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西日本(博多、広島、京都)の香りの勉強会を終えて

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 先週、博多から始まって、広島、京都の香りの勉強会が無事終えました。ご参加した方々は殆ど、普段から勉強されている方ばかりだったので、とても有意義な時間を過ごして頂いたことを感謝しています。

 今までは、東京、名古屋の往復のみで一部の方のみが通って勉強をされていましたが、色々な条件の制約があって、なかなか出てこれない方の為に、急遽遠征をしましたが、成る程実際に周ってみると色々な発見もあって、楽しいものでした。

 殆どがプライベートレッスンの方なので、お時間はしっかりやりましたが、それでも一度には伝えきれないこともあって、ご希望者の応じてこれからも、これを実行していかなくてはならないと思っています。

 途中鈍行に乗り換えて、ゆっくりと風景を眺めながら、マンウォッチングなどをしていましたが、何故都市部に一極集中していったのか、解ったような気もしましたが、それでまた途切れてしまっているものも感じたりしました。

 国が出来上がっている、全体の気の流れみたいなものは、それなりに歴史があって、背景があり、また言葉や表現方法が微妙に違っていって、何か大きなアイデンティティをつくっていっているような気がします。

 閉鎖された都市に暮らしていると、そういう気の流れみたいなものを感じられなくなり、スピード化が余計に分断した価値観をつくりあげていっているような気がします。

 今、考えると寅さんシリーズなども日本にいるときは、恥かしく感じることもあったのに、イタリアのTVで見た時は、なんとも新しい文化があるように感じたので、そちらのほうが正しい捉え方だったように思います。

 西日本には好きな俳人も居ますが、最近ではやはり種田 山頭火でしょうか。西日本の風景や情景が色濃く出てきて、幾つも心に残る句が今でも覚えています。

 経済が、幾ら発達したように見えても、こういった全体の流れが見えなくなってくると、国の力は衰え、人の心や気持ちは荒んできます。

 しかし、東京の一極集中ももはやピークに達してきたような気がします。 心やマインドを無視したシステムや環境は、やがて見放されるようになります。

 香り文化には、田舎も都会もありません。センスという点でも、むしろ地方の豊かな自然の花々に触れている方々の人のほうが、繊細なところもあります。僕も含めて都会生活者は雑な感覚になることが多く、か細い嗅覚に陥ってしまうことが多いようです。

 八百万の神のという言葉がありますが、日本は元々多くの香りが自然の中や四季にある国だと思います。それらが、繊細で力強い背景や精神をつくっていたのかもしれません。

 今後の香りをつくる上でも、色々参考になたことがありました。今後ともよろしくお願い致します。
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by fenice2 | 2008-04-21 11:41
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