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第二章 新たな香りを求めてーアモン家の香りの力

(この物語は、フィクションですが現実の調香の世界のあり方を元につくられてます。物語の中には、よく似た企業などの名称が出てきますが、あくまで想像の産物であり、現実との関係は読者の判断に委ねてあります。)
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 ガルバナムは、ベチバーを父が使っていた仕事部屋に呼んで、幾つもの書類を金庫から選び出していた。それは今まで、ベチバーが見たこともない古いものもあったが、お爺さんはそれを幾つも見比べて、彼の前に差し出した。

 「アモン家一族が、ここまで地位を築くことができたのは、或る古文書のおかげだといういことは聞いているようだが、それは本当は半分あっているようで違うんだよ。モスお爺さんは、ヘイブン家と一緒にそれを読み込んでいったのは事実だけども、それが全てではないんだ。」

 分厚いめがねを外して、お爺さんはまるで昨日のことを思い出すように、目頭を熱くさせて何度か視線を地面に落とした。古い書類には、香料の名前と少しだけ分量も書いてあったけれども、それがどういったものをつくるために書いたのか、すぐに見ただけではわかることはできなかった。

 明らかに、父の字体と思われるようなものもあったが、それらの多くは殴り書きのような荒いものも多く、とても試行錯誤して書いたものだとわかるものもあった。考えれば、父もお爺さんも香りをつくるときは、穏やかな気持ちになっていたはずだから、こういった心の乱れを感じさせるものは、あろうはずもなかった。

 父の一日は、わかりきったぐらい規則の正しいものだった。朝は、散歩に出かけ、午前中は嗅覚を休むためだといって、殆ど仕事らしいことはしなかった。昼食をしっかりとったあとで、ようやく仕事に取り掛かるが、お客さんの相手をしていなときなどは、何かを瞑想するようにじっと椅子に座って動かないときもあった。

 不思議なぐらい、父の部屋に入るとすっと風が湧き上がるような感じがすることが多かった。それは実際に吹いているのかどうかわからないが、なぜかそういった感じになって、それから色々な香りが体全体から吸い込まれるように入ってきた。

 「嗅覚は、鼻にあるものは我々は役に立たないんだよ。もっとも信頼できる嗅覚は、手の甲のものだ。それがもっとも繊細な香りを見分けることが出来る。嗅覚が鼻の部分でしか感じられなくなったら、こういった仕事は出来なくなるんだよ。」

 父は生前なぜかそういうことを言っていたが、ようやく大学で調香の基礎知識を学んだばかりの僕にとっては、わかるようなわからないような説明だった。感じる力と生み出す力、想像の力は何か同じものであることはわかったが、それを一体どう生かしていくかなどはまだまだ遠い世界のように感じてならなかった。

 「お前のお父さんは、実は今までの調香師の仲でもっとも香りの仕組みや秘密を知った人間であったといっても良いよ。それだけに何時も、人から疎まれ嫉妬されてきたりした。だから、何時も自分が出来るものに対しては、気をつけてみていたんだよ。香りの力、想像する力があまりにも強いと時には心を破壊してしまうものもつくってしまうからな。」

 そう言いながら、お爺さんが差し出した香りのチャートにはDEMONーアモンと書いてあった。それは明らかに香りの名前ではなくて、それをつくった作者の名前だった。それにしても何故、僕の家の名前が書いてあるのかわからなかった。

 「このデーモンという名前は聞いたことがあるだろう。心を破壊し、国を滅びの時間に戻すという意味で今は使われているが、本当はこの名前の人物は実在しているんだよ。アモンと書いてあるのは、。」

 お爺さんの説明を聞いたときに、今でもまるで自分が何処か遠い世界につれていかれそうになった幻覚におそわれた。父は、本当は双子で、随分前に仲違いしたことや、今その人が何処にいるかもわかっていないことだった。もう一人のアモン家の人間、僕からみれば叔父さんにあたるのだろうけれども、何故今まで隠していたのか、どうして今でも会えないままでいるのかもわからなかった。

 「デーモンは、心が強い子だった。キモンよりもずっと前から、香りをつくらせても力を感じさせるものだったよ。ワシは、この子はきっと、将来はこの国の香りの世界を背負っていくことになると思っていたよ。それに比べてキモンは大人しい子だった。モス爺さんも、この子は香りを作るのには向いていないとよくいったものだよ。キモンのほうも、花や木々が好きでそちらを育てたり、触れているほうが気持ちが休まるとよく言っていたものだよ。」

 僕も子供の頃から、父と同じ仕事の人に会ったりしたけれど、父に感じるものは全く違った印象を持つことが多かった。唯一、ヘイブン家の人たちは、少し爽やかな感じもあったけれども、それでも香りをつくるときになったら、急に怖い顔になって、なにやら一瞬空気が凍ったような雰囲気も感じられた。勿論、父も僕が悪いことをして怒ったときは、怖いけれどもそれが想像の世界と結びつくことは、僕の中ではなかった。

 技術は、人のものを盗んででも向上させていくものだと、学校では当然のように言うけれども、僕は父がなぜかそういう競争の中で磨いていったようには思っていなかった。同級生の中には、とうに僕よりも難しいものが出来る人がいたけれども、僕は相変わらずマイペースでいたから、秘伝という財産がある家は違うからと、時々からかわれたりもした。

 「勉強意欲の熱心なデーモンは、あるときとんでもない調香をしてしまった。禁じての組み合わせを幾つか使った上で、さらに自分の想像性をそれに加えてしまったんだよ。あまりに複雑なのと、突然で強い香りだったので、ワシもそれが部屋まで入ってきたときは、慌てたものだったが、それをさも最初からわかっていたように、キモンが綺麗に打ち消す香りをつくってしまったんだよ。一体、キモンにどうしてここまでの知識や勘があったのかわからないが、気づくとワシはデーモンを頬を思いっきり叩いていて、キモンが逆にそれを見て泣いていたな。」

 ベチバーからすれば、今回の事件でアモン家がなぜか強く疑われたことや、また逆になぜかすぐに名誉が回復したのかという謎も少しは解けたような気がしていた。それにしても、父と双子の兄弟については、益々謎が深まるばかりだった。母は、それにしてもこのことを知っていたのだろうかとも思ったりした。

 それに、僕の知識では香りの中和とは、意識して起こるものではないと思っていた。調香は光の組み合わせや色彩の組み合わせとも違い、組み合わせを間違えると、幾ら香りを足してみても、何も香りがしない状態になってしまうことがあった。別の言い方では香りが落ちるともいっていた。

 ガルバナムお爺さんは、僕に力をつけるようにといった。しかしそれは同時にそういった無力化する力もつけることなのだろうか。学校では、今まで香りを生かすことばかりを習ってきたし、そういうことを心がけるようにしてきた。しかし、その反対のことがかえって香りの力を増すことになるのだろうか。

 色々な疑問が沸く中で、なおもお爺さんは僕に、アモン家の技術の伝授をはじめた。
 
 
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by fenice2 | 2010-03-02 23:16 | 香りの小説
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