、人間のほうはそうはいきません。父には、色々な相談を持ちかける人がいて、好きな人を振り向かすことが出来る香りをつくって欲しいなどというのは、まだ可愛いほうですが、自分をナポレオンのように自信を持つことが出来るものが欲しいとか、お金をもうけることが出来る能力が育つ香りだとか、色々無理難題をふっかけては、通い続ける人もいます。 実業家のバジルさんもその類でした。彼は、今までにも色々な仕事を手なずけて成功させてきましたが、それでもまだまだ飽き足らない様子でした。 「アモンさんのつくる香りは本当に素晴らしい。ついては私と、世界を征服できるような香りを一緒につくってみないか。」 バジルさんも、実は色々な分野の研究家で街では博士と呼ばれるようなこともあったのですが、香りの調香だけはどうしても理解できないところがあるらしく、その日も父にその技法について質問攻めにしながら、自分の野心をひけらかしていました。 「アモンさんのつくる香りは、人の心を変える力を持っているようだね。自分でそのことを気付いていないのかい。」 バジルさんは、白髪交じりのあごひげをさすりながら、そう父にたずねていました。父は、少しそれを斜めにみながら、笑みを浮かべて聞いていました。 「街の香りの作り手は、沢山のパターンを覚えていてそれを繰り返しているだけだから、飽きるんですよ。私のは、その人の心に映る香りを見つけ出して、その暗いところがあれば、少しでも明るくしてみようと思って香りを組んでいるだけなんですが、それが出来るかどうかだけで、そんなに大層なことはしているとは、思っていないですよ。」 母が昨日摘んできたブルーベリーの実がテーブルの上には沢山ありました。鼻だけでなく、目も疲れることもある父は、それをまるで器用にさも逆回転の映像を見ているように、口に放り込んでいました。 「しかし、結果的に心を変えることになるだろう。私は、公認の調香師が20人ほどいると言っているが、アモンさんは、そういう人とも全く違うとも思う。やはり曾お爺さんからの何か秘密で違うんだろうか。だったらその秘密をぜひとも知りたいものだなあ。」 調香の秘密について、僕も何度も父に尋ねたことがあった。やはりモスお爺さんが持ってきたという本を読めば僕もすぐに仕事が始められるかもしれない。それは、そのときにも強く思っていました。 「感じる力が最も大切なんです。秘伝なんて何にもありませんよ。誰でも感動させて痺れさせてしまう香りなんて、こういう仕事をやっていると一度は夢を見るものですが、やはり幻なんだということがわかってきますよ。問題は、その人が感動させる香りが、全然知らない他人がそれを聞いて、果たしてどうなるかには興味があります。というか、僕の仕事の最低限の仕事は、その人の満足のいくものをつくって、尚且つ他人の迷惑にならないものにしなくていけないということです。そこには確かに技術がありますよ。」 父は、真顔でそう答えていたが、僕にはよく分らないところもあった。ただいえることは、父はあまり野心みたいなものは持っていないことだった。しかし、僕はもっと広めることが大切ではないかなあと思ってみたことはありました。 「迷惑にならないどころか、多くの人も感動させるという評判だぞ。現に私の香りも、どこぞでつくってきたものよりも、余程私自身気に入っているし、妻や娘にも評判が良い。」 バジルさんは、とても人をほめるのが上手いらしい。しかし、それはどうかするとお世辞という雰囲気も醸し出しているとよく母は言っていた。 「それは、ありがとうございます。しかし、それはお身内の方がいろいろ気遣われて仰ったのかもしれませんね。万人の人に満足していく香りをつくるよりも、やはり私は個人の方に満足するものから出発するしかないと思います。」 「惜しいなあ、それだけの腕があれば、世の中で手に入らないものはなかろうに。」 「それこそ、幻想ですね。家のものたちにも未だに、何をやっているのか理解されずに生きていますよ。」 応接室で、二人で話す様子を聞いて、やっと最近大人の世界が少し見えてきた僕にとって、確かに父の生き方はよく理解できない中途半端なものにも感じないわけではなかった。香りは、父の言うとおり単なる心を映し出すものかもしれない。けれども、父の力は、他の人よりもずっとあるはずだと思う。 それは技術なのか、もっと目に見えない精神的な力なのかもしれない。でも何だっていい。こうやって、片田舎で大人しくやっているよりは、ずっともっと父のことを理解してくれて、もっと王様のような扱いをしてくれる人もいるはずだと思う。 そう、先日話した日本などは、もっとこういう部分が理解できる人が多いのかもしれない。神の国というぐらいだから、きっとすごい能力を持っているに違いない。僕は、いつかその国にいって、父の仕事をみせてあげようと決意しました。 多くの方が見れるようなクオリティに努力してまいります。
by fenice2
| 2010-02-16 21:09
| 香りの小説
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