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東京考察ー文明が失ったもの得たもの

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 来週は、関東に仕事で行きますが、その前に東京に勉強会を兼ねていってきました。Facebookで散々話していますし、今更色々言っても何ですが、上の二枚の写真が僕自身の心に映った京都と東京の風景です。

 時代や文明は、過去の愚かな遺物を反省し、新しい時代に向かって武器も含めて多くの廃棄物を積み上げているかのように見えました。世界平和や貧困の無い世界が、もしかしたら手の届くところまで来ていたのかのしれないと夢を政治は抱かせているところもありましたが、実際は、それは悲しいほど幻想であったように思います。

 東京は、良いも悪いも日本の大きな流れの中に中心であって、その存在に人は一喜一憂していました。過去にも地震があったり、空襲で多くの人が亡くなったりしましたが、それでも復興して日本人の心にも大きな自信を与えたのも東京でした。色々な国の長所を飲み込み、日本人の頭脳の粋を集め官僚や学者もその盤石な基盤を昭和を経て、平成に入っても維持し続けました。

 日比谷公園で、皇居の周りを歩いてから心字池の周りで少し休憩するとそこに、今の東京の人達の心が映っているような気さえしました。まだ頑張ろうという気持ちと、もう本当にだめかもしれないと思う絶望した気持ちが大きくわだかまっているようでした。

 放射能物質の飛散については、やはり微弱なながら東京には舞っているような気がします。仕事で出会う人にも何気なく尋ねても、皆さんそれなりに自覚しているようでした。余りにも多くの人が被爆している為に、一人一人の違和感を今更言っても仕方がないという、諦めにも似た気落ちもあったのだと思います。

 人が少なくなり、電気もままららない上に、静々と放射能が降る東北から東京あたりまでは自然の精緻な仕組みやシステムをかなりの可能性で破壊していくと思われます。土や水が侵されるというだけでなく、人や生き物の身体の深部にも入っていって、それが神経など人の恒常機能に悪影響を与えていくようです。

 癌になるというのは、あくまでそういった放射能物質が生き物の恒常システムを妨害していく結果として成り立つのであって、放射能物質そのものは短期的には表立った傷や障害をあたえるわけではないです。それだけに一方では、楽観論が出て学者の中でも議論が別れることがありますが、正確な治療法が確立していない以上、やはりまだまだ量に関わらず危険としたほうが良いような気がします。

 どれだけ放射能物質を除去しても、総体量として放出されたものはかなりのものになってきますので、これからは如何にそういった生命の恒常性を維持したり、刺激したりする物質や機会が必要になってくるような気もします。

 単に、震災などで精神的に暗くなっていることもありますが、自分の身体の深部がどこかギクシャクしているように感じれば、自然と気持ちは塞ぎ込み、心が暗くなってきます。東京の色々な行事が自粛されてくるのが何となくわかってきました。

 癌になるメカニズムが完全に掌握されていないことと同じように、放射能物質と癌との因果関係はあくまで統計上のものと言う人もいますが、もしかしたらこのあたりは次の時代に渡るために避けては通ることが出来ない場所と言ってもよいかもしれません。

 永久エネルギー、健康体を保持する生命システム、これらが今まで以上にはっきりみえてこれば、人類はこの問題から乗り越えていけるのかもしれません。そういう意味では、まさに何千年の歴史の転換期を迎えています。
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by fenice2 | 2011-04-15 22:53 | 調香・錬金術
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