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第三章 香りと心の旅ー旅の目的と本当の敵

(この物語は、フィクションですが現実の調香の世界のあり方を元につくられてます。物語の中には、よく似た企業などの名称が出てきますが、あくまで想像の産物であり、現実との関係は読者の判断に委ねてあります。)
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 この旅立ちについては、香りが本当は何処まで人の心に影響を与えているかにあった。人が自然を愛し、そのままの生活で暮らすなら、ここまで調香という技術が必要であったのかどうかはわからなかった。

 「香りの力というのは、本来大きな空気の流れをつくるものだよ。心というのも、常に流れている中で本当はその価値があるのかもしれない。良い香りは、そういった本来の心のありかを見つけ出してくれるものでないといけないんだよ。」

 スサノオは、色々な技術は習得したけれども、その一つ一つの深い意味についてはまだ理解しているわけではなかった。父のキモンも、生前は香りでその人の人生を変えていたと言われていたが、その当の父自身は、人生は本人が決めるもので、香りはその手伝いをしているにすぎないと言っていた。

 香りの国は、殆どその調香された香りで社会が満たされているのだけど、すべての人がそれを受け入れているわけではなかった。稀に、そういった人工的にコントロールされるのが嫌いで、遠く街から離れて、山深い森の近くに、小さな集落をつくって生活をしている人々も少しは存在した。

 その中の一人と、スサノオはまだ小さいときに、野山に遊びにいくついでに触れたことがあった。彼らは、ムニ(香りを好まないとう意味)と言われていて、住まいも出来るだけ木を使い簡素なものが多かった。無職というわけではないが、公園や自然の簡単な整備の作業をするほかはこれといった仕事をするものは少なかった。当然のように、彼らは自分の香りを持っていなかったから、彼もそれらの人と話していると、印象に残ることが少なかった。

 この国では、香りは自分のことを説明する上で無くてはならないものだった。自分がどういう香りが好きで、それにどういった経緯があるとか、今は誰に香りをつくってもらっているとか、人と人があえば話題には事欠かなかった。ところが、ムニの人たちはそういったことで話し込むことも無ければ、何かに夢中になるということもなさそうだった。

 協会の中では、時々ムニのことについて話し合うことも多かった。自然の香りの中には、この国の考え方では、全てが人の心に良いものを与えてくれると考えているわけではなかった。それが証拠に、過去何度も大きな内紛や争いが多かったのは、その自然の諸々の匂いのせいだとも考えていた。

 「ムニの人たちは、何時強い感情が起こって、何か大きな行動をするとも限らない。」

 広報のローズウッド氏などは、何時も積極的にその話題については意見を出すようにしていた。彼は、外出するときは、出来るだけ大きなマスクをして、自分の香り以外のものはあまり鼻に近づけないようにしていた。協会の中ではそこまで極端な行動を起こす人は少なかったけれども、野山を歩いたあとには、必ず自分の香りを確認するのは、当然のことであった。

 ただし、この頃はその自然の香りが激変しているのも事実だった。或るものは、以前に比べるとかなり淡い香りになって、逆にバイオレットやスサノオの母が見つけたような花は、とても強い香りになっているのも事実だった。

 「植物は、香りや匂いでそのメッセージを出す。」というのは、バイオレットのラグエル家の家訓のようなものだった。

 「自然は、もっとも力をもった香りや匂いの調香師だ。」そういったのは、モスお爺さんだが、それならば人がそれを受け止めきれないのか、それとも自然が人に簡単には幸福にさせようとしていないのか、そういう議論は、長い間香りの国でも哲学者などが集まって議論にすることが多かった。現に、香りの社会を離れたムニの人たちは、必ずしも幸福に暮らしているとはいえなかった。彼らは、多くの大人に言わせると、無責任で無気力だが、それが証拠に殆ど結婚というものをしようとしなかった。子供もあまりつくろうとはせずに、生まれても結局は、国の施設にいれてしまう人が多かった。

 それは、自然の姿かもしれない、少し大人になったスサノオはそう考えたが、そうだとすると人は、今のように文明が栄え、人口を増やしていくことは、そういった摂理から離れていくことになるのかもしれない、そういった人の文明を支えている調香とは、人にとっては良いことなのかもしれないが、自然にとっては良くないことなのだろうか、この国にいて当り前のことが、離れることになって余計に何か疑問として沸いてきた。

 ムニの人たちの中には、以前では協会の中でそれなりの地位がある人もいた。スサノオは、今までそういった人たちに何の興味も抱いていなかったが、今頃になってそういう人たちが、何故そういうふうな生活になっていったのかをたずねてみたい気がしていた。

  「自然も、いろいろなものがあるような気がする。もっと、人間らしく心が澄む様なことを感じさせてくれる場所もあるのかもしれない。僕が今感じている自然は、自然の中でもほんの僅かな部分だと思う。」

 彼は、最期はそう結論づけて、旅の準備にとりかかった。人が感じる自然というのは、実はみんなほんのわずかな部分を感じているに過ぎない。もしかしたら、何もしなくても王室の庭のように芳しい香りがする木々が生える場所もあるかもしれない。

  自然の香りと簡単にいうけども、それこそが多くの人が知りたがっている何かがあるような気がする。自然の香りに色々なものがあるからこそ、人も色々な考えがあって、生きる目的も違ってくるような気がする。旅をするというのは、本当は誰でも他の匂いや香りを求めていくことなのかもしれない。

 きりがないくらいに、これからの旅のことを思いながら、自分の国について冷静なぐらいに見返している自分がいるのに不思議な感じさえしていた。


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by fenice2 | 2010-03-27 11:50 | 香りの小説
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